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第一章 5月6月
いきなり一波乱
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しかし特にそこにこだわることもなく、すぐに伊藤は具体的な活動内容の説明を始めた。
「活動日時は毎週木曜、一三時~一五時。短縮日課の時は一四時一五分まで」
はあ、と紀美が返事をしかけると、
「……なんだけど、」
と伊藤が続けた。
「全校行事のある木曜はお休みなんだ」
「ですよね」
伊藤、何となくがっかりしていないか? 紀美はまじまじと伊藤の顔をみる。
しかしすぐに伊藤の顔に晴れ晴れとした笑みが浮かぶ。
「夏休みとかの予定は、裏のスケジュールをみてね」
夏休み、とか? ナツヤスミモアルンデスカ??
明るい伊藤の声と裏腹に、紀美はすでに返事をする気力もない。
「あとね、木曜日は一時集合って書いてあるけどー」
「かいてあるけどー」
つい復唱してしまったらしい春日すずの方をぎろりと横目でにらんで、伊藤はすぐに顔を紀美の方に向け直す。
その時にはすでに、ふんわりした笑顔を見せている。
「校内のサンマークと使用済みインクカートリッジを集めるから、活動開始の一〇分前には昇降口に集合だから」
「えっ」
思わず声に出てしまった。
伊藤が瞬間、目つきを鋭く尖らせる。百面相だ。
この人はとことん、サンマーク活動の信奉者のようだ。
しかし紀美が、いえいえ何でもないです、みたいに笑ってうなずくと、すぐに気を取り直し、説明を続けた。
根は単純なようだ。
「一二時五〇分から各クラスと職員室、事務室前、印刷室から手分けをして回収するの、通常日課だと昼休み、短縮だと掃除の時間」
「はあ」
つい、口から思ったままのことばが出る。
「ずいぶん回収場所がバラバラなんですね……全部のクラスを回るんですか?」
急にまた、静かになった。伊藤が固い表情で告げた。
「そうだよ、委員長が決めたんだもの。今まで問題になったことないし?」
「あるね」急にフジコの声が割って入る。
「前からずっと言ってたじゃん、時間の無駄だから、昇降口と事務室だけでいいって」
うんうん、と春日も黙ったままうなずいている。
よかった、異端の思想というほどでもなかったようだ。しかし、伊藤はムキになって反論する。
「ゴールデンウィーク前に、決めたよね? クラスごとでレースにしようか、って」
紀美の目が丸くなる。
驚いた。こんな紙切れを集めるのに、子どもたちに競わせようとするのだろうか?
サンマークって、そこまで重要なものなのだろうか?
「聞いてないよ、そりゃ」
フジコが仁王立ちになる。
薄いラバー手袋をしているようだが、両手はインクでまっ黒だ。
「一回ウチが出れなかった時にさ、さっさと決めちまったんだろ? 次に来たら各教室に箱置いた、って言うから、はぁ? ナニソレ、って言ったじゃん? 忘れてた? しかもレースって何? ハツミミですけど? 委員長、どーなってんの?」
フジコが強い口調で委員長に向き直る、と同時に、メンバーがいっせい委員長の方を向いた。
紀美はひとり、はらはらと手を揉んでいる。
自分の他愛なさげな質問が、とんだ騒ぎに発展してしまったようだ。
委員長は、静かに咳払いをしてから、ゆっくりと話し始めた。
「クラスごとに箱を置くのはいいアイディアだと言ったね、確かに」
伊藤がほっと息を吐いた、が、委員長は続ける。
「理由は単純、クラスの子どもたちのはげみになると思ったから。自分たちのクラスで、今月はこれだけ集めた、今月は少ないからがんばろう、とかね」
でもね、と委員長は皆の顔を見渡した。
「レースにしようという話も出たけど、それは却下したはずだよ。それも理由は簡単。マークがあまり集まらないクラスが、他のクラスから責められてはいけないから。サンマーク活動からみて、それは本末転倒でしょ?」
緊迫した空気は、一拍おいてから伊藤が発した、
「ですよねー」
の声で、どうにか緩和された。
「弱い人たちを助けるっていう運動なのに、弱い人たちが責められるなんて、ダメですよねー」
委員長、今度は紀美の方をまっすぐ見た。紀美は思わず背筋を正す。
「如月さん、もっともなご意見ありがとう」
いえ、と紀美は口の中でもごもごと返す。委員長はあくまでも冷静に続けた。
「クラスごとに集まり具合を知りたい、と思ったのも確かだけど、過剰な競争は避けたいからね。実際、そんな話もちょっと耳に入ってきているし。ま、連絡を徹底させる必要もあるので、クラスごとの箱を廃止するのは二学期始めからにしよう。とりあえず、今学期はそのままいくってことで。もち、ランクづけは無し」
みんないい? と委員長。まさに鶴の一声とはこのことだろう。
みな、表情はさまざまではあったが、いっせいにうなずいた。
すぐに作業に戻った委員長に、紀美はそっと目をやった。
よい意見だと思えばすぐに取り入れる、順応性は高い人なんだ。
他メンバーも作業に戻った中、伊藤の説明がさらに続く。
「サンマークの意義について、だけど」
委員長への印象は、かなり良くなったと言える。その点では伊藤とも共感できそうだ。
「サンマーク運動はそもそも学校保護者ひとりひとりの願いが、それはつまり……」
それでも、すでに紀美の脳内は飽和状態だった。
「活動日時は毎週木曜、一三時~一五時。短縮日課の時は一四時一五分まで」
はあ、と紀美が返事をしかけると、
「……なんだけど、」
と伊藤が続けた。
「全校行事のある木曜はお休みなんだ」
「ですよね」
伊藤、何となくがっかりしていないか? 紀美はまじまじと伊藤の顔をみる。
しかしすぐに伊藤の顔に晴れ晴れとした笑みが浮かぶ。
「夏休みとかの予定は、裏のスケジュールをみてね」
夏休み、とか? ナツヤスミモアルンデスカ??
明るい伊藤の声と裏腹に、紀美はすでに返事をする気力もない。
「あとね、木曜日は一時集合って書いてあるけどー」
「かいてあるけどー」
つい復唱してしまったらしい春日すずの方をぎろりと横目でにらんで、伊藤はすぐに顔を紀美の方に向け直す。
その時にはすでに、ふんわりした笑顔を見せている。
「校内のサンマークと使用済みインクカートリッジを集めるから、活動開始の一〇分前には昇降口に集合だから」
「えっ」
思わず声に出てしまった。
伊藤が瞬間、目つきを鋭く尖らせる。百面相だ。
この人はとことん、サンマーク活動の信奉者のようだ。
しかし紀美が、いえいえ何でもないです、みたいに笑ってうなずくと、すぐに気を取り直し、説明を続けた。
根は単純なようだ。
「一二時五〇分から各クラスと職員室、事務室前、印刷室から手分けをして回収するの、通常日課だと昼休み、短縮だと掃除の時間」
「はあ」
つい、口から思ったままのことばが出る。
「ずいぶん回収場所がバラバラなんですね……全部のクラスを回るんですか?」
急にまた、静かになった。伊藤が固い表情で告げた。
「そうだよ、委員長が決めたんだもの。今まで問題になったことないし?」
「あるね」急にフジコの声が割って入る。
「前からずっと言ってたじゃん、時間の無駄だから、昇降口と事務室だけでいいって」
うんうん、と春日も黙ったままうなずいている。
よかった、異端の思想というほどでもなかったようだ。しかし、伊藤はムキになって反論する。
「ゴールデンウィーク前に、決めたよね? クラスごとでレースにしようか、って」
紀美の目が丸くなる。
驚いた。こんな紙切れを集めるのに、子どもたちに競わせようとするのだろうか?
サンマークって、そこまで重要なものなのだろうか?
「聞いてないよ、そりゃ」
フジコが仁王立ちになる。
薄いラバー手袋をしているようだが、両手はインクでまっ黒だ。
「一回ウチが出れなかった時にさ、さっさと決めちまったんだろ? 次に来たら各教室に箱置いた、って言うから、はぁ? ナニソレ、って言ったじゃん? 忘れてた? しかもレースって何? ハツミミですけど? 委員長、どーなってんの?」
フジコが強い口調で委員長に向き直る、と同時に、メンバーがいっせい委員長の方を向いた。
紀美はひとり、はらはらと手を揉んでいる。
自分の他愛なさげな質問が、とんだ騒ぎに発展してしまったようだ。
委員長は、静かに咳払いをしてから、ゆっくりと話し始めた。
「クラスごとに箱を置くのはいいアイディアだと言ったね、確かに」
伊藤がほっと息を吐いた、が、委員長は続ける。
「理由は単純、クラスの子どもたちのはげみになると思ったから。自分たちのクラスで、今月はこれだけ集めた、今月は少ないからがんばろう、とかね」
でもね、と委員長は皆の顔を見渡した。
「レースにしようという話も出たけど、それは却下したはずだよ。それも理由は簡単。マークがあまり集まらないクラスが、他のクラスから責められてはいけないから。サンマーク活動からみて、それは本末転倒でしょ?」
緊迫した空気は、一拍おいてから伊藤が発した、
「ですよねー」
の声で、どうにか緩和された。
「弱い人たちを助けるっていう運動なのに、弱い人たちが責められるなんて、ダメですよねー」
委員長、今度は紀美の方をまっすぐ見た。紀美は思わず背筋を正す。
「如月さん、もっともなご意見ありがとう」
いえ、と紀美は口の中でもごもごと返す。委員長はあくまでも冷静に続けた。
「クラスごとに集まり具合を知りたい、と思ったのも確かだけど、過剰な競争は避けたいからね。実際、そんな話もちょっと耳に入ってきているし。ま、連絡を徹底させる必要もあるので、クラスごとの箱を廃止するのは二学期始めからにしよう。とりあえず、今学期はそのままいくってことで。もち、ランクづけは無し」
みんないい? と委員長。まさに鶴の一声とはこのことだろう。
みな、表情はさまざまではあったが、いっせいにうなずいた。
すぐに作業に戻った委員長に、紀美はそっと目をやった。
よい意見だと思えばすぐに取り入れる、順応性は高い人なんだ。
他メンバーも作業に戻った中、伊藤の説明がさらに続く。
「サンマークの意義について、だけど」
委員長への印象は、かなり良くなったと言える。その点では伊藤とも共感できそうだ。
「サンマーク運動はそもそも学校保護者ひとりひとりの願いが、それはつまり……」
それでも、すでに紀美の脳内は飽和状態だった。
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