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普通に飛行した2号機だ。
設計図どうりだから、当然なのだ。
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模型飛行機の実体設計図なる図面どうりに工作をした斎藤君である。
障子紙を正確に切って貼る。
そこには、必ず大きさは正確に切ること、のただし書きだ。
なぜなら、重さを正確につくらないと、バランスが狂うからだ、と書いてあったのだ。
設計図の注意書きには、模型飛行機といえども重さは正確でなければならない・・・云々。
飛行機は重量の配分が重要らしいのだ。
旅客機の座席配分がそうだ。
勝手に、座席は替われないのである。
飛行機の窓から翼を見ながら、座席でドスンをやればわかるだろう・・・主翼のエルロンの補助舵が動くからだ。
魚雷を投下する急降下爆撃機でも、魚雷を投下するとバランスが大きく狂うのだ。
それを補正するのが操縦士の腕でもあるそうだ。
模型飛行機といえども、カンで工作してはダメなのだ。
そこが、飛行機と他の工作の差なのだ。
実体設計図は、その正確さを出すためなのである。
そして、設計図どうりに2号機が完成したのだ。
次の日曜日に近所の河原で試験飛行である。
もちろん、ボッチだ。
飛ばして、即~墜落では恥ずかしいからである。
「ゴムは巻きすぎないように、ほどほどのだ。」
「片手でペラを持って、胴体を少し斜め上にして、えいっ!」と、模型飛行機を飛ばした。
飛行機はペラを廻して、軽く上昇していく。
そして、数秒でペラの回転は止まる。
が、かなり上昇したので、空気の風に乗り・・・そのまま・・・滑空していく。
「いかん、跡を追わねば・・・」と、追いかける。
やがて、河原の土手が終わる付近で・・・「スーーーーーーッ。」と、地面へ着陸する。
そうなのだ、不時着ではないのだ。
もちろん、滑走路なんて無い河原だ。
飛行機の機体は損傷はないから、着陸でイイのだ。
距離にして、約100メートルという長距離飛行に成功したのである。
コースは、少しカーブしたが、以前の1号機のような旋回はしていないのだ。
やはり、設計図どうりにプロペラ回転を打ち消すために、角度を付けたのがよかったようだ。
角度は、眼でみてはわからない程度の、ほんの少しだが・・・
2号機の成功は斎藤君に、大いに自信を付けさせたのだ。
休日に学校の広場での模型飛行機の披露となったのだ。
そして、数限りない、いままでの失敗は実績になったのだったのだ。
設計図どうりに正確に工作することが、骨身に染みたのだ。
いいかげんなことが、大嫌いになっていくのである。
空気を相手に空を飛ぶことは、空気力学的に誤差というモノを許さないモノであったのだ。
ほんの少しの翼の傾きで墜落してしまうからだ。
竹ヒゴという軟弱な材料の骨組みだが・・・そこは、和紙という素材で丈夫な翼ができるのである。
そして、子供の科学の次号では・・・胴体がある模型飛行機への挑戦であったのだ。
つまり、セミ・スケールモデルというヤツなのだ。
スケールモデルとは、パット見でゼロ戦ならソレとわかる模型のことだ。
セミ・スケールとは、おおむねそれらしいとわかるモデルのことである。
ソッピース キャメルという第一次大戦の英国の戦闘機だ。
もちろん、複葉機である。
胴体は四角だ。
それで、丸くないから工作がやりやすいのだ。
実機は速度が180キロ出る、エンジンが星形の全体が回転するエンジンだ。
つまり、クランク軸が胴体へ固定したあり、プロペラと供にエンジンが廻るのだ。
空冷だから、回転して冷やすだめだろう。
もちろん、模型にエンジンは無い。
ゴム動力だ。
「なに、なに、材料は・・・」と、設計図と部品から足らないモノを描きだしていく。
斉藤君にとり、初めての複葉機だ。
胴体の工作が接着剤が必要なのだ。
そう、セメダインだ。
メンダインというニカワを応用した接着剤が欧州で発売されたのが大正時代だ。
それが、日本へ輸入されて日本人が改良したのがセメダインだ。
ところが、斎藤君の地元では売ってないのだ。
都市部の百貨店しか無理だ。
それで、通信販売である。
巻末に広告として、セメダインの販売があるのだ。
いままで、糊といえばコメの粉だ。
そして、竹ヒゴは糸で結んで・・・肝心のところはニカワだった。
しかし、ニカワはゼラチンが成分なので水に弱いのだ。
そして、すぐに接着できるのだ。
セメダインも、ニカワの改造だから(メンダインがそうだ。)すぐに接着できる。
ニカワでの接着は現在でも活用されてる。
例として、紙ヤスリのヤスリと紙の接着だそうだ。
当時は、メンダインかセメダインしかなかったからね。
セメダインは昭和初期から模型工作に使われているのだ。
胴体が完成した。
胴体へゴムを入れてしまうから、外からみえないのだ。
そこが、気にいった斎藤君だ。
そして、複葉機だから、2枚の翼をつくるのだ。
「まてよ、意外に重たいな。」「これで、ゴム動力で飛ぶんかな?」と、はなはだ疑問の斉藤君だ。
そうなのだ、ゴム動力で飛ぶのは胴体がある飛行機は無理なんじゃないかなと著者も思うのだ。
少なくとも、滑空はしないだろう。
複葉機でも、揚力(飛びあがる力)が重さより大きいとは思えないからだ。
ゴム動力では、速度がでないのだ。
せめて、小型でもいいから、エンジンでないと馬力が無からね・・・
ゴム動力はライト・プレーンが限界だと思うのだ。
2,3秒でプロペラのゴム動力は終わるから・・・
多分、無理だろうかな・・・でも、試験飛行はしないとね・・・
障子紙を正確に切って貼る。
そこには、必ず大きさは正確に切ること、のただし書きだ。
なぜなら、重さを正確につくらないと、バランスが狂うからだ、と書いてあったのだ。
設計図の注意書きには、模型飛行機といえども重さは正確でなければならない・・・云々。
飛行機は重量の配分が重要らしいのだ。
旅客機の座席配分がそうだ。
勝手に、座席は替われないのである。
飛行機の窓から翼を見ながら、座席でドスンをやればわかるだろう・・・主翼のエルロンの補助舵が動くからだ。
魚雷を投下する急降下爆撃機でも、魚雷を投下するとバランスが大きく狂うのだ。
それを補正するのが操縦士の腕でもあるそうだ。
模型飛行機といえども、カンで工作してはダメなのだ。
そこが、飛行機と他の工作の差なのだ。
実体設計図は、その正確さを出すためなのである。
そして、設計図どうりに2号機が完成したのだ。
次の日曜日に近所の河原で試験飛行である。
もちろん、ボッチだ。
飛ばして、即~墜落では恥ずかしいからである。
「ゴムは巻きすぎないように、ほどほどのだ。」
「片手でペラを持って、胴体を少し斜め上にして、えいっ!」と、模型飛行機を飛ばした。
飛行機はペラを廻して、軽く上昇していく。
そして、数秒でペラの回転は止まる。
が、かなり上昇したので、空気の風に乗り・・・そのまま・・・滑空していく。
「いかん、跡を追わねば・・・」と、追いかける。
やがて、河原の土手が終わる付近で・・・「スーーーーーーッ。」と、地面へ着陸する。
そうなのだ、不時着ではないのだ。
もちろん、滑走路なんて無い河原だ。
飛行機の機体は損傷はないから、着陸でイイのだ。
距離にして、約100メートルという長距離飛行に成功したのである。
コースは、少しカーブしたが、以前の1号機のような旋回はしていないのだ。
やはり、設計図どうりにプロペラ回転を打ち消すために、角度を付けたのがよかったようだ。
角度は、眼でみてはわからない程度の、ほんの少しだが・・・
2号機の成功は斎藤君に、大いに自信を付けさせたのだ。
休日に学校の広場での模型飛行機の披露となったのだ。
そして、数限りない、いままでの失敗は実績になったのだったのだ。
設計図どうりに正確に工作することが、骨身に染みたのだ。
いいかげんなことが、大嫌いになっていくのである。
空気を相手に空を飛ぶことは、空気力学的に誤差というモノを許さないモノであったのだ。
ほんの少しの翼の傾きで墜落してしまうからだ。
竹ヒゴという軟弱な材料の骨組みだが・・・そこは、和紙という素材で丈夫な翼ができるのである。
そして、子供の科学の次号では・・・胴体がある模型飛行機への挑戦であったのだ。
つまり、セミ・スケールモデルというヤツなのだ。
スケールモデルとは、パット見でゼロ戦ならソレとわかる模型のことだ。
セミ・スケールとは、おおむねそれらしいとわかるモデルのことである。
ソッピース キャメルという第一次大戦の英国の戦闘機だ。
もちろん、複葉機である。
胴体は四角だ。
それで、丸くないから工作がやりやすいのだ。
実機は速度が180キロ出る、エンジンが星形の全体が回転するエンジンだ。
つまり、クランク軸が胴体へ固定したあり、プロペラと供にエンジンが廻るのだ。
空冷だから、回転して冷やすだめだろう。
もちろん、模型にエンジンは無い。
ゴム動力だ。
「なに、なに、材料は・・・」と、設計図と部品から足らないモノを描きだしていく。
斉藤君にとり、初めての複葉機だ。
胴体の工作が接着剤が必要なのだ。
そう、セメダインだ。
メンダインというニカワを応用した接着剤が欧州で発売されたのが大正時代だ。
それが、日本へ輸入されて日本人が改良したのがセメダインだ。
ところが、斎藤君の地元では売ってないのだ。
都市部の百貨店しか無理だ。
それで、通信販売である。
巻末に広告として、セメダインの販売があるのだ。
いままで、糊といえばコメの粉だ。
そして、竹ヒゴは糸で結んで・・・肝心のところはニカワだった。
しかし、ニカワはゼラチンが成分なので水に弱いのだ。
そして、すぐに接着できるのだ。
セメダインも、ニカワの改造だから(メンダインがそうだ。)すぐに接着できる。
ニカワでの接着は現在でも活用されてる。
例として、紙ヤスリのヤスリと紙の接着だそうだ。
当時は、メンダインかセメダインしかなかったからね。
セメダインは昭和初期から模型工作に使われているのだ。
胴体が完成した。
胴体へゴムを入れてしまうから、外からみえないのだ。
そこが、気にいった斎藤君だ。
そして、複葉機だから、2枚の翼をつくるのだ。
「まてよ、意外に重たいな。」「これで、ゴム動力で飛ぶんかな?」と、はなはだ疑問の斉藤君だ。
そうなのだ、ゴム動力で飛ぶのは胴体がある飛行機は無理なんじゃないかなと著者も思うのだ。
少なくとも、滑空はしないだろう。
複葉機でも、揚力(飛びあがる力)が重さより大きいとは思えないからだ。
ゴム動力では、速度がでないのだ。
せめて、小型でもいいから、エンジンでないと馬力が無からね・・・
ゴム動力はライト・プレーンが限界だと思うのだ。
2,3秒でプロペラのゴム動力は終わるから・・・
多分、無理だろうかな・・・でも、試験飛行はしないとね・・・
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