大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

本編

名持ちと激突

『それでは開幕！さぁさぁ皆様、世紀の大激突をとくとご覧下さい！』
その言葉が終わると同時に司会者が綺麗な蜻蛉返りをし、司会席の自席に座る。
それと同時にけたたましいサイレン音。俺達が両者の名前を確認するより先に試合が始まる。
先手を取ったのはユーリア。
非常に広いこのフィールド、それを無詠唱の魔法で速度にブーストをかけたユーリアが一瞬で駆け抜ける。
「初めまして、だな」
「っ!?」
常識の外。そう断言していい加速と踏み込み。短距離を素早く詰める奴は山ほど居るが、それをこの距離でやる奴は俺が知る限り──あぁ、《雷光》がそうか。
だがそれでも、片手で数えるぐらいしか思い当たらない。
西学の生徒も咄嗟に防御するが、二振りある剣という、普通ならまず見ることの出来ない戦闘スタイルに一瞬だけ戸惑った。
その隙をユーリアは見逃さない。
「《スラッシュ》」
右の剣が薄水色の燐光を放つ。
威力は抑え目だが、硬直も少ないオーソドックスな戦技アーツ。だが入れたタイミングが絶妙。
「くそっ！」
一瞬の逡巡がその戦技アーツを受けるという選択肢を奪い、相手は素早くバックステップに移行。
だが、口は戦技アーツによる硬直を受けない。
「《崩れよ大地、我が力に因りて》」
極々短い詠唱。もしかすると、この詠唱すら本来は要らないのかもしれない。
「《アース・ブレイク》」
ばかっ、となんの前触れもなく、地面が割れた。
と言っても規模はさほどでは無く、フィールドをつぶさに観察するカメラが辛うじて捉えた程度。恐らくは長さ三十センチ、横幅五センチ程度の小さな割れ目。
だがそれが生み出されたのは、後ろに下がった西学生徒の足が落ちるその場所。そこへピンポイントに地面が割れ、足を突っ込む。
「んなぁっ!?」
ガクンと体勢を崩し、しかし即座に体勢を立て直す西学生徒。
一方ユーリアは硬直をとうの昔に終え、バックステップで開けられた距離を既に詰め、間合いに入っている。
「ひっ」
引き攣るような西学生徒の声。
「なんか…呆気ないな」
早くも詰み。だってそうだろう？明らかに向こうの動きが悪い。出端を挫かれたにしても立て直しが遅すぎる。未だに反撃どころか武器すら出せていないというのは如何なものか。
せめて名前を知っておいてやろう。そう思って、視線をフィールドから離して上、デカデカと映る映像に添えられた顔写真と名前、そして二つ名に目をやる。
そこに写っているのは薄く色が抜けた茶髪を短く切ったそばかすの男。目元からして優しげな顔をしているこいつがユーリアの相手か。名前は……ビスケス・ヤルカ。
二つ名は──
「あ？」
「し、《シェイプシフト》ッ!!」
響いたのは男の声。次の瞬間、フィールドが覆われるほどの煙が吹き上がった。
「ッ!?」
即座に後ろへ下がると同時に、風を発生させ、フィールド上の煙を吹き飛ばすユーリア。
しかし既にビスケスの姿はない。
「消えっ」
「はぁい、嬢ちゃん」
「──ッッ!?」
その声は真上から降ってきた。
文字通り、そして質量を伴って。
それが視界に入った瞬間、否それより早い。声が耳に入った瞬間、ユーリアは両手に持っている剣を使って上へ向かって即座に斬りつけ。
ビスケスはそれに対し、ただ両手で雑に受け止めた。
その瞬間、皮膚と剣ではありえないギャリギャリという音が響いた。
「な──」
「いーい反応だァ!!」
クルクルと身体をひねりつつ、ダメージを受け流してビスケスが再びフィールドに立つ。
その姿は先程と何も変わっていない。見た目だけなら。
纏う魔力は別人のように猛々しく、その眼光は魔獣さえ怯えるようなぎらついた目。何より動きがまるで違う。
「誰だ、お前」
ユーリアがそう言うと、口の端を上げてビスケスが獣のように笑う。
「ビスケス・ヤルカ。与えられた名は《避役カメレオン》だ」
まるでそうとは思えない名前を、男は楽しそうに言った。