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FIRST MAGIC
第30話 師弟宣言
しおりを挟む「ただ今戻りました。」
そんな声とともにエステルが魔法棟へと戻ったのは、陽の傾きかけた頃だった。
エステルの声に扉へと目を向けた知衣は、その光景に目を剥いた。
知衣とさほど体型の変わらないエステルが、成人男性であるベルフェールを軽々と肩に担いでいたのだ。
変化魔法は使っていないらしく、ベルフェールは本来の青年姿だが、意識がないらしくぐったりとしている。
「おお、さすが。ちゃんと捕獲してきたな。」
感心したように言うクウガに、エステルは苦笑する。
「でも意識をとばしてしまいました。どの道今日は使いものになりそうにありません。」
「こうなることがわかっていながら懲りずに逃げる方が悪い。まあ、どうせ羽柴が女である以上、ベルフェールには無理なことだろう。この際、今日に限らず羽柴に関する魔導棟の義務は全面的にわしが責を負うぞ。」
「いいのですか?」
「うむ。羽柴はわしの弟子となったしな。師としてそのくらいは務めてやろう。」
そんなクウガの言葉に、エステルは目を見開いた。
「え!チイさん、クウガ様の弟子になったんですか!?」
「え、ええ。まあ。」
不本意ながら――と顔を歪めて答える知衣に、エステルは目を輝かせる。
「凄い!時魔法は才能に恵まれることがなかなかなくて、クウガ様の弟子はずっと空席だったんですよ!」
それはエステルが戻るまでに知衣も聞いていた。
宮廷魔法師の弟子というのは、次期宮廷魔法師の最有力候補であり、本来なりたいと思ったところでなれるものではないらしい。
クウガが才能があるかもわからないうちから知衣を弟子に勧誘したのは、どうせ適任もいないし、だったら同郷のよしみで選ぶか――そんな半ば諦めの心境からだったいう。
けれどそれはエステルには秘密だ。
クウガが日本人――かつて魔法案提供者であったことは、秘密にしなければならない。
「もししゃべったら……頭と胴体が永遠にさよならだぞ?」
――そう言ってこれみよがしに刀で脅されているのだ。
死なないとはわかっていても、斬られるのは御免である。
クウガは日本を捨て、純粋にこの世界の人間として世界で生きることを選んだのだという。
純粋にこの世界の人間になるために、かつての魔法案提供者という肩書きは邪魔にしかならない。「別世界の人間だから」と、特別視されるのが嫌らしい。
四千年以上を掛け、築き上げたクウガの嘘は完璧なものになりつつある。
知衣の前では故意に日本語を話していたが、この世界の言葉も習得していて、普段はもう日本語を使うこともないらしい。
確かにエステルと話すクウガの口の動きを見ていると、知衣が聞こえている言葉と一致しない。
脅しという手段はどうかと思うが、知衣もその秘密を守ることが嫌とは思わない。
知衣としては元の世界に帰る気満々だが、仮にもしこの世界に留まることになったら――そう考えると、クウガの考えに頷ける部分もある。
度の過ぎた感のある英雄扱いは、精神的に少々疲労を覚えるのだ。邪険に扱われるよりは、いいのだろうけれど。
「それよりエステルこそ、見掛けによらず凄い怪力ね。」
苦もなくベルフェールを担いでいる様子をまじまじと見つめる知衣に、エステルは苦笑する。
「勿論魔法ですよ。私は幻魔法――その中でも特に、暗示による身体能力強化の魔法が得意なんです。」
「暗示の魔法で、力を強めてるってこと?」
「はい。簡単に言えば。」
「で、その肩の上のベルフェールさんとやらは、その強化の上での格闘の結果そんな風に?」
ぐったりと意識のないベルフェール。
傷跡は見られないようだが、時折酷くうなされている。
エステルって、温厚な女の子と思ってたけど……どうやら、そうとは限らないのかもしれない。
「格闘なんて野蛮なことはしてません。それにベルフェール様はこれでも一応幻師ですから、幻魔法では私に勝ち目はありません。」
「ええと、それじゃあ?」
「霊魔法と幻魔法を掛け合わせた、私のオリジナルの魔法です。私は少々特殊な契約を結んでいるので――」
「待て待て。今の羽柴にその話はまだ早い。」
割って入ったクウガに、エステルははっとしたように口を噤む。
「魔法のいろはも知らんうちには、理解できん話だ。」
「すみません。うっかりチイさんが魔法のない世界から来た事を失念していました。」
「気にしないで。どうやら私が聞いたところで理解できないだろうことはわかったし。」
そう言った知衣に、エステルは安堵したように微笑み、クウガは呆れたように溜息を吐く。
「羽柴はちょっとは気にせい。まあいい。明日からみっちり魔法のいろはを仕込んでやるからな。」
やる気に満ちたクウガの言葉に知衣は、叶わない予感を覚えつつも、言わずにはいられない一言を口にした。
「お手柔らかに。」
「ところで、何故クレアの時を止めてあるんです?」
そんなエステルの言葉に、「あっ。」と、クウガと知衣は顔を見合わせる。
「うっかり、忘れとったわ。」
クウガはうっかり。
知衣は事あるごとに刀で脅してくるクウガを前にそれどころではなく、すっかり失念していた。
クウガの魔法で、再び時を刻みだしたクレアは、すでに夕方だと知ると――怖いほど綺麗に笑った。
「ご、ごめんね?」
「いえ。チイ様が謝る必要などありませんよ。」
笑顔でそう応じるクレアだが――
な、なんか笑顔がどことなく禍々しいような?
不吉な予感を覚えつつも、触らぬ神に祟りなし――と、知衣は深く尋ねることをやめたのだった。
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