12 / 31
■5.ほんっとお前って、そういうとこな ◆浅石佑次
1
しおりを挟む
綿貫先生が倒れたという一報が佑次の耳に入ってから、早くも一週間が過ぎた。
学校は平穏を取り戻しているように見えるが、この一週間、生徒会はメンバーに緊急招集をかけたり、部活前に佑次や佐々木、なずなを呼び出したりと、バタバタしている。
この三人と生徒会が連日集まっているのには、わけがある。綿貫先生が志し半ばで手放すことになってしまった例の問題について、教頭から早急な対応を迫られているからだ。
楽器のリストアップはした、生徒会でも精査した、あとはこれを綿貫先生が再度精査し、上に――目下、教頭の首を縦に振らせるために手を尽くすだけだった。それが宙に浮いた状態となって一週間が過ぎてしまったのだ。今、自分たちにできることは、なんとかして一刻も早く教頭を納得させられるだけの材料を揃えることだけだった。
『もっとちゃんと考えてよ、応援団が言いはじめたことでしょ!』
会長のひらりは、まるでなにかに取り憑かれたように《応援団は、伝統のバンカラ応援を変えてまで吹奏楽を取り入れることに本当に意味があると思っているのか。また、どのような応援のしかたをするつもりなのか》について、ブラッシュアップした意見や、どれだけ本気でやろうとしているのかを厳しく追及してくる場面が多くなった。
野球部や吹奏楽部は、応援される側だったり、条件付きで話に乗った側なので、佑次に接するときほど厳しい口調になったりはしないものの、教頭からなにか言われているのだろう、やはりもう一度見直しを図ってもらわなければならないと彼女は渋面を作る。
こうなったからには生徒会も全面協力するしかないが、できることは自分たちでしてほしい。彼女はそう言って、蒼白にも見える顔で佐々木となずなに頭を下げた。
生徒総会前、全校生徒にかけ合う前から前途多難な予感しかしなかったことが、実際に形となって目の前に立ちはだかってしまった。五月ももう終わりに差しかかっているというのに、ちっとも前に進まない苛立ちが、そこここに一触即発の火種を燻ぶらせている。
……なんでこんなことになっちまったんだろう?
佑次は楽観視していた自分の甘さに、もう何度となく打ちのめされている。
教頭は相変わらずねちっこいし、自分たちの最大の味方である綿貫先生は入院してしまった。総会の場でも意地の悪い質問をされたし、この数週間で、自分の力じゃどうにもならないこと、思いもよらない事態が次から次へと起こりすぎているような気がする。
もし俺がバンカラ応援に吹奏楽を取り入れたいなんて言わなかったら、みんなの大事な部活の時間を取り上げることもなかったんだろうか。そう考えると、申し訳ないやら自分が情けないやらで、頭を掻きむしって叫び出したくなってくる。でも自分が代表なのだから、とうていそんな弱音なんて吐けず、自分の内側に溜め込んでいくしかなかった。
教頭を唸らせられない限り、予算も下りないし吹奏楽応援もできない。でもそのためにはどうしたらいいのか、佑次にはわからない。みんなの様子も日に日にピリピリしたものに変わっていき、正直、生徒会室に呼び出されるたび、糾弾されているような気分だ。
完全に手詰まりで、八方塞がりで、とてもじゃないが、こんな状態で吹奏楽応援なんてできるんだろうかと自信がなくなってきてしまう。たかだか二十人かそこらの人数でさえ、こんなにも心がバラバラなのに。同じ目標に向かっているはずなのに。
綿貫先生の思わぬ入院の影響は、こうしてみれば実に大きかった。
そんな中、またしても佑次の耳に噂が入った。
『生徒会がなにやらモメているらしい』
『生徒総会で一応は可決になったけど、この調子で本当に野球応援ができるのか』
そういった類いの噂話だ。
「昨日、会長とお前が盛大にやり合ったって噂だけど、マジなの? 生徒会室の外までお前らの声が聞こえてきたって話じゃん。なに、会長ってそんなにヒステリックなの?」
実際に佑次に直接、そう尋ねてくるクラスメイトも現れた。
そんなのはまったくの根も葉もない噂だったが、佑次があまりにモタモタしているため、怒られたのは嘘じゃない。その場は無難に「仲良くやってるし、そんなザコの言うことなんて放っておけ」と笑って否定したが、しかしこういう噂は一度でも立ってしまうと、ありもしない背びれ、尾ひれがついてノコノコとひとり歩きしてしまうのが関の山である。
