木乃伊の花嫁

金合歓

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 皿は青大理石を削ったもので、部屋いっぱいに収まるほど巨大だった。皿の真中には、蜂蜜の池と裸の女があり、その真上の天井からは、蜂蜜色の鈍い光を落とす裸電球が吊るされていた。
 女は、花婿が来るのを待っている。光の加減で菫色にも見える銀の髪に蜜を塗り込み染み込ませ、既に床入りの準備は整っている。もうどれほどの時間待っているのだろうか。生家から密かに持ってきた挿絵入の童話集―彼女が乳飲み子だった時からの友―は、花婿に読んで聞かせようと思っていた(今でも思っている!)のだが、この部屋の中での暇つぶしに、自分で自分のために10周りするくらいは読んだだろう。おかげで本の蜂蜜漬けができてしまった。まあ、文字の読めない頃、彼女がすべての頁を丁寧にしゃぶって涎漬けにしたのと比べれば、はるかに衛生的だ。
(このまま時間が巻き戻るか何かで私が小ちゃくなって、またこの本の頁を味わえたらいいのに。蜜の味をしめて、もう少し読書好きのお利口さんになったはずよね。)
 花嫁はそう思いながら、もう一度本の最初の頁を開いた。頁同士がねっとりとくっ付いて離しづらかったが、かつての自分がかじり取った部分にうまく指を滑り込ませれば難なく引き剥がすことができた。

『くま と おんなのこ』
 初めの物語。白丸に小さな黒点を打っただけの目をした、焦げ茶色のクマが二本足で立ち、その背後に、蜂蜜色の光を放つランタンを抱えた少女。次の頁。夕闇の中をさまよう少女。栗を拾っているうちに、日が暮れて迷子になってしまったのだ。次の頁。森の暗がりに灯る小屋の明かり。中に入ってみると、誰もいない部屋の中に巨大な机、巨大な椅子、そして巨大な皿。皿の中にはたっぷりの蜂蜜。おなかがすいていた少女は皿の上にのぼって、それをすっかり平らげ、更には皿の真ん中で眠り込んでしまう。次の頁。小屋に入ってきたのは、例の丸い目をしたクマ。蜂蜜がなくなっているのを見ると、怒って女の子を一飲みにしてしまう。満足したクマは、女の子と同じように皿の真ん中で眠り込む。次の頁。場面変わって少女の家。両親が娘の帰りの遅いのを心配して、友人の狩人を森へ送る。次の頁。クマの小屋を見つけ、中に入る狩人。皿の真ん中で眠るクマの頭に一発銃弾をお見舞いし、ナイフでその腹を裂く。クマの腹から飛び出す少女。少女は狩人と二人、仲良く家に帰っていった。
 めでたし、めでたし。

(ほら、この絵よ。クマの腹が裂けるところ。女の子がクマから生まれたみたいに見えるわ。彼女の体、あまりにも小さいし、クマのお腹から糸引く血がへその緒みたいに彼女につながっていて…)
 花婿の幻影に向かって話しかけている自分自身に気付き、花嫁は心の中の口を閉ざした。
 長い間衣装を身に着けていないので、少し寒気を感じ始めている。暖を取れるものといえば、蜜と電球だけだ。大理石の皿は、あまりに冷たい。
 女はわざとらしく肩をすくめて両腕で自らを抱きしめ、部屋の扉を凝視した。そして、今だ顔も見たことのない良き人―今日の結婚式で初めて会ったばかりだし、式の間中ずっと(厳格な父親の要求で、誓いの口づけの時でさえも!)彼女の顔は重苦しいヴェールで隠されていたので―その姿を夢想して、多少血の巡りを良くすることに成功した。しまいには、もじゃもじゃで丸い目をしたクマが正装して部屋の扉を開ける様子を思い浮かべ、笑いだしてしまった。笑い出しておいて、自分が馬鹿馬鹿しく思えたので、花嫁は次の物語の頁をめくった。
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