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第四話
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姉の勤めていた、研究室。そこには姉の恋人だった、藤田という男がいる。わたしはその藤田に、会いに行った。
わたしが藤田とあったのは、研究室があるビルの一階だ。玄関からビルに入ると、そこはロビーフロアになっており、受付がある。わたしは受付で藤田を呼び出してもらった。ロビーにやってきた藤田は、わたしを見てさっと蒼ざめる。
――月子なのか?
――いいえ、わたしは妹の陽子です。
藤田は暫く怯えたような顔でわたしを見ていたが、やがて溜息をついて首を振った。わたしは藤田に問い掛ける。
――なぜあなたは亡霊でも見るようにわたしを見たのです。
――そりゃあ、
藤田は躊躇いながら、口を開く。
――あなたがあまりに、月子とそっくりだったから。
――あなたは姉が、死んだと思っているのですか?
藤田は少し苦笑すると、首を振る。
――いや。生きていると思うよ。多分ね。
わたしは藤田の前に、わたしの携帯電話を突き出す。怪訝な顔をする藤田に、わたしは姉から来たメールを表示している画面を見せた。
藤田は戸惑いながらそのメールを読んでいたが、最後のメールを読みぽつりと呟いた。
――じゃあやっぱり月子は行ったんだ、暗黒図書館へ。
――暗黒図書館?
藤田は少し歪んだ笑いを見せる。わたしは藤田に尋ねた。
――それは何ですか?
――おとぎ話みたいなものだ。話しても信じられないだろう。
――でも、姉はそこに行ったかもしれないんですよね。
藤田は少し肩を竦める。
――暗黒図書館というのはね。そうだな。あの黒十字の軍隊がオカルティズムを研究しており、民衆の操作に利用しようとしていたことは有名な話だから君も知っているだろう。
――ええ。
――まあ、それと同じことを旧帝国もやろうとしていたと思ってくれ。古今東西のオカルトに関する本を収集し、宗教学者や神話学者を集めてどうすれば民衆操作の為のイデオロギーを造りあげることができるか研究していた。たとえば真言立川詠天流のような、邪教として葬られた密教の専門家まで呼ばれ研究対象とされた。
藤田は少し皮肉っぽい笑みを浮かべて語っている。自分の話していることを、わたしが信じているとは思っていないようだ。
――ついでにいっとくと旧帝国は呪詛の研究を行い、ステーツの大統領を呪い殺そうとした。
実際に大統領は死んだんだけど、それは戦局に影響を全く及ぼさなかったってのは笑い話になってる。
藤田は少しばかり投げやりな調子で、突拍子もないことを語り続けた。
――で、大戦末期。戦局はどんどん旧帝国に不利になってゆく。その時、旧帝国のオカルト研究者たちは自分たちの研究成果を恐れるようになっていた。つまりもし旧帝国がステーツに占領され、自分たちの研究成果を連合軍に利用されると大変なことになると思ったらしい。彼らは防空壕の地下奥深くに、図書館を造った。そしてそこに彼らの集めた本や、彼ら自身の研究成果を収めることにした。その図書館はいつしか暗黒図書館と呼ばれるようになっていた。
――それは、本当のことですか?
――信じなくてもいいよ。ちゃんとした根拠のある話ではなくて、噂のレベルだからね。でも君の姉さん、月子はその図書館の実在を信じていた。
――なぜ。
――さあね。暗黒図書館を調べようとした人が、いままでまるきりいなかった訳では無い。まあそういうものに興味を持つ人たちも世の中にいるわけで、僅かに残った情報をたよりに暗黒図書館に肉薄したと思われるジャーナリストは何人かはいるようだ。
――そうなんですか?ではなぜ、
――彼らの記事が公表されなかったかというと、皆行方不明になったからだ。
――行方不明ですか。
――まあ、もともとそういうことを調べるのはどちらからといえばアカデミックなところから離れた、つまりエンターテイメント系のしかもマイナーなところのライターだからね。いなくなった理由は色々考えられるし、なんともいえないのだが。ま、これも噂のレベルになるがその図書館にはトラップがあるらしい。
――トラップ?
――そう。もし、運悪く連合軍にその図書館が見つけられ、連合軍がその図書館に入り込んでもいいようにトラップをしかけた。入り込んだ者が二度と出て行けなくなるような。
――それは一体?
――ひと喰いの本と呼ばれている。本に喰われてしまうそうだ。
わたしは姉のメール、童話ふうの物語の最後を思い出した。
『禍神は本に喰われてしまいました』
姉は暗黒図書館のことを物語にしたのだろうか。それにしても。
――本が人を喰うなんて。
――もちろん比喩的な意味だろうけどね。もし、読まれることによって人の精神を破壊できるような本があったとしたら、どうだろう。
――まさか。
――いや、やりかたはいろいろあるよ。例えば紙に麻薬を塗布しておいて、皮膚を通じて身体に吸収させる。意識されぬまま麻薬は身体にとりこまれて、というのも可能性のひとつ。
――では、姉は。
――月子は暗黒図書館について調べていたのは間違い無い。そこに彼女の求める答えがあると思っていたようだ。
――姉さんの求める答えがそこに?
――ああ。僕らが研究しているのは洗脳についてだからね。
藤田は唐突に、一枚の名刺を取り出してわたしに渡した。
――僕が月子と最後にあったのはここだ。
その名刺にはスナックの名前らしいものが印刷されていた。
「
スナック リトルネロ
夜子
」
そして、東京都内の住所が印刷されている。
――月子はここで働いていた。その名刺に書かれた夜子という名でね。ただ、今はもうそこにはいないよ。
わたしが藤田とあったのは、研究室があるビルの一階だ。玄関からビルに入ると、そこはロビーフロアになっており、受付がある。わたしは受付で藤田を呼び出してもらった。ロビーにやってきた藤田は、わたしを見てさっと蒼ざめる。
――月子なのか?
