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■1.はじまりのオレンジカップケーキ
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それはそうと、違う意味でなんとなく心配に思ってしまうのが、同じ班になるだろう大倉耀介という、今回のクラス替えで初めて一緒になったクラスメートだ。
彼の何がどう悠太に引っかかるものを感じさせるのかは、悠太自身もまだ、はっきりとは掴めていない。けれど、クラス全体や学年を通して見たときに、いわゆる平均的な生徒よりも一段階、二段階、垢抜けて見える筆頭が大倉耀介なんじゃないかと悠太は感じている。
休み時間などに男女入り混じった楽しそうな笑い声が上がり、反射的にふとそちらに目が向いたときなどが、その最たるものかもしれない。
きっと彼が自然に持ち合わせている〝陽〟の雰囲気や空気感が、同じ〝陽〟の波長を持つクラスメートを引き寄せたり、引き合ったりしているのだろう、新学期になってまだ日が浅いながらも、目を向けるたびに彼の周りは太陽が照らしているみたいに眩しい。
初めてその様子を見たとき、本当に眩しく感じて思わず目を細めてしまったくらいだ。
そんな絵に描いたような陽キャと同じ班で調理実習をするなんて、しかも三、四時間目と二コマ続きで一汁三菜の和食を作り、それを昼ご飯として食べるだなんて、どんな話をしたら場や間が持つのか、悠太にはちょっと……いや、だいぶ見当がつかない。
といっても、向こうとしては、これといって特に意識したり気構えたりすることなく普通に楽しく調理実習をするつもりでいるだろうから、悠太が勝手に自分の立ち居振る舞いや話題の無さに気を揉んでいるだけだ。そもそも班にはほかのクラスメートもいるわけで、だからこれは完全に悠太の一人相撲だったり、自家中毒気味になっているだけに過ぎない。
それは悠太自身も十分に感じていることでもある。
でも、だからといってモトと話すみたいに話せるかといったら、きっとそういうわけにもいかないだろうことも感覚的に察せてしまうのが、なんとも悲しいところだ。
初めて一緒のクラスになって、まだ大して話をしたことのない陽キャと同じ班で二コマ続きの調理実習、それを班のメンバーで食べて昼ご飯とし、昼休みの間に後片付けまで終わらせる――さっきは、そこまで気が重いわけではない、なんて思ったけれど、よくよく考えてみればわりとそうでもないことに気づいて、悠太は途端に憂鬱になる。
「調理実習、大丈夫かな、俺……」
つい気弱な言葉がぽろりと口から出てしまう有様だ。
「え? 悠太、なんか言った?」
それを拾ったモトに尋ねられ、悠太は「いや、なんでもない」とすぐに繕う。
「そ? ならいいけど。でさ、俺は盛り付けを頑張ろうと思っててさ」
「いやいや、モトも包丁握ろうよ。楽をしちゃいけません」
「うはは、やっぱそう思う?」
「そう思う」
それ以降は、いつものじゃれた会話だ。
その後もモトはずっと明日の調理実習の話をしていて、悠太はそれに相槌を打ったり、たまにツッコミを入れたり冗談に乗ったりしながら昼休みを過ごした。
この昼休みでわかったのは、モトは悠太が思っているよりずっとずっと調理実習を楽しみにしていることと、自分でもここまでかと思わず苦笑してしまうほど、慣れない相手だったりキラキラして見える相手には小心者になってしまうということだ。
それに対して、これだから俺は、とまではさすがに思わないけれど、卑屈気味になっているのは自分でもわかる。そしてそれは悠太といるのが楽しいから一緒にいてくれるモトにも悪いし、悠太自身も、そこまで自分が卑屈な人間だとは思っていない。
そもそもモトは自分にとって有益な相手かどうかで付き合う友達を選ぶような奴ではないことは、悠太が一番よくわかっているという自負もある。
なんとなく心配だったり不安に思うのは、ただ単に、思わず目を細めてしまうくらいに眩しく映る大倉耀介というクラスメートとの距離感がまだよくわからないからだ。だったら、明日の調理実習で普通に話せるようになるくらいには頑張ってみよう――空回りになるかもしれないけれど、密かにそう意気込むくらい、迷惑にはならないだろう。
