2,016 / 2,021
外伝
英雄の懊悩
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カツカツカツカツ、と足音が複数並んで兵舎の床を蹴る。
先頭を行くのは柔らかそうな金の髪をした優男。もっとも、その顔には皺と色濃い疲労が伺えるため、厳密には「優男に見えそうな疲弊した男」だが。
そしてその男に着いてくる者達が、次々に彼に悲鳴に近い勢いで声をかける。
「隊長!スィーゲ攻略部隊から連絡が途切れました!」
「ドガスの隊を向かわせてください。動ける者だけで構いませんから」
「了解しました!」
「隊長、赤槍から救助要請です。受けますか?」
「それは蒼盾の仕事です。そちらに回してください」
「しかしそちらも手一杯らしく……」
「………。」
僅かな沈黙。それでも足は止まらず、進み続けるが。
「仕方ありません。あそことは少し関わりがありましたから断るわけにも行きませんし、こちらから一つだけ隊を向けましょう。負傷が軽い者も行けるのなら行ってください」
「了解、そのように伝達します」
叩きつけるような激しい靴音。それに孕んだのは焦りか。それとも怒気か。
彼はある扉の前に来ると、ノックもなしに突然開け放った。
扉を荒々しく開け放つと、ずかずかと入り込み、部屋の主が突っ伏している机を遠慮なく蹴り飛ばした。およそ前の彼を知っている者がこの姿を見たら二度見をした上で顎を外すほど口を開くだろうが、この場には彼と机に突っ伏して寝ていた男しかいない。
「おぉぅ、なんじゃなんじゃ?敵襲か?ゴキブリでもでたか?それとも昼飯か?」
「カインディア開発部長、今日もお元気そうですね」
冷ややかな視線を慌てる老人に向けつつ、目元が少しも笑っていない彼が形だけの笑みを浮かべる。
「その声はアベルじゃな?ちょいと待て。儂は目が悪くてな……目よ、アイズ、どこかの?」
短くそう言うと、ガラクタの山の中からひとりでに黒く小さいコンタクトの様なものが老人の目に飛び込んだ。
「おぉう、勢いが強すぎじゃぞ。眼球が潰れるかと思ったわい…」
「カインディア開発部長」
「なんじゃ、《英雄》アベル。あるいは黒鎧部隊新隊長アベルと呼ぶべきかの?」
「……僕の呼び方はどうでもいいです。それより、隊長はどこにいるんですか」
黒鎧の新隊長という点に肯定も否定もせず、彼は眉間を揉みながらカインディアに聞く。
「あなたのスキルなら、隊長の現在地も分かるでしょう?隊長の救出に行かなくてはなりません。これは大至急、最優先の仕事です。この国を支える大きな柱の内のひとつが突然消えたのですから。三ヶ月近く経った今、部下にカモフラージュさせているとは言え未だに国民にも魔族にもバレていないというのが奇跡としか言いようがありません。しかしいつ気づかれてもおかしくないのは誰の目にも明らか。カインディア開発部長、早く隊長を探し出さねば、この国が滅びます」
「落ち着け。金髪もやしのあんちゃん。確かに、儂のスキルで嬢ちゃんの位置は分かる」
カインディアが長い髭を擦りながら答える。
「が、教える気は無いな」
「何故ですか!?」
「単純じゃ、嬢ちゃんに口止めされとるからの。特にお前さんにはの」
「そんな事を言ってる場合ではないと前々から言っているでしょう!?このままではこの国が持ちません!」
「それに、儂が分かるのは嬢ちゃんの位置じゃない。儂が分かるのは、儂の作品の位置じゃ。最悪、嬢ちゃんが死んどる可能性も──」
「それはあり得ません」
アベルの力強い断言。
「何故なら隊長は《勇者》だからです」
理由にならない理由を言い切ると、「また来ます」と言って、部屋を出る。
「……《勇者》、のぅ…」
一人残ったカインディアが、その言葉を反芻するようにこぼす。
「儂が知っとる嬢ちゃんは、間違ってもそんな大層な子じゃないんじゃがなぁ…」
先頭を行くのは柔らかそうな金の髪をした優男。もっとも、その顔には皺と色濃い疲労が伺えるため、厳密には「優男に見えそうな疲弊した男」だが。
そしてその男に着いてくる者達が、次々に彼に悲鳴に近い勢いで声をかける。
「隊長!スィーゲ攻略部隊から連絡が途切れました!」
「ドガスの隊を向かわせてください。動ける者だけで構いませんから」
「了解しました!」
「隊長、赤槍から救助要請です。受けますか?」
「それは蒼盾の仕事です。そちらに回してください」
「しかしそちらも手一杯らしく……」
「………。」
僅かな沈黙。それでも足は止まらず、進み続けるが。
「仕方ありません。あそことは少し関わりがありましたから断るわけにも行きませんし、こちらから一つだけ隊を向けましょう。負傷が軽い者も行けるのなら行ってください」
「了解、そのように伝達します」
叩きつけるような激しい靴音。それに孕んだのは焦りか。それとも怒気か。
彼はある扉の前に来ると、ノックもなしに突然開け放った。
扉を荒々しく開け放つと、ずかずかと入り込み、部屋の主が突っ伏している机を遠慮なく蹴り飛ばした。およそ前の彼を知っている者がこの姿を見たら二度見をした上で顎を外すほど口を開くだろうが、この場には彼と机に突っ伏して寝ていた男しかいない。
「おぉぅ、なんじゃなんじゃ?敵襲か?ゴキブリでもでたか?それとも昼飯か?」
「カインディア開発部長、今日もお元気そうですね」
冷ややかな視線を慌てる老人に向けつつ、目元が少しも笑っていない彼が形だけの笑みを浮かべる。
「その声はアベルじゃな?ちょいと待て。儂は目が悪くてな……目よ、アイズ、どこかの?」
短くそう言うと、ガラクタの山の中からひとりでに黒く小さいコンタクトの様なものが老人の目に飛び込んだ。
「おぉう、勢いが強すぎじゃぞ。眼球が潰れるかと思ったわい…」
「カインディア開発部長」
「なんじゃ、《英雄》アベル。あるいは黒鎧部隊新隊長アベルと呼ぶべきかの?」
「……僕の呼び方はどうでもいいです。それより、隊長はどこにいるんですか」
黒鎧の新隊長という点に肯定も否定もせず、彼は眉間を揉みながらカインディアに聞く。
「あなたのスキルなら、隊長の現在地も分かるでしょう?隊長の救出に行かなくてはなりません。これは大至急、最優先の仕事です。この国を支える大きな柱の内のひとつが突然消えたのですから。三ヶ月近く経った今、部下にカモフラージュさせているとは言え未だに国民にも魔族にもバレていないというのが奇跡としか言いようがありません。しかしいつ気づかれてもおかしくないのは誰の目にも明らか。カインディア開発部長、早く隊長を探し出さねば、この国が滅びます」
「落ち着け。金髪もやしのあんちゃん。確かに、儂のスキルで嬢ちゃんの位置は分かる」
カインディアが長い髭を擦りながら答える。
「が、教える気は無いな」
「何故ですか!?」
「単純じゃ、嬢ちゃんに口止めされとるからの。特にお前さんにはの」
「そんな事を言ってる場合ではないと前々から言っているでしょう!?このままではこの国が持ちません!」
「それに、儂が分かるのは嬢ちゃんの位置じゃない。儂が分かるのは、儂の作品の位置じゃ。最悪、嬢ちゃんが死んどる可能性も──」
「それはあり得ません」
アベルの力強い断言。
「何故なら隊長は《勇者》だからです」
理由にならない理由を言い切ると、「また来ます」と言って、部屋を出る。
「……《勇者》、のぅ…」
一人残ったカインディアが、その言葉を反芻するようにこぼす。
「儂が知っとる嬢ちゃんは、間違ってもそんな大層な子じゃないんじゃがなぁ…」
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