――いいえ、わたしは妹の陽子です。
藤田は暫く怯えたような顔でわたしを見ていたが、やがて溜息をついて首を振った。わたしは藤田に問い掛ける。
――なぜあなたは亡霊でも見るようにわたしを見たのです。
――そりゃあ、
藤田は躊躇いながら、口を開く。
――あなたがあまりに、月子とそっくりだったから。
――あなたは姉が、死んだと思っているのですか?
藤田は少し苦笑すると、首を振る。
――いや。生きていると思うよ。多分ね。
わたしは藤田の前に、わたしの携帯電話を突き出す。怪訝な顔をする藤田に、わたしは姉から来たメールを表示している画面を見せた。
藤田は戸惑いながらそのメールを読んでいたが、最後のメールを読みぽつりと呟いた。
――じゃあやっぱり月子は行ったんだ、暗黒図書館へ。
――暗黒図書館?
藤田は少し歪んだ笑いを見せる。わたしは藤田に尋ねた。
――それは何ですか?
――おとぎ話みたいなものだ。話しても信じられないだろう。
――でも、姉はそこに行ったかもしれないんですよね。
藤田は少し肩を竦める。
――暗黒図書館というのはね。そうだな。あの黒十字の軍隊がオカルティズムを研究しており、民衆の操作に利用しようとしていたことは有名な話だから君も知っているだろう。
――ええ。
――まあ、それと同じことを旧帝国もやろうとしていたと思ってくれ。古今東西のオカルトに関する本を収集し、宗教学者や神話学者を集めてどうすれば民衆操作の為のイデオロギーを造りあげることができるか研究していた。たとえば真言立川詠天流のような、邪教として葬られた密教の専門家まで呼ばれ研究対象とされた。
藤田は少し皮肉っぽい笑みを浮かべて語っている。自分の話していることを、わたしが信じているとは思っていないようだ。
――ついでにいっとくと旧帝国は呪詛の研究を行い、ステーツの大統領を呪い殺そうとした。
実際に大統領は死んだんだけど、それは戦局に影響を全く及ぼさなかったってのは笑い話になってる。
藤田は少しばかり投げやりな調子で、突拍子もないことを語り続けた。
――で、大戦末期。戦局はどんどん旧帝国に不利になってゆく。その時、旧帝国のオカルト研究者たちは自分たちの研究成果を恐れるようになっていた。つまりもし旧帝国がステーツに占領され、自分たちの研究成果を連合軍に利用されると大変なことになると思ったらしい。彼らは防空壕の地下奥深くに、図書館を造った。そしてそこに彼らの集めた本や、彼ら自身の研究成果を収めることにした。その図書館はいつしか暗黒図書館と呼ばれるようになっていた。
――それは、本当のことですか?
――信じなくてもいいよ。ちゃんとした根拠のある話ではなくて、噂のレベルだからね。でも君の姉さん、月子はその図書館の実在を信じていた。
――なぜ。
――さあね。暗黒図書館を調べようとした人が、いままでまるきりいなかった訳では無い。まあそういうものに興味を持つ人たちも世の中にいるわけで、僅かに残った情報をたよりに暗黒図書館に肉薄したと思われるジャーナリストは何人かはいるようだ。
――そうなんですか?ではなぜ、
――彼らの記事が公表されなかったかというと、皆行方不明になったからだ。
――行方不明ですか。
――まあ、もともとそういうことを調べるのはどちらからといえばアカデミックなところから離れた、つまりエンターテイメント系のしかもマイナーなところのライターだからね。いなくなった理由は色々考えられるし、なんともいえないのだが。ま、これも噂のレベルになるがその図書館にはトラップがあるらしい。
――トラップ?
――そう。もし、運悪く連合軍にその図書館が見つけられ、連合軍がその図書館に入り込んでもいいようにトラップをしかけた。入り込んだ者が二度と出て行けなくなるような。
――それは一体?
――ひと喰いの本と呼ばれている。本に喰われてしまうそうだ。
わたしは姉のメール、童話ふうの物語の最後を思い出した。
『禍神は本に喰われてしまいました』
姉は暗黒図書館のことを物語にしたのだろうか。それにしても。
――本が人を喰うなんて。
――もちろん比喩的な意味だろうけどね。もし、読まれることによって人の精神を破壊できるような本があったとしたら、どうだろう。
――まさか。
――いや、やりかたはいろいろあるよ。例えば紙に麻薬を塗布しておいて、皮膚を通じて身体に吸収させる。意識されぬまま麻薬は身体にとりこまれて、というのも可能性のひとつ。
――では、姉は。
――月子は暗黒図書館について調べていたのは間違い無い。そこに彼女の求める答えがあると思っていたようだ。
――姉さんの求める答えがそこに?
――ああ。僕らが研究しているのは洗脳についてだからね。
藤田は唐突に、一枚の名刺を取り出してわたしに渡した。
――僕が月子と最後にあったのはここだ。
その名刺にはスナックの名前らしいものが印刷されていた。
「
スナック リトルネロ
夜子
」
そして、東京都内の住所が印刷されている。
――月子はここで働いていた。その名刺に書かれた夜子という名でね。ただ、今はもうそこにはいないよ。
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