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拒絶
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「……?」
リーゲルトは丁寧に敷き詰められた藁のベッドで目を覚ました。
「おおい、ライカ、いないのか?」
上体を起こして周囲を見回せば、そこは樹木で壁が作られた円形の小部屋だとわかる。
「風呂……にいたはずだよな」
モヤがかかったような頭を懸命に働かせて記憶を探る。
そうだ。
自分は風呂に入っていた。
だからいま自分は服を着ていない。
それはいい。
なぜここにいるか、だ。
考えてみるが、無駄なことだとすぐに気づいて藁のベッドから降りる。
壁まで歩いて壁に触れる。
見た目通りの木だ。
ライカたちの家の壁はこんな材質ではなかったから、やはり自分は連れ去られたのだ。
「またか」
よくもこう自分の意志を無視してどこかへ連れていかれるものだ。
自分でも不思議だったのは、壁を壊してまでここから出ようという気持ちが湧かなかったこと。両親が投獄され、神殿に引き取られた頃なら絶対にやっていたのに。
「オレは、もう諦めたのか……?」
エウェーレルは簒奪者。そう教え込まれて様々な技術を身に染み込まされた。
なのに、ライカたちにはまるで届かなかった。
ライカはことあるごとに、神殿には自分たちよりもっと強いやつがゴロゴロしている、と語っている。
にも関わらず、ライカたちは修練を重ねているのだという。
復讐という目標もないままに。
「どうすれば、いい……?」
壁に向かって問いかけても、反応があるわけでもなく。
リーゲルトはただ、その場に座り込んでしまった。
「ならば我の子を孕むがよい!」
上からの大音声を、しかしぼんやりと聞き流しながら、リーゲルトは天井を見る。
こちらなど丸呑みできそうなほどに巨大な、山猫がリーゲルトをまっすぐに見つめていた。
驚きの声をあげようという気力さえ沸き上がらなかった。
* * *
「リーゲルトくんを、伴侶に、ですか? 山脈のヌシであるエルガートさまが」
驚いたのは六人全員。中でもユーコは目を輝かせてさえいる。
「本来、我がエイヌ王家はこの土地を定住地とする際に、ヌシであるエルガートさまと契約を交わしました。
ヌシ様が御子を欲した場合、エイヌ王家からその相手を出す、と。
結局それから二百年近い時が流れ、我が王家もその契約を書物庫の奥深く、データベースの遙か彼方に追いやってしまっていました」
アメルテはひとつ息を吐く。
「ではなぜリーゲルトが攫われたのです? あの子はイーゲルト家の者。精霊と踊ることさえ知らないのに」
「そこが、かえってご興味を引かれたのかも知れません」
ディルマュラの問いに答えたのはルリ。
「イーゲルト家はエウェーレルに弓を引き、同時に反神殿、反精霊も掲げていました。
火薬や化学兵器の作成は神殿が厳しく管理していますが、それでも地下で数種類作成され、一斉検挙の際には使用もされました。
そういう環境で育ったリーゲルトさんは、精霊の存在すら知らないままあなた方に引き取られています」
じゃあ、とユーコが手を上げ、
「リーゲルトくんは、危険な目に遭ってるわけじゃないってことですか?」
「おそらくは。エルガートさまをひと言で表せばヒヒじじい、もとい、老獪な方です。わたくしも嫁いでからは年始のご挨拶に毎年伺っていますがその度に、まあ、ここでは伏せましょう」
ルリの言葉に動揺したのはアメルテ。
「大丈夫ですよあなた。わたくしも元は神楽宮に在籍していましたから」
にこりと笑う瞳の奥に潜む闇に、一同は戦慄した。
「だったら、リーゲルトはそのまま嫁がせておけばいいってことですよね。あたしたち何のために呼ばれたんですか」
苛立ちも露わにオリヴィアが言う。
「おまえ、見捨てる気かよ」
「だってしょうがないじゃない。相手はファルス山脈のヌシよ? 維穏院長に一撃当てるのがやっとのあたしたちになにが出来るっていうのよ」
「無理に戦わなくても、こっそり助ければいいと、思う」
ライカとミューナの言葉にも、オリヴィアの気持ちは動かない。
「こっそり行くって言ってもあのラグリォスとかいう連中はどうするのよ」
「ああ、それあたしも気になってた。あんな連中がいるなんて、神殿長からも聞いたことないぞ」
ええと、とディルマュラはエメルテを見やる。
こくりと頷いてエメルテはこう語った。
「方々は、エルガートさまの眷属。私たちと祖先を同じくしながら、文明を捨てて精霊たちと共に暮らす道を選んだのがラグリォスです」
へぇ、とライカ。
「イルミナも失念していたのでしょう。野盗の類いや野獣は出たとしても、まさか方々が積極的に接触してくるなんて想像の埒外ですから」
「じゃああなたたちは覚えていたのになにもしなかったんですか?」
手を上げて問いかけたのはミューナ。
こういう場で彼女が発言する珍しさにライカたちは驚いたが、ミューナは気にしてはいないようだった。
「いえ、エイヌ枝部を大げさに動かせば、方々を刺激してしまいます。なのでなにかあればすぐに出られるよう依頼していました」
なにか言いたげにディルマュラがアメルテに視線を送るが、ふたりともそれ以上は踏み込まない。
一方ミューナは、一瞬、口をへの字にして居住まいを正す。
「なら、いいです」
そんなミューナを見てひょっとして、とライカが予想したとおり、彼女は怒っていたのだ。
「ともかく、ラグリォスはオヒメサマをリーゲルトの代わりにヌシさまに嫁がせたいのよね。ま、そんなのあたしだってヤだから今度襲ってきても見捨てることはしない。
でも、リーゲルトを助けに行く義理は、少なくともあたしにはないから」
きっぱりと言い切るオリヴィアに、ライカが突っかかろうとするがディルマュラが立ち上がって制する。
「うん。きみの事情や心情は、ぼくなりに酌み取れるから強制はしない。けれど、ぼくを見捨てないと言ってくれたこと、永遠に忘れないよ」
熱っぽく語るディルマュラに、あっそ、と素っ気なく返す。
それぞれに釈然としないライカたち四人だが、これまでのリーゲルトに対する態度から無理強いはしなかった。
だが。
「いいえ。あなたにこそ参加してもらわなければいけないのです。オリヴィアさん」
ルリの言葉に、オリヴィアの眉がひどく震えた。
リーゲルトは丁寧に敷き詰められた藁のベッドで目を覚ました。
「おおい、ライカ、いないのか?」
上体を起こして周囲を見回せば、そこは樹木で壁が作られた円形の小部屋だとわかる。
「風呂……にいたはずだよな」
モヤがかかったような頭を懸命に働かせて記憶を探る。
そうだ。
自分は風呂に入っていた。
だからいま自分は服を着ていない。
それはいい。
なぜここにいるか、だ。
考えてみるが、無駄なことだとすぐに気づいて藁のベッドから降りる。
壁まで歩いて壁に触れる。
見た目通りの木だ。
ライカたちの家の壁はこんな材質ではなかったから、やはり自分は連れ去られたのだ。
「またか」
よくもこう自分の意志を無視してどこかへ連れていかれるものだ。
自分でも不思議だったのは、壁を壊してまでここから出ようという気持ちが湧かなかったこと。両親が投獄され、神殿に引き取られた頃なら絶対にやっていたのに。
「オレは、もう諦めたのか……?」
エウェーレルは簒奪者。そう教え込まれて様々な技術を身に染み込まされた。
なのに、ライカたちにはまるで届かなかった。
ライカはことあるごとに、神殿には自分たちよりもっと強いやつがゴロゴロしている、と語っている。
にも関わらず、ライカたちは修練を重ねているのだという。
復讐という目標もないままに。
「どうすれば、いい……?」
壁に向かって問いかけても、反応があるわけでもなく。
リーゲルトはただ、その場に座り込んでしまった。
「ならば我の子を孕むがよい!」
上からの大音声を、しかしぼんやりと聞き流しながら、リーゲルトは天井を見る。
こちらなど丸呑みできそうなほどに巨大な、山猫がリーゲルトをまっすぐに見つめていた。
驚きの声をあげようという気力さえ沸き上がらなかった。
* * *
「リーゲルトくんを、伴侶に、ですか? 山脈のヌシであるエルガートさまが」
驚いたのは六人全員。中でもユーコは目を輝かせてさえいる。
「本来、我がエイヌ王家はこの土地を定住地とする際に、ヌシであるエルガートさまと契約を交わしました。
ヌシ様が御子を欲した場合、エイヌ王家からその相手を出す、と。
結局それから二百年近い時が流れ、我が王家もその契約を書物庫の奥深く、データベースの遙か彼方に追いやってしまっていました」
アメルテはひとつ息を吐く。
「ではなぜリーゲルトが攫われたのです? あの子はイーゲルト家の者。精霊と踊ることさえ知らないのに」
「そこが、かえってご興味を引かれたのかも知れません」
ディルマュラの問いに答えたのはルリ。
「イーゲルト家はエウェーレルに弓を引き、同時に反神殿、反精霊も掲げていました。
火薬や化学兵器の作成は神殿が厳しく管理していますが、それでも地下で数種類作成され、一斉検挙の際には使用もされました。
そういう環境で育ったリーゲルトさんは、精霊の存在すら知らないままあなた方に引き取られています」
じゃあ、とユーコが手を上げ、
「リーゲルトくんは、危険な目に遭ってるわけじゃないってことですか?」
「おそらくは。エルガートさまをひと言で表せばヒヒじじい、もとい、老獪な方です。わたくしも嫁いでからは年始のご挨拶に毎年伺っていますがその度に、まあ、ここでは伏せましょう」
ルリの言葉に動揺したのはアメルテ。
「大丈夫ですよあなた。わたくしも元は神楽宮に在籍していましたから」
にこりと笑う瞳の奥に潜む闇に、一同は戦慄した。
「だったら、リーゲルトはそのまま嫁がせておけばいいってことですよね。あたしたち何のために呼ばれたんですか」
苛立ちも露わにオリヴィアが言う。
「おまえ、見捨てる気かよ」
「だってしょうがないじゃない。相手はファルス山脈のヌシよ? 維穏院長に一撃当てるのがやっとのあたしたちになにが出来るっていうのよ」
「無理に戦わなくても、こっそり助ければいいと、思う」
ライカとミューナの言葉にも、オリヴィアの気持ちは動かない。
「こっそり行くって言ってもあのラグリォスとかいう連中はどうするのよ」
「ああ、それあたしも気になってた。あんな連中がいるなんて、神殿長からも聞いたことないぞ」
ええと、とディルマュラはエメルテを見やる。
こくりと頷いてエメルテはこう語った。
「方々は、エルガートさまの眷属。私たちと祖先を同じくしながら、文明を捨てて精霊たちと共に暮らす道を選んだのがラグリォスです」
へぇ、とライカ。
「イルミナも失念していたのでしょう。野盗の類いや野獣は出たとしても、まさか方々が積極的に接触してくるなんて想像の埒外ですから」
「じゃああなたたちは覚えていたのになにもしなかったんですか?」
手を上げて問いかけたのはミューナ。
こういう場で彼女が発言する珍しさにライカたちは驚いたが、ミューナは気にしてはいないようだった。
「いえ、エイヌ枝部を大げさに動かせば、方々を刺激してしまいます。なのでなにかあればすぐに出られるよう依頼していました」
なにか言いたげにディルマュラがアメルテに視線を送るが、ふたりともそれ以上は踏み込まない。
一方ミューナは、一瞬、口をへの字にして居住まいを正す。
「なら、いいです」
そんなミューナを見てひょっとして、とライカが予想したとおり、彼女は怒っていたのだ。
「ともかく、ラグリォスはオヒメサマをリーゲルトの代わりにヌシさまに嫁がせたいのよね。ま、そんなのあたしだってヤだから今度襲ってきても見捨てることはしない。
でも、リーゲルトを助けに行く義理は、少なくともあたしにはないから」
きっぱりと言い切るオリヴィアに、ライカが突っかかろうとするがディルマュラが立ち上がって制する。
「うん。きみの事情や心情は、ぼくなりに酌み取れるから強制はしない。けれど、ぼくを見捨てないと言ってくれたこと、永遠に忘れないよ」
熱っぽく語るディルマュラに、あっそ、と素っ気なく返す。
それぞれに釈然としないライカたち四人だが、これまでのリーゲルトに対する態度から無理強いはしなかった。
だが。
「いいえ。あなたにこそ参加してもらわなければいけないのです。オリヴィアさん」
ルリの言葉に、オリヴィアの眉がひどく震えた。
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