現にあくまで平和的にモメているのは間違っていないし、学校は狭い世界だ。なにかしらみんな、刺激を求めているのだろう。あわよくば、人の不幸は蜜の味、的なものを。
なんでこういう下衆い噂ってすぐに嗅ぎつけられんだろうな……。
佑次の耳に入ったということは、すでに佐々木やなずな、会長や副会長といった生徒会メンバーの耳にも入っているはずだ。教師たちや教頭の耳に入るのも時間の問題――いや、教頭なら自分たちの耳に入る前に目ざとく嗅ぎつけているかもしれない。
当事者でなければ知らん顔もできよう。けれど佑次は、その渦中にいる。しかも困ったことに中心、まさに台風の目である。目の中は穏やかではあると聞く。でもひとたび周りを見回せば、自分のせいでみんなが強風に煽られ成す術なく振り回されている姿が目に入る。
自分こそしっかりしなければいけない。
ようやく自分が巻き起こした事態であることを自覚し、佑次は思いを改めた。けれど、そう思えば思うだけ、どんどん孤独に追い詰められていくような気がしてならなかった。
そんな思いに駆られている間にも、カレンダー上では今週の後半には六月に突入してしまうところまで、五月は消化されていた。衣替え、髪がうねる梅雨、そして野球応援までは、一ヵ月と少し。もう思ったより時間はないのに、悠長に構えている暇なんてないのに、俺は散々みんなをひっかき回してまで、いったいなにがしたいんだろう。
佑次のうねうねの髪は、日を追うごとにしおれていくばかりだった。
*
「はあ、もうっ。教頭ってほんっとムカつく! なんなのあれ、本気で検討してるって顔じゃないじゃん。うちらに散々頭を捻らせておいて、その努力のあとを見ようともしないなんてさあ! だから離婚されたんだよ! 元奥さんの気持ち、今ならすっごくわかる!」
その日、いつものように生徒会と団長、両部長で何度となく知恵を出し合い話し合った要望書を持って教頭のところへ出向いた会長と副会長だったが、さほど待たずして戻ってきたと思ったら、会長が席に腰を下ろすなり盛大に文句を吐き出した。
顔は真っ赤で、目も泣きそうに充血している。今日もまた、どれだけ嫌味をその身に受けてきたのだろうか。佑次はとてもじゃないが居たたまれず、視線を机に落とした。
ごめん。俺のせいでマジごめん……。一八〇センチ超えの背中が否応なしに丸くなる。
「綿貫先生がいないからって、俺らを軽視しすぎなんだよ、あの教頭は。さすがに俺も心中穏やかじゃないね。毎度毎度矢面に立たされる箱石が不憫でならない」
いつもは冷静沈着で、人を食ったようなところがある副会長でさえ、憤りを隠せない様子で要望書を強めに机に叩きつける。今日もとことんやられてきたらしい。ふたりの荒々しいため息が生徒会室に響き、待機していたほかのメンバーを嫌でも萎縮させた。
佑次たち現三年生が入学してきた当時から、教頭は独り身だという噂がまことしやかに囁かれていた。あくまで真相は誰の耳にも預かり知らないところだ。でも実際にコンビニ弁当やカップ麺で昼食を摂っている姿を目撃した生徒多数という状況もあって、生徒の間では高い信憑性を持って受け継がれている噂話のひとつである。
離婚されたというのも、もちろんそのひとつだ。穏やかな話ではないが、教頭のあの性格を考えると、奥さんに三下り半を突きつけられてもなんら不思議はないように思う。
実際は教育にただただ熱い人なのかもしれない。でも、度が過ぎればこうなる。生徒に嫌われ、伴侶には逃げられ……正直、ざまあみろだ。ちょっとだけ気分がいい。
そういうこともあって、どうやら会長は、連日溜まり続けた鬱憤がとうとう爆発の時を迎えてしまったらしい。彼女の様子に思いのほか子供っぽさを感じないでもなかったが、前から思っていたことだったのだろう、だから愛想を尽かされたんだと憤怒している。
「……でも、どうしましょうか。このままだと、六月に入っても埒が明きませんよ。世論って言ったら政治的な感じがしますけど、実際問題、生徒のみんなは、野球応援に消極的になってきてます。このままだと、じゃあやめるべ、ってなるかもしれません」
