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第五話
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原稿はそこで終わっていた。わたしは仮面の男に問い掛ける。
「ここで終わりというわけではないのですよね」
仮面の男は、頷いた。
「ええ。残念ながら、まだそこまでしか書けていないのです。続きはまた明日、あなたがここへ来てくださる時間までには書いておきます」
「はあ」
仮面の男は、とても落ち着いた声でわたしに問いかける。
「それでどうでしょう。ここまで読んでいただいた感想というのは」
「はあ、あの」
わたしの躊躇いを気にしたふうもなく、彼は言った。
「どんなことでも、思ったことがあればぜひ仰ってください」
「そうですね、なんていうか。似てますね」
「似ている?」
彼は少し首をかしげる。
「ええ。このお話の中の、陽子という人とわたしが」
「そうですか」
仮面の男は特にわたしの答えに驚いたふうもなく、淡々と頷いた。
陽子とわたし。
わたしにも双子の姉がいる。
そして、今わたしの家族は解散した状態と言ってもいい。
むろん、違うところもいろいろある。
例えばわたしの姉は別に行方不明になっているわけではなく、単に海外旅行中であった。連絡がとれないという点では同じだが。
母は死んだわけではない。ただ精神を病んで入院中だ。きっかけは父である。父は大学で心理学を研究していたが、ある日東南アジアの女性と恋に落ち海外へ逃走した。
元々婿養子の父にとって母はむしろ疎ましい存在になっていたようだ。
姉はその父を探しに、東南アジアへと旅に出た。
お話の中にでてくる陽子の家族より、わたしの家族のほうがドラマティックに壊れたといえるだろうか。でも、小説にしてしまうとリアリティが無いように思える。全てが唐突だったからだ。結局、現実なんてそんなものだとも思うが。
「あの、お話を最後まで読ませていただいた時点で、もう少しちゃんとした感想を考えます」
「そうですか。では、わたしも頑張って話を完成させないといけないな」
わたしは原稿用紙を返すと立ちあがった。
「ではまた明日に」
一礼するとわたしは部屋の外へ向かった。
❖
その夜。
わたしは夢の中で姉と会う。それは繰り返し見るいつもの夢とは、違う形をとった。
そもそもわたしが夢の中で会ったのが本当に姉なのか、確信が無い。ただ、わたしとそっくりな顔をした女がわたしに語りかけてきただけだ。そして、その声もわたしの声とそっくりだった。
わたしと同じ顔をしたその女は、白いワンピースを着ている。なぜかとても哀しそうな顔をしていた。そして、わたしにこう語りかける。
(気をつけて)
(そちらには恐ろしいものがいる)
(恐ろしい)
(その本は、ひとを喰らう)
わたしは仮面の男が書いた物語に出てきた、禍神のいる森に棲む生き物たちの言葉を思い出した。丁度同じような警告を少女に向かって発していたように思う。
それにしても。
一体わたしがどこへ向かっているというのだろう。
わたしはむしろただ立ち竦んでいるだけだというのに。
彼女は繰り返し語りかける。
(気をつけて)
(そこには恐ろしい本がある)
(あなたは)
(選ぶ必要がある)
その声、喋り方は姉よりもむしろわたしのものに似ている気がした。姉はわたしと違い、はきはきと簡潔な喋り方をする。夢の中のその女はどちらかと言えば、ゆっくりとした発音の不明瞭な喋り方だ。
それはわたしだったのかもしれない。
わたしがわたしに向かって語りかけていたのかもしれない。
けれどもなぜ。
わたしにはその理由が判らなかった。
「ここで終わりというわけではないのですよね」
仮面の男は、頷いた。
「ええ。残念ながら、まだそこまでしか書けていないのです。続きはまた明日、あなたがここへ来てくださる時間までには書いておきます」
「はあ」
仮面の男は、とても落ち着いた声でわたしに問いかける。
「それでどうでしょう。ここまで読んでいただいた感想というのは」
「はあ、あの」
わたしの躊躇いを気にしたふうもなく、彼は言った。
「どんなことでも、思ったことがあればぜひ仰ってください」
「そうですね、なんていうか。似てますね」
「似ている?」
彼は少し首をかしげる。
「ええ。このお話の中の、陽子という人とわたしが」
「そうですか」
仮面の男は特にわたしの答えに驚いたふうもなく、淡々と頷いた。
陽子とわたし。
わたしにも双子の姉がいる。
そして、今わたしの家族は解散した状態と言ってもいい。
むろん、違うところもいろいろある。
例えばわたしの姉は別に行方不明になっているわけではなく、単に海外旅行中であった。連絡がとれないという点では同じだが。
母は死んだわけではない。ただ精神を病んで入院中だ。きっかけは父である。父は大学で心理学を研究していたが、ある日東南アジアの女性と恋に落ち海外へ逃走した。
元々婿養子の父にとって母はむしろ疎ましい存在になっていたようだ。
姉はその父を探しに、東南アジアへと旅に出た。
お話の中にでてくる陽子の家族より、わたしの家族のほうがドラマティックに壊れたといえるだろうか。でも、小説にしてしまうとリアリティが無いように思える。全てが唐突だったからだ。結局、現実なんてそんなものだとも思うが。
「あの、お話を最後まで読ませていただいた時点で、もう少しちゃんとした感想を考えます」
「そうですか。では、わたしも頑張って話を完成させないといけないな」
わたしは原稿用紙を返すと立ちあがった。
「ではまた明日に」
一礼するとわたしは部屋の外へ向かった。
❖
その夜。
わたしは夢の中で姉と会う。それは繰り返し見るいつもの夢とは、違う形をとった。
そもそもわたしが夢の中で会ったのが本当に姉なのか、確信が無い。ただ、わたしとそっくりな顔をした女がわたしに語りかけてきただけだ。そして、その声もわたしの声とそっくりだった。
わたしと同じ顔をしたその女は、白いワンピースを着ている。なぜかとても哀しそうな顔をしていた。そして、わたしにこう語りかける。
(気をつけて)
(そちらには恐ろしいものがいる)
(恐ろしい)
(その本は、ひとを喰らう)
わたしは仮面の男が書いた物語に出てきた、禍神のいる森に棲む生き物たちの言葉を思い出した。丁度同じような警告を少女に向かって発していたように思う。
それにしても。
一体わたしがどこへ向かっているというのだろう。
わたしはむしろただ立ち竦んでいるだけだというのに。
彼女は繰り返し語りかける。
(気をつけて)
(そこには恐ろしい本がある)
(あなたは)
(選ぶ必要がある)
その声、喋り方は姉よりもむしろわたしのものに似ている気がした。姉はわたしと違い、はきはきと簡潔な喋り方をする。夢の中のその女はどちらかと言えば、ゆっくりとした発音の不明瞭な喋り方だ。
それはわたしだったのかもしれない。
わたしがわたしに向かって語りかけていたのかもしれない。
けれどもなぜ。
わたしにはその理由が判らなかった。
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