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第三話
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こうしてわたしたち家族は、文字通り解散してしまった。
わたしが姉を探そうと決心したのは、それから三ヶ月後のことだ。始めの一ヶ月、わたしと姉は、頻繁に連絡を取り合っていた。
次第に連絡が疎らになっていったのは、姉に恋人ができたせいだ。姉は恋愛と研究に忙しく、電話やメールのやりとりも数がとても減ってしまった。
その時点では、そういうものかなと思っていた程度だ。
一ヶ月以上連絡が途絶えたときも、わたしは気にしなかった。わたし自身、自分の仕事が忙しい時期になってしまったというのもある。
けれどもある日。
唐突にそのメールが携帯電話へ送られて来たのだ。
そのメール自体は、それほど深刻になるものではなかったのかもしれない。でもとてもそれは、奇妙なメールだった。
姉は、メールで物語を送ってきたのだ。それも何回にも分けて。
その物語はおそらく姉の創作のように思える。姉が昔書いていた文章と、何か通底するようなものを感じる話だったからだ。
それは、童話を思わせる語り口の話だった。
タイトルはこうつけられていた。
『ひと喰いの本』
>1番目のメール
少女は時折西の空を眺めていました。
太陽が沈み、真紅に染まる空。その空の下に、禍神が眠っているのを少女は知っていました。少女はその禍神が眠る地の空を、じっと見つめていたのです。
少女が住む村には、年に一度盗賊がやってきます。その盗賊の頭領は人間とは思えぬほど残忍で、冷酷な男でした。盗賊たちは、村の財を根こそぎ略奪していきました。だから村はいつも貧しかったのです。
>2番目のメール
盗賊の頭領は、村の財だけではなく、生贄となる少女をいつも要求しました。その年に十五になる少女の中で、最も美しい少女が生贄として選ばれます。
西の空を見つめていた少女は、その年十五になりました。そして、生贄になることは間違い無いほどその姿は美しかったのです。
>3番目のメール
盗賊の頭領が生贄として選ばれた少女をどのように扱ったのかは、誰も知りません。あるものは少女の肉を喰らうのだといいました。また、あるものは、少女を外国へ売り飛ばすのだといいます。ただ確かなことは、生贄にされた少女はつれさられ、二度と帰ってこないということでした。
>4番目のメール
西の空を見つめていた少女はある日、村の長老のところへ行きました。少女は長老に尋ねます。
(西にある森の奥に行きたい)
長老は驚いていいました。
(禍神に喰われてしまうぞ)
(それが望みです)
長老は哀しみましたが、少女の決意を揺るがすことはできませんでした。そこで、長老は東の塔に住む魔法使いに手紙を書きました。
(この手紙を持って魔法使いのところへゆくがいい。力になってくれる)
>5番目のメール
少女は東へと旅立ちました。
一週間旅を続けると、東の塔につきます。そこで少女は魔法使いに出会いました。その魔法使いはまるで影からできているような漆黒の人です。魔法使いは手紙を読むと、剣で少女の腹を切り裂き、お札を埋め込み腹を再び縫い合わせました。
(これで禍神のところへゆくがいい)
>6番目のメール
少女は西の森へと旅立ちました。
暗く深い森は、夜の闇のように豊穣でざわめきに満ちています。少女は九本足の小さな虫や一本足の鳥、一つ目の山猫たちが自分に囁きかけるのをききました。
(こちらへ来てはいけない)
(帰れなくなる)
(喰われてしまうぞ)
少女はそれらの警告を無視して森のさらに奥深くへと入り込んで行きます。
>7番目のメール
少女は森の奥に大きな館があるのを見つけました。
少女は館の中へと入ってゆきます。長く暗い廊下を歩いてゆくと、その果てに広いホールがありました。そのホールの壁面は全て書棚で埋め尽くされています。そして、その書棚には本がびっしりと詰め込まれていました。そこはまるで、図書館のようです。
そして少女は禍神に会いました。
>8番目のメール
禍神は大きな一つだけの瞳を、ぎょろりと少女に向けて言います。
(おれは読みたい。おまえは何を読ませてくれる)
少女は答えました。
(わたしは本なんて持っていません)
(ではおまえが本になれ)
禍神は魔法で少女を本に変えました。禍神はその本を拾い上げ、ページをくります。そして禍神の目に、魔法使いが少女の身体へ埋め込んだお札の文字が入りました。禍神は本に喰われてしまいました。
❖
わたしのところへきたメールは全部で八件。ほぼ二十四時間ごとに送られてきた。それはいつも深夜零時にくる。わたしは始めは姉の気まぐれによるものかと思い、電話をかけてみたりメールを返信してみたりした。
答えは無い。姉の携帯電話は呼出音は鳴っているようだし、メールもちゃんと送ることができる。けれども姉は電話に出ることはなかった。そして、どんなメールをこちらから送っても、姉からくるのは奇妙な物語の続きだけだ。
八番目のメールがきた後、断ち切れたように連絡がとだえた。最後のメールが来てからもう半月ほどになる。
わたしは少し不安になり、姉の勤めている研究室へ連絡をとってみた。驚いたことに姉はその研究室をやめてしまっている。そして、姉の住んでいるはずのアパートも引き払われていた。
姉の身に、何かが起こっている。