*
そうして臨んだ調理実習は、けれど悠太の密かな意気込みの通りとは、いかない。
「おーい耀介、ちょっとこっち来て。めっちゃ上手くね? これ!」
「今行くわ、待ってて」
「耀介、私たちの班も見に来てよ。もうお嫁に行けちゃうくらい上手だから」
「おうおう、それは未来の旦那が喜ぶな!」
――あ、あれ、ほとんど班にいないんだけど、いつ話せば……。
調理実習がはじまって間もなくして家庭科室に整然と備え付けられた調理台の方々から声がかかり、そのたびに耀介はそちらの班に出張する、というのが、かれこれもう調理の中間地点を過ぎた辺りでも続いていて、悠太はすっかり出鼻を挫かれた状態にいた。
「耀介、味見してー」
「こっちもー」
「はいはい、今行くよ」
そういう今もまたどこぞの班に呼ばれ、やっと本来いるべきはずの悠太たちの班に戻ってきたかと思えばすぐにそちらに向かった耀介の滞在時間は、体感で約五秒といったところだ。
「みんな、ごめんな。せめて洗い物は俺にさせて!」
そう言い残して班を離れていく耀介の背中や横顔は、それでも悠太にはやっぱり太陽みたいに眩しく、それでいて、人気者って大変なんだなと、ちょっぴり同情してしまう。
そしてそれは悠太以外の班のメンバーも似たようなもののようで、ちっとも調理に参加できない耀介を少しばかり不憫に思っているようだったり、こうなることを最初から見込んでいるようでもあったりして、要は、さほど気に留めていない様子だった。
悠太も調理実習での様子を目の当たりにして、だんだんと耀介の人となりや一年のときのクラスがどんなふうだったのかが見えてくるようだった。
きっと〝陽〟が〝陽〟を引き寄せたり引き合ったりする以前に、そもそもが周りから愛されるキャラクターをしているから自然と人が集まるのだろう。太陽みたいに眩しくて思わず目を細めた最初のインパクトから、陽キャだ、キラキラした人だと思い、昨日も勝手に心配や不安を感じていたけれど、本当に悠太の勝手な思い込みに過ぎなかったのがよくわかる。
話しかける隙も暇もなくあちこちから呼ばれるので、出鼻を挫かれた状態にあることに変わりはないものの、つい今しがたの『せめて洗い物は俺にさせて!』という言葉からも、耀介が普通にいい奴なことはわかったし、探り探りの雰囲気になるかと思いきや、ちょうどよく各班に耀介と仲のいい友達が散らばっているおかげで和気あいあいだ。
それは間違いなく耀介の人柄がそうさせている。
だいたい、雰囲気だけの偽陽キャは、おそらく自分からほかの班に出向くだろうし、食器洗いや後片付けもなんだかんだ理由をつけてやろうとしないか〝手伝う〟くらいの意識しかないだろう。そういう偽物は後々、痛い目を見る必ず日がやってくる。
調子がいいだけの奴は所詮、いくら人が集まったとて、周りから本当には愛されない。
そこが耀介とは根本的に違う部分だ。
「あはは。耀介めっちゃ忙しそう。まだ当分は戻ってこられそうにないかもなー」
そんな分析をしていると、ふいに隣でニンジンの皮むきをしていた班のメンバー――進級時のクラス替えで一緒になった植村絢斗に話しかけられ、悠太はそこで包丁を握る手が止まってしまっていたことに気づき、慌てて「だ、だなー」と返事をしながら手を動かしはじめた。
どうやら、耀介のあまりの人気ぶりに目を奪われるあまり、けっこうな間、手元が疎かになっていたらしい。さっきまで植村がせっせと皮をむいてくれていたジャガイモ三個のうち、まだたったの一個だって調理指示にある乱切りにできていなかった。
ちなみにジャガイモもニンジンも味噌汁に入る。
「あ、植村。そういや大倉って、一年からあんな愛されキャラなの? 俺はクラスも違ったし部活にも入ってないから、ほぼほぼ初見なんだけど、なんかすごいなーって思ってさ」
せっかく植村が話題を振ってくれたので、これは耀介のことも聞けるし植村とも仲良くなれるチャンスだと思った悠太は、これまで気になっていたことを聞いてみることにした。
植村も耀介と仲のいい友達のひとりだし、確か前に『クラス一緒になったな。またよろしくー』というような話をしていたから、きっと去年のことにも詳しいはずだ。
