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■1.箱石が楽しければ、それでいいかな ◆箱石ひらり
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「この議題、生徒総会でやってもいいと思う?」
昨年十一月に発足した、花岡北高校第七十二代生徒会メンバーの顔をぐるりと見回し、書記の林原浩史が困ったようにコンコン、とホワイトボードをノックした。
「でも、議題に取り上げなかったら、それはそれで差別だとか言われるんじゃない?」
そう言ったのは、同じく書記の梅林琴乃だ。浩史が板書をし、琴乃が紙に記録を取る。
書記ふたりの間では、新生徒会発足後、そうした取り決めが行われたらしい。
「で、会長はどう思う?」
議長の瀬川大助が、隣に座る箱石ひらりに尋ねる。
ひらりは内心、私が会長だからってなんでも聞かないでくれ、と思いながら、生徒会メンバーの顔をひとりひとり眺めて慎重に口を開いた。
「私個人としては、面白いと思う。正式に議題に上ったことはなかったけど、前からそうなったらいいなって話は私も聞いてたし、やってみる価値はあるかもしれない。でも、会長の立場から言うと、いろんなところに絡んでくるわけだから、わからない、っていうのが正直な意見かな。一度、議題に上らせてみんなの意見を聞くのもいいと思うんだけど、やっぱりまずは、先生に相談してみるしかないんじゃないかな」
これがひらりの正直な気持ちだった。会長だからといって、なんでも自分で判断できるわけではない。とりわけこれは、学校側の問題でもある。――伝統と、予算。予算のほうは、きっと何百万円単位で調整しなければならないことだ。もし仮に生徒総会で議題に取り上げ、生徒の賛成多数で可決されたとしても、そんな大金、すぐには捻出できないだろう。
「だよなー。じゃあ、あとで先生に相談に行くか」
「そうだね」
ノンフレームの眼鏡を右手中指の腹で軽く押し上げた副会長の八重樫景吾の相づちに、ひらりは微妙な笑みを返して頷く。ほかのメンバーも、ひらりと同じように微妙な笑みを浮かべて弱々しげに頷いた。正直みんなも、これを生徒会の判断として議題に取り上げてもいいものかどうか、自信がなかったのだろう。先生に相談する方向で話がまとまると、声には出さないものの、みんなほっとした表情を浮かべた。
でも、これでとりあえず、一番の悩みの種である応援団からの要望は脇に置ける。
ほっとしたのは、ひらりも同じだ。
なにしろ、吹奏楽付きで野球応援がしたい、である。そんなの、前代未聞だ。
花岡北高校は、県内で一番の進学校である盛岡第一高校――通称、一高や、県南地域にある水沢高校と同じく、応援と名の付くものはすべてバンカラ応援で行っている。野球応援、駅伝応援、サッカー応援、その他○○応援、すべからくバンカラで、その独特のコスチュームは、初見であれば少なくとも三度見くらいは確実にする。
応援団長は髪と髭を常時伸ばし、ひとたび応援となれば、素足に下駄、学校創立当時から代々受け継がれて、もはや継ぎはぎだらけになってしまった学生服と学生帽といういで立ちで、声と太鼓だけで応援する。春でも夏でも秋でも冬でも、いつも同じ学生服だ。
夏の野球応援ともなれば、必勝を祈願して、開会式前日の夜から一晩かけて、学校から県営球場までをその格好で歩く姿が見られるだろう。その距離は三五.六キロ。車で行けば四十分ほどで着く距離をわざわざ歩くのだから、事前に警察に申請していないと補導対象になってしまうこともしばしばで、集団での深夜の徘徊は命がけである。
そんな彼らから要望書が出されたのは、四月初めのことだった。
前年度の終わりである三月から、ゴールデンウィーク明けに行われる前期生徒総会での要望や議題を募集していたのだが、まさかこんな議題が出されるなんて思ってもみなかった。会長のひらりをはじめとした生徒会一同は、かの応援団から提出された要望書を見て、しばらくの間、目を丸くして絶句するはめになったのだった。
*
「じゃあ、俺らは、これから先生のところに寄るから。気をつけて部活行けよー」
それからは生徒総会へ向けての会議も滞りなく進み、しばらくして生徒会役員会議が終わった。景吾の言ったとおり、ひらりは景吾とともに職員室へ向かう。
内心では、面倒ごとを起こさないでよ応援団、なんで私が会長の代で要望なんか出してくんのよ、とはらわたが煮えくり返る思いだ。しかし、要望が出された上、生徒会では判断できないとなれば、生徒会の相談役として顧問を務めている先生に相談するしかない。
「失礼しまーす」
「失礼します」
職員室に入り、綿貫先生の姿を探す。
綿貫先生は、定年間近の小柄で線の細い先生だ。身長はたぶん、百六十五センチもない。国語教師で、いつも品のいい鼈甲のループタイを付けているのがトレードマークだ。ちんまりした感じがほのぼのするというか、癒されるというか、見ているだけで和む。仏様みたいに優しいところも、女子生徒の間で「超可愛い」と評判の先生である。
果たして、そんな綿貫先生の姿は窓辺にあった。体の後ろで手を組み、職員室の窓から見えるグラウンドを眺めている姿は、なんだかお地蔵様みたいで思わず拝みたくなる。
「綿貫先生、今、ちょっとよろしいですか?」
後ろから声をかけると、ゆっくりと振り返った先生は、ひらりと景吾を見て「はい、なんでしょう?」と目尻のしわを深くして優しく微笑んだ。
「あの、実は、今度の生徒総会の議案についてご相談があって」
「これなんですけど、生徒会だけではどうにも判断がつかないんです」
ひらりのあとを引き継ぎ、景吾が応援団からの要望書を先生に見せる。
委員会や部活に幅広く募集した議案書や要望書は、取り上げてほしいものがある場合、生徒会室の前に設置した投書箱に入れることになっている。その投書箱を開けたのは二日前だ。それから一昨日、昨日、今日と生徒会で集まるたびに会議で取り上げたが、話はまとまらず、綿貫先生に相談に来たというわけである。四月も二十日を過ぎ、そろそろ生徒総会に向けて資料を本格的に作りはじめなければならない時期なのに、どうしたもんか。
いつもなら投書箱は空か、なんだかよくわからない励ましのような冷やかしのようなものが書かれた紙が数枚、入っているだけだ。それが今年になって、やっとまともな要望が出された。だがそれは、生徒総会で議題に上げてもいいか、自分たちではなかなか判断のつかないものだった。生徒会は生徒主体となって運営するのが当たり前ではあるが、学校応援の伝統にも関わってくることなので、一度、綿貫先生に意見を仰ぎたい。その代表として、会長のひらりと副会長の景吾がやって来た――受け取った要望書にざっと目を通す先生に、会長のひらりより会長らしく、景吾がそう説明した。
「うーん、これは私にも難しいですねえ……」
景吾の説明を聞き終えた先生は、ループタイを触りながら、珍しく曇った顔をした。
たいていのことは「いいですよ」「じゃあ、やってみましょうか」と言ってくれる先生だけれど、やはり学校応援の伝統と予算の面で判断が難しいらしい。
というのも、要望書には続きがあった。
吹奏楽部とも話し合った結果、野外用の楽器一式を揃えてくれるなら野球応援をしてもいい、という方向で話がまとまっている。吹奏楽部の連中も、野球応援に花を添えたい気持ちは一緒だ。でも野外で楽器を扱うと音が悪くなる。だから学校側で野外用の楽器一式を揃えてほしい――吹奏楽部側からは、そんな要望が出されたらしいのだ。
ていうか、外で吹くと音が悪くなるってほんとなの? 要望書を目にしたときの
ひらりは、まずそれを疑った。しかし自分でも調べてみると、木管楽器は特に直射日光に弱いことがわかって、ほかの楽器も、やっぱり痛むらしい。野球や吹奏楽が盛んな学校だと、野外用の楽器を別に揃えているところもあるそうだから、どうやらうちの吹奏楽部は、楽器の痛みを懸念して、やってもいいけど外用の楽器を揃えてね、と言っているらしかった。
