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「カーン殿。本当に大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ねぇぜ。ありがとな」
セインの回復魔法を受けた俺は立ち上がり、軽く身体を伸ばして全身の様子を確認する。痛みはない。かなり汚れたが、体調は万全だ。
どういうわけか、セインが驚きの目で俺を見ている。
「どうかしたか?」
「ドラゴンにとどめをさせたのが不思議なくらいの怪我だったのですよ? それに、正直、私の回復魔法は未熟です。こんな短時間で……」
「まあ、俺は特別だからな……」
「そうですね……。ドラゴン相手に雄々しく戦う様はまるで英雄譚の一幕のようでした。そのような場面に立ち会えて、光栄です」
なんだか夢でも見るような目で言うセイン。こいつには俺がどんな風に見えてたんだ。多分、日本人が見たらモヒカンがドラゴンを倒すろくでもないシーンにしか見えないはずなんだが。
しかし、セインの言うとおり、身体の傷があっという間に治ったのはびっくりした。回復魔法をかけて貰う前に痛みはかなり引いていた。天使の身体、スペックたけぇな。
「二人とも、見つけて来ましたわよ。妖精石」
回復タイムの俺達の代わりに妖精石を探していたシーニャがやってきた。
「この広場の中央に当たる場所の地面だけ変質していましたので、少し頂いてきましたの。多分、これが妖精石ですわ」
そう言って、シーニャが俺達に見せてくれたのは妙に黒光りする拳大の石だった。
「真っ黒だな……」
「瘴気に侵されてますね」
瘴気をまき散らすダークドラゴンの住処にあったんだから仕方ないか。
「姉上。ちょっと貸してください」
セインが汚染された妖精石を受け取り、じっと見つめる。瘴気で黒くなっているが、よく見ると透き通っていて、たまに小さな光が瞬いているのが見える。ライクレイ家の秘宝『妖精の曙光』の材料なのかもしれない。
セインはいつも腰につけている聖水入りの小瓶を取り出すと、目を閉じて、天を仰いで静かに祈りを捧げる。
「光の神よ、邪悪を払う、浄化の力をここに……」
言葉と共に、妖精石に向かって小瓶の中身を一滴だけ垂らす。
光り輝く聖水が、黒い石に当たって、散った。
「……駄目です。私では浄化できません」
妖精石は黒いままだった。何年くらいあそこに住んでたのかわからないが、年期の入った汚染なのだろう。厄介だな。
「俺にも見せてくれ」
黒い妖精石を受け取り、指でこすったりしてみる。なんかこう、汚れみたいなもんだから、落ちないかな。綺麗になれ、綺麗になれ……。
「カーン様、あの、何をやっておりますの?」
「いや、汚れみたいなもんだから落ちないかなって」
「……っ! カーン殿! 本当に浄化されていますよ!」
「なんだとっ!」
俺は手の中の妖精石を見た。セインの言うとおり、俺が祈りながらこすった箇所だけ、少し透明になっている。
「そうか。カーン殿は神の使徒……。奇跡が顕現しているようなものです。触れるだけで瘴気を浄化するのも道理では?」
「そ、そういうもんか……」
「カーン殿、石を手で包み込んで祈ってみてください」
「こ、こうか?」
両手で石を包み込み、セインみたいに祈ってみた。瘴気が浄化され、清浄な状態になりますようにっと。
しかし、モヒカンマッチョが祈る姿ってのは、傍目にも不気味だろうな……。
「まあ、まあまあまあ! 浄化されてますのね。凄いですわ!」
両手を開いてみたら、妖精石が完全に浄化されていた。『妖精の曙光』と同じ、中で光が煌めく宝石だ。
「俺の身体って、凄いんだな……」
「何を言っているのですか。神の遣いなのだからこのくらい当然です」
「カーン様はご自身のことについても知らなければならないようですわね」
なんだか姉妹に呆れられてしまった。
「自分のことがわからないってのも、不思議なもんだぜ……」
無事に妖精石を入手した俺達は、和やかな雰囲気のまま、妖精の里に戻るのだった。
○○○
「なんと!? まさかシャドウ・リザードがダークドラゴンだったとは……」
「完全にドラゴンだったぜ。なんでデカいトカゲみたいな扱いだったのかが不思議なくらいだ」
妖精の里に戻り、俺達は妖精汁を味わいながら、長老に曇り山で起きた出来事を一通り伝えた。抗議の意味も込めて。
長老は静かに頭を下げた。そして、相変わらず窓の外にいるマッチョ妖精達も頭を下げた。
「申し訳ありません。妖精の里は比較的安全な土地なのもあり、ドラゴンというものは名前くらいしか知らなかったもので……」
「カーン様、この通り、謝っているから良いのではではないですの?」
「ドラゴンは退治し、妖精石も手に入れることが出来たわけですから」
「ん。そうだな。いや、別に怒ってるわけじゃねぇんだ。すまなかったな」
今更妖精に謝ってもらってどうにかなるもんじゃない。結果オーライってことでいこう。
「おお、なんとお優しい……簡単な魔物退治のつもりでドラゴン退治に向かわせたなど、無事だったから良いようなものなのに……」
言われてみればその通りだ。普通だったら死んでた展開だよ。
頭を上げた長老はずずいっと俺の前に飛んできた。近くで見ると筋肉で膨らんだ身体がちょっと不気味だ。
「モヒー・カーン様。あなたはさぞ大きな力を持つ神の遣いなのでしょう。名を……名を教えてくだされ……っ!」
長老にあわせて、いつの間にかマッチョ妖精達が室内に入ってきて長老と一緒に「カーン様!」「我らの救い主の神の名を!」と一緒に懇願して来た。恐すぎる。ライクレイ姉妹が引きつった笑みを浮かべてるぞ。
「か、神様の名前か……」
やべぇぞ知らねぇ……。どうする、何とか誤魔化せないか……。
焦る俺の脳内に、名案が浮かんだ。
斧のコマンドワードなんかで細かく嫌がらせされてるお返しをするチャンスだ。
「俺の仕える神の名前を教えよう」
妖精達に向かって、俺がつとめて真面目な顔をして語りかけた。妖精達は神妙に居住まいを正す。
「神の名前はサンシター。旅の安全と平和を司っている。色んな世界に俺のような神の遣いを派遣して、問題を解決している」
「おお……すると、サンシター様の御遣いは、皆、カーン様のようなお姿なので?」
「そのとおりだ。旅の安全のために筋肉。平和のためにも筋肉だ」
俺は厳かに頷きながら言った。
妖精達はそれぞれ「筋肉……」「確かに、筋肉は重要だ……」と納得している。こいつらが鍛えていて良かった。ライクレイ姉妹も神妙な顔をしているので信じてるみたいだけど、まあ、いいだろ。
「我ら妖精の里一同、これよりサンシター様を主神として奉りあげます。カーン様! サンシター様の詳しい外見を教えてください!」
こうして、筋肉妖精達は新たな信仰を得ることになった。
もちろん、妖精石はちゃんと渡したし、隠れ身の魔法についてもちゃんと教わることは確約した。
[カーンのノートへの記述]
妖精達に神様について聞かれたので、「旅の安全と平和の神サンシター」として布教しておきました。
サンシター神の使徒は、僕のようなモヒカンマッチョです。
里の危機を救ってくれたので、きっと熱心に信仰してくれるでしょう。
PS.ライクレイ姉妹の移動手段をください。
[神様からの返信]
これまで生きてきた中で一番の屈辱です。
斧のコマンドワードの件を根に持っていたのですね。既に妖精達からの暑苦しい信仰心がどんどん押し寄せて来て複雑な気持ちです。