「ああ、そっか。じゃあ、自然と目が行っちゃうよな。うん、去年も同じクラスだったけど、ずっとあんな感じでみんなから愛されてて、だから雰囲気もめっちゃよかったよ。なんて言えばいいだろ――少女漫画で言う〝これぞ王道のヒーローキャラ〟って感じ、って言ったら、なんとなく想像つく? 俺、三つ下に妹がいて、よく読まされるんだ、そういうの」
「ははっ。読まされるって、もはや強制じゃん。うん、でも、なんとなくわかるかも」
「あ、ほんと? で、ちなみにだけど、強制的に読まされてる俺の所見だと、耀介は〝爽やかタイプ〟よりかは〝自然体タイプ〟だと踏んでるんだよね。どっちも明るくてみんなから愛されるキャラってのは同じだけど、耀介の場合、明るさが若干強めというか」
「ぶははっ! なんだかんだ愛読してんじゃん。植村、マジ面白い……っ!」
すると以外にも、とんとんと会話が弾み、悠太の笑い声を聞いた班のほかのメンバーも、それぞれの作業の手を止め、なんだ、どうしたとこちらに目を向けはじめた。
「いや、植村が、大倉は爽やかタイプより自然体タイプとか言うから面白くって」
「おいおい、それじゃあ、ちょっと説明不足だろ。えーっと、まず、耀介は一年のときからあんな感じでみんなから愛されるキャラなのかって悠太が質問してきたんだよ。で、俺の分析とか所見を織り交ぜて答えてたら、この通りの爆笑でさ。俺、妹によく少女漫画を読まされてるから、クラスの人気者男子のタイプ別診断には少しばかり目利きがいいのよ」
その視線に笑いを堪えながら交互に説明していると、たまらずぷっと吹き出したり、どこからツッコめばいいのと笑われたりと、これまでほかの班と比べてちょっとばかりぎこちなさげだった班の空気や雰囲気が一気に和らいでいった。
そんな中で悠太は密かに〝植村が名前で呼んでくれた……!〟と、胸の中がじんわり温かくなっていくのを感じて嬉しくなり、と同時に、俺も最初から名字じゃなくて絢斗と名前で呼べばよかったとチクリと後悔して、ごめんと心の中で謝る。
とはいえ、まだまだこれからだし、ここからが本番だろう。
今もまだあちこちに引っ張りだこの耀介の話題になったことで絢斗と会話が弾み、そのおかげで、どこかよそよそしかった班の雰囲気も格段に良くなった。それはきっと、きっかけとなるものが見つからなかったり、どう話題を作ったらいいかがわからなかったりして、それぞれがずっと手探り状態だったからなのではないかと思う。
でも、もう大丈夫だ。
本人が不在でも話題に出るだけで雰囲気を一気に明るい方向へ持っていくことができる耀介は、やっぱり太陽みたいに眩しいと思いながら、悠太たちはそれからの後半戦を、ほかの班と同じように、もしかしたらそれ以上に和気あいあいとしながら調理した。
それから小一時間ほどした、調理と実食を無事に終えた昼休み――。
「ほんとごめんなー。調理も任せっきりにしちゃった上に、洗い物も手伝ってもらっちゃってさ……。もー。俺は一体、この調理実習で何がしたかったんだろ。マジごめん」
「まあまあ。片付けは人数がいたほうが早く終わるし、実習も、クラスのみんなが楽しんで調理できるように場を盛り上げてくれたってことでいいんじゃない?」
「なんていい奴……!」
「あはは。なんか恥ずかしいな。けど、ありがと」
普通に話せるようになるくらいには頑張ってみようと密かに意気込んでいた相手である耀介と棚ぼた式に会話をしながら、悠太は、隣に並んで立つと思った以上に上背があるんだなとか、キラキラ度が増し増しだ、なんていう、自分でもわけのわからないことを思いながら、人気の少なくなった家庭科室の一角で班の人数分の食器を洗っていた。
絢斗も悠太も、もちろんほかのメンバーも、耀介が調理をやりたくなくて班を抜けていたわけではないことは見ていてわかっていたし、逆に『お疲れ』と労ったくらいだったけれど、それではどうにも耀介の気が済まないのは明らかで、宣言通り洗い物は丸投げしてくれと譲らなかった。
そこで、ちょうどよく委員会や日直や部活での集まりなどがなかった悠太が付き添うことになったものの、悠太のほうとしてもただ見ているだけではどうにも気が済まず、結局、遠慮する耀介を押し切る形で手伝っている、というわけだった。
