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FIRST MAGIC
第29話 追う者、追われる者
しおりを挟むベルフェールの弟子であるエステルは、才能あふれる魔法使いである。
まだまだ発展途上ながらも、幻魔法6、精霊魔法4、時魔法3の計13という一流の才能値の持ち主だ。
逃走中の師を追跡するエステルだが、いくら優秀とはいえ、相手は国一の魔法使い。
正攻法で捕まえるのは、至難の業――そう考えるのが普通だろう。
しかし、彼女より優れた魔法使いは何人かいるが、事を『ベルフェールの捕獲』と限定すれば、彼女を超える者はいない。
彼女には、ベルフェール捕獲選手権なるものが存在すれば優勝の座は確実だろうと囁かれるほどの実績がある。
「全く……私から逃れられるとでも思ってるのかしら。」
不敵な笑みを浮かべるエステルの瞳は、ハンターのそれだ。
普段は控え目で穏やかなエステルだが、ことにベルフェールが関われば話は別。
怒らせると誰より怖い――そうベルフェールに言わしめる、最強最悪の大魔王がそこには降臨する。
「さあ、《みんな》。お遊戯の時間よ。」
そんな囁きに、周囲の空気が歓喜に震える。
それは、エステルのオリジナルの魔法。
脈略がなく思えるその囁きこそ、これからベェルフェールに襲いかかる悪夢の始まりとなるのだ。
*
ベルフェールは国一の魔法使いだ。
宮廷魔法師最年少の24歳でありながら、長官をも兼任する地位がそれを証明している。
幻師の称号が示すとおり、最も得意とするのは幻術系の魔法であるが、他の系統の魔法だとてまぎれもなく超一流の使い手だ。
才能値を見ても、幻魔法6、精霊魔法6、時魔法5の合計17というとんでもない数値をたたき出す。
そんな高い才能値をたたき出した魔法使いは、未だかつて彼を除いて存在しないのだ。
そんな誰よりも優れた魔法使いであるはずのベルフェールは、現在必死に逃走中である。
魔法棟に訪れる魔法案提供者から――そして、追っ手として来るだろう弟子のエステルから。
何故逃げるのか。
それは魔法案提供者が妙齢の女性だからだ。
ベルフェールとて、魔法案の提供者が女性であると知らないうちは、長官として英雄に敬意をもって接し、説明義務を果たすつもりだった。
けれど、童顔とはいえその実体は妙齢の女性で(子供に見えたけれど)――それは恐怖の対象でしかなくて。
うっかり抱きついてしまった昨日のことを思い出し、ベルフェールは悪寒とともに身震いする。
お、おそろしいことをしてしまった。
思い出すのもおぞましい――自分から抱きしめたことを棚に上げ、恐怖するベルフェール。
万能に近い魔法の才を持ちながら、何故異性ごときを恐れるのか?――それを大いなる謎と捉える者も少なくない。
だがトラウマというものは、得てして克服困難なもの。
ベルフェールの異性恐怖症は幼少からのトラウマであり、現在治るどころか日々悪化しているもので――弟子のエステル曰く「馬鹿馬鹿しいけど、不治の病みたいなもの。」なのだそうだ。
彼の悲劇は、彼の望みとは裏腹に女性に人気がありすぎることかもしれない。
何せ国一の魔法使い。宮廷魔法師幻師にして、長官というエリート中のエリートだ。おまけに、かなりの男前ときている。
それでモテない筈がなく――肩を並べるエリートである残りの宮廷魔法師も、一人は見た目お子様の高齢者と子持ちの母親だ。
国の王子たちも女性からの人気が高いが、まだ幼いこともあり、基本的にベルフェールの最も苦手とする妙齢の女性たちの射程範囲には入りづらい。
すると当然のごとく、玉の輿狙いの女性たちのターゲットはベルフェールへと絞られるのだ。
あまりの人気の高さに、女性たちの争いは激しく――その結果、ベルフェールへと直接迫る女性もそれを勝ち抜いてきた気の強い女性が多い。
ただでさえ異性に恐怖を抱いているベルフェールに、そんな女性たちはあまりに荷が勝ちすぎる。年々激化する女性たちの争いと比例するように、ベルフェールの苦手意識も悪化の一途を辿っている。
そんな女性から逃げる手段の一つが変化魔法であり、今も変化中だ。
変化姿は日々異なるが、今日は波打つ赤毛の妖艶な美女の姿である。
元の姿を思わせる事の全くない、完璧な変化は流石といったところだ。
幻術系の魔法はお手の物であるベルフェールにとって、変化魔法は得意中の得意だ。
女性恐怖症にも関わらず見事な女っぷりで、通りかかった人々は、まさかこの変化を男がしているとは想像もしないであろう。
けれど実際こうした姿をしていると、寄って来るのは男性ばかりで女性は少ない。女避けの効能は確かなもので、ベルフェールは重宝しているのだ。
つい逃げてきたけど……エステル、追ってくるよなぁ。
そう考えて再びベルフェールは震え上がる。
異性恐怖症のベルフェールといえど、子供は例外だ。
エステルはベルフェールにとって「まだ子供」という意識があるので、女性としての恐怖はない。
けれど、「怖くない」とは口が裂けても言えない存在だ。
なにせ自分に対するエステルには、一切の容赦が存在しない。
それに弟子とはいえ、エステルの魔法はけしてあなどれない。
エステルの魔法はとても特殊で、既存の魔法の盲点をつく変則的なものなのだ。
いくら自分に比べればレベルの低い魔法使いとはいえ、普通に対応していてはしっぺ返しをくらうことになりかねない。
魔力の総量や、才能値だけでは測りきれない部分――エステルが秀でているのはそこなのだ。
それでも純粋に魔法の実力であれば、まだまだ弟子に劣りはしないという自負があるのだが。
ぞくり。
背筋を駆け抜ける悪寒に、ベルフェールは青ざめる。
覚えのある魔法の波動。
来た!
弟子の追跡。逃げられる自信は……あまりない。
追うものと追われるもの――こうした状況での戦績では、明らかに弟子に軍配が上がっているのだ。
けれどその末に待っている地獄を知るベルフェールは、それに抗わずにはいられない。
ききき、今日こそは!
国一の魔法使いとして情けない事この上ない表情で、ベルフェールは追跡をかわす魔法を紡いだ。
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