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第一章 5月6月
クセモノなるメンバーズ
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束の間、窓の外の雨音だけが室内にやけに大きく響き渡る。
頬がかあっと熱くなるのを感じながら、紀美はしどろもどろに声を出す。
「あの、三波さんが、これは……これはバイトだって言って」
よく思い返してみるうちに、紀美の顔から今度は少しずつ血の気がひいていった。
『……すごいね、でも、それがお金になるの?』
『そうなんだよ、お金になるんだってば』
お金になる、つまり小遣い稼ぎになるか、訊ねたつもりだった。
しかし、優香の答えは。今考えるとそういう意味では、なかったのかもしれない。
「あのあたし……ちょっとカン違いしていたのかも、三波さんから正しくはバイトとは、あの」
「ま、アイツはいつもそーなんだって」
赤くなったり青くなったりをくり返す紀美をみて、フジコが笑いを含んだ声で言った。
「うちの学年にもアイツんち長男がいてさ、役員決めの時も上手いコト言っちゃって、結局最後に他のヤツに役員押しつけちまって……いつもの手だって。どうせ、『たーのしーんだよー』なんて言ったんでね?」
「でも……」
優香については、あまり悪く思いたくなかった。
とにかく、ルイのたいせつな友だちの母親だし、近所だし、これからもちょくちょく訪ねてくるだろうし。
紀美は、ごくりとつばをのんでから、委員長に向き直る。ダメだ、少しこわい。
自然な感じで、ミドリコに目を移してようやくこう訊ねた。
「作業は、完全にボランティアなんですか? そのつまり、作業する私たちって……」
ええ、とミドリコが当然のように答える。
「これ、私たちには一銭も入らないのよ。それにサンマーク点数は一点一円相当で金額換算できるけど、実際は、学校で使用する備品などと交換になるの」
「……あの、三波さんが悪いわけじゃないんです、あのあたしが勝手に」
「アンタ」フジコがさらりと言った。
「優香の肩持たなくてもいいよ、ああいうヤツなんだから」
フジコはよくよく、優香のことを嫌っているのだろうか、そう思った紀美に、コケシが衝撃の事実を告げた。
「優香さん、来月からパート決まったからサンマークを辞めたいって言って、そんで委員長から今月中に代わり見つけて来いって言われてたんで」
そこにカスガの
「パート決まったから、代わり見つけて、足抜け、足抜けだわこれって」
淡々とした復唱が絡まり、
「はい。じゃあ先日のサンマーク説明会についての報告ね」
そう話し出した委員長の声もどこか遠く、後は紀美の耳には激しさを増した雨の音だけが空しく反響していた。
委員長の報告は紀美が意識を失う間もなく終了し、すぐに実作業となった。
委員長と復唱癖のある春日とが『六月度集計』という中間の締め作業を行い、副委員長のミドリコ、ヤンキーのフジコ、コケシチックなエミリは山になったサンマークの仕分け作業に取り掛かっていた。
さて何をしたらいいのか……と紀美が両手を前に下げてプチ幽霊のごとくさまよいかけたその時、委員長がすかさず
「伊藤さん」
とフェチに声をかけた。
「如月さんに簡単な活動のレクチャーをお願い、三〇分で」
急に命じられた彼女はそれでも「はいっ」と元気な返事とともに、紀美を教室の隅につれて行く。
委員長に直接声をかけられて、これがワンコならば尻尾をブンブン振っているだろう。
紀美は無報酬のショック冷めやらぬまま、それでも何とか耳だけはちゃんとフェチ・伊藤に向けていた。
まずはみんなの名前ね、と伊藤がひとりずつ早口で紹介してくれたので、紀美はあわててメモをとる。
「委員長、成島洋乃さん。六年二組の大輝くんのお母さん」
委員長は聞こえていただろうが、締め作業から少しも顔を上げようとしない。
「一緒に締めをやってるのが、春日すずさん、息子さん四年三組のりん君」
りんでーす、息子、りんでーす、と伝票をめくりながら春日は空いた片手を上げて、ぴらぴらと振って見せた。やっぱり目は集計から離さなかったが。
「カートリッジのキャップ外しと仕分けをしてるのが、松江冨士子」
「ウチだけ呼び捨てかい」
そう言いながらも、ヤンキーフジコはカートリッジをひとつずつ拾っては古びた布で軽く拭いて、次々と床の箱に投げ捨てている。
「うちの子ら、五年四年二年、男男女!」
ぞんざいな言い方だが、不思議と嫌な感じではない。
「それよか、ミドリコもカートリッジ手伝えよ」
「あら手が汚れますわ」
さも当然のような顔でミドリコは答えてから、ゆるりと紀美の方を向いた。
「副委員長の神谷翠子と申します。この学校には六年一組に美波子という娘が通っております、どうぞよろしくね」
紀美はつい頭を下げる。
伊藤は、副委員長が勝手に名乗ったのが面白くないのか、やや頬を膨らませてから、最後のひとりを指した。
「ミドリコさんの隣が、林恵美里さん、三年一組のかおりちゃんの母」
かおりちゃんも、コケシみたいなんだろうか……つい親子で並んだ様子を想像して吹きそうになり、慌てて紀美はおじぎのフリをして下を向く。
「あたしは伊藤。伊藤智美。娘は二年だからお宅より一個上ね」
顎を少し持ち上げ、小鼻を膨らませている。
どういう反応を示せばいいのか、一番困る感じで、紀美はおじぎと肯定ギリギリのあたりまで頭をかしげた。
あんがい、細かく上下関係にこだわるタイプなのかもしれない。
頬がかあっと熱くなるのを感じながら、紀美はしどろもどろに声を出す。
「あの、三波さんが、これは……これはバイトだって言って」
よく思い返してみるうちに、紀美の顔から今度は少しずつ血の気がひいていった。
『……すごいね、でも、それがお金になるの?』
『そうなんだよ、お金になるんだってば』
お金になる、つまり小遣い稼ぎになるか、訊ねたつもりだった。
しかし、優香の答えは。今考えるとそういう意味では、なかったのかもしれない。
「あのあたし……ちょっとカン違いしていたのかも、三波さんから正しくはバイトとは、あの」
「ま、アイツはいつもそーなんだって」
赤くなったり青くなったりをくり返す紀美をみて、フジコが笑いを含んだ声で言った。
「うちの学年にもアイツんち長男がいてさ、役員決めの時も上手いコト言っちゃって、結局最後に他のヤツに役員押しつけちまって……いつもの手だって。どうせ、『たーのしーんだよー』なんて言ったんでね?」
「でも……」
優香については、あまり悪く思いたくなかった。
とにかく、ルイのたいせつな友だちの母親だし、近所だし、これからもちょくちょく訪ねてくるだろうし。
紀美は、ごくりとつばをのんでから、委員長に向き直る。ダメだ、少しこわい。
自然な感じで、ミドリコに目を移してようやくこう訊ねた。
「作業は、完全にボランティアなんですか? そのつまり、作業する私たちって……」
ええ、とミドリコが当然のように答える。
「これ、私たちには一銭も入らないのよ。それにサンマーク点数は一点一円相当で金額換算できるけど、実際は、学校で使用する備品などと交換になるの」
「……あの、三波さんが悪いわけじゃないんです、あのあたしが勝手に」
「アンタ」フジコがさらりと言った。
「優香の肩持たなくてもいいよ、ああいうヤツなんだから」
フジコはよくよく、優香のことを嫌っているのだろうか、そう思った紀美に、コケシが衝撃の事実を告げた。
「優香さん、来月からパート決まったからサンマークを辞めたいって言って、そんで委員長から今月中に代わり見つけて来いって言われてたんで」
そこにカスガの
「パート決まったから、代わり見つけて、足抜け、足抜けだわこれって」
淡々とした復唱が絡まり、
「はい。じゃあ先日のサンマーク説明会についての報告ね」
そう話し出した委員長の声もどこか遠く、後は紀美の耳には激しさを増した雨の音だけが空しく反響していた。
委員長の報告は紀美が意識を失う間もなく終了し、すぐに実作業となった。
委員長と復唱癖のある春日とが『六月度集計』という中間の締め作業を行い、副委員長のミドリコ、ヤンキーのフジコ、コケシチックなエミリは山になったサンマークの仕分け作業に取り掛かっていた。
さて何をしたらいいのか……と紀美が両手を前に下げてプチ幽霊のごとくさまよいかけたその時、委員長がすかさず
「伊藤さん」
とフェチに声をかけた。
「如月さんに簡単な活動のレクチャーをお願い、三〇分で」
急に命じられた彼女はそれでも「はいっ」と元気な返事とともに、紀美を教室の隅につれて行く。
委員長に直接声をかけられて、これがワンコならば尻尾をブンブン振っているだろう。
紀美は無報酬のショック冷めやらぬまま、それでも何とか耳だけはちゃんとフェチ・伊藤に向けていた。
まずはみんなの名前ね、と伊藤がひとりずつ早口で紹介してくれたので、紀美はあわててメモをとる。
「委員長、成島洋乃さん。六年二組の大輝くんのお母さん」
委員長は聞こえていただろうが、締め作業から少しも顔を上げようとしない。
「一緒に締めをやってるのが、春日すずさん、息子さん四年三組のりん君」
りんでーす、息子、りんでーす、と伝票をめくりながら春日は空いた片手を上げて、ぴらぴらと振って見せた。やっぱり目は集計から離さなかったが。
「カートリッジのキャップ外しと仕分けをしてるのが、松江冨士子」
「ウチだけ呼び捨てかい」
そう言いながらも、ヤンキーフジコはカートリッジをひとつずつ拾っては古びた布で軽く拭いて、次々と床の箱に投げ捨てている。
「うちの子ら、五年四年二年、男男女!」
ぞんざいな言い方だが、不思議と嫌な感じではない。
「それよか、ミドリコもカートリッジ手伝えよ」
「あら手が汚れますわ」
さも当然のような顔でミドリコは答えてから、ゆるりと紀美の方を向いた。
「副委員長の神谷翠子と申します。この学校には六年一組に美波子という娘が通っております、どうぞよろしくね」
紀美はつい頭を下げる。
伊藤は、副委員長が勝手に名乗ったのが面白くないのか、やや頬を膨らませてから、最後のひとりを指した。
「ミドリコさんの隣が、林恵美里さん、三年一組のかおりちゃんの母」
かおりちゃんも、コケシみたいなんだろうか……つい親子で並んだ様子を想像して吹きそうになり、慌てて紀美はおじぎのフリをして下を向く。
「あたしは伊藤。伊藤智美。娘は二年だからお宅より一個上ね」
顎を少し持ち上げ、小鼻を膨らませている。
どういう反応を示せばいいのか、一番困る感じで、紀美はおじぎと肯定ギリギリのあたりまで頭をかしげた。
あんがい、細かく上下関係にこだわるタイプなのかもしれない。
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