33 / 39
第十章 3月
卒業式と成島大輝とその叔父
しおりを挟む
卒業式の三月二十日は、穏やかに晴れていた。
ひとりひとりの児童の名前が、高らかに読み上げられ、そのたびに、それぞれの想いをこめた「はい」の声が応える。
ミドリコに招待された紀美、新調した濃い目のクリ―ム色のスーツに身を包み、なぜか慣れない来賓席の末端に座っていた。
他のサンマークメンバーも呼ばれている。
皆、あまり見慣れないフォーマルな服装で、ちらりと横目で眺めただけでも、とても珍しい見世物を見ているようだった。
まあ、自分もそう思われているだろうが。
どうにも居心地はよくない。
それでも、と、背筋を伸ばす。
今日は、大切な日。
たくさんの子どもらの巣立つ日。そして、
たいせつなふたりとのさよならの日だ。
式典もつつがなく終了し、紀美らは卒業生と保護者を見送るため、通路に並んでいた。
脇には、これも珍しい正装のエミリとフジコ。エミリは黒の上下だが、いつものジーンズではなくAラインのスカート、フジコもきりっとした濃紺のパンツスーツだ。
伊藤はやっぱりアイドルじみた、ピンクの上下。しかし年甲斐もなく似合っている。
「おめでとう!」
どこか遠くからの歓声が紀美の元にも届いた。歓声の波は徐々に近づいてくる。
卒業生と保護者とが、在校生のアーチをくぐってこちらに向かってきた。
半円状の棒に花飾りがついているものを向い合せに立って捧げてずらりと並び、その中を卒業生が通り抜けてゆくのだ。
紀美も、渡されたワイヤーのゲートを掲げる。向こう端を伊藤が持った。
次々と通り抜ける顔はどれも恥ずかしげでもあり、誇らしげでもあり、小学校最後の感慨に満ちている。
ルイもいずれは、こうして卒業して行くのだ。
その時にゲートを掲げて迎えてくれるのは、誰だろう?
その中にまだ、サンマークのメンバーも誰か、いるのだろうか?
二十日までには、後期以降の検収結果はまだひとつも学校に届いていなかった。
三々五々集う中、校庭端、赤松の木の下で、サンマークのメンバーは何となく集っていた。
ミドリコの娘、美波子も皆から祝いの言葉を浴び、頬を染めている。
やはり縦ロールの、見目うるわしい少女に、
「ほら、襟が曲がってましてよ」
と、ミドリコはひとりの母親に返って、なにくれとなく声をかけている。
「結局、来年はもうこうして集まれないのかなあ」
伊藤のため息まじりのことばに、ミドリコが
「いえ」誰かにもらったらしい、赤い薔薇の花束を抱えて笑う。
「三十日の離任式までは、まだ勝敗は決まっておりませんことよ。学校事務も三十日まではやっていると伺っておりますので」
「うわっ延ばす、のばしてくる学校サイド」
サップグリーンのかちりとしたスーツに身を包んだ春日がまた、うめいている。
「胃に悪いわー」
「委員長、やっぱりおいでになってなかったみたいですねー」
のびあがりながら、伊藤がキョロキョロしている。
メンバーは皆、朝早く、一斉メールをもらっていた。
『今日に合わせてきたつもりでしたが、昨夜から少し熱が出て、念のため今日は欠席の予定です。でも、離任式には行けるようがんばるので! よろしく』
「大輝くんには、誰がついたんでしょうねー」
春日もキョロキョロしている。
「パパも海外出張中だって、おっしゃってまし。アーチはひとりでくぐってましたよねー」
そこに、「ゔ」伊藤の表情がこわばる。
「なんでアイツが」
なぜか、スーツ姿の東海林がまっすぐこちらに向かってきた。後ろにもうひとり、誰か子どもを連れているようだが、大柄な東海林の影に入るようにしていて、よく見えない。
東海林はと言えば、いつもの黒ジャージを見慣れているせいか、しごくまっとうな好青年じみている。
「美波子、お友だちがあちらに」
ミドリコは、持っていた薔薇の花束を卒業生の娘に渡し、そのままクラスメイトの方に送り出す。美奈子は素直に、クラスメイトの元に走っていった。
入れ替わり、やって来た東海林はいつになく、緊張した面持ちだった。
「あ、神谷さん」
まず、ミドリコに向かい、堅苦しく頭を下げる。
「美波子さん、ご卒業、おめでとうございます」
いえどうも、とミドリコは頭を下げてから、東海林の影に隠れるように立っていた少年に、優しく笑いかけた。
「大輝くんも、おめでとう」
呼びかけられた少年は、あの、どうも、と頭を下げる。
顔立ちを見て、紀美もすぐに察した。委員長の息子の大輝らしい。
じっくり見たのは初めてだった。はっきりした目元が確かに、委員長そっくりだ。
しかし、様子が変だった。
大輝は何か言いたそうに、あの、と言いかけて東海林の方を見上げる。
東海林は、うん、と彼に大きくうなずいてから、皆に向かってこう言った。
「僕の甥っこなんです……今までおおっぴらには言ってなかったんですが」
伊藤は大きくのけぞっている。
春日もフジコも、エミリですら初耳だったようだ。もちろん紀美も。しかし
「今日は、保護者としてご臨席なのですか?」
ミドリコの言葉に、ようやく紀美も『みっちゃん』の正体を知った。
「はあ、姉の代理で」
東海林光浩は頭を掻いた。せっかく整えたらしき髪が少し乱れる。
ひとりひとりの児童の名前が、高らかに読み上げられ、そのたびに、それぞれの想いをこめた「はい」の声が応える。
ミドリコに招待された紀美、新調した濃い目のクリ―ム色のスーツに身を包み、なぜか慣れない来賓席の末端に座っていた。
他のサンマークメンバーも呼ばれている。
皆、あまり見慣れないフォーマルな服装で、ちらりと横目で眺めただけでも、とても珍しい見世物を見ているようだった。
まあ、自分もそう思われているだろうが。
どうにも居心地はよくない。
それでも、と、背筋を伸ばす。
今日は、大切な日。
たくさんの子どもらの巣立つ日。そして、
たいせつなふたりとのさよならの日だ。
式典もつつがなく終了し、紀美らは卒業生と保護者を見送るため、通路に並んでいた。
脇には、これも珍しい正装のエミリとフジコ。エミリは黒の上下だが、いつものジーンズではなくAラインのスカート、フジコもきりっとした濃紺のパンツスーツだ。
伊藤はやっぱりアイドルじみた、ピンクの上下。しかし年甲斐もなく似合っている。
「おめでとう!」
どこか遠くからの歓声が紀美の元にも届いた。歓声の波は徐々に近づいてくる。
卒業生と保護者とが、在校生のアーチをくぐってこちらに向かってきた。
半円状の棒に花飾りがついているものを向い合せに立って捧げてずらりと並び、その中を卒業生が通り抜けてゆくのだ。
紀美も、渡されたワイヤーのゲートを掲げる。向こう端を伊藤が持った。
次々と通り抜ける顔はどれも恥ずかしげでもあり、誇らしげでもあり、小学校最後の感慨に満ちている。
ルイもいずれは、こうして卒業して行くのだ。
その時にゲートを掲げて迎えてくれるのは、誰だろう?
その中にまだ、サンマークのメンバーも誰か、いるのだろうか?
二十日までには、後期以降の検収結果はまだひとつも学校に届いていなかった。
三々五々集う中、校庭端、赤松の木の下で、サンマークのメンバーは何となく集っていた。
ミドリコの娘、美波子も皆から祝いの言葉を浴び、頬を染めている。
やはり縦ロールの、見目うるわしい少女に、
「ほら、襟が曲がってましてよ」
と、ミドリコはひとりの母親に返って、なにくれとなく声をかけている。
「結局、来年はもうこうして集まれないのかなあ」
伊藤のため息まじりのことばに、ミドリコが
「いえ」誰かにもらったらしい、赤い薔薇の花束を抱えて笑う。
「三十日の離任式までは、まだ勝敗は決まっておりませんことよ。学校事務も三十日まではやっていると伺っておりますので」
「うわっ延ばす、のばしてくる学校サイド」
サップグリーンのかちりとしたスーツに身を包んだ春日がまた、うめいている。
「胃に悪いわー」
「委員長、やっぱりおいでになってなかったみたいですねー」
のびあがりながら、伊藤がキョロキョロしている。
メンバーは皆、朝早く、一斉メールをもらっていた。
『今日に合わせてきたつもりでしたが、昨夜から少し熱が出て、念のため今日は欠席の予定です。でも、離任式には行けるようがんばるので! よろしく』
「大輝くんには、誰がついたんでしょうねー」
春日もキョロキョロしている。
「パパも海外出張中だって、おっしゃってまし。アーチはひとりでくぐってましたよねー」
そこに、「ゔ」伊藤の表情がこわばる。
「なんでアイツが」
なぜか、スーツ姿の東海林がまっすぐこちらに向かってきた。後ろにもうひとり、誰か子どもを連れているようだが、大柄な東海林の影に入るようにしていて、よく見えない。
東海林はと言えば、いつもの黒ジャージを見慣れているせいか、しごくまっとうな好青年じみている。
「美波子、お友だちがあちらに」
ミドリコは、持っていた薔薇の花束を卒業生の娘に渡し、そのままクラスメイトの方に送り出す。美奈子は素直に、クラスメイトの元に走っていった。
入れ替わり、やって来た東海林はいつになく、緊張した面持ちだった。
「あ、神谷さん」
まず、ミドリコに向かい、堅苦しく頭を下げる。
「美波子さん、ご卒業、おめでとうございます」
いえどうも、とミドリコは頭を下げてから、東海林の影に隠れるように立っていた少年に、優しく笑いかけた。
「大輝くんも、おめでとう」
呼びかけられた少年は、あの、どうも、と頭を下げる。
顔立ちを見て、紀美もすぐに察した。委員長の息子の大輝らしい。
じっくり見たのは初めてだった。はっきりした目元が確かに、委員長そっくりだ。
しかし、様子が変だった。
大輝は何か言いたそうに、あの、と言いかけて東海林の方を見上げる。
東海林は、うん、と彼に大きくうなずいてから、皆に向かってこう言った。
「僕の甥っこなんです……今までおおっぴらには言ってなかったんですが」
伊藤は大きくのけぞっている。
春日もフジコも、エミリですら初耳だったようだ。もちろん紀美も。しかし
「今日は、保護者としてご臨席なのですか?」
ミドリコの言葉に、ようやく紀美も『みっちゃん』の正体を知った。
「はあ、姉の代理で」
東海林光浩は頭を掻いた。せっかく整えたらしき髪が少し乱れる。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる