THREE MAGIC

九備緒

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FIRST MAGIC

第10話 俺様遺伝子

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「はじめましてチイ様。お会いできて光栄です。」


 そう言ってにっこり笑うセフィー王子の姿に、知衣はあんぐりと口を開く。
 アレク同様人並はずれた美貌の持ち主だが、俺様の遺伝子は見る影もない庇護欲を誘うその姿。

「チイ様、口が……」

 クレアに耳打ちされ慌てて口を閉ざすも、知衣は驚愕から目の前の少年を凝視したまま固まってしまう。

 緩やかに編み込まれた蜜色の長い髪。澄んだ若葉色の大きな瞳。白い肌に映える瑞々しい桜色の唇。
 その姿はまさに『絶世美少女』。
 あと数年もすれば、どんな男性も魅了できるに違いないものだ。

 こ、これで男の子!?

 アレクの弟というのだから、美少年だろうという予測はあった。
 人並の容貌である自分が張り合えるなんてはじめから思っていなかったけれど、女として確実に負けた――否、勝負にもならないこの可憐さは何事か!

 同じ様な服を着ているというのに、その差たるや『月とスッポン』――否、そんな表現はスッポンに対して失礼極まりない。『月と目糞鼻糞』とでもおつりがくるくらいだ。
 別に人並み外れた美女になりたいだなんていう大それた思いはないけれど。
 世の中、ここまで不公平だなんて――ちょっと納得いかない気分になるのは確かである。

 しかし。

「チイ様?」

 目の前で不思議そうに首を傾けるセフィーの姿に、あっと言う間に悩殺される。

 か、かかかか、かっわいい~!!

 母性本能の働きか、一般的に女性は可愛らしいものに弱い。
 知衣もまた、その例に漏れなかった。

 こんな可愛らしい生き物が存在するなんて奇跡だ、奇跡。奇跡万歳!!
 興奮の余り壊れ気味の思考に陥りながらも、何とか表情筋を引きしめる。

「はじめましてセフィー様。私もセフィー様にお会いできてとっても嬉しいです。」

 にやりとか、にんまりな怪しい笑顔にならないようにするのは至難の業だったが、何とかにっこり笑って言うと、セフィーは嬉しそうに笑みを深めた。

「僕のことは是非、セフィーと呼んでください。」
「うーん。ありがたい申し出ですが、王子様を呼び捨てというのは色々まずいと思うんですよ。」

 気持ちとしては、ちゃん付けとか君付けをしたくなる可愛らしさだ。
 けれど相手は王子様。面倒事は御免である。
 そう言った知衣に、セフィーはふるふると首を振った。

「平気ですよ。何と言ってもチイ様は、我が国の英雄となる方ですから!」

 きらきらと輝くような瞳で言われて、知衣は戸惑う。

「え、英雄って……私が?」
「はい!こちらをご覧ください!」

 軽やかな足取りで窓辺に歩み寄り外を示すセフィーに促され、外を見た知衣は固まった。

 眼下には見事な庭園が広がっていた。
 これほどの庭園は、本やテレビでも見たことがない。
 色とりどりの花々に彩られ、品良く整えられた庭はまるで楽園。

 そして、その中央。

 赤い花の絨毯で囲まれた、広々とした空間にいた。

「あ、あれはもしかして……」

 これ以上となく表情を引きつらせた知衣に、セフィーは無邪気にとどめを刺した。

「我が国の歴代の英雄たち――異世界より召喚されし、魔法案の提供者の方々の銅像です。チイ様の像もいずれあそこに!」

 がっくりとうな垂れる知衣に、セフィーは不思議そうに首を傾ける。

「チイ様。どうかなさいましたか?」
「……あ、あの拒否権は?」
「拒否権ですか?」
「はい。銅像なんて私……」

 縋るように懇願する知衣に、セフィーは瞳を輝かせた。

「素晴らしいです、チイ様!」
「はえ?」
「チイ様はとても謙虚な方なんですね!奢り高ぶらないその崇高さ、御見それしました!!」
「い、いや、そんな立派なものじゃなくてですね。単に小心者というか何と言いますか……」

 思いもよらない言葉にあたふたと応じる知衣に、セフィーは拳を握り締め力説する。

「チイ様のような方を今までの英雄と同等に扱おうだなんて、僕らは間違っていました!チイ様は特別な方ですから像も特別に!!」
「え、ええ。『なし』の方向でお願いします。」
「とんでもない!『黄金像』に致しましょう!!」
「ええっ!ちょ!?そんなこと私は望んでな…」
「お任せください!立派な黄金像にしてみせますから!!」

 両手を握られブンブンと上下にされる。

「困りますって!」

 抗議の声をあげる知衣だが、興奮状態らしいセフィーの耳には入っていないようだ。
 肩を軽く叩かれ振り返ると、視線の先でクレアが静かに首を振った。そして言う。

「こうなってしまったセフィー様は誰にも止められません。」
「そ、そんな……」
 セフィーの性格が悪いとは思わない。
 けれど。

 似てない似てないと思ったけれど、こんな厄介な発想に限って同じだなんて!

 それは、知衣にとっての悲劇。
 こうして知衣の黄金像建立の未来は、ますます現実味を帯びたのである。

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