日本戦車を改造する。

ゆみすけ

文字の大きさ
330 / 393
T34を殲滅せよ!

魔改造は伊達ではないのだ。

しおりを挟む
 日本の技師は改造が好きだ。
新規に創造するのではないが・・・道具や機械を改良して、自身に合うように改造してしまうのだ。
 国民性といってもいいほどなのである。
なぜって、使っていて思うからだ。
 これなら、こうすればいいんじゃねぇ・・・と
どうして、魔改造戦車の後部へ傾斜装置がついたのか・・・
 それは、砲塔内部への砲身の遊底の所為なのであった・・・
「これが、魔改造戦車の主砲だぞ。」と、長砲身の砲身を見せる。
 「なんと、遊底が長いんだ。」
「これでは、砲身が上下角が取れないぞ。」
 「どうしょう。」「他に砲身は無いんかい。」「これが、一番の威力なんだよ。」
「いままでの、35ミリ砲(短砲身)では、ソ連軍の戦車の装甲は抜けないからな。」
 「どうするんだ。」
「左右は砲塔を廻せばいいんだが、上下が・・・」
 「なら、車台ごと傾ければいいんじゃないか。」
と、無理やりの理由からである。
 
 そこで、技師連中で問題となったのは、傾きをどうするかであった。
上を狙うのか・・・下狙いでいくのかだ。
 八九式戦車の頃には戦車は歩兵支援が目的だった。
そう、榴弾を撃って・・・爆発の破片で歩兵を倒すのである。
 ところが、ソ連軍の戦車が湧いて出てきたのだ。
榴弾では、戦車は破壊できない。
 なぜなら、装甲で榴弾の破片が防がれるからだ。
そうなのだ、戦車対戦車の戦いへ・・・時代は変化するのである。
 歩兵にとり、戦車は強敵だ。
カンタンには破壊できない。(まだ、バズーカなどの対戦車兵器は開発前である。)
 そこで、徹甲弾の開発である。
敵戦車の装甲を抜ける砲弾だ。
 そのための砲身は射速を上げるために長砲身となる。
そして、砲撃の衝撃を逃がすために遊底が後部へ長くなるのだ。
 それで、砲塔内部で上下角が取れなくなったのである。
そこが、改造戦車の欠点なのである。
 基本体形を替えることができないからだ。

 対戦車としての戦車砲なら・・・上を狙うことが少ない。
歩兵用の榴弾を山なりに上を向けて撃つことがないからだ。
 もっぱら、対戦車としての水平撃ちが多いのである。
そして、空とぶ戦闘機を主砲では・・・1発必中なんて・・・現在のパソコン照準でも困難だろう・・・
 戦闘機は対空機銃が望ましいのだ。(数、撃って当てるのだ。)
そして、車台を、どうやって傾けるか・・・
 難問なのだ。
当時、まだ油圧サスペンションなんて、夢のまた夢なのである。
 「まてよ、精密砲撃するとき、大砲は後ろに緩衝装置を付けるじゃないか。」
「あ、あ、あの開く振り止めか。」
 「うむ、それだ。」
「その緩衝装置を使って、車台を持ち上げるんだよ。」
 「でも、20トン以上あるぞ。」
「だから、ジーゼルエンジン動力を使うんだよ。」
 すべてが、ソ連製の戦車を無理くりに改造しようとした結果なのである。
そうして、全く別物も戦車が出来上がったのである。
 もはや、原型がソ連のT26Bとは、ソ連兵も気が付かないレベルなのである。

 そして、ここは行軍してきた袋小路の丘である。
「まだ、熊公は来てないな。」と、軍曹が吠える。
 とうとう、露スケから熊公へジョブチェンジしたようだ。
馬賊が1騎、駆け寄る・・・
 「隊長サン、モウジキ、来ルアルヨ。」と、北方向をしめす。
「おお、砂の煙が・・・」「もうじきだ。」
 「各車、位置へつけ。」と、今野少尉が無線機で伝える。
事前に、各車の配置は指示してあるのは、当然なのだ。
 袋小路の丘は日本陸軍が勝手に名付けた丘だ。
ハルピン方向からくると、丘におより道が狭くなるのだ。
 道といっても、凹凸が無いところだ。
街道の整備なんて、してあるわけではない。
 満州国は、インフラがそこまで進んでないのである。
満州平原といっても、まっ平ではないのだ。
 それなりの凹凸の岩が散在しているのは、どこも同じだ。
わざわざ、行軍速度が遅くなる、岩場をソ連軍は進んでこないのだ。
 そこは、日本陸軍も同じだ。
山での猟師がケモノ道を使うのと同じである。

 「各車、用意いいか?」「全車、配置完了です。」
「うむ、いいか合図まで、撃つなよ。」「了解です。」
 ソ連軍が溜まるまで、待たねばならないからだ。
砲撃は、全車が一斉にやらないと効果が出ないからだ。
 それに、岩場からギリで狙うのはチャンスは1回キリなのだ。
後部緩衝装置で、戦車の車台が安定するから正確な射撃ができるから・・・外すわけにはいかないのである。
 「いいか、絶対に1発必中で、いくぞ。」「おう。」
装填手は次弾をもって待機する。
 砲手は、光学照準器へ張り付きだ。
操縦手は、後部回転緩衝装置のレバーを握り・・・いつでも、車台を戻せるように・・・
 なぜなら、砲撃したら、戻して退避しなければならない可能性があるからだ。
それは、作戦が失敗したときである。
 常に、万が1に備えるのが、戦死回避の方策なのだ。

 「来たぞ。」と、無線だ。
続々と・・・20両ほどのソ連軍の新型T34戦車が・・・丘の溜まりへ入ってくる。
 ソ連軍の新型T34を今野少尉以下・・・戦車隊全員が初めて見るのだ。
「あれが、T34かっ。」「マジで、ミッキーマウスだな。」砲塔のハッチを2枚とも開けてる戦車もあるようだ。
 「いいか、砲撃用意・・・」
「いまだ、テーーーーッ。」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

処理中です...