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第三章
第三十四話
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ことのはじまりは、秋も深まった、十月のはじめである。
ボランティアの演奏会の帰り、美玖はこんなことを言い出した。
「ねえ、今週の日曜、ダブルデートしましょうよ」
秋子は思わず訊き返した。こんなときに、いったい何を言うのだろう、と半ばあきれた。あきれたが、美玖からすれば「こんなとき」とは関係がなかった。
「うん、そうね、ありがたいんだけど、わたしたちはちょっとやめとくわ」と秋子はいった。夏樹も頷いて、話はそこで終わった。
しかし翌日、また美玖は誘った。
「ねえ、ほんとうにダメ? 実はね、彼は秋子ちゃんとも知り合いで、だから初対面じゃないのよ。それでもダメ?」
「わたしと知り合い? 大学の? それとも高校のときの?」
「いえ、それは教えないことになっているの。教えたらつまらないからって。……ねえ、どう? いい人なのよ、とても。場所なら遊園地とか考えているんだけど」
美玖は手を合わせてせがんだ。そのとき左の薬指が不気味に、野外のドレスのように光った。秋子はまた丁重に断る。また美玖は残念がって、「じゃあ諦めるわ」なんていった。
その一週間後、秋子が学食でお昼を食べているときだった。ふだん自然光に頼った食堂の照明は、曇りに貧弱で薄暗い。夏樹はゼミの発表の準備で図書館にこもっている。それだから秋子は一人で食べていた。むろん、うかない顔をして。
「久しぶりじゃないか、秋子ちゃん」
その声が聞こえたときの秋子の胸のざわつきといったらひどかった。心音がいちど破裂したように響いて、テレビをとつぜん消したような眩暈がした。秋子はすこしばかりご飯を食べるときのうつむいた姿勢を保ち、それから下から刺すように睨みつけた。
グレーの背広が正面にあらわれた。時田である。
ボランティアの演奏会の帰り、美玖はこんなことを言い出した。
「ねえ、今週の日曜、ダブルデートしましょうよ」
秋子は思わず訊き返した。こんなときに、いったい何を言うのだろう、と半ばあきれた。あきれたが、美玖からすれば「こんなとき」とは関係がなかった。
「うん、そうね、ありがたいんだけど、わたしたちはちょっとやめとくわ」と秋子はいった。夏樹も頷いて、話はそこで終わった。
しかし翌日、また美玖は誘った。
「ねえ、ほんとうにダメ? 実はね、彼は秋子ちゃんとも知り合いで、だから初対面じゃないのよ。それでもダメ?」
「わたしと知り合い? 大学の? それとも高校のときの?」
「いえ、それは教えないことになっているの。教えたらつまらないからって。……ねえ、どう? いい人なのよ、とても。場所なら遊園地とか考えているんだけど」
美玖は手を合わせてせがんだ。そのとき左の薬指が不気味に、野外のドレスのように光った。秋子はまた丁重に断る。また美玖は残念がって、「じゃあ諦めるわ」なんていった。
その一週間後、秋子が学食でお昼を食べているときだった。ふだん自然光に頼った食堂の照明は、曇りに貧弱で薄暗い。夏樹はゼミの発表の準備で図書館にこもっている。それだから秋子は一人で食べていた。むろん、うかない顔をして。
「久しぶりじゃないか、秋子ちゃん」
その声が聞こえたときの秋子の胸のざわつきといったらひどかった。心音がいちど破裂したように響いて、テレビをとつぜん消したような眩暈がした。秋子はすこしばかりご飯を食べるときのうつむいた姿勢を保ち、それから下から刺すように睨みつけた。
グレーの背広が正面にあらわれた。時田である。
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