言われてみれば、直射日光って楽器に悪そうだもんなあ。他校の吹奏楽応援の様子や甲子園での中継の合間にスポットされる場面を思い出すと、そういえばクラリネットやフルート奏者は炎天下の中で楽器にタオルを巻いて演奏していた。ひらりは単に楽器が熱くなるからだと思っていたが、それなら金管楽器はどれだけ熱くなるというのだろうか。
要は、楽器全般というものは、それだけ日光に弱いということなのだろう。野球応援のためだけに楽器を一式揃えるなんて、なにを無茶なことを。それまでひらりはそう思っていたのだが、ネットの質問板やQ&Aコーナーを覗いて、考えを改めさせられた。
しかし問題は、別のところにもある。
綿貫先生がループタイを触りながら言う。
「もし仮に、学校側から楽器を揃える予算がおりたとしましょう。しかし、北高伝統のバンカラ応援には、賛否が巻き起こりそうですね。何万人という卒業生もいるわけですし、在校生の意見も分かれるでしょう。先生たちの意見だって、もしかしたら分かれるかもしれません。となると、これは一筋縄ではいかないかもしれませんね」
「……やっぱり、先生もそう思いますよね」
「そうですね。そもそも、五月の生徒総会で議題に上げても、夏の予選に間に合うのでしょうか? 話し合いも何度も必要になるでしょうし、とにかく時間が限られます。これは今年初めて出された要望ですよね? 団長は、今年のモノにするつもりでいるのでしょうか」
まったく先生の言うとおりだ。仮に楽器を買う予算がおりたとしても、バンカラ応援は北高の伝統で、ほかの学校とはちょっと違うぞ、というアピールポイントでもある。バンカラ応援に憧れて入学してくる生徒もいるくらいだから、何万といる卒業生の意見もさることながら、在校生や先生たちの意見だって割れる可能性も大きい。
それに、今年のモノにするつもりかどうか、というのも重要だ。何年かかけて、というのであれば前期、後期と二回ある生徒総会でその都度議題に上げて話し合っていくこともできるが、今年の野球応援に吹奏楽を取り入れたい、という明確なビジョンがあるなら、話は違ってくる。まずはそこを団長に聞くのが先決だろうか。
「じゃあまずは、団長に聞いたほうがいいみたいですね」
景吾の発言に、数瞬考えて綿貫先生は「それがいいでしょう」と答える。ひらりもちょうど同じことを考えていたところだ。まずはそこを確かめなければ、前に進めない。
昨年十一月に発足した、花岡北高校第七十二代生徒会メンバーの顔をぐるりと見回し、書記の林原浩史が困ったようにコンコン、とホワイトボードをノックした。
「でも、議題に取り上げなかったら、それはそれで差別だとか言われるんじゃない?」
そう言ったのは、同じく書記の梅林琴乃だ。浩史が板書をし、琴乃が紙に記録を取る。
書記ふたりの間では、新生徒会発足後、そうした取り決めが行われたらしい。
「で、会長はどう思う?」
議長の瀬川大助が、隣に座る箱石ひらりに尋ねる。
ひらりは内心、私が会長だからってなんでも聞かないでくれ、と思いながら、生徒会メンバーの顔をひとりひとり眺めて慎重に口を開いた。
「私個人としては、面白いと思う。正式に議題に上ったことはなかったけど、前からそうなったらいいなって話は私も聞いてたし、やってみる価値はあるかもしれない。でも、会長の立場から言うと、いろんなところに絡んでくるわけだから、わからない、っていうのが正直な意見かな。一度、議題に上らせてみんなの意見を聞くのもいいと思うんだけど、やっぱりまずは、先生に相談してみるしかないんじゃないかな」
これがひらりの正直な気持ちだった。会長だからといって、なんでも自分で判断できるわけではない。とりわけこれは、学校側の問題でもある。――伝統と、予算。予算のほうは、きっと何百万円単位で調整しなければならないことだ。もし仮に生徒総会で議題に取り上げ、生徒の賛成多数で可決されたとしても、そんな大金、すぐには捻出できないだろう。
「だよなー。じゃあ、あとで先生に相談に行くか」
「そうだね」
ノンフレームの眼鏡を右手中指の腹で軽く押し上げた副会長の八重樫景吾の相づちに、ひらりは微妙な笑みを返して頷く。ほかのメンバーも、ひらりと同じように微妙な笑みを浮かべて弱々しげに頷いた。正直みんなも、これを生徒会の判断として議題に取り上げてもいいものかどうか、自信がなかったのだろう。先生に相談する方向で話がまとまると、声には出さないものの、みんなほっとした表情を浮かべた。
