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■5.ほんっとお前って、そういうとこな ◆浅石佑次
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*
そういうわけで、ラスボスを倒すための作戦が再度練られることになった。
勇者会長は瀕死の重傷を負っているので、紺野やほかのメンバーが代わる代わる回復魔法をかけつつ、従者ノンフレームと折れない団長が中心となって作戦を練る。
「校門前でビラ配りってのはどうだ? やりたいって世論が高まれば、それだけこっちに味方が増えるってことだろ? 試しにやってみる価値はあると思うんだけど」
「あー。全校生徒にアンケート取るよりは面倒くさくないかも。集計の必要もないし」
「だろ? 野球部とか応援団の手の空いてるやつらにも声かけてさ。派手にやれば――」
「いや、ちょっと待て。まずはお前がひとりでやれ」
「は? なんでさ?」
「団長がひとりで頑張ってますアピールをすんだよ。傍から見れば健気じゃん」
「それな!」
という具合に、思いのほか意気投合しながら作戦会議は続いていく。
「ビラもさ、なんかもう全部手書きでよくない? 寝不足で目の下にクマ作って、フラフラしながら配るとかさ。やっぱ、ある程度は演出も必要だよ。情に訴えないと」
「確かに。疲れきった立候補者には、こう、そそるものがあるよね」
そこに話に入ってきたのは、書記コンビの林原浩史と梅林琴乃だ。
「マジで?」
「マジだよ。選挙のとき、よく街頭演説の様子を夜のニュースでやったりするでしょ。私、政治家のおじさんたちの疲れた姿にたまらなくなるのよ。なんか萌えるよね」
「なんつーところに注目してんだよ、お前は……」
「いやいや。これ健全な萌えだから」
「……わからん」
浩史はほとんど冗談で言ったつもりだったようだが、ことのほか琴乃が食いついたので、佑次もノンフレームも唖然として、しばしふたりの会話に耳を傾ける。
しかし、琴乃には悪いがふたりとも萌えなかったし、健全かどうかもわからなかった。ほかの女子からも賛同する声が出なかったので、たぶん琴乃は変わったものに萌えるタイプなのだろう。もしかしたらBLも好きかもしれない。……放っておこう。
そうしてときどき話が脱線しつつ、まずは佑次が出した案のとおり、明日から校門前で手書きのビラを配ることになった。もちろん最初のうちは佑次がひとりで行う。
さっそくコピー用紙を一枚もらい、極太水性ペンやポスカで試し書きをしてみる。ノンフレームや書記コンビなどが佑次の手元に注目する中、ごく簡単なものではあるが【バンカラ応援に新しい風を! 求む、みんなの声!】というビラが出来上がる。
もはや野球応援をしたいから頑張るのか、教頭を黙らせたいから頑張るのか、そこらへんの線引きが曖昧な感じになってきた。でも、佑次の思いに耳を傾け、二つ返事で頷いてくれた綿貫先生や、瀕死の重傷を負ってまで毎日教頭と対峙してくれた会長のためにも、もう後には引けない。
第一、会長はもともと、この案には消極的だったのだ。そんな彼女が、たとえ〝仕事だから〟動いてくれていただけだったとしても、ここまで佑次の突飛な案に力を貸してくれたのだから、きっちり恩は返したい。
「うん、なんか手作り感満載で逆にいいね」
「必死感っていうか、悲壮感が漂ってて、受け取ってやんなきゃって気持ちになるな」
「寝不足の顔でこのビラを配る団長の姿……今から萌えるね~」
三人からもお墨付きをもらい、佑次の心は少しだけ晴れる。会長もいつの間にか佑次が書いた悲壮感漂うビラに注視していて、目が合うと「……男子ってほんとバカだよね」と、ふっと失笑され、そんな彼女の顔を見た佑次の顔にも笑みが広がっていった。
*
この日はまだ放課後の早い時間だったこともあり、話がまとまると、それぞれが各々の部活に向かうこととなった。陸上部の会長はグラウンドへ、浩史は将棋部、琴乃は漫研――漫画研究同好会へといった具合に、校内にバラバラに散っていく。
佑次に臆せず意見してきた紺野梓は新体操部なんだそうだ。きりっと結わえたポニーテールや姿勢の良さ、小柄だが全身に程よい筋肉がついていそうな佇まいは、言われてみればしっくりくる。そんな彼女のレオタード姿を一瞬だけ想像して、やめておいた。生徒会も部活もきっちりやろうとしている彼女に甚だ失礼な妄想だと気づいたからだ。
見るからにインテリ系のノンフレームはなんと、見事に期待を裏切る柔道部だった。その眼鏡は邪魔にならないのかと尋ねると、「お前の髪と髭だって邪魔になんねーの?」と揚げ足を取って返され、佑次は苦笑いするしかなかった。
職員室に鍵を返しに行くという会長と別れ、ノンフレームと階段を下りていく。
そういえば今日は議長の瀬川大助の姿が見えなかったことを思い出して尋ねると「風邪で休んでるらしいよ」という返事がある。生徒会はなんとなくお堅い集団で、体も風邪なんて引かずに強いイメージが勝手にあったが、実際のメンバーは部活もバラエティーに富んでいて、性格もまるで違った。
ちゃんと人間だ、なんて言ったらさすがのノンフレームも「俺らをなんだと思ってたんだ……」と呆れるだろうが、でも、本当にそんな気分だ。
こうして密接に関わり合いにならなければ、とうてい知り得なかったことだろう。こうしてふと冷静になって考えてみると、実に不思議な縁だなと思う。
「……箱石のことなんだけど」
二階の踊り場まで下りると、立ち止まったノンフレームがぽつりと言った。数歩先を歩いていた佑次は、少々不思議に思いながらも「ん?」と肩越しに振り返る。
「綿貫先生が入院したの、自分のせいだって思い込んでるところがあってさ。先生が倒れる前の金曜日、ちょうど俺らで話してたんだよ、『大きな問題が起きない限り』って」
「は? それとこれとは関係――」
「わかってるよ。俺もそう言い聞かせたし、箱石だってそこまで本気で思ってるわけじゃないとは思う。でも、変なフラグを立てちまったって思ってるんだと思うんだよ。だからあんなに躍起になってる。普段は何気ない顔してるけど、さっきみたいに爆発しちゃうときもあるし、本当は俺やお前が思ってるより、ずっとずっと不安定なんだと思う」
「……」
そう言ったノンフレームに、佑次はしばし言葉が出てこなかった。
単純に状況が好転しない苛立ちと面倒くさい思いが絡まって不機嫌な顔になっていると思っていたが、そういえば綿貫先生が倒れてからのひらりは、なにかに取り憑かれているようでもあったし、蒼白な顔をしているときもあった。あの性格だから彼女は口が裂けても佑次の前では弱音なんて吐かないだろうが、でも確かにサインは出ていたのだ。
応援団絡みのことに加えて綿貫先生のことも重なった彼女の中でのこの一週間は、どんなに生きた心地がしなかっただろうか。それを思うと、そう簡単に言葉は出なかった。
「……だからってわけじゃないけど、浅石、お前だけはなにがあっても折れないでほしい。ここまで俺らを引っかき回してくれたんだ、ちゃんとその責任取れよな」
「八重樫……」
俯き、きゅっと唇を噛みしめる佑次に、ノンフレームが言う。薄く笑った顔は、しかし励ましているようには見えない。どちらかというと、やっぱ脅されてんじゃねえの俺? みたいな気持ちになってくる。でもこれが、ノンフレームなりの激励なのだろう。
「わかった。折れねえよ」
そう言うと、指の腹で眼鏡を押し上げ、「簡単に言ってくれるね」と言われる。
「……ほんっとお前って、そういうとこな」
「人を食ったような? はは。小さい頃からよく言われる」
「巨人じゃねえんだからさ、もっとこう、なんかあるだろ」
「その例え、0点」
「ああそうかよっ!」
「ぶはっ」
でもなんだか、久しぶりに楽しかった。再び歩き出すと、佑次も自然に口元から「ははっ」と笑い声が漏れてくる。問題は片付いていくどころか山積し続けていて、今度は地道にビラ配りだ。ラスボス教頭も鉄壁の守りで籠城している。孤軍奮闘とはまさにこのことだ。
それでも佑次は、根拠なく明るい気持ちになってくる。ノンフレームとはなんとなく腹を割って話せた感が掴めたのも、その気持ちを後押ししてくれる材料だった。
「なあ、八重樫」
「なんだ?」
ノンフレームを見据える。彼はやや怪訝そうな顔で眼鏡を押し上げた。
「前々から思ってたんだけど、俺、ちょっと今から会長連れてお見舞いに行ってくるわ」
「……は?」
気をよくしてとか、気が大きくなってとか、そんな感は否めなかった。でも、会長のことや、その裏に見え隠れするノンフレームの気持ちが、佑次を衝動的に突き動かす。やろうかどうか迷っていたことが、やっぱやんなきゃなんねーな、という確信に変わってくる。
「ずっと行きたいと思ってたし、箱石だって行きたいに決まってる」
今なら乗ってくれるだろうか、ノンフレームは。いや、待てと言われても、そんなの関係ねえ。連れていこう。だって俺、誰の忠犬でもないし。つーか、人間だし。
「お前も来る?」
言って隣のノンフレームを見れば、目を丸くして言葉を失っている。その一瞬の隙をついて彼の腕をむんずと掴むと、佑次は一気に階段を駆け下りはじめた。
綿貫先生の入院先は、学校からは少し遠いが自転車があれば難ない距離にある市立の総合病院だ。容態が落ち着いて大部屋に移ったという情報も手に入れている。お見舞いには必ず行きたいと思っていたし、いつ行っても、誰を連れて行っても、関係ないだろう。
「ほんっとお前って、そういうとこな」
「向こう見ずとか無鉄砲とか? 大丈夫、俺も小さい頃から言われてっから」
「ああそうかよ!」
「ぶはははっ」
「あははっ。なんなのもう、お前!」
手を放しても、ノンフレームはついてきた。彼自身、会長のことや自分の気持ちなど、思うところがあったのだろう。お互いに部活道具の柔道着や弓道着を持ってはいたが、それを通学鞄とともに肩に提げ、二段飛ばしくらいの勢いで階段を下っていく。
昇降口に着き、競い合うようにして靴を履き替えると、真っすぐグラウンドに向かった。一〇〇メートルの直線コースを綺麗なフォームで走っている会長を「きゃあああ!」と言わせながら横から腕を伸ばし、そのまま陸上部から、グラウンドから、かっさらっていく。
「すんません、ちょっと借りまーす」
「ちゃんと返すんで、今日のところは大目に見てくださーい」
呆気に取られ、ぽかーんと口を開ける陸上部員や顧問の先生に形ばかりの詫びを入れ、戸惑うばかりの会長を連れて駐輪場へ入った。当たり前にジャージ姿の会長は、はあはあと息を切らしながら佑次とノンフレームを交互に見やり、目だけで理由を問うてくる。
そういうわけで、ラスボスを倒すための作戦が再度練られることになった。
勇者会長は瀕死の重傷を負っているので、紺野やほかのメンバーが代わる代わる回復魔法をかけつつ、従者ノンフレームと折れない団長が中心となって作戦を練る。
「校門前でビラ配りってのはどうだ? やりたいって世論が高まれば、それだけこっちに味方が増えるってことだろ? 試しにやってみる価値はあると思うんだけど」
「あー。全校生徒にアンケート取るよりは面倒くさくないかも。集計の必要もないし」
「だろ? 野球部とか応援団の手の空いてるやつらにも声かけてさ。派手にやれば――」
「いや、ちょっと待て。まずはお前がひとりでやれ」
「は? なんでさ?」
「団長がひとりで頑張ってますアピールをすんだよ。傍から見れば健気じゃん」
「それな!」
という具合に、思いのほか意気投合しながら作戦会議は続いていく。
「ビラもさ、なんかもう全部手書きでよくない? 寝不足で目の下にクマ作って、フラフラしながら配るとかさ。やっぱ、ある程度は演出も必要だよ。情に訴えないと」
「確かに。疲れきった立候補者には、こう、そそるものがあるよね」
そこに話に入ってきたのは、書記コンビの林原浩史と梅林琴乃だ。
「マジで?」
「マジだよ。選挙のとき、よく街頭演説の様子を夜のニュースでやったりするでしょ。私、政治家のおじさんたちの疲れた姿にたまらなくなるのよ。なんか萌えるよね」
「なんつーところに注目してんだよ、お前は……」
「いやいや。これ健全な萌えだから」
「……わからん」
浩史はほとんど冗談で言ったつもりだったようだが、ことのほか琴乃が食いついたので、佑次もノンフレームも唖然として、しばしふたりの会話に耳を傾ける。
しかし、琴乃には悪いがふたりとも萌えなかったし、健全かどうかもわからなかった。ほかの女子からも賛同する声が出なかったので、たぶん琴乃は変わったものに萌えるタイプなのだろう。もしかしたらBLも好きかもしれない。……放っておこう。
そうしてときどき話が脱線しつつ、まずは佑次が出した案のとおり、明日から校門前で手書きのビラを配ることになった。もちろん最初のうちは佑次がひとりで行う。
さっそくコピー用紙を一枚もらい、極太水性ペンやポスカで試し書きをしてみる。ノンフレームや書記コンビなどが佑次の手元に注目する中、ごく簡単なものではあるが【バンカラ応援に新しい風を! 求む、みんなの声!】というビラが出来上がる。
もはや野球応援をしたいから頑張るのか、教頭を黙らせたいから頑張るのか、そこらへんの線引きが曖昧な感じになってきた。でも、佑次の思いに耳を傾け、二つ返事で頷いてくれた綿貫先生や、瀕死の重傷を負ってまで毎日教頭と対峙してくれた会長のためにも、もう後には引けない。
第一、会長はもともと、この案には消極的だったのだ。そんな彼女が、たとえ〝仕事だから〟動いてくれていただけだったとしても、ここまで佑次の突飛な案に力を貸してくれたのだから、きっちり恩は返したい。
「うん、なんか手作り感満載で逆にいいね」
「必死感っていうか、悲壮感が漂ってて、受け取ってやんなきゃって気持ちになるな」
「寝不足の顔でこのビラを配る団長の姿……今から萌えるね~」
三人からもお墨付きをもらい、佑次の心は少しだけ晴れる。会長もいつの間にか佑次が書いた悲壮感漂うビラに注視していて、目が合うと「……男子ってほんとバカだよね」と、ふっと失笑され、そんな彼女の顔を見た佑次の顔にも笑みが広がっていった。
*
この日はまだ放課後の早い時間だったこともあり、話がまとまると、それぞれが各々の部活に向かうこととなった。陸上部の会長はグラウンドへ、浩史は将棋部、琴乃は漫研――漫画研究同好会へといった具合に、校内にバラバラに散っていく。
佑次に臆せず意見してきた紺野梓は新体操部なんだそうだ。きりっと結わえたポニーテールや姿勢の良さ、小柄だが全身に程よい筋肉がついていそうな佇まいは、言われてみればしっくりくる。そんな彼女のレオタード姿を一瞬だけ想像して、やめておいた。生徒会も部活もきっちりやろうとしている彼女に甚だ失礼な妄想だと気づいたからだ。
見るからにインテリ系のノンフレームはなんと、見事に期待を裏切る柔道部だった。その眼鏡は邪魔にならないのかと尋ねると、「お前の髪と髭だって邪魔になんねーの?」と揚げ足を取って返され、佑次は苦笑いするしかなかった。
職員室に鍵を返しに行くという会長と別れ、ノンフレームと階段を下りていく。
そういえば今日は議長の瀬川大助の姿が見えなかったことを思い出して尋ねると「風邪で休んでるらしいよ」という返事がある。生徒会はなんとなくお堅い集団で、体も風邪なんて引かずに強いイメージが勝手にあったが、実際のメンバーは部活もバラエティーに富んでいて、性格もまるで違った。
ちゃんと人間だ、なんて言ったらさすがのノンフレームも「俺らをなんだと思ってたんだ……」と呆れるだろうが、でも、本当にそんな気分だ。
こうして密接に関わり合いにならなければ、とうてい知り得なかったことだろう。こうしてふと冷静になって考えてみると、実に不思議な縁だなと思う。
「……箱石のことなんだけど」
二階の踊り場まで下りると、立ち止まったノンフレームがぽつりと言った。数歩先を歩いていた佑次は、少々不思議に思いながらも「ん?」と肩越しに振り返る。
「綿貫先生が入院したの、自分のせいだって思い込んでるところがあってさ。先生が倒れる前の金曜日、ちょうど俺らで話してたんだよ、『大きな問題が起きない限り』って」
「は? それとこれとは関係――」
「わかってるよ。俺もそう言い聞かせたし、箱石だってそこまで本気で思ってるわけじゃないとは思う。でも、変なフラグを立てちまったって思ってるんだと思うんだよ。だからあんなに躍起になってる。普段は何気ない顔してるけど、さっきみたいに爆発しちゃうときもあるし、本当は俺やお前が思ってるより、ずっとずっと不安定なんだと思う」
「……」
そう言ったノンフレームに、佑次はしばし言葉が出てこなかった。
単純に状況が好転しない苛立ちと面倒くさい思いが絡まって不機嫌な顔になっていると思っていたが、そういえば綿貫先生が倒れてからのひらりは、なにかに取り憑かれているようでもあったし、蒼白な顔をしているときもあった。あの性格だから彼女は口が裂けても佑次の前では弱音なんて吐かないだろうが、でも確かにサインは出ていたのだ。
応援団絡みのことに加えて綿貫先生のことも重なった彼女の中でのこの一週間は、どんなに生きた心地がしなかっただろうか。それを思うと、そう簡単に言葉は出なかった。
「……だからってわけじゃないけど、浅石、お前だけはなにがあっても折れないでほしい。ここまで俺らを引っかき回してくれたんだ、ちゃんとその責任取れよな」
「八重樫……」
俯き、きゅっと唇を噛みしめる佑次に、ノンフレームが言う。薄く笑った顔は、しかし励ましているようには見えない。どちらかというと、やっぱ脅されてんじゃねえの俺? みたいな気持ちになってくる。でもこれが、ノンフレームなりの激励なのだろう。
「わかった。折れねえよ」
そう言うと、指の腹で眼鏡を押し上げ、「簡単に言ってくれるね」と言われる。
「……ほんっとお前って、そういうとこな」
「人を食ったような? はは。小さい頃からよく言われる」
「巨人じゃねえんだからさ、もっとこう、なんかあるだろ」
「その例え、0点」
「ああそうかよっ!」
「ぶはっ」
でもなんだか、久しぶりに楽しかった。再び歩き出すと、佑次も自然に口元から「ははっ」と笑い声が漏れてくる。問題は片付いていくどころか山積し続けていて、今度は地道にビラ配りだ。ラスボス教頭も鉄壁の守りで籠城している。孤軍奮闘とはまさにこのことだ。
それでも佑次は、根拠なく明るい気持ちになってくる。ノンフレームとはなんとなく腹を割って話せた感が掴めたのも、その気持ちを後押ししてくれる材料だった。
「なあ、八重樫」
「なんだ?」
ノンフレームを見据える。彼はやや怪訝そうな顔で眼鏡を押し上げた。
「前々から思ってたんだけど、俺、ちょっと今から会長連れてお見舞いに行ってくるわ」
「……は?」
気をよくしてとか、気が大きくなってとか、そんな感は否めなかった。でも、会長のことや、その裏に見え隠れするノンフレームの気持ちが、佑次を衝動的に突き動かす。やろうかどうか迷っていたことが、やっぱやんなきゃなんねーな、という確信に変わってくる。
「ずっと行きたいと思ってたし、箱石だって行きたいに決まってる」
今なら乗ってくれるだろうか、ノンフレームは。いや、待てと言われても、そんなの関係ねえ。連れていこう。だって俺、誰の忠犬でもないし。つーか、人間だし。
「お前も来る?」
言って隣のノンフレームを見れば、目を丸くして言葉を失っている。その一瞬の隙をついて彼の腕をむんずと掴むと、佑次は一気に階段を駆け下りはじめた。
綿貫先生の入院先は、学校からは少し遠いが自転車があれば難ない距離にある市立の総合病院だ。容態が落ち着いて大部屋に移ったという情報も手に入れている。お見舞いには必ず行きたいと思っていたし、いつ行っても、誰を連れて行っても、関係ないだろう。
「ほんっとお前って、そういうとこな」
「向こう見ずとか無鉄砲とか? 大丈夫、俺も小さい頃から言われてっから」
「ああそうかよ!」
「ぶはははっ」
「あははっ。なんなのもう、お前!」
手を放しても、ノンフレームはついてきた。彼自身、会長のことや自分の気持ちなど、思うところがあったのだろう。お互いに部活道具の柔道着や弓道着を持ってはいたが、それを通学鞄とともに肩に提げ、二段飛ばしくらいの勢いで階段を下っていく。
昇降口に着き、競い合うようにして靴を履き替えると、真っすぐグラウンドに向かった。一〇〇メートルの直線コースを綺麗なフォームで走っている会長を「きゃあああ!」と言わせながら横から腕を伸ばし、そのまま陸上部から、グラウンドから、かっさらっていく。
「すんません、ちょっと借りまーす」
「ちゃんと返すんで、今日のところは大目に見てくださーい」
呆気に取られ、ぽかーんと口を開ける陸上部員や顧問の先生に形ばかりの詫びを入れ、戸惑うばかりの会長を連れて駐輪場へ入った。当たり前にジャージ姿の会長は、はあはあと息を切らしながら佑次とノンフレームを交互に見やり、目だけで理由を問うてくる。
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