それも酷く奇妙なことが。
わたしはそれを確かめるために、東北へ向かった。
わたしが姉を探そうと決心したのは、それから三ヶ月後のことだ。始めの一ヶ月、わたしと姉は、頻繁に連絡を取り合っていた。
次第に連絡が疎らになっていったのは、姉に恋人ができたせいだ。姉は恋愛と研究に忙しく、電話やメールのやりとりも数がとても減ってしまった。
その時点では、そういうものかなと思っていた程度だ。
一ヶ月以上連絡が途絶えたときも、わたしは気にしなかった。わたし自身、自分の仕事が忙しい時期になってしまったというのもある。
けれどもある日。
唐突にそのメールが携帯電話へ送られて来たのだ。
そのメール自体は、それほど深刻になるものではなかったのかもしれない。でもとてもそれは、奇妙なメールだった。
姉は、メールで物語を送ってきたのだ。それも何回にも分けて。
その物語はおそらく姉の創作のように思える。姉が昔書いていた文章と、何か通底するようなものを感じる話だったからだ。
それは、童話を思わせる語り口の話だった。
タイトルはこうつけられていた。
『ひと喰いの本』
>1番目のメール
少女は時折西の空を眺めていました。
太陽が沈み、真紅に染まる空。その空の下に、禍神が眠っているのを少女は知っていました。少女はその禍神が眠る地の空を、じっと見つめていたのです。
少女が住む村には、年に一度盗賊がやってきます。その盗賊の頭領は人間とは思えぬほど残忍で、冷酷な男でした。盗賊たちは、村の財を根こそぎ略奪していきました。だから村はいつも貧しかったのです。
>2番目のメール
盗賊の頭領は、村の財だけではなく、生贄となる少女をいつも要求しました。その年に十五になる少女の中で、最も美しい少女が生贄として選ばれます。
西の空を見つめていた少女は、その年十五になりました。そして、生贄になることは間違い無いほどその姿は美しかったのです。
>3番目のメール
盗賊の頭領が生贄として選ばれた少女をどのように扱ったのかは、誰も知りません。あるものは少女の肉を喰らうのだといいました。また、あるものは、少女を外国へ売り飛ばすのだといいます。ただ確かなことは、生贄にされた少女はつれさられ、二度と帰ってこないということでした。
>4番目のメール
西の空を見つめていた少女はある日、村の長老のところへ行きました。少女は長老に尋ねます。
(西にある森の奥に行きたい)
長老は驚いていいました。
(禍神に喰われてしまうぞ)
(それが望みです)
長老は哀しみましたが、少女の決意を揺るがすことはできませんでした。そこで、長老は東の塔に住む魔法使いに手紙を書きました。
(この手紙を持って魔法使いのところへゆくがいい。力になってくれる)
>5番目のメール
少女は東へと旅立ちました。
一週間旅を続けると、東の塔につきます。そこで少女は魔法使いに出会いました。その魔法使いはまるで影からできているような漆黒の人です。魔法使いは手紙を読むと、剣で少女の腹を切り裂き、お札を埋め込み腹を再び縫い合わせました。
(これで禍神のところへゆくがいい)
>6番目のメール
少女は西の森へと旅立ちました。
暗く深い森は、夜の闇のように豊穣でざわめきに満ちています。少女は九本足の小さな虫や一本足の鳥、一つ目の山猫たちが自分に囁きかけるのをききました。
(こちらへ来てはいけない)
(帰れなくなる)
(喰われてしまうぞ)
少女はそれらの警告を無視して森のさらに奥深くへと入り込んで行きます。
>7番目のメール
少女は森の奥に大きな館があるのを見つけました。
少女は館の中へと入ってゆきます。長く暗い廊下を歩いてゆくと、その果てに広いホールがありました。そのホールの壁面は全て書棚で埋め尽くされています。そして、その書棚には本がびっしりと詰め込まれていました。そこはまるで、図書館のようです。
そして少女は禍神に会いました。
>8番目のメール
禍神は大きな一つだけの瞳を、ぎょろりと少女に向けて言います。
(おれは読みたい。おまえは何を読ませてくれる)
少女は答えました。
(わたしは本なんて持っていません)
(ではおまえが本になれ)
禍神は魔法で少女を本に変えました。禍神はその本を拾い上げ、ページをくります。そして禍神の目に、魔法使いが少女の身体へ埋め込んだお札の文字が入りました。禍神は本に喰われてしまいました。
❖
わたしのところへきたメールは全部で八件。ほぼ二十四時間ごとに送られてきた。それはいつも深夜零時にくる。わたしは始めは姉の気まぐれによるものかと思い、電話をかけてみたりメールを返信してみたりした。
答えは無い。姉の携帯電話は呼出音は鳴っているようだし、メールもちゃんと送ることができる。けれども姉は電話に出ることはなかった。そして、どんなメールをこちらから送っても、姉からくるのは奇妙な物語の続きだけだ。
八番目のメールがきた後、断ち切れたように連絡がとだえた。最後のメールが来てからもう半月ほどになる。
わたしは少し不安になり、姉の勤めている研究室へ連絡をとってみた。驚いたことに姉はその研究室をやめてしまっている。そして、姉の住んでいるはずのアパートも引き払われていた。
姉の身に、何かが起こっている。
それも酷く奇妙なことが。
わたしはそれを確かめるために、東北へ向かった。
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