PS.移動手段の件、承知しました。また、旅の効率をあげるため、別の対応も用意しておきます。
「ああ、問題ねぇぜ。ありがとな」
セインの回復魔法を受けた俺は立ち上がり、軽く身体を伸ばして全身の様子を確認する。痛みはない。かなり汚れたが、体調は万全だ。
どういうわけか、セインが驚きの目で俺を見ている。
「どうかしたか?」
「ドラゴンにとどめをさせたのが不思議なくらいの怪我だったのですよ? それに、正直、私の回復魔法は未熟です。こんな短時間で……」
「まあ、俺は特別だからな……」
「そうですね……。ドラゴン相手に雄々しく戦う様はまるで英雄譚の一幕のようでした。そのような場面に立ち会えて、光栄です」
なんだか夢でも見るような目で言うセイン。こいつには俺がどんな風に見えてたんだ。多分、日本人が見たらモヒカンがドラゴンを倒すろくでもないシーンにしか見えないはずなんだが。
しかし、セインの言うとおり、身体の傷があっという間に治ったのはびっくりした。回復魔法をかけて貰う前に痛みはかなり引いていた。天使の身体、スペックたけぇな。
「二人とも、見つけて来ましたわよ。妖精石」
回復タイムの俺達の代わりに妖精石を探していたシーニャがやってきた。
「この広場の中央に当たる場所の地面だけ変質していましたので、少し頂いてきましたの。多分、これが妖精石ですわ」
そう言って、シーニャが俺達に見せてくれたのは妙に黒光りする拳大の石だった。
「真っ黒だな……」
「瘴気に侵されてますね」
瘴気をまき散らすダークドラゴンの住処にあったんだから仕方ないか。
「姉上。ちょっと貸してください」
セインが汚染された妖精石を受け取り、じっと見つめる。瘴気で黒くなっているが、よく見ると透き通っていて、たまに小さな光が瞬いているのが見える。ライクレイ家の秘宝『妖精の曙光』の材料なのかもしれない。
セインはいつも腰につけている聖水入りの小瓶を取り出すと、目を閉じて、天を仰いで静かに祈りを捧げる。
「光の神よ、邪悪を払う、浄化の力をここに……」
言葉と共に、妖精石に向かって小瓶の中身を一滴だけ垂らす。
光り輝く聖水が、黒い石に当たって、散った。
「……駄目です。私では浄化できません」
妖精石は黒いままだった。何年くらいあそこに住んでたのかわからないが、年期の入った汚染なのだろう。厄介だな。
「俺にも見せてくれ」
黒い妖精石を受け取り、指でこすったりしてみる。なんかこう、汚れみたいなもんだから、落ちないかな。綺麗になれ、綺麗になれ……。
「カーン様、あの、何をやっておりますの?」
「いや、汚れみたいなもんだから落ちないかなって」
「……っ! カーン殿! 本当に浄化されていますよ!」
「なんだとっ!」
俺は手の中の妖精石を見た。セインの言うとおり、俺が祈りながらこすった箇所だけ、少し透明になっている。
「そうか。カーン殿は神の使徒……。奇跡が顕現しているようなものです。触れるだけで瘴気を浄化するのも道理では?」
「そ、そういうもんか……」
「カーン殿、石を手で包み込んで祈ってみてください」
「こ、こうか?」
両手で石を包み込み、セインみたいに祈ってみた。瘴気が浄化され、清浄な状態になりますようにっと。
しかし、モヒカンマッチョが祈る姿ってのは、傍目にも不気味だろうな……。
「まあ、まあまあまあ! 浄化されてますのね。凄いですわ!」
両手を開いてみたら、妖精石が完全に浄化されていた。『妖精の曙光』と同じ、中で光が煌めく宝石だ。
「俺の身体って、凄いんだな……」
「何を言っているのですか。神の遣いなのだからこのくらい当然です」
「カーン様はご自身のことについても知らなければならないようですわね」
なんだか姉妹に呆れられてしまった。
