大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

文字の大きさ
上 下
1,602 / 2,021
本編

夢と腕

しおりを挟む
暗い昏い闇の底。
光も届かぬ暗黒の澱。
息も詰まるような深い地の果て。
自分と他の物の区別がつかない程の闇の中、その中でも明確に見える「影」があった。
本能を直に揺さぶるような不安と嫌悪感、離れようとするも、何故かその影との距離は決して離れない。
むしろ右手を引かれるように近づけられ──
右手がそれに触れた時、突然何も無かったはずの影に目が現れた。
大きく大きく、丸くて白い目玉。
それはまるで、月のように丸く──吸い込まれるような魔性の力を持っていた。
──  ──  ──  ──  ──  ──  ──
誰かに数度頬を叩かれ、意識の覚醒を促された気がした。
それに対し、別の誰かが怒っているのか、荒々しく返しているのも聞こえた。
あぁ違う。何を言ってるか、どうしてこうなってるかは分からないが、何となく、怒っているのはアーネだと直感した。
そうか、少なくともアーネは助かったのか。なら良かった。
そう思って一眠りしようと思ったが、再び頬を叩かれる。
結構強めに叩かれたそれに対し、アーネがさらに声を荒らげるが、正直どっちも似たようなもんだ。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、場所は…保健室だろうか。俺達の部屋ではないし、あの部屋独特の匂いが鼻を突いた。
「目覚めましたか」
目の前にいたのは学校長とアーネ。頬を叩いていたのは学校長だったらしい。
「──どんだけ寝てた?」
「およそ五時間ですね。いい夢を見れましたか?」
五時間。それでもまだ聖学が残っているのは吉報と言えるだろう。
「状況は?」
「まさか貴方…」
「二つ名や先生、多くの生徒のおかげでなんとか拮抗…と言ったところですかね。三十二人程魔族を倒せましたが、生徒や先生の被害も大きく、死者もすでに多数出ています。この先は援助が先かやられるのが先か…」
魔族も別に底なしに元気って訳じゃないが、ヒトと比べるとかなりスタミナがある。長期戦はやはりこちらが不利か。
「前線はどの辺だ今」
「学校のすぐ外、最終障壁の辺で辛うじて持ち堪えている状況です」
最終障壁なんてモンの存在を俺は今初めて知ったが、名前から察するに本当に最後の手段なのだろう。陥落まで秒読み、と言った所か?
「他の二つ名は?」
「《剣姫》と《臨界点》が負傷して撤退、現在治療を受けています。《雷光》と《貴刃》はまだ前線で戦っていますが…どちらも消耗が激しく、限界が近いかと」
「ウィルは?」
「一人で十二人の魔族を倒し、現在は後方で支援をしつつ回復しています」
「ふむ…」
状況は俺が思っていた以上に逼迫しているらしい。加えて未だ聖女サマの言ってた援護も来ていない。
幸いな事に疲れはしっかり寝たからかきちんと取れた。
「わかった。後で詳細な情報を適当に送り付けといてくれ」
「ちょっと貴方!」
学校長が保健室から出、俺もベッドから降りようと手をついた時、些細な違和感を感じて左腕を見る。
「──ぁ」
不意に口からそんな間抜けな声が漏れた。
何の変哲もないただの左腕。
それ自体がおかしいのだ。
繋いでくれたのか。
「そうか、アーネ。ありがとう」
特になんの裏もない、ただの感謝の言葉。
多分、それがアーネの心に突き刺さった。
「貴方…もう充分ですわ。腕まで無くして。これ以上戦ったら本当に死にますわよ!」
アーネが声を震わせながら言う。
「周りを守るために自分を犠牲にして、助かる者もいますけれど、私は、私はっ、貴方が無事で、帰ってきて欲しいんですの!知らない誰かが死んでも構わないから、貴方だけに帰ってきて欲しいんですわ!!」
何と身勝手な言葉だろうか。けれど、彼女はなりふり構わず、そう願った。
…結局はアーネの父親の言う通りになってしまったか。
「私は貴方が死にに行く為に腕を治したんじゃありませんわ!この先、貴方が生きていくため、ずっとずっと生きていくために!そのために治したんですわよ!聖女様が出した援軍もきっとすぐに着きますわ!貴方が行かなくても、決着は──」
「そうか。お前の言う通りかもしれないな。けれど──」
ベッドから降り、立ち上がってアーネをそっと抱きしめた。
「けれど…でもごめん、俺は行くよ」
もしも彼女の力がなければ、俺は既に両腕を失い、抱き締めることも出来なかった。
抱き締めることが出来たとしても、こんなに近く感じることは出来なかっただろう。
「…このまま、私だけをずっと抱きしめてくれればいいんですのに…」
「…今行かなきゃ、もう触れる事も出来なくなるからな」
そう言って、そっと離れた。
保健室を出ると、学校長が立って待っていた。
「準備はいいですか?」
「まだこんな所にいたのか」
「えぇ。しっかり見させていただきました」
「愛情表現だよ」
「随分と深いようですね」
「そう見えたのならその通りだ。締まりは悪いがな」
せめて俺に背丈があれば…顔の位置が胸あたりに行って、抱き締めると言うより抱きつくという絵面は避けられただろう。
「で?なんであんたも着いてくんだ?」
「いえ、流石に学校の危機ですので私も戦おうかと」
学校長は、俺が思ってもいなかったことをサラリと言った。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,579pt お気に入り:1,653

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:202,026pt お気に入り:12,087

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:64,234pt お気に入り:23,302

食いしんぼうエルフ姫と巡る、日本一周ほのぼの旅!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:223

おっさん探訪記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:263pt お気に入り:1

かっぱかっぱらった

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:207pt お気に入り:0

処理中です...