すっかり机に伏してしまった会長に同情の眼差しを向けつつ、会計の紺野梓がおずおずと口を開く。会長の仕事だと言われればそれまでだが、教頭のところへ出向くたびにやり玉に挙げられるひらりを不憫に思う気持ちが全面に滲み出ているようなその口調は、聞いていて胸に痛い。佑次にとっては糾弾されているのと同じようなものである。
会長をこんなにさせてまでやる価値が本当にあるのか。
無言の問いに、けれど佑次はきちんとした答えが用意できない。
「団長さん。二年がなにを出しゃばったことをと思うと思いますが、今度からは団長が教頭のところに行ってもらうことはできないでしょうか。こんな先輩、見ていられません」
「ごめん、そうする。言い出したのは俺だもん、俺だって見てらんない」
ほっとしたように微笑をこぼした紺野に、佑次も微笑を返す。怖い怖いと思ってばかりいたが、実際の箱石ひらりは、ただの普通の女子だった。傷つきもするし、怒りもする。こんなふうに人前で感情を爆発させることもあれば、今は構わないでくれと自ら心を閉ざしてしまうことだってある。
責任のある立場に就いているけれど、嫌になることだって往々にしてあろう。佑次と関わるようになってから、ひらりはいつも疲れているのだ。代われるところがあるなら代わってやりたかった。限界まで追いつめてしまったが、これからは自分が矢面に立って教頭と戦おう。佑次は紺野からの要求を誠意を持って受けることにした。
「じゃあ、俺は変わらず副会長としてお前に付いていくことにするよ」
仕方ないなと言うように副会長も眉尻を下げる。副会長もキレるくらいだ、今までずっと会長だからというだけで行きたくもない教頭のところに行かなければならなかった彼女のことを、どうにかしてやりたいと思っていたに違いない。
「ああ。言い忘れてたけど、教頭は俺らの気持ちの強さや熱さじゃ、びくともしないラスボスだから。折れたら負けだと思え。本当にやりたかったら、お前だけは絶対に折れるな」
頷き合うと、しかしノンフレームは眼鏡を押し上げなら不吉なことを言う。激励されているように聞こえなくもないが、ただの脅しじゃねえかと佑次は内心、戦々恐々だ。
「お、おう」
半身を引いて引きつった笑顔とともに返事をすると、ノンフレームが薄く笑った。あと出しで教頭の情報を入れてくるとか卑怯だ。でも、自分にはわからないところで会長のことを見てきたのだ、それくらいは目をつぶってやろうと思う。
学校は平穏を取り戻しているように見えるが、この一週間、生徒会はメンバーに緊急招集をかけたり、部活前に佑次や佐々木、なずなを呼び出したりと、バタバタしている。
この三人と生徒会が連日集まっているのには、わけがある。綿貫先生が志し半ばで手放すことになってしまった例の問題について、教頭から早急な対応を迫られているからだ。
楽器のリストアップはした、生徒会でも精査した、あとはこれを綿貫先生が再度精査し、上に――目下、教頭の首を縦に振らせるために手を尽くすだけだった。それが宙に浮いた状態となって一週間が過ぎてしまったのだ。今、自分たちにできることは、なんとかして一刻も早く教頭を納得させられるだけの材料を揃えることだけだった。
『もっとちゃんと考えてよ、応援団が言いはじめたことでしょ!』
会長のひらりは、まるでなにかに取り憑かれたように《応援団は、伝統のバンカラ応援を変えてまで吹奏楽を取り入れることに本当に意味があると思っているのか。また、どのような応援のしかたをするつもりなのか》について、ブラッシュアップした意見や、どれだけ本気でやろうとしているのかを厳しく追及してくる場面が多くなった。
野球部や吹奏楽部は、応援される側だったり、条件付きで話に乗った側なので、佑次に接するときほど厳しい口調になったりはしないものの、教頭からなにか言われているのだろう、やはりもう一度見直しを図ってもらわなければならないと彼女は渋面を作る。
こうなったからには生徒会も全面協力するしかないが、できることは自分たちでしてほしい。彼女はそう言って、蒼白にも見える顔で佐々木となずなに頭を下げた。
生徒総会前、全校生徒にかけ合う前から前途多難な予感しかしなかったことが、実際に形となって目の前に立ちはだかってしまった。五月ももう終わりに差しかかっているというのに、ちっとも前に進まない苛立ちが、そこここに一触即発の火種を燻ぶらせている。
……なんでこんなことになっちまったんだろう?
