暗黒図書館【R18】

ヒルナギ

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第六話

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 わたしは再び高層マンションの前に来た。
 聳え立つ二つの塔。
 ここはジェミニ・エンタープライズという企業が実験都市として造ったものらしい。
 つまり高層マンション自体がひとつの都市となっている。高層マンションの下部には円形の建物があり中庭を囲んでいた。その円形の建物が二つの巨大な塔を繋いでいる。
 その円形の建物には、普通の街にあるものは大抵揃っていた。例えば、ショッピングモール。病院。レストラン。アスレチックジム。郵便局を始めとする公共サービス機関の出張所。銀行。さらには学校や警察まで完備されている。
 そして中庭には、公園があり木や様々な花が植えられていた。そこはある意味で、閉ざされて自己完結した空間ともいえる。
 わたしはふとそのマンションの一階で足を止めた。
 様々な店舗やサービスセンターで埋め尽くされている中で一箇所だけシャッターの閉ざされている場所がある。まだテナントの入っていないところがあるのかと、少し奇異に思う。
 わたしは、エレベータホールへと向かった。最上階へ行けるのは専用エレベータだけだ。仮面の男に教えられた暗証キーを、壁につけられたパネルに打ち込む。扉が開きわたしはエレベータに乗り込んだ。
 四十階建てのビルの、最上階へと高速エレベータに乗ってむかう。最上階についたとき、少し早過ぎる時間であることに気がついた。もともと方向音痴ぎみのわたしは、早めの時間に行動をおこすようにしているせいだ。
 でも今更時間をつぶすのも億劫なのでかまわずインターホンを押した。秘書の人は早く来過ぎたわたしに何もいわずリビングの隣の部屋へ通してくれる。
 仮面の男はまだ所用の最中らしい。わたしがとりあえず通されたその部屋は、事務室のような場所で窓もなく事務机だけがある殺風景な部屋だ。その部屋の奥にリビングへと続く扉がある。
 わたしはその奥の扉が少し開いていることに気づいた。その向こうで人が話をしている気配を感じる。わたしは半ば無意識のうちに、その扉に近づいていた。
 少し開いた扉。
 その向こうにリビングがある。
 わたしは深い考えもなく、その扉の向こうを覗いてしまった。
 二人の男がそこで話をしている。一人はあの仮面の男。もう一人は少し奇妙な風体をしていた。
 灰色のインバネスを纏い、鍔広の帽子を被っている。襟が立てられ、帽子を目深に被っているようなのでその顔はほとんど見ることができない。
 二人は低い声で話し合っているようで、声を聞き取ることはできなかった。
 わたしの注意はそのインバネスの男に引寄せられる。格好が奇妙なこともあってか、随分と現実感が希薄な感じがした。
 うまくいえないが、何か陰影が薄いとでもいうのだろうか。全身が薄暮に覆われているような気がする。影のような、という形容が一番しっくりくるような気がした。
 見れば見るほど、影のような男のリアリティが薄れてゆく。わたしはだんだん夢を見ているような奇妙な気持ちになっていった。影のような男はまるで夢の中から滑り出してきた存在のように思える。

「誰だ、そこにいるのは」

 仮面の男は鋭い声で言った。わたしはびくっ、と全身が震えるのを感じる。反射的に扉を開く。

「あの、すみません」

 わたしは、かろうじてそれだけ言った。仮面の男はすぐにいつもの落ちつきを取り戻す。

「ああ、あなたでしたか」

 影のような男はすっ、と仮面の男のそばを離れる。そして、足音もたてず滑るように歩いてわたしの横をすり抜け部屋から出ていった。影のような男と入れ替わりにわたしはリビングに入る。

「あの、すみません、早く来すぎてしまって」

「いや」

 仮面の男はちらりと腕時計を見て言った。

「それほど早くはないですよ、もう五分前だ」

 わたしは彼の前にあるソファに腰をおろした。

「すみませんね、ちょっと込み入った話をしていたもので」

「さっきの方は?」

 わたしの問いに、多分仮面の後ろで笑みを浮かべているだろうその男は落ちついて答える。

「都市のビジュアルデザインの専門家でね。アーティスト系の人間というのはなぜか奇妙な格好をしたがる」

「そうですか」

 わたしは仮面の男に見つめられ、思わず目をそらしてしまう。彼の前ではいつも落ちつかなくなるが、今日は特に威圧感を感じていた。

「あの」

 わたしは気詰まりな空気を壊すため、何か言わなくてはと思い口をひらいた。

「一階に一箇所シャッターの閉まった場所がありますよね」

「ああ、ありますね」

「まだ、テナントの入っていないところがあるんですか?」

 仮面の男は静かに言った。

「あそこはちょっとした事故があってね。閉まったままなんですよ」

「そうですか」

 わたしは無理やり喋ったことによって、余計空気を重くしてしまったような気が
する。仮面の男はおもむろに原稿用紙をとりだした。

「実は、昨日の夜は何かと忙しくてあまり書き進められていないのですが、読んでいただけますか」

「はい、もちろん」

 わたしはその原稿を受け取ると、また音読を始める。
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