世界で唯一の男魔術師

赤野あかい

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異世界の終わりは突然に

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 朝。

 窓から入る太陽の光で目を覚ますと、足元にきしむような痛みを感じた。

「……っ」

 この間魔物にやられた傷が疼くのを感じながら、俺はしぶしぶ起き上がる。

 ここは、俺が所属する冒険者クランが所有する家の一室だ。

 窓から外を見れば、寂れた小さな町が広がって見える。

 日本ではない、異世界の景色。

 俺がこの世界にやってきて、もう二年になる。

 今は冒険者として生活しているが、特に一躍有名人になったとか、そういう浮かれた話はない。

 現状はただ仕事として魔物を相手にする、そういう暮らしをしているだけと言った方が良いだろう。



 部屋を出て一階に降りると、女性が一人キッチンで朝の支度をしている姿が見えた。

「おはようございます。ベリアさん」

「アズマ、おはよう。今日も早いわね」

 振り返った金髪の女性は、にこやかに俺に微笑む。

 彼女はまだクランでは若い方で、二十歳の年に相応な艶のある肌をしている。

 さて、ぼうっとしている場合じゃない。

「手伝いますよ」

 そう言って、俺は手を洗ってから包丁でパンの塊を切り始める。

「いつも悪いわね。料理してくれる男の子がいて助かるわ」

 ベリアさんはこのクラン唯一の女性で、色々と世話を焼いてくれる良い先輩だ。

 二人でベーコンとパンを焼いて人数分の朝食を用意していると、上から男たちがのそのそと降りてくる。

「ったく、昨日ミノタルスの体当たりくらっちまって、まだ全身が痛いぜ。なあ、今日仕事は休みにしねえか」

 筋肉質なスキンヘッドの男は、きしむ体を抑えながら怠そうにしている。

「そう言うなガゼル。今日は森の魔物討伐が入っている。それが終わったら休暇だ。頑張ろう」

 短髪長身の男は、周囲を励ますように声をかけている。

 彼がこのクランのリーダーであるケインさんだ。



 それから他の先輩冒険者たちも降りてきて、リビングにあるテーブルの椅子に腰かけて会話を始めた。

「さ、朝ごはんができたよ。みんなさっさと食べて支度しなさい」

 ベリアさんは料理の皿をテーブルに並べながら、男たちに声をかける。

「へぇへぇ。ったく、冒険者稼業は大変だぜ」

 スキンヘッドのガゼルさんは、ベーコンを噛みながら愚痴を続けていた。

 正直、冒険者というのは思っていたほど夢のある仕事ではない。

 俺は、ケインさんに拾われてこのクランに入った。

 それから二年の間に腕を磨き、今は魔術剣士として戦っている。

 仕事は厳しく、成り上がろうにも俺が暮らす街には分相応の仕事しかない。

 ケインさんはこの街を大事にしたいと言うので、彼に恩がある俺はそれに従ってこのクランで働いている。

「ふぅ。今日もゴブリンの討伐か……」

 俺が自分の武器である大剣の確認をしながら呟くと、後ろからケインさんが声をかけてきた。

「すまんなアズマ。お前の腕ならもっと上のクランでやれるだろう。なんなら、俺の事は気にせずクランから抜けてもいいんだぞ」

「いえ、いいんです。ケインさんが現役のうちはここでやるって決めましたから」

 ケインさんはもうすぐ四十だ。冒険者の仕事を退く日も近い。それまでは、俺は恩返しをすると決めていた。

 何しろ、俺はまだ十七だ。こっちに来た時に高一だったわけで、二十歳までは下働きするのが当然だろう。

「そうか……。なら、よろしく頼む」

「はい」

 冒険者は、仕事だ。

 危険が常につきまとい、夢はあるのかないのかよくわからない。

 街の人には荒くれもの扱いされているし、正直楽しい仕事とは言えない。

 だが、少なくとも出会った人たちとの縁は大事にしたかった。



 家を出てクランのみんなと森へ向かって歩き出す。

 日々が命がけの闘いだ。武器も防具も重く、みんなガチャガチャと金属の音を鳴らして歩いている。

 と、一人比較的軽装なローブに身を纏ったベリアさんが、退屈そうに言った。

「あーあ。アズマもケインが辞めたら、クランを抜けるのかしら」

「聞いてたんですか」

「うん。私もケインに誘われてここに入ったから、アズマの気持ちはわかるよ。ま、正直このクランの長所はリーダーのケインと、あんたくらいだしね」

 こちらに向かってウインクをして見せるベリアさんに、俺は何とも言えず頷くばかりだ。

「は、はあ。でも、そんなすぐ辞めるわけじゃないですよ。俺も愛着はありますし、ここでしばらく続けると思います」

 俺の言葉に、ベリアさんは安心したようにニコリと笑う。 

「ほんと? よかったわ。家事を手伝ってくれない男ばっかりに囲まれるのは辛いのよねえ」

 嫌味な視線を向けるベリアさんに、大きな鎧に身を包んだガゼルさんがしかめ面で振り返る。

「おいおい、俺の悪口言ってんのかよ」

「言われたくなかったら、アンタも手伝いなさいよ」

 年上の男に容赦なくどやしつけるベリアさんに、クランのみんなから笑いが起きる。

 うん、このクランの人たちと一緒にいるのは、やっぱり居心地がいい。

 俺も笑顔になりながら、森へと続く道を進む。

 こんな生活が、今後もしばらくは続くと思っていた。

 異世界生活の終わりが突然にやってくるとは、想像もせずに。





 森に入ると、俺たちは隊列を組んでゆっくりと細い道を進行する。

 俺は先頭に立ち、周囲を警戒しながら歩く。

 と、後ろからケインさんの声がした。

「今日はゴブリンの巣を潰す事が目的だ。出来れば見つからずに巣まで向かい、魔術で生き埋めにしたい」

「それが出来りゃ楽なんだがなぁ」

 ガゼルさんが呟くと、それに呼応するようにカサカサと草を踏みしめる音がした。

 見れば、少し離れた所に角を生やした小鬼たちの姿が見えた。

 奴らは群れているのか、数匹であたりを警戒しているようだ。

「道が塞がれてる。あれじゃ巣まで行けねぇぜ」

「戦うしかないだろうな。奇襲を仕掛けるぞ」

 ケインさんが判断を下し、俺たちはゆっくりと茂みに隠れながら敵に近づいていく。

 しかし、パキリと折れた枝の音が敵の耳に届いてしまったようだ。

『ギャギャッ』

『ギィィィィッ!』

 こちらを見つけたゴブリンが声を上げると、仲間が叫び出す。

 すると、森の奥から数匹の小鬼が増援に現れた。

「ちぃっ。面倒だぜ」

「仕方ない。正面からやるぞっ」

 俺たちも茂みから体を起こし、戦闘態勢に入る。

『ギギィィィッ』

 先頭を切ってこちらに攻撃を仕掛けてくる一体のゴブリン。

 奴の身体を見れば、赤い肌に何の模様も入っていない。それに、身体も俺より一回り小さい。

 末端兵だろう。

 こいつに魔術は必要ない。

「はぁっ!」

 俺は巨大な剣を振りかぶり、迫りくる小鬼の頭を狙う。

 分厚く、幅のある剣の一撃。

 それは切るというより、叩き潰すような攻撃。

『ギィィィッ』

 剣を振りぬくとゴブリンの頭が吹っ飛び、残された体は地に崩れる。

 それを見て、他のゴブリンたちはひるんだようだ。

「アズマの野郎、どんどん成長してやがるぜ。さあ、俺たちも行くぞっ」

 と、ガゼルさんが勢い込んで飛び出そうとした、

 その瞬間。


 ビシッ。


 と、上空から奇妙な音がした。

「な、なんだ」

 見上げると、そこには異様な光景が広がっていた。

 青い空が、まるでひび割れたように黒くひずんでいるのだ。

「ど、どういう事だ」

 黒いひずみは渦を巻くようにしてどんどん広がっていく。

『ギィィィ』

『ギィァァッ』

 騒がしい声に目をやると、近くにいたゴブリンの身体が宙に浮かび上がっている。

「ど、どうなってんだ」

 観察していると、魔物たちはみるみるうちに黒いひずみに吸い込まれていくではないか。

 その様子に、ケインが何かに気付いたように反応する。

「あれは、まさか異界のひずみ……。近づくなっ。吸い込まれたら二度と戻れんぞ!」

「えっ」

 彼の忠告は、しかし既に遅かった。

 ひずみに最も近い位置にいた俺は、既に引力に巻き込まれていたのだ。

 足が浮かび上がった俺の身体は、どんどん黒い渦へと近づいていく。

「くそっ……」

 抵抗を試みるも、どこかにつかまる事もできず、踏ん張る事もできない。

 そのまま、俺は真っ黒いひずみの中へと飲み込まれてしまった。

「アズマぁっ!」

 後ろでベリアさんの声がした。

 長い金髪を振り乱して、悲痛な表情でこちらに手を伸ばしていた。

 しかし、それは届くはずもなく。

 完全に渦の中に入ると、目の前の景色は閉ざされた。

 そして、俺の意識は途切れたのだった。
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