日本戦車を改造する。

ゆみすけ

文字の大きさ
204 / 393
ショボイが使える九五式軽戦車。

終戦まで、使われたのだ。

しおりを挟む
 米軍のテスト映画を観たことがある。 鹵獲した九五式軽戦車を米軍が試験的に使ってる場面を記録したモノだ。
小柄な米兵が乗り込んだ。 なぜって、普通の体形の米軍兵では乗れないからだ。 ハッチが狭いのだ。
 当時の日本軍は平均身長が150センチくらいかな・・・義和団の乱でシナへ進駐した各国の軍隊が整列した写真が有名だ。 (英国兵の肩の下が日本兵なのだ。)
 英国や米国が一番背が高い。 そして、一見してガキにしか見えない我が日本兵が・・・
戦後、シャーマン戦車を米軍が武器の無い日本へ賞与したんだが・・・
 クラッチまで足が届かないのだ。 それで、シャーマンより小型のウォーカーブルドックが好まれたとか。
 
 さて、話を九五式軽戦車へ戻そう。 もちろん、ラノベだ。 本気にしないでお願いしたいのだ。
でも、パヨクの日本軍はショボかったのデマには騙されないでほしいのだ。
 なぜなら、ロシアには、まだ動く九七式中戦車が現存してるからだ。 
ロシアには戦車博物館がある。 そこには、日本軍がドイツ帝国から輸入した球体戦車が・・・マジであるのだ。
 それは、パット見は球体だ。 そして、履帯が縦に球体に1本・・・後ろに小さい尾輪がある。
ハッチから乗り込むんだが、ひとり乗りだ。 実物があるのだ。
 まあ、ソ連に戦後のどさくさで鹵獲されたんだろうが・・・ソ連は、使えるなら持ち去る泥棒国家なのだ。
まともにヤレば勝てないから、火事場泥棒しかできない国だ。 韓国が、終戦のどさくさで竹島を略奪したのと同じだ。 鮮人はウソつきの泥棒なのである。 そして、現在の日本の反社は、ほとんどが在日の鮮人なのだ。
 
 さて、こんどこそ話を九五式に戻そう。
九五式はサスペンションが独自の横置きコイルスプリングだ。
 エンジンは空冷6気筒デーゼルエンジンで、120馬力だ。 1回の給油で250キロほど走行できた。
重量は7トンくらいだ。 そう、軽戦車だからだ。
 そして、装甲は厚いところで12ミリだ。 米軍からはブリキ戦車と揶揄されたのだ。
しかし、故障も少なく使える戦車だった。
 シナ軍の軍閥は銃などは輸入できても、戦車は無理だ。 
1両も戦車がシナの軍閥はなかったのだ。 なんせ、終戦のどさくさで満州に残された九七式中戦車の1両が、シナの共産党を勝利へ導いたほどなのである。 
 その1両は、シナの共産党記念館とやらに展示してあるとか・・・
それで、九五式軽戦車はシナの軍閥相手にはちょうどよかったのだ。
 さすがに、米軍のシャーマンには勝てなかったんだが。
ここには、米軍はいないのだ。 まだ、日本は米軍とは戦っていない。
 バカな山本五十六が真珠湾を攻撃する前だからだ。
今だから、言おう。 五十六は日本を貶めたバカ者だ。 陸軍は真珠湾攻撃は賛成していなかったのだ。
 あれは、海軍の独断だ。 せいぜい、ジョブで攻撃すればいいのに、いきなりアッパーだ。
米軍をマジで怒らせてしまったのだ。 紛争では終わらせられない。
 陸軍は、ぜいぜい米軍の植民地だったフィリピンでショボイ紛争のつもりだったのだ。
そして、講和だ。 占領した植民地は、そのときに返せばいいからだ。 
 落としどころを考えた作戦だ。 戦争は、どう終わるか結果を見てからヤルものだ。
日清も日露戦争も、そうだったのだ。 いずれも、講和会議で終了なのである。
 しかし、大東亜戦争は講和ではないのだ。 日本がボロ負けして、米軍が土足で日本の本土を踏みつけたのである。 
 すべてが、真珠湾が原因なのである。 いまだに、米軍は何かと真珠湾を持ち出すのだ。
しかし、あれはルーズベルト(当時の米国大統領)の罠にまんまとハマった五十六の所為なのだ。
 そして、ルーズベルトはソ連のスパイ(ハル・ノートを突きつけた米国の国務長官のハルだ。)のいいなりだったのだ。
 当時の、ルーズベルトの側近の多くがソ連のスパイだったのだ。
そして、GHQ(占領軍、主に米軍。)も、ソ連のスパイだらけだった。
 
 「敵の位置はわかりますかね。」と、隊長へ問う戦車隊員だ。 
「うむ、我が軍は無事だったとはいえ、10両そこそこだ。」「あいてのT26は20両は残ってるからな。」と、そして、「ここは、正面からでは全滅だ。」「やはり、オトリでさそって、後ろから攻撃しかないな。」と、作戦を考える隊長だ。
 隊長は今野少尉ではない。 まだ、今野少尉は内地の機甲学校(戦車隊の学校)なのだ。
満州国、建国と同時に送られた初代隊長の加藤中尉なのである。
 「しかし、満州はもともと女真族の土地だと聞いてますが。」と、軍曹がこぼす。
「ヤツらソ連は覇権国家だからな。」「共産党は潰さねばならん。」と、加藤中尉が言い切る。
 共産主義は、日本の国体には真逆の考え方なのだ。 なんせ、1党独裁だからだ。
「ヤツらは虫が好かんのだ。」と、加藤中尉が決めつける。
 まあ、日本人は神武建国以来、2600有余年に渡り、話し合いで国を治めてきた国だ。
1党独裁なんて、日本人の肌に合わないのである。
 共産党は鮮人と仲がいいのだ。 そう、共産党には日本人はいないのだ。
日本人に似てるヤツらだが、根本的な考え方が違うのである。
 「よし、挺身隊を募るぞ。」と、オトリ役の希望車両を・・・・







しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

処理中です...