いただきます、ごちそうさま。それと、君をおかわり。

白野よつは(白詰よつは)

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■1.はじまりのオレンジカップケーキ

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「よし、編集終わったー。あとは二十二時に公開予約して――」
 自室でパソコンの画面と向き合い、ぶつぶつと独り言を呟きながら、投稿時間を慎重に確認して公開ボタンをクリックする。動画投稿サイトの画面に【公開予約しました】と表示が出ると、それとほぼ同時に悠太ゆうたの口からは自然と安堵のため息が漏れていった。
 時間は十九時を少し過ぎたあたりだ。どうやら今回もなんとか間に合ったらしい。背中をぐーっと反らして伸びをすると、心地よい疲れと充足感が悠太の体中に広がった。

 悠太――伊藤いとう悠太の週末は、お菓子作りにはじまり、動画の投稿とともに終わる。
 待ちに待った金曜日の放課後はちょっと遠くの大型スーパーまで足を延ばして材料を調達し、土曜日は家族がキッチンを使わない時間を借りて動画を撮りながらお菓子を作る。
 それができたら、そこから日曜日にかけて動画の編集をし、自分で決めた日曜二十二時の公開時間に間に合うように、ひたすらパソコンと向き合う――それが、悠太が高校に入学してから一年ほど続けている、週末のルーティーンだ。
 もちろん、テスト期間中や、体育祭に文化祭など、どうしても学生の本分だったり学校行事のほうを優先しなければならないときは、動画の投稿は休むことになる。けれど、部活に入っているわけでもない悠太にとって、週末のお菓子作りと動画の投稿は、やや持て余し気味になってしまう時間の使い道には最適だったし、好きなことに没頭できる時間でもあった。
 とはいえ、一般的に考えて、男子高校生の趣味としては乙女が過ぎることは自覚している。そのため、表向きは無難にゲームや漫画を読むことを趣味にしていて、実際、話に付いていける程度にはゲームもするし漫画も読む。けれど、本当に好きなのは可愛かったり綺麗だったりするお菓子を見たり食べたりするほうだったりする。
 作るのはもっと好きだし、楽しい。
 でも、それを正直に口にすれば周りは反応に困るだろうとも思う。考えすぎだったり自意識過剰だったりするかもしれないけれど、例えば引かれたり変に噂になって教室に居づらくなるくらいなら、誰にも打ち明けずにいたほうがずっといい。
 それくらい、悠太にとって週末のお菓子作りは大切な趣味だ。
 そのきっかけとなったのが、高校の入学祝いに両親が悠太にと新しくパソコンを買ってくれたことだった。スマホはすでに持たせてもらっていたので、パソコンまで与えてもらうのは逆に申し訳なかったけれど、スマホでは事足りないこともあるだろうから、というのが両親の考えで、また、家族共用のパソコンも古くなってきていたので、ちょうど買い替えたいとも思っていたそうだ。もし悠太が自分専用で使うことに気が引けるなら、共用パソコンが壊れるまでの間、悠太が優先的に使えばいい、ということで、なんだかんだと丸め込まれる形で、新しいパソコンは今、悠太が専用で使わせてもらっている、というわけだった。
 そんな両親は町で小さな洋菓子店を営んでいて、店の名前も、そっくりそのまま【町の小さな洋菓子店】という。ふたりとも朝早くから夜遅くまで店で働いていて、もちろん土日も家にいない。小さい頃はそのことに不満があったし、電車で三駅の距離に住んでいる祖父母の家で面倒を見てもらったり、反対に店の二階の自宅に来てもらうことも、しょっちゅうだった。
 両親に代わって遊びに連れて行ってもらったこともあったし、クリスマスや周年記念のフェア、ひな祭りなどの、どうしても時間が取れない繁忙期のときなどは、食事や身の回りの世話も祖父母が一時的に一手を引き受けてくれたりもした。
 そんなふうに、ほかの同級生とは日々のサイクルやリズムが違うことに寂しさを感じなかったわけではないし、反発心が芽生えなかったわけでもない。
 でも、自分でも単純だと思うけれど、試作のケーキを見せてもらったときや食べたとき、何よりたくさんある店の中から【町の小さな洋菓子店】を選んで足を運んでくれたお客さんの笑顔を見ると、不満も反発心も途端になくなってしまう。
 そのうち、見るだけや食べるだけでは満足しきれなくなり、悠太自身もだんだんとケーキ作り――広い範囲で言うところのお菓子作りに興味が湧きはじめ、自分でも作ってみたくなるのは自然な流れだったんじゃないかと思う。そこに両親から新しいパソコンをもらったことがきっかけとなり、せっかくだから動画も撮って投稿してみたら楽しいんじゃないかということで、週末のルーティンが出来上がったというわけだった。

 といっても、再生数は微々たるものだ。日々、たくさんの動画が投稿される中で、ある日突然、悠太の投稿動画がバズるなんていうのは夢のまた夢で、初投稿動画が一年をかけて三〇〇〇回再生に届くかどうか、というくらいだったりする。
 けれど、ありがたいことに最近は少しだけ固定で見てくれる人が付いて、さらにありがたいことにコメントを書き込んでくれたりもするようになった。
 悠太にとって楽しかったり嬉しかったりするのは、その人たちと動画を通してコメントのやり取りをすることだったり、日々のちょっとした出来事を伝え合ったりすることなので、再生回数にこれといってこだわりはないし、気になることでもない。
「今週も【yosukeよーすけ】からコメント来るかな」
 中でも、投稿をはじめて二、三か月経った頃に初めてコメントをしてくれた【yosuke】という人とは今でも頻繁にコメントのやり取りが続いている。
 はじめは《美味しそうですね!》とか《手つきが上手です!》なんていう、動画に対してのコメントを一言、二言残してくれる程度だったけれど、動画内で悠太が《もうすぐ期末テストだー……》や《今週末は文化祭!》などのテロップを入れたりすると、それに対しても《現実を思い出させないで……。オレのところも期末だからー》とか《お互い楽しい文化祭にしような!》と砕けた言葉でコメントをしてくれることが増えていった。
 そうして、本人が特定できない程度にプライベートを混ぜたコメントのやり取りをしているうち、悠太と【yosuke】は同い年だということがわかり、また、テスト期間や学校行事の日程も被っていることが徐々にわかっていった。
 そんなこともあって、数回だけ……いや、今でもふとした拍子に、ひょっとしたら同じ学校だったりするのかなと考えなくもない。けれど、全国にどれだけの数の高校があるんだと思うと、中には自分が通う高校と同じ行事予定の高校もあるだろうと考えるようになった。そのため、以降も悠太はネット上での良き友達として交流を続けているし、【yosuke】のほうもまた、悠太と同じ考えのようで、あくまでネット上の友達という位置付けで接してくれている。
 悠太は、この関係がとても心地いい。
 もしかしたら現実では、男がお菓子作りなんてと笑われてしまうかもしれない趣味でも、動画の中では思いっきり趣味を楽しめるし、それを見てコメントをくれる【yosuke】という友達もいる。最近では【yosuke】との他愛ないコメントのやり取りが楽しすぎて、前にも増してお菓子作りに精が出てしまうことも、しばしばだ。
 それを思うと、悠太はつくづく不思議だなと思う。
 単に自分が楽しむためにはじめた動画投稿だったのに、コメントをもらうようになって、少ないながらも固定で見てくれる人ができて、その中で最初に感想をくれた【yosuke】とは同い年だし気も合い、おまけにお互いの高校の行事も被る。
 大げさかもしれないけれど、これらは全部、外に向けて発信していなかったら、けしてはじまることのなかった交流だ。もっと言うと、家が洋菓子店じゃなかったら、悠太がお菓子作りに興味が湧かなかったら、両親がパソコンを与えてくれなかったら、動画も撮って投稿したら楽しいんじゃないかと思いつかなかったら、そして、そもそも【yosuke】が悠太の動画を見なかったら、コメントをしようと思ってくれなかったら、はじまりの〝は〟の字すらなかった。
 学校の友達は大切だし、一緒にいて楽しい。それは嘘偽りなく本当にそう思う。でも、同じように【yosuke】も気の置けない大事な友達に変わりはない、という話だ。

「悠太ー。ご飯できたよー」
「わかった、今行くー」
 キッチンのほうから母が呼ぶ声に返事をして、悠太は動画投稿サイトの画面を閉じて椅子を立つ。投稿時間までは三時間弱、今日も【yosuke】からのコメントを楽しみに、悠太はそれからの時間をご飯を食べたり風呂に入ったり、課題をやっつけたりしながら過ごした。

 *

 明けて月曜――。
「ちょいちょい、悠太ー。俺という者がありながら、なんだよ今日は。休み時間のたびにスマホにかじりついちゃったりしてさー。……さてはお前、堂々と浮気だな?」
「んー、ちょっとな。明言は避けておくわ」
「ったく。なんで悠太だけそんなに楽しそうなの。今日は憂鬱な月曜じゃん、日曜日の続きじゃないんだよー? 少しは俺にも分けてくれよ、その楽しそうな感じ」
「わはは」
 四時間目の授業が終わり、昼休みがはじまったとほぼ同時に弁当を持って悠太の席に駆け寄ってきた本館樹生もとだていつき――昔から〝モト〟と呼ばれることが多かったらしく、進級時のクラス替え後の自己紹介で〝モト〟と呼んでほしいと言っていたので、悠太もクラスの連中もそう呼んでいる――とじゃれた会話をしながら、悠太はさっそく開いていた動画投稿サイトの画面をホーム画面に戻し、スマホを机に置いて鞄から弁当を取り出した。
 慣れた様子で悠太の前の席の椅子を引き寄せ、向かい合わせに座るモトは、暇さえあればスマホに夢中になる今日の悠太に少し不満があるらしく、弁当箱の蓋を開けたり箸を取り出したりしている間も、本気じゃない面白くなさそうな顔をしている。
「で。浮気だなんだっていう冗談はさておき、ほんと楽しそうじゃん?」
「まあね。なんだろ、よく見てる動画のコメント欄で気が合う人ができて、その人とやり取りするのが最近の楽しみになってるんだよね。動画がアップされるのが日曜だから、月曜でもモトが俺を見て楽しそうって思うのは、そのせいなんじゃない?」
 聞かれて悠太は、そう説明する。
 いろいろとぼやかして話したものの、嘘はついていないはずだ。というより、これくらいのぼやかしは、そもそも〝嘘〟と呼べるほどのことでもないだろうと思う。
 けれど、なんとなく。なんとなく【yosuke】とのやり取りは秘密にしておきたいという気持ちが咄嗟に働き、こんなふうな受け答えになってしまった。
 それはけしてモトに知られたくないということではなく、自分の中で大事に持っていたいもの、だったり、こっそり感じていたい幸せ、というような感覚だろうか。なかなか上手い言葉が見つからないけれど、とにかく悠太にとって【yosuke】との交流は特別であることは確かで、だからそれはそれとして分けて扱いたい事柄になっていることもまた、確かだ。
 きっと、誰もが大なり小なり持っているはずの〝自分だけの特別なもの〟が、悠太には【yosuke】との他愛ないやり取りなのだと思う。ほかの人に知られたくないわけではないけれど、かといって自分から明かしたいわけでもないのが【yosuke】の存在、というわけだ。
「へえ、そんなこともあるのなー」
「あるみたいだねー」
「あ、それよりさ、明日の調理実習なんだけど――」
「ん?」
 その証拠……というほどでもないけれど、モトの興味はすぐに別のことに逸れ、目下の話題は明日の家庭科の授業で行われる調理実習に移っていった。
 クラス替えだってついこの間だったというのに、まだクラスの雰囲気もできていない中で班になって料理を作るのは、なかなかハードなイベントかもしれない。
 新学期がはじまって早々の調理実習なんて探り探りの空気になるだろうこと必至なのに、家庭科の教師は一体何を考えているのだろうと、ちょっと疑ってしまう。
 とはいえ、モトとは一年のときに仲良くなり、クラス替えでも離れなかったおかげで、そこまで気が重いわけではない。おそらく出席番号順になるだろうから、伊藤と本館では一緒の班になることはないけれど、クラスにモトがいてくれるだけで、なんとなく安心する。
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