佑次は楽観視していた自分の甘さに、もう何度となく打ちのめされている。
教頭は相変わらずねちっこいし、自分たちの最大の味方である綿貫先生は入院してしまった。総会の場でも意地の悪い質問をされたし、この数週間で、自分の力じゃどうにもならないこと、思いもよらない事態が次から次へと起こりすぎているような気がする。
もし俺がバンカラ応援に吹奏楽を取り入れたいなんて言わなかったら、みんなの大事な部活の時間を取り上げることもなかったんだろうか。そう考えると、申し訳ないやら自分が情けないやらで、頭を掻きむしって叫び出したくなってくる。でも自分が代表なのだから、とうていそんな弱音なんて吐けず、自分の内側に溜め込んでいくしかなかった。
教頭を唸らせられない限り、予算も下りないし吹奏楽応援もできない。でもそのためにはどうしたらいいのか、佑次にはわからない。みんなの様子も日に日にピリピリしたものに変わっていき、正直、生徒会室に呼び出されるたび、糾弾されているような気分だ。
完全に手詰まりで、八方塞がりで、とてもじゃないが、こんな状態で吹奏楽応援なんてできるんだろうかと自信がなくなってきてしまう。たかだか二十人かそこらの人数でさえ、こんなにも心がバラバラなのに。同じ目標に向かっているはずなのに。
綿貫先生の思わぬ入院の影響は、こうしてみれば実に大きかった。
そんな中、またしても佑次の耳に噂が入った。
『生徒会がなにやらモメているらしい』
『生徒総会で一応は可決になったけど、この調子で本当に野球応援ができるのか』
そういった類いの噂話だ。
「昨日、会長とお前が盛大にやり合ったって噂だけど、マジなの? 生徒会室の外までお前らの声が聞こえてきたって話じゃん。なに、会長ってそんなにヒステリックなの?」
実際に佑次に直接、そう尋ねてくるクラスメイトも現れた。
そんなのはまったくの根も葉もない噂だったが、佑次があまりにモタモタしているため、怒られたのは嘘じゃない。その場は無難に「仲良くやってるし、そんなザコの言うことなんて放っておけ」と笑って否定したが、しかしこういう噂は一度でも立ってしまうと、ありもしない背びれ、尾ひれがついてノコノコとひとり歩きしてしまうのが関の山である。
現にあくまで平和的にモメているのは間違っていないし、学校は狭い世界だ。なにかしらみんな、刺激を求めているのだろう。あわよくば、人の不幸は蜜の味、的なものを。
なんでこういう下衆い噂ってすぐに嗅ぎつけられんだろうな……。
佑次の耳に入ったということは、すでに佐々木やなずな、会長や副会長といった生徒会メンバーの耳にも入っているはずだ。教師たちや教頭の耳に入るのも時間の問題――いや、教頭なら自分たちの耳に入る前に目ざとく嗅ぎつけているかもしれない。
当事者でなければ知らん顔もできよう。けれど佑次は、その渦中にいる。しかも困ったことに中心、まさに台風の目である。目の中は穏やかではあると聞く。でもひとたび周りを見回せば、自分のせいでみんなが強風に煽られ成す術なく振り回されている姿が目に入る。
自分こそしっかりしなければいけない。
ようやく自分が巻き起こした事態であることを自覚し、佑次は思いを改めた。けれど、そう思えば思うだけ、どんどん孤独に追い詰められていくような気がしてならなかった。
そんな思いに駆られている間にも、カレンダー上では今週の後半には六月に突入してしまうところまで、五月は消化されていた。衣替え、髪がうねる梅雨、そして野球応援までは、一ヵ月と少し。もう思ったより時間はないのに、悠長に構えている暇なんてないのに、俺は散々みんなをひっかき回してまで、いったいなにがしたいんだろう。
佑次のうねうねの髪は、日を追うごとにしおれていくばかりだった。
*
「はあ、もうっ。教頭ってほんっとムカつく! なんなのあれ、本気で検討してるって顔じゃないじゃん。うちらに散々頭を捻らせておいて、その努力のあとを見ようともしないなんてさあ! だから離婚されたんだよ! 元奥さんの気持ち、今ならすっごくわかる!」
その日、いつものように生徒会と団長、両部長で何度となく知恵を出し合い話し合った要望書を持って教頭のところへ出向いた会長と副会長だったが、さほど待たずして戻ってきたと思ったら、会長が席に腰を下ろすなり盛大に文句を吐き出した。
顔は真っ赤で、目も泣きそうに充血している。今日もまた、どれだけ嫌味をその身に受けてきたのだろうか。佑次はとてもじゃないが居たたまれず、視線を机に落とした。
ごめん。俺のせいでマジごめん……。一八〇センチ超えの背中が否応なしに丸くなる。
「綿貫先生がいないからって、俺らを軽視しすぎなんだよ、あの教頭は。さすがに俺も心中穏やかじゃないね。毎度毎度矢面に立たされる箱石が不憫でならない」
いつもは冷静沈着で、人を食ったようなところがある副会長でさえ、憤りを隠せない様子で要望書を強めに机に叩きつける。今日もとことんやられてきたらしい。ふたりの荒々しいため息が生徒会室に響き、待機していたほかのメンバーを嫌でも萎縮させた。
佑次たち現三年生が入学してきた当時から、教頭は独り身だという噂がまことしやかに囁かれていた。あくまで真相は誰の耳にも預かり知らないところだ。でも実際にコンビニ弁当やカップ麺で昼食を摂っている姿を目撃した生徒多数という状況もあって、生徒の間では高い信憑性を持って受け継がれている噂話のひとつである。
離婚されたというのも、もちろんそのひとつだ。穏やかな話ではないが、教頭のあの性格を考えると、奥さんに三下り半を突きつけられてもなんら不思議はないように思う。
実際は教育にただただ熱い人なのかもしれない。でも、度が過ぎればこうなる。生徒に嫌われ、伴侶には逃げられ……正直、ざまあみろだ。ちょっとだけ気分がいい。
そういうこともあって、どうやら会長は、連日溜まり続けた鬱憤がとうとう爆発の時を迎えてしまったらしい。彼女の様子に思いのほか子供っぽさを感じないでもなかったが、前から思っていたことだったのだろう、だから愛想を尽かされたんだと憤怒している。
「……でも、どうしましょうか。このままだと、六月に入っても埒が明きませんよ。世論って言ったら政治的な感じがしますけど、実際問題、生徒のみんなは、野球応援に消極的になってきてます。このままだと、じゃあやめるべ、ってなるかもしれません」
すっかり机に伏してしまった会長に同情の眼差しを向けつつ、会計の紺野梓がおずおずと口を開く。会長の仕事だと言われればそれまでだが、教頭のところへ出向くたびにやり玉に挙げられるひらりを不憫に思う気持ちが全面に滲み出ているようなその口調は、聞いていて胸に痛い。佑次にとっては糾弾されているのと同じようなものである。
会長をこんなにさせてまでやる価値が本当にあるのか。
無言の問いに、けれど佑次はきちんとした答えが用意できない。
「団長さん。二年がなにを出しゃばったことをと思うと思いますが、今度からは団長が教頭のところに行ってもらうことはできないでしょうか。こんな先輩、見ていられません」
「ごめん、そうする。言い出したのは俺だもん、俺だって見てらんない」
ほっとしたように微笑をこぼした紺野に、佑次も微笑を返す。怖い怖いと思ってばかりいたが、実際の箱石ひらりは、ただの普通の女子だった。傷つきもするし、怒りもする。こんなふうに人前で感情を爆発させることもあれば、今は構わないでくれと自ら心を閉ざしてしまうことだってある。
責任のある立場に就いているけれど、嫌になることだって往々にしてあろう。佑次と関わるようになってから、ひらりはいつも疲れているのだ。代われるところがあるなら代わってやりたかった。限界まで追いつめてしまったが、これからは自分が矢面に立って教頭と戦おう。佑次は紺野からの要求を誠意を持って受けることにした。
「じゃあ、俺は変わらず副会長としてお前に付いていくことにするよ」
仕方ないなと言うように副会長も眉尻を下げる。副会長もキレるくらいだ、今までずっと会長だからというだけで行きたくもない教頭のところに行かなければならなかった彼女のことを、どうにかしてやりたいと思っていたに違いない。
「ああ。言い忘れてたけど、教頭は俺らの気持ちの強さや熱さじゃ、びくともしないラスボスだから。折れたら負けだと思え。本当にやりたかったら、お前だけは絶対に折れるな」
頷き合うと、しかしノンフレームは眼鏡を押し上げなら不吉なことを言う。激励されているように聞こえなくもないが、ただの脅しじゃねえかと佑次は内心、戦々恐々だ。
「お、おう」
半身を引いて引きつった笑顔とともに返事をすると、ノンフレームが薄く笑った。あと出しで教頭の情報を入れてくるとか卑怯だ。でも、自分にはわからないところで会長のことを見てきたのだ、それくらいは目をつぶってやろうと思う。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる