THREE MAGIC

九備緒

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FIRST MAGIC

第26話 突然の勧誘

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 黒村空雅。

 確かにそれは、日本人の名前のようだけれど。
 話す言葉もまた、日本語ではあるのだけれど。

「普通、日本人は千年以上生きないし、その若作りもありえないわよ。」

 そう漏らした知衣に、クウガは「まあな。」と頷き肩を竦める。
 そしてにやりと愉快気に口の端を吊り上げた。

「ワシは普通じゃない。けどそれはおまえも一緒だぞ。羽柴知衣。」
「一緒って……まあ、こんなところにいるのは確かに普通じゃないけど。」

 けれど、四千年以上生きている見た目お子様のご長寿に一緒扱いされるのは納得がいかない。
 不満そうな知衣を見て、クウガは笑う。

「それだけじゃない。羽柴がもし望むなら、その姿のまま年をとることなく千年以上生きる事も可能だ。」

 それはそういう魔法をかけるということだろうか。疑問に思うが、まあ何でもいい。

「別に望まないわよ。」

 不老不死。
 望んでもそうそう得られるものではないが、それは知衣の望みにはない。
 普通に年をとって、普通に死ぬ。それでいいと思うのだ。
 できることなら安らかに死にたい――それくらいは思うけれど、年をとるのが嫌だとも、不死身になりたいとも思わない。
 人が皆、不老不死だというのならばともかく、自分だけが不老不死になるだなんてぞっとする。
 仲の良い家族や友人たちは老いていくのに、自分だけが若々しい姿のまま。そんなのは御免だ。
 そもそも自分に誇るほどの美貌はない。自分の姿が老いていくのは普通だし、惜しむべき容貌でもないと思う。

「なんだ。つまらん。ただここに留まるだけで、お手軽になれるのにな。」
「ここに留まるだけ?」
「ああ。召喚されてここにいる間おまえは老いることはない。本当の不老不死の魔法とは違うが、仮初の不老不死の体を与えられているからな。今の羽柴の体は、実を言うと本当の体ではない。魔法で造られた仮初の体だ。」
「え!?」

 思わず自分の体を見下ろす知衣だが、それはどう見ても自分の体としか思えない。
 思わず頬を抓ってみるも、痛覚まで正常だ。――思い返してみれば、アレクに殴られた時も痛かったし、昨日魔法棟までの階段昇りでの疲労の感覚も正常にあった。
 今の今まで――否、言われた今も自分の体への違和感などない。

「よく出来てるわね。」
「だろう?仮初とはいえ、おまえの体を忠実に再現している上、完全に別のものというわけでもない。元の体と魔法で繋がっているから感覚も変わらずあるはずだ。」
「元の体と繋がっている?」

 どういうことだろう?と首を捻る知衣に、クウガは「さて、どこから話そうか。」と軽く眉を上げた。
 長くなるからとりあえず座れと促されソファーに腰を沈めた知衣に、クウガは口を開く。

「まず今回使った召喚魔法について話そう。召喚魔法にはそもそも、『条件』『制約』『媒体』の三つが必要だ。『条件』はまあ、理由とおきかえてもいい。何故呼び出すのか、何をさせるためなのかそれを明確に定義しなければ、召喚魔法は発動しない。『魔法案を3つ提供するまで。』――それが、今回の魔法の『条件』だ。召喚されたモノは『条件』を満たす事で元の場所、元の時間軸に戻される。つまり魔法案を3つ提供してしまえば、おまえは元の世界に戻る事ができる。」
「残りの二つは?」
「魔法を使ったワシらを『召喚者』、それによって呼び出されたおまえのような存在を『召喚対象』として言えば、『制約』は『召喚者』から『召喚対象』への保障と報償だな。条件を満たすまでの身の安全の保障と、条件を果たした後の報償を約束するものだ。『制約』はなくても召喚魔法を発動させることはできるが、勝手に呼び出しておいて扱使うなんて人道に反するだろ?『制約』なしでの召喚は法律で禁止されている。この『制約』のために、おまえが死なないように仮初の体で身の安全を確保しているわけだ。」
「それでその報償が『好きな魔法道具を一つ持ち帰る』ってこと?」
「その通りだ。だから正確には『条件』を満たしても、持ち帰る魔法道具を選ぶまでは元の世界に戻るわけではない。まあ、あらかじめ選んでおけば三つ提供した時点で元の世界に戻ることもできるが、ここで過ごした時間は元の世界ではないも同然。元の時間軸に何事もなかったように戻されるわけだから、終わってからじっくり選んだ方が得だとは思うがな。」
「何事もなかったようにって……記憶とかも?」
「いや。記憶がなければ、魔法道具を持ち帰っても使いようがないだろう?羽柴のここでの記憶は残される。ただここで過ごした時間が、元の世界では反映されないというだけだ。」
「いきなり勝手に召喚されたのは迷惑だけど、一応色々考えてくれているのね。」
「結構言いたい事はいう奴だな。」

 意外だというように苦笑いするクウガに、知衣は言う。

「ある程度言いたいことは言っておかないと、世の中かえって面倒臭いんだもの。」

 気軽に何でも応じていたら、気がつけば面倒な仕事を押し付けられていたなんてこともある。
 逆らうことは面倒だけれど、嫌なことは嫌とある程度主張することでかえって面倒から逃れられるということもわかってきた。
 知衣は長い物に巻かれやすいタイプであると思ってはいるが、NOと言えないタイプでもない。 

「悪くはないさ。個人的には好ましいと思うぞ。ただ、同じ国の出身とはいえ、時代の差を感じると思ってな。」
「時代の差?」
「ワシは平成よりもっと前の世から召喚されたからな。」
「あなたも……召喚されたの?」

 まあ、元日本人というクウガの主張を信じるならば、おかしなことではないのだが。

「ああ。時期的には廃刀令が出されてすぐのことだったか。女子のあり方が当時と平成の世では随分違うようだ。わかっていたつもりだったが、こうして話してみると実感するぞ。」
「廃刀令?廃刀令ってあの、刀を持っちゃいけないっていう?」

 あれって確か明治のはじめの方だったような?

 だとするともう百年以上前の話だ。
 でもクウガの年齢が、すでに千単位だとすれば計算が合わないが――世界の違いによる、時間の流れの差だろうか。

「そうだ。一応これでも刀で生計を立てていた身でな。途方にくれておったところを召喚されたわけだ。」
「刀で生計って、あなたみたいな小さい子供が?」
「これ。勘違いするな。わしが召喚されたのはおまえとそう年の変わらぬ頃だぞ。見た目も今とは違って年齢相応だった。」
「ええと、それって…あなたも仮初の体とやらで、その仮初の体の年齢が実物より幼いってこと?」

 今までの話を思い返してありそうな仮定をあげてみると、クウガは軽く首を捻ってから頷いた。

「少し違うが、まあ似たようなものだ。」
「それであなたも召喚されてまだここにいるってことは『条件』を満たしてないってことよね?」
「いいや。それは違うぞ。ワシは『条件』を満たして一度日本に戻った。それから自分で此処へ戻ってきたのさ。」
「なんでわざわざ?」

 早く帰りたくてたまらない知衣としては、信じられない心境だ。

「刀を奪われた侍は、魔法使いに転職したくなったといったことろかな。」

 苦笑交じりにそう言うクウガに、知衣ははっとする。
 廃刀令――知衣にとっては縁遠い話だが、当時の侍にとってはあって当然のものを奪ったものであったのだろうことは想像できる。
 刀で立てていた生計。それを思えば、刀を奪われたその先に、未来を思い描くことは困難だったのかもしれない。
 知衣は元の世界での生活に満足していたけれど、クウガには先への不安しかなかったかもしれないのだ。
 そんな時に出逢った、全く違う魔法の世界。惹かれてもおかしくはないかもしれない。

「魔法について学ぶのなら、この世界ほどいいところはない。ワシは日本人であることを捨てこの世界の住人になった。」
「もしかして、それを報酬として望んだの?」
「違うぞ。ワシは自分で覚えた魔法でこの世界に戻ってきた。肉体的には時間が流れていなくても、ここで過ごした記憶――魔法の知識は失われなかったからこそできたことだ。」

 そう言うとクウガは、知衣の方へ身を乗り出した。


「だからこそワシは提案する。羽柴知衣、おまえ、ワシの弟子になってみないか?」

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