そんな耀介は今、口調こそ普段の明るい調子なものの、ちらと隣を見ると、やはりしばらく引きずるだろうことがよく見て取れる顔で食器を洗っている。
彼の何がどう悠太に引っかかるものを感じさせるのかは、悠太自身もまだ、はっきりとは掴めていない。けれど、クラス全体や学年を通して見たときに、いわゆる平均的な生徒よりも一段階、二段階、垢抜けて見える筆頭が大倉耀介なんじゃないかと悠太は感じている。
休み時間などに男女入り混じった楽しそうな笑い声が上がり、反射的にふとそちらに目が向いたときなどが、その最たるものかもしれない。
きっと彼が自然に持ち合わせている〝陽〟の雰囲気や空気感が、同じ〝陽〟の波長を持つクラスメートを引き寄せたり、引き合ったりしているのだろう、新学期になってまだ日が浅いながらも、目を向けるたびに彼の周りは太陽が照らしているみたいに眩しい。
初めてその様子を見たとき、本当に眩しく感じて思わず目を細めてしまったくらいだ。
そんな絵に描いたような陽キャと同じ班で調理実習をするなんて、しかも三、四時間目と二コマ続きで一汁三菜の和食を作り、それを昼ご飯として食べるだなんて、どんな話をしたら場や間が持つのか、悠太にはちょっと……いや、だいぶ見当がつかない。
といっても、向こうとしては、これといって特に意識したり気構えたりすることなく普通に楽しく調理実習をするつもりでいるだろうから、悠太が勝手に自分の立ち居振る舞いや話題の無さに気を揉んでいるだけだ。そもそも班にはほかのクラスメートもいるわけで、だからこれは完全に悠太の一人相撲だったり、自家中毒気味になっているだけに過ぎない。
それは悠太自身も十分に感じていることでもある。
でも、だからといってモトと話すみたいに話せるかといったら、きっとそういうわけにもいかないだろうことも感覚的に察せてしまうのが、なんとも悲しいところだ。
初めて一緒のクラスになって、まだ大して話をしたことのない陽キャと同じ班で二コマ続きの調理実習、それを班のメンバーで食べて昼ご飯とし、昼休みの間に後片付けまで終わらせる――さっきは、そこまで気が重いわけではない、なんて思ったけれど、よくよく考えてみればわりとそうでもないことに気づいて、悠太は途端に憂鬱になる。
「調理実習、大丈夫かな、俺……」
つい気弱な言葉がぽろりと口から出てしまう有様だ。
「え? 悠太、なんか言った?」
それを拾ったモトに尋ねられ、悠太は「いや、なんでもない」とすぐに繕う。
「そ? ならいいけど。でさ、俺は盛り付けを頑張ろうと思っててさ」
「いやいや、モトも包丁握ろうよ。楽をしちゃいけません」
「うはは、やっぱそう思う?」
「そう思う」
それ以降は、いつものじゃれた会話だ。
その後もモトはずっと明日の調理実習の話をしていて、悠太はそれに相槌を打ったり、たまにツッコミを入れたり冗談に乗ったりしながら昼休みを過ごした。
この昼休みでわかったのは、モトは悠太が思っているよりずっとずっと調理実習を楽しみにしていることと、自分でもここまでかと思わず苦笑してしまうほど、慣れない相手だったりキラキラして見える相手には小心者になってしまうということだ。
それに対して、これだから俺は、とまではさすがに思わないけれど、卑屈気味になっているのは自分でもわかる。そしてそれは悠太といるのが楽しいから一緒にいてくれるモトにも悪いし、悠太自身も、そこまで自分が卑屈な人間だとは思っていない。
そもそもモトは自分にとって有益な相手かどうかで付き合う友達を選ぶような奴ではないことは、悠太が一番よくわかっているという自負もある。
なんとなく心配だったり不安に思うのは、ただ単に、思わず目を細めてしまうくらいに眩しく映る大倉耀介というクラスメートとの距離感がまだよくわからないからだ。だったら、明日の調理実習で普通に話せるようになるくらいには頑張ってみよう――空回りになるかもしれないけれど、密かにそう意気込むくらい、迷惑にはならないだろう。
*
そうして臨んだ調理実習は、けれど悠太の密かな意気込みの通りとは、いかない。
「おーい耀介、ちょっとこっち来て。めっちゃ上手くね? これ!」
「今行くわ、待ってて」
「耀介、私たちの班も見に来てよ。もうお嫁に行けちゃうくらい上手だから」
