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復活の時①
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夢の中で、エリシアは見知らぬ部屋にいた。
見知らぬはずなのに、どこか懐かしかった。
部屋というより、そこは小さな建物だった。
石造りの壁に高い天井。
窓はあるが、ガラス窓はおろかカーテンすらなく、星がきらめく夜空を切り取っている。
灯りは石壁に等間隔で備え付けられている蝋燭のみで、祭壇のような石台しかない室内を頼りなく照らしていた。
夜闇に飲みこまれてしまいそうな静寂の中、エリシアは跪いて静かに祈りを捧げていた。
「……きみに会えるのは、いつもこの時間だけだな」
低く張りのある声が響いた。
クロヴィスがそばに来ていた。
だがその恰好は今と異なっていた。白い装束に甲冑姿。首筋には切り傷があり、血がにじんでいた。
「傷が……。お見せください」
そう言って伸ばした手を、クロヴィスはやんわりと押し止めた。
「いい。すこし疲れただけだ、すぐに治る」
「ですが……」
「きみの方こそ、まだ祈りを捧げていたのか?」
「争いによる憎しみや痛みは増える一方ですから」
「今日も国をひとつ滅ぼした。……またきみの負担が増えるな」
エリシアは小さく微笑むと、おもむろに衣服を脱ぎ始めた。
布一枚で覆われていただけの肌は、あっという間に剥き出しになってクロヴィスの前にさらされる。
「ならば、抱いてください。負担を負っているのは、私ではなくあなたなのですから」
「……いやだ」
クロヴィスはエリシアの裸体から目を背けると、うめいた。
「俺は……ただの男と女としてきみと愛し合いたい」
「なんということを……」
エリシアの頬に涙が伝った。
それは彼女自身の願いでもあったのだ。
「この世界の憎しみや悲しみを終わらせるために戦い続けるのが俺の運命ならば、きみはそれ自体を浄化するのが役目。俺たちはふたりでひとつだ。……なのに、互いのためだけに生きることは許されない。なぜだ? なぜ俺たちは自由に生きられない? 戦いなどせず、俺はきみといたい。きみには誰かのためではなく俺のためだけに祈って欲しい」
一気に吐き捨ててうなだれるクロヴィスの頬に、エリシアはそっと手を寄せた。
「すべては大陸に安寧をもたらせば叶うことです。ともに頑張りましょう。私はあなたが抱える負担を分け合いたい。あなたをお支えしたい」
「俺はきみだけを幸せにしたい」
クロヴィスはエリシアを抱き寄せ、口づけた。
「使命を終えたら、ふたりでどこか深い森の中で静かに暮らそう。誰もいない争いのない地で穏やかに、幸せに……」
「はい……」
エリシアは無上の喜びと希望と一緒にクロヴィスを抱きしめた。
肌に溶け込むぬくもりは優しくとても温かかった。
※
目を開けると、頬に一筋の涙が伝っていた。
日は先ほどより高くなっていた。ほんのすこしだけ、まどろんでいたらしい。
クロヴィスはエリシアに背を向けるような形で横向きで寝入っていた。
寝息を立てる大きな背中が、規則正しく上下するのを見てほっとする。
だが包帯には血がにじんでいた。無理にエリシアを抱いたからだった。
血は止まっているが、交換してあげたかった。
だが起こすのははばかられる。
エリシアは温かいその背中にぴとりと額をつけた。
夢の名残を残す胸が、じんわりと痛んだ。
(どうして気づかなかったのだろう。五百年前と何も変わらない温もりだったのに)
悲しみに満ちていたが、思考はすっきりとしていた。
障壁が取り払われて、はるか遠くまで見渡せるような感覚がした。
五百年前の伝説。
英雄王と聖女こそ、クロヴィスとエリシアの前世の姿だったのだ。
『想像できないだろうな。きみと交わるこの時を、俺がどれほど待ちわびていたか……』
彼の言葉の本当の意味に今やっと気づいたのだと思うと、切なさや深い悲しみを越えて、憤りすら覚える。
(どうして私だけが記憶を失っていたの? この人はずっと独りで戦い続けていたのに……)
涙があふれでる。
頬がびしょびしょに濡れて、シーツを濡らす。
呼吸が乱れて大きく息を吸うと、血の匂いを感じた。
戦火の中、剣を振るい血を吐きながら敵をなぎ払うクロヴィスの姿が目に浮かんだ。
一騎当千、縦横無尽に戦場を駆ける魔王の、悲しく孤独な姿だった。
ドンドン、ドンドンーー。
そこへ、ドアをノックする音が聞こえた。
ノックというより叩いているに近く、緊迫した様子だった。
はっと顔を上げて応じると、院長の慌ただしい声が聞こえた。
「申し訳ございません皇妃様。実は今、リーモス伯爵夫人が駆け込んでいらっしゃって――」
「エリシア様? 陛