初夜での暗殺に失敗した私ですが、今宵も冷徹皇帝から甘く抱き尽くされております

葛和蛙蘭

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晩餐会の夜➀

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 その夜も、クロヴィスたちはこの地を治める領主――リーモス伯爵の城に滞在した。

 リーモスは穏やかな性格をした線の細い男だったが、頭脳明晰で賢く誠実な人柄だった。
 戦時中は前線に出ているクロヴィスに変わって国庫や補給の管理を担い、裏方として大いに働いた。
 クロヴィスは彼に厚い信頼と感謝の念を抱き、戦後は多額の褒章を与えた。
 ゆえに辺境伯ながらも、リーモス家は潤沢な資金を有していたのである。

 今夜は、そのリーモス伯爵主催で盛大な晩餐会が開かれることになっていた。
 各地の貴族や有力者たちを集め、勝利と慰労を祝う華やかな場が予定されていた。
 婚礼以来、エリシアが大勢の前に姿を見せるのはこれが初めてだった。

 巡行の際は楚々とした衣装を纏っていたが、今夜は彼女の魅力を存分に引き出す華やかな装いにした。

 純白のドレスは体のラインを美しく映し出す形ながらも、幾重ものドレープを重ねて優美なデザインとなっていて、まるで神殿の女神のような神秘的な気配を漂わせた。
 一方で、高く結い上げた金髪には煌びやかな髪飾りを添え、唇には深紅、頬には少し濃い目の紅を差した。
 柔らかな中にも艶やかな気配が宿っていて、皇妃としての存在感を感じさせる装いだった。

「本当にお綺麗ですわ、エリシア様」

 サーシャが感嘆の息を漏らす。

「ありがとう。美しいドレスを仕立ててくれた職人たちのおかげね」

 エリシアが控えめに笑うと、サーシャは首をぶんぶんと振った。

「いえ……憚りながら申し上げますが、皇妃様はご結婚されてからますますお美しくなられました。陛下に愛されて、さらに磨きがかかったと申しますか……女性の私でもはっとする時があります」

 彼女はうっとりと続ける。

「おふたりを拝見していると、尊いものを目にしているような気持ちになって……お仕えできることを、心から幸せに思わずにはいられません」
「ありがとう、サーシャ。私もあなたの献身には感謝しているわ」

 エリシアは微笑んだ。だが、その胸の内には複雑な思いが渦巻いていた。

(サーシャの目に映っているように、実際も仲睦まじい夫婦であったらいいのに……)

 たった数刻前に自分の気持ちを自覚してからというもの、クロヴィスを思うたびに、胸が熱く切なく高鳴った。
 馬上で彼の腕に抱きかかえられ、たくましい胸に身を預けている時も、熱い夜の記憶がありありと甦ってきて落ち着かなかった。

 このままずっとこうしていられたら――そう思ったが、遠出から戻ってもクロヴィスはどこかそっけなかった。
 さらには彼女を先に城へ帰してしまった。
 エリシアを意図的に避けているようだった。

 クロヴィスの急な心の変化が理解できず、エリシアは胸を痛めるしかなかった。

(私は、あの方に嫌われてしまったのだろうか……。でもどうして?)

 準備をしてもらっている間も、ずっとずっと彼のことを考えていた。
 考えないようにしても、どうしても頭に浮かんでしまうのだ。

「エリシア様、陛下がお越しになりました」
「え? ……は、はい!」

 そんな矢先だったので、知らせにズクンと胸が跳ねた。

(陛下も今夜の姿を褒めてくださるかしら……)

 そんな淡い期待を抱いたが――部屋に入ってきたクロヴィスは、エリシアをまっすぐ見つめると、わずかに眉間を寄せただけで、抑揚のない声で告げた。

「予定通りの時刻から始める。近くなったら来るんだ」

 まるで部下に命令するかのような素っ気ない言葉だった。

 クロヴィスはすぐさま部屋を出て行ってしまった。
 遠ざかる足音を聞きながら、エリシアは寂しさと不安が胸の中で膨らみ続けるのを感じた。


 ※

 晩餐会が始まった。
 クロヴィスとエリシアは主賓として列席し、各地の貴族や有力者たちが数多く集まった。

 貴族たちは、婚礼の折よりもさらに魅力を増したエリシアに目を奪われた。
 そして、ますます覇王としての存在感を際立たせているクロヴィスと並ぶと、まるで神同士の夫婦を前にしているような尊さを感じ、ふたりに対する忠誠心を高めたのだった。

 晩餐会は、まずは格式にのっとり、紹介を受けたあとにクロヴィスの前に進み出て、祝辞を述べる形式で始まった。
 祝勝ムードに場は華やぎ、やがて自然と打ち解けたものになった。
 やがて自由に歓談を楽しむ形式にうつり、クロヴィスとエリシアは次々と貴族たちと言葉を交わしていった。

 凱旋旅行は、各地を治める貴族たちの戦後の状況を把握する目的もあったため、クロヴィス自らが話しかけ、貴族たちと歓談を交わした。
 エリシアもクロヴィスに従って歩き、自分からも話しかけ気さくに振舞った。
 多くの者は彼女の美貌をたたえ、異国での暮らしを気遣う言葉を向けてくれた。

 しかし実際のところ、エリシアは貴族達から向けられる目線には様々な思いが潜んでいるのを感じていた。

 多くは好意的なものだが、中には蔑むような、憎むような冷ややかな思いも混じっていた。
 高座にいる時よりも、こうして同じ目線に立っている時の方がじりじりと伝わってきた。

 仕方のないことだった。
 皇妃といえどもエリシアは敵国の王女。簡単には片づけられない感情を持つ者もいるだろう。
 それに、貴族の中にはエルヴァランとの和平に不満を持つ者がいると近衛兵や侍女たちが噂するのを耳に挟んでいた。
 徹底的に軍力を注いで滅亡寸前にまで追い込んだのに、それを無駄にするように恩赦をあたえてしまった。
 無能な王が治める長い歴史だけが取り柄の国になんの価値があるのか――そんな辛辣な意見があることもエリシアは知っていた。

 そして、彼女自身に関する噂も耳にしていた。

 エリシアの異能力は堅く死守されていても、前回の結婚のことについては大陸中に知れ渡っている。
 初夜で前夫を亡くした不吉な女――彼女のことを裏でそう揶揄する人間は多かった。
 そんな者は我が覇王の妃としてふさわしくない――そう思う者も少なからず存在しているのだ。

 今この場にも。

 先ほどから、ひときわ強い視線がこちらに向けられていた。
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