でも、これでとりあえず、一番の悩みの種である応援団からの要望は脇に置ける。
ほっとしたのは、ひらりも同じだ。
なにしろ、吹奏楽付きで野球応援がしたい、である。そんなの、前代未聞だ。
花岡北高校は、県内で一番の進学校である盛岡第一高校――通称、一高や、県南地域にある水沢高校と同じく、応援と名の付くものはすべてバンカラ応援で行っている。野球応援、駅伝応援、サッカー応援、その他○○応援、すべからくバンカラで、その独特のコスチュームは、初見であれば少なくとも三度見くらいは確実にする。
応援団長は髪と髭を常時伸ばし、ひとたび応援となれば、素足に下駄、学校創立当時から代々受け継がれて、もはや継ぎはぎだらけになってしまった学生服と学生帽といういで立ちで、声と太鼓だけで応援する。春でも夏でも秋でも冬でも、いつも同じ学生服だ。
夏の野球応援ともなれば、必勝を祈願して、開会式前日の夜から一晩かけて、学校から県営球場までをその格好で歩く姿が見られるだろう。その距離は三五.六キロ。車で行けば四十分ほどで着く距離をわざわざ歩くのだから、事前に警察に申請していないと補導対象になってしまうこともしばしばで、集団での深夜の徘徊は命がけである。
そんな彼らから要望書が出されたのは、四月初めのことだった。
前年度の終わりである三月から、ゴールデンウィーク明けに行われる前期生徒総会での要望や議題を募集していたのだが、まさかこんな議題が出されるなんて思ってもみなかった。会長のひらりをはじめとした生徒会一同は、かの応援団から提出された要望書を見て、しばらくの間、目を丸くして絶句するはめになったのだった。
*
「じゃあ、俺らは、これから先生のところに寄るから。気をつけて部活行けよー」
それからは生徒総会へ向けての会議も滞りなく進み、しばらくして生徒会役員会議が終わった。景吾の言ったとおり、ひらりは景吾とともに職員室へ向かう。
内心では、面倒ごとを起こさないでよ応援団、なんで私が会長の代で要望なんか出してくんのよ、とはらわたが煮えくり返る思いだ。しかし、要望が出された上、生徒会では判断できないとなれば、生徒会の相談役として顧問を務めている先生に相談するしかない。
「失礼しまーす」
「失礼します」
職員室に入り、綿貫先生の姿を探す。
綿貫先生は、定年間近の小柄で線の細い先生だ。身長はたぶん、百六十五センチもない。国語教師で、いつも品のいい鼈甲のループタイを付けているのがトレードマークだ。ちんまりした感じがほのぼのするというか、癒されるというか、見ているだけで和む。仏様みたいに優しいところも、女子生徒の間で「超可愛い」と評判の先生である。
果たして、そんな綿貫先生の姿は窓辺にあった。体の後ろで手を組み、職員室の窓から見えるグラウンドを眺めている姿は、なんだかお地蔵様みたいで思わず拝みたくなる。
「綿貫先生、今、ちょっとよろしいですか?」
後ろから声をかけると、ゆっくりと振り返った先生は、ひらりと景吾を見て「はい、なんでしょう?」と目尻のしわを深くして優しく微笑んだ。
「あの、実は、今度の生徒総会の議案についてご相談があって」
「これなんですけど、生徒会だけではどうにも判断がつかないんです」
ひらりのあとを引き継ぎ、景吾が応援団からの要望書を先生に見せる。
委員会や部活に幅広く募集した議案書や要望書は、取り上げてほしいものがある場合、生徒会室の前に設置した投書箱に入れることになっている。その投書箱を開けたのは二日前だ。それから一昨日、昨日、今日と生徒会で集まるたびに会議で取り上げたが、話はまとまらず、綿貫先生に相談に来たというわけである。四月も二十日を過ぎ、そろそろ生徒総会に向けて資料を本格的に作りはじめなければならない時期なのに、どうしたもんか。
いつもなら投書箱は空か、なんだかよくわからない励ましのような冷やかしのようなものが書かれた紙が数枚、入っているだけだ。それが今年になって、やっとまともな要望が出された。だがそれは、生徒総会で議題に上げてもいいか、自分たちではなかなか判断のつかないものだった。生徒会は生徒主体となって運営するのが当たり前ではあるが、学校応援の伝統にも関わってくることなので、一度、綿貫先生に意見を仰ぎたい。その代表として、会長のひらりと副会長の景吾がやって来た――受け取った要望書にざっと目を通す先生に、会長のひらりより会長らしく、景吾がそう説明した。
「うーん、これは私にも難しいですねえ……」
景吾の説明を聞き終えた先生は、ループタイを触りながら、珍しく曇った顔をした。
たいていのことは「いいですよ」「じゃあ、やってみましょうか」と言ってくれる先生だけれど、やはり学校応援の伝統と予算の面で判断が難しいらしい。
というのも、要望書には続きがあった。
吹奏楽部とも話し合った結果、野外用の楽器一式を揃えてくれるなら野球応援をしてもいい、という方向で話がまとまっている。吹奏楽部の連中も、野球応援に花を添えたい気持ちは一緒だ。でも野外で楽器を扱うと音が悪くなる。だから学校側で野外用の楽器一式を揃えてほしい――吹奏楽部側からは、そんな要望が出されたらしいのだ。
ていうか、外で吹くと音が悪くなるってほんとなの? 要望書を目にしたときの
ひらりは、まずそれを疑った。しかし自分でも調べてみると、木管楽器は特に直射日光に弱いことがわかって、ほかの楽器も、やっぱり痛むらしい。野球や吹奏楽が盛んな学校だと、野外用の楽器を別に揃えているところもあるそうだから、どうやらうちの吹奏楽部は、楽器の痛みを懸念して、やってもいいけど外用の楽器を揃えてね、と言っているらしかった。
言われてみれば、直射日光って楽器に悪そうだもんなあ。他校の吹奏楽応援の様子や甲子園での中継の合間にスポットされる場面を思い出すと、そういえばクラリネットやフルート奏者は炎天下の中で楽器にタオルを巻いて演奏していた。ひらりは単に楽器が熱くなるからだと思っていたが、それなら金管楽器はどれだけ熱くなるというのだろうか。
要は、楽器全般というものは、それだけ日光に弱いということなのだろう。野球応援のためだけに楽器を一式揃えるなんて、なにを無茶なことを。それまでひらりはそう思っていたのだが、ネットの質問板やQ&Aコーナーを覗いて、考えを改めさせられた。
しかし問題は、別のところにもある。
綿貫先生がループタイを触りながら言う。
「もし仮に、学校側から楽器を揃える予算がおりたとしましょう。しかし、北高伝統のバンカラ応援には、賛否が巻き起こりそうですね。何万人という卒業生もいるわけですし、在校生の意見も分かれるでしょう。先生たちの意見だって、もしかしたら分かれるかもしれません。となると、これは一筋縄ではいかないかもしれませんね」
「……やっぱり、先生もそう思いますよね」
「そうですね。そもそも、五月の生徒総会で議題に上げても、夏の予選に間に合うのでしょうか? 話し合いも何度も必要になるでしょうし、とにかく時間が限られます。これは今年初めて出された要望ですよね? 団長は、今年のモノにするつもりでいるのでしょうか」
まったく先生の言うとおりだ。仮に楽器を買う予算がおりたとしても、バンカラ応援は北高の伝統で、ほかの学校とはちょっと違うぞ、というアピールポイントでもある。バンカラ応援に憧れて入学してくる生徒もいるくらいだから、何万といる卒業生の意見もさることながら、在校生や先生たちの意見だって割れる可能性も大きい。
それに、今年のモノにするつもりかどうか、というのも重要だ。何年かかけて、というのであれば前期、後期と二回ある生徒総会でその都度議題に上げて話し合っていくこともできるが、今年の野球応援に吹奏楽を取り入れたい、という明確なビジョンがあるなら、話は違ってくる。まずはそこを団長に聞くのが先決だろうか。
「じゃあまずは、団長に聞いたほうがいいみたいですね」
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