大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

外伝

称号の不満

一年前、彼女達が王都へと凱旋した時、それは壮大なパレードを執り行った。
ヒト種の士気を上げるため、国をあげての大イベントとなったそれは、王都から三日三晩一度も明かりが消えることは無かった程。
もっとも、彼女は意識が戻ったり失ったりと繰り返していたため、記憶は一切ないだろうが。
「それを俺のためにまたわざわざやるのか？」
「流石に三日三晩とはなりませんが、少なくとも丸一日はするでしょうね」
復帰して最初の仕事が見世物、それも避けようも無さそうだと理解した彼女が、残った左腕を持ち上げ、眉間に手を当ててため息をつく。
「俺一人なんかのためだけに随分とまぁ……よっぽど暇なのか？」
「逆です隊長。戦況は逼迫しています」
「そう、そこの黒鎧の副隊長殿の言う通り。戦況はお世辞にも良いとは言えません」
そう言ったのは先ほどノックも無しに入って来た身分の高そうな男。
「魔族も機人もヒトよりも種族的に上の種族です。それらが本格的にヒトを第三の敵対種族と認識したようです。戦闘に出る魔族の質が明らかに一つ…いえ、二つ以上上がりました。軍も今までの何倍も力を割く必要が出、戦死傷者も過去の比ではありません」
ホービットと名乗ったその男が簡単に戦況を彼女に教える。
「じゃあンな事してる場合じゃない…あぁ、なるほど。またやろうとしてるのか」
「その通りですフィーネ様」
その時、男の目にこもったのは熱。
あともう少しで狂気に届きそうだ。そう彼女が思うような、文字通り熱烈な熱。
「あの作戦から生き残って生還したあなた方を、国はなんと呼んでいるかご存じですか？そこにおられるアベル様は誰よりも最前線で指揮を執り、数え切れないほどの民と兵を生かして帰らせた、誰よりも優れた《英雄》。もう一人の生還者は魔族に引けを取らないほど魔法に精通しているお方。その偉業は魔法の研究にも幅広く及んでおり、魔法使いの王との称号を、国王様から直々に与えられた《魔王》そして──」
一度言葉を切るホービット。熱のこもった瞳が、ベッドの上に腰掛ける彼女の方を向いた。
「一年前、誰よりも武功を上げ、その身体すら顧みずに剣を振り、血路を開き、満身創痍となってなお敵を殲滅し続けた、勇気ある者である《勇者》、あなたです。フィーネ様」
「……何だこれ。おいアベル、この男の言ってる事って」
「多少主観が混じっているにしても、大体あっています」
なんという事か。まさか自分が一年間寝てるあいだにこんな事になっているとは知りもしなかった。左腕で眉間を強く揉み、ため息をつく。
『ふぅん。通り名か呼び名か称号か知らないけれど、それが皮肉にも大当たりしてるじゃないの』
『それ以外の意味は無いよな？力がバレたりして無いか？それとなく聞いてみろよ』
『馬鹿者、下手に勘づかれるより、いまはそっとしておくべきじゃろ。それにこの男、身なりやら何やらは高そうじゃが、見たところグローゾフの出のようじゃ。あそこは跡継ぎが決まっておったじゃろ？歳からして三男以下。ロクな情報を持っていないに決まっておる』
頭の中で勝手に騒ぐ《亡霊》を放置し、左腕を下ろし、男の方を見る。
「わかったわかった。出るよ。やるよ。パレードとやらはいつからだ？来週か？来月か？」
「明日です。隊長」
「………は？」
「その通りですフィーネ様。《勇者》たるあなたが復帰したと、国民にいち早く伝え──はい？何でしょうか？」
ちょいちょい、と手でまねく彼女に従い、近づいたホービットに、さらに腰を少しかがめるよう合図した彼女が、次に眉を思いっきり顰めて左手をそっと持ち上げる。
丁度男の目の前には、親指と中指で作られた円が見え、それの意図するものもすぐ分かっただろう。
「あ、あの？フィーネ様？お顔が……」
「ちょいとお前、黙っとけ」
ゴガァン!!と尋常ではない音と共に、男の額が彼女の中指に撃ち抜かれる。
「隊長!?」
「おいアベル、そいつ廊下に投げとけ」
左手を一度見下ろし、無くなった右腕を左腕でそっと撫でる。
「出かけるぞ」