かうんと・ゆあ・まーくす!

柿ノ木コジロー

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第八章 1月

作業は淡々と……?

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 一月の活動も、淡々と進められていた。

「あーやだ、もーやだ、静電気」
 春日が肘を上げて、服に貼りついたビニル片をひとつひとつ、つまみとっている。
 取れたかと思うとまた指に貼りつき、なかなか仕分け箱の中に落ちない。
「春は花粉、夏は汗、冬は静電気との闘いなのよね」
「その割に、ミドリコさん平気じゃないですかー」
「私はだいじょうぶ、ほら」
 ミドリコが片腕を上げると、手首には高級そうな革製の輪がみえた。
 中ほどに、ムーンストーンのような乳白色の石が光っている。
「静電気除去ブレスレットがありますもの」
「してお値段は」
「一万円もしなかったかと、思いますわ」
「一万円も、しなかったかと。ひえー出たわね、このブルジョワさんめ」
 春日の非難にもどこ吹く風、ミドリコは鮮やかな手さばきでマークを仕分けている。
 汗も静電気も彼女の敵ではないようだ。

 相変わらず、学校内外からも細々とした協力が続いていた。
 メンバーは、少し集まる毎にまとめ、集計し、ひたすら作業の手を止めなかった。

『かうんと・ゆあ・まーくす』
 作業室の片隅に、POP字体の標語が、ひっそりと貼られていた。
 以前スーパーに勤め、POPもこなしていたという春日が、自宅で作ってきたのだそうだ。

 すべては、来年度につなげるため。
 来年度の、子どもたちにつなげるため。

「……とは言いながら」
 紀美はつい、独り言になる。
「結局は、意地の張り合いなのかなー」
「え? 何か言った?」伊藤がぱっと顔を上げたので
「何でもない何でも」
 慌ててハサミを構え直す。
 対する伊藤は、椅子をずらしてからポーチから目薬を出して両目をうるおし、はああ、と大きく伸びをした。
「ああ、ヤマダ先生、忙しそうでロクにお話もできなかったし、委員長もいないし、張り合いがないわー」
 それにあとは結果を待つだけだしねー、とため息をついて、またテープを取り上げる。
「ショージも覗きに来なくなったねー」
 フジコが急にそう大声を上げて、紀美はぎくりとする。
「ああ……何かヤマシイことでもあるんじゃ、ないの?」
 伊藤の言い方にはかなり毒が含まれている。
「やましいって言うよりあのヒトはさ」
 エミリが急にそう言いかけた。
 皆の視線が集まってしまい、エミリは急にごくりとつばを呑む。
「何?」
 伊藤が突っ込む。「ショージが?」
「……あー、その」
 エミリには情報拡散の際、基本的にためらうということはない。
 よほど口止めされていれば別だろうが、今回は、口止めされている話ではないらしい。
「まあ、見かけただけで、聞いたわけじゃないけど……ショージは委員長に惚れてるっぽい、とか」
 マグから紅茶を一口飲もうとしていたミドリコが、ぶっと吹いた。
「えー! やだ!」伊藤は、眉を寄せて叫ぶ。
「なんでそう思ったのよー?」
「あー、体育大会の時にさ、ショージがグランドの器具庫の脇でさ、何か、委員長を呼びとめて」
「で?」フジコも興味しんしんだ。
「何だか話しかけてたんだけど……かなり、冷たい反応されてた」
「ひえーなんたるちーあ」春日も頬を染めて叫ぶ。
「ショージは、で、ショージはどんなだった?」フジコ特派員、更に切り込んでくる。
「まあその、なんか、しょげてる感じだったねー」
「やだー! フケツ! アタシの委員長に!」
「そーゆー問題かよ、伊藤」

 ミドリコは、皆がたち騒ぐ合い間にクリーム色のモヘアに飛んだ紅茶の染みを丁寧に拭き取って、最後に口を押さえて言った。
「ただ単に、世間話されることだってございますでしょ」
「うっわ模範解答。さすが良識あるセレブ」
 フジコの嫌味にも動揺することなく、ミドリコは胸を張った。
「それに委員長ならば、万が一にも、どなたに対しても決してなびくことはありませんわ」

 そう言い切った後に、妙な間があった。
 ミドリコの目がわずかに泳ぐ。
「しかも」

 珍しく言い淀んだミドリコに、伊藤が詰め寄る。
「そう言えば、作業が済んだら、盗られたサンマークがどこにあったのか、とかダイジなことを教えてくれる、って言ってましたよね? それと関係あるんですか」
「そーだそーだ」フジコも迫る。
「とりあえずあとは結果を待つだけじゃん? 今、教えてくれたっていいだろ」
 そこにちょうど、ミドリコの携帯が鳴った。
「はい」どこかほっとした顔のミドリコが電話に出て、ぱっと顔を輝かせる。
「あら、お元気でしたか? 今どちらに」委員長からの電話だったようだ。
 その後は、はい、はい、とただ聞いている。フジコが小声で
「ねえ今話していいか訊いてくれよー」
 そうつぶやいているのを横目でみて更に、はい、はいと続けている。

 ようやく電話が切れた。
 しびれを切らせて待つメンバーに、ミドリコがこほん、と咳払いする。
「何? 話してくれんの?」
「フジコさん」
 ミドリコは、おごそかに声をかける。
「お宅の、洋二郎くんが」
 えっまた何かやらかしたの? つい条件反射で身を引くフジコに、ミドリコがにっこりと伝えた。
「公民館で『しゅくだいひろば』をやっている外国人のお子さんがたに声をかけてくださって、ご家族みなさんでサンマークを集めて下さったのが、今、公民館に届いたから受け取りに来て下さい、って。委員長のところに電話があったのですって」
 ええ~! 誰がと言えば、フジコが一番びっくりしている。
 ようやく、思い出したように言った。
「通級の時に、ブラジルの子と仲よくなったんだよ……そう言や。ジュニオといっしょに宿題をやるから、公民館に行っていいかって訊いたことあって。時々遊んでたみたいだし」
「国際的ね、インターナショナルね、」春日の声も上ずっている。
「ということで」
 ミドリコが、ぱん、と手を叩く。
「お話はちゃんと片がついてからまとめて。とにかく、公民館に行ってまいります。フジコさんも、ご同行よろしくね」
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