「自分のことがわからないってのも、不思議なもんだぜ……」
無事に妖精石を入手した俺達は、和やかな雰囲気のまま、妖精の里に戻るのだった。
○○○
「なんと!? まさかシャドウ・リザードがダークドラゴンだったとは……」
「完全にドラゴンだったぜ。なんでデカいトカゲみたいな扱いだったのかが不思議なくらいだ」
妖精の里に戻り、俺達は妖精汁を味わいながら、長老に曇り山で起きた出来事を一通り伝えた。抗議の意味も込めて。
長老は静かに頭を下げた。そして、相変わらず窓の外にいるマッチョ妖精達も頭を下げた。
「申し訳ありません。妖精の里は比較的安全な土地なのもあり、ドラゴンというものは名前くらいしか知らなかったもので……」
「カーン様、この通り、謝っているから良いのではではないですの?」
「ドラゴンは退治し、妖精石も手に入れることが出来たわけですから」
「ん。そうだな。いや、別に怒ってるわけじゃねぇんだ。すまなかったな」
今更妖精に謝ってもらってどうにかなるもんじゃない。結果オーライってことでいこう。
「おお、なんとお優しい……簡単な魔物退治のつもりでドラゴン退治に向かわせたなど、無事だったから良いようなものなのに……」
言われてみればその通りだ。普通だったら死んでた展開だよ。
頭を上げた長老はずずいっと俺の前に飛んできた。近くで見ると筋肉で膨らんだ身体がちょっと不気味だ。
「モヒー・カーン様。あなたはさぞ大きな力を持つ神の遣いなのでしょう。名を……名を教えてくだされ……っ!」
長老にあわせて、いつの間にかマッチョ妖精達が室内に入ってきて長老と一緒に「カーン様!」「我らの救い主の神の名を!」と一緒に懇願して来た。恐すぎる。ライクレイ姉妹が引きつった笑みを浮かべてるぞ。
「か、神様の名前か……」
やべぇぞ知らねぇ……。どうする、何とか誤魔化せないか……。
焦る俺の脳内に、名案が浮かんだ。
斧のコマンドワードなんかで細かく嫌がらせされてるお返しをするチャンスだ。
「俺の仕える神の名前を教えよう」
妖精達に向かって、俺がつとめて真面目な顔をして語りかけた。妖精達は神妙に居住まいを正す。
「神の名前はサンシター。旅の安全と平和を司っている。色んな世界に俺のような神の遣いを派遣して、問題を解決している」
「おお……すると、サンシター様の御遣いは、皆、カーン様のようなお姿なので?」
「そのとおりだ。旅の安全のために筋肉。平和のためにも筋肉だ」
俺は厳かに頷きながら言った。
妖精達はそれぞれ「筋肉……」「確かに、筋肉は重要だ……」と納得している。こいつらが鍛えていて良かった。ライクレイ姉妹も神妙な顔をしているので信じてるみたいだけど、まあ、いいだろ。
「我ら妖精の里一同、これよりサンシター様を主神として奉りあげます。カーン様! サンシター様の詳しい外見を教えてください!」
こうして、筋肉妖精達は新たな信仰を得ることになった。
もちろん、妖精石はちゃんと渡したし、隠れ身の魔法についてもちゃんと教わることは確約した。
[カーンのノートへの記述]
妖精達に神様について聞かれたので、「旅の安全と平和の神サンシター」として布教しておきました。
サンシター神の使徒は、僕のようなモヒカンマッチョです。
里の危機を救ってくれたので、きっと熱心に信仰してくれるでしょう。
PS.ライクレイ姉妹の移動手段をください。
[神様からの返信]
これまで生きてきた中で一番の屈辱です。
斧のコマンドワードの件を根に持っていたのですね。既に妖精達からの暑苦しい信仰心がどんどん押し寄せて来て複雑な気持ちです。
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