「おうおう、それは未来の旦那が喜ぶな!」
――あ、あれ、ほとんど班にいないんだけど、いつ話せば……。
調理実習がはじまって間もなくして家庭科室に整然と備え付けられた調理台の方々から声がかかり、そのたびに耀介はそちらの班に出張する、というのが、かれこれもう調理の中間地点を過ぎた辺りでも続いていて、悠太はすっかり出鼻を挫かれた状態にいた。
「耀介、味見してー」
「こっちもー」
「はいはい、今行くよ」
そういう今もまたどこぞの班に呼ばれ、やっと本来いるべきはずの悠太たちの班に戻ってきたかと思えばすぐにそちらに向かった耀介の滞在時間は、体感で約五秒といったところだ。
「みんな、ごめんな。せめて洗い物は俺にさせて!」
そう言い残して班を離れていく耀介の背中や横顔は、それでも悠太にはやっぱり太陽みたいに眩しく、それでいて、人気者って大変なんだなと、ちょっぴり同情してしまう。
そしてそれは悠太以外の班のメンバーも似たようなもののようで、ちっとも調理に参加できない耀介を少しばかり不憫に思っているようだったり、こうなることを最初から見込んでいるようでもあったりして、要は、さほど気に留めていない様子だった。
悠太も調理実習での様子を目の当たりにして、だんだんと耀介の人となりや一年のときのクラスがどんなふうだったのかが見えてくるようだった。
きっと〝陽〟が〝陽〟を引き寄せたり引き合ったりする以前に、そもそもが周りから愛されるキャラクターをしているから自然と人が集まるのだろう。太陽みたいに眩しくて思わず目を細めた最初のインパクトから、陽キャだ、キラキラした人だと思い、昨日も勝手に心配や不安を感じていたけれど、本当に悠太の勝手な思い込みに過ぎなかったのがよくわかる。
話しかける隙も暇もなくあちこちから呼ばれるので、出鼻を挫かれた状態にあることに変わりはないものの、つい今しがたの『せめて洗い物は俺にさせて!』という言葉からも、耀介が普通にいい奴なことはわかったし、探り探りの雰囲気になるかと思いきや、ちょうどよく各班に耀介と仲のいい友達が散らばっているおかげで和気あいあいだ。
それは間違いなく耀介の人柄がそうさせている。
だいたい、雰囲気だけの偽陽キャは、おそらく自分からほかの班に出向くだろうし、食器洗いや後片付けもなんだかんだ理由をつけてやろうとしないか〝手伝う〟くらいの意識しかないだろう。そういう偽物は後々、痛い目を見る必ず日がやってくる。
調子がいいだけの奴は所詮、いくら人が集まったとて、周りから本当には愛されない。
そこが耀介とは根本的に違う部分だ。
「あはは。耀介めっちゃ忙しそう。まだ当分は戻ってこられそうにないかもなー」
そんな分析をしていると、ふいに隣でニンジンの皮むきをしていた班のメンバー――進級時のクラス替えで一緒になった植村絢斗に話しかけられ、悠太はそこで包丁を握る手が止まってしまっていたことに気づき、慌てて「だ、だなー」と返事をしながら手を動かしはじめた。
どうやら、耀介のあまりの人気ぶりに目を奪われるあまり、けっこうな間、手元が疎かになっていたらしい。さっきまで植村がせっせと皮をむいてくれていたジャガイモ三個のうち、まだたったの一個だって調理指示にある乱切りにできていなかった。
ちなみにジャガイモもニンジンも味噌汁に入る。
「あ、植村。そういや大倉って、一年からあんな愛されキャラなの? 俺はクラスも違ったし部活にも入ってないから、ほぼほぼ初見なんだけど、なんかすごいなーって思ってさ」
せっかく植村が話題を振ってくれたので、これは耀介のことも聞けるし植村とも仲良くなれるチャンスだと思った悠太は、これまで気になっていたことを聞いてみることにした。
植村も耀介と仲のいい友達のひとりだし、確か前に『クラス一緒になったな。またよろしくー』というような話をしていたから、きっと去年のことにも詳しいはずだ。
「ああ、そっか。じゃあ、自然と目が行っちゃうよな。うん、去年も同じクラスだったけど、ずっとあんな感じでみんなから愛されてて、だから雰囲気もめっちゃよかったよ。なんて言えばいいだろ――少女漫画で言う〝これぞ王道のヒーローキャラ〟って感じ、って言ったら、なんとなく想像つく? 俺、三つ下に妹がいて、よく読まされるんだ、そういうの」
「ははっ。読まされるって、もはや強制じゃん。うん、でも、なんとなくわかるかも」
「あ、ほんと? で、ちなみにだけど、強制的に読まされてる俺の所見だと、耀介は〝爽やかタイプ〟よりかは〝自然体タイプ〟だと踏んでるんだよね。どっちも明るくてみんなから愛されるキャラってのは同じだけど、耀介の場合、明るさが若干強めというか」
「ぶははっ! なんだかんだ愛読してんじゃん。植村、マジ面白い……っ!」
すると以外にも、とんとんと会話が弾み、悠太の笑い声を聞いた班のほかのメンバーも、それぞれの作業の手を止め、なんだ、どうしたとこちらに目を向けはじめた。
「いや、植村が、大倉は爽やかタイプより自然体タイプとか言うから面白くって」
「おいおい、それじゃあ、ちょっと説明不足だろ。えーっと、まず、耀介は一年のときからあんな感じでみんなから愛されるキャラなのかって悠太が質問してきたんだよ。で、俺の分析とか所見を織り交ぜて答えてたら、この通りの爆笑でさ。俺、妹によく少女漫画を読まされてるから、クラスの人気者男子のタイプ別診断には少しばかり目利きがいいのよ」
その視線に笑いを堪えながら交互に説明していると、たまらずぷっと吹き出したり、どこからツッコめばいいのと笑われたりと、これまでほかの班と比べてちょっとばかりぎこちなさげだった班の空気や雰囲気が一気に和らいでいった。
そんな中で悠太は密かに〝植村が名前で呼んでくれた……!〟と、胸の中がじんわり温かくなっていくのを感じて嬉しくなり、と同時に、俺も最初から名字じゃなくて絢斗と名前で呼べばよかったとチクリと後悔して、ごめんと心の中で謝る。
とはいえ、まだまだこれからだし、ここからが本番だろう。
今もまだあちこちに引っ張りだこの耀介の話題になったことで絢斗と会話が弾み、そのおかげで、どこかよそよそしかった班の雰囲気も格段に良くなった。それはきっと、きっかけとなるものが見つからなかったり、どう話題を作ったらいいかがわからなかったりして、それぞれがずっと手探り状態だったからなのではないかと思う。
でも、もう大丈夫だ。
本人が不在でも話題に出るだけで雰囲気を一気に明るい方向へ持っていくことができる耀介は、やっぱり太陽みたいに眩しいと思いながら、悠太たちはそれからの後半戦を、ほかの班と同じように、もしかしたらそれ以上に和気あいあいとしながら調理した。
それから小一時間ほどした、調理と実食を無事に終えた昼休み――。
「ほんとごめんなー。調理も任せっきりにしちゃった上に、洗い物も手伝ってもらっちゃってさ……。もー。俺は一体、この調理実習で何がしたかったんだろ。マジごめん」
「まあまあ。片付けは人数がいたほうが早く終わるし、実習も、クラスのみんなが楽しんで調理できるように場を盛り上げてくれたってことでいいんじゃない?」
「なんていい奴……!」
「あはは。なんか恥ずかしいな。けど、ありがと」
普通に話せるようになるくらいには頑張ってみようと密かに意気込んでいた相手である耀介と棚ぼた式に会話をしながら、悠太は、隣に並んで立つと思った以上に上背があるんだなとか、キラキラ度が増し増しだ、なんていう、自分でもわけのわからないことを思いながら、人気の少なくなった家庭科室の一角で班の人数分の食器を洗っていた。
絢斗も悠太も、もちろんほかのメンバーも、耀介が調理をやりたくなくて班を抜けていたわけではないことは見ていてわかっていたし、逆に『お疲れ』と労ったくらいだったけれど、それではどうにも耀介の気が済まないのは明らかで、宣言通り洗い物は丸投げしてくれと譲らなかった。
そこで、ちょうどよく委員会や日直や部活での集まりなどがなかった悠太が付き添うことになったものの、悠太のほうとしてもただ見ているだけではどうにも気が済まず、結局、遠慮する耀介を押し切る形で手伝っている、というわけだった。
そんな耀介は今、口調こそ普段の明るい調子なものの、ちらと隣を見ると、やはりしばらく引きずるだろうことがよく見て取れる顔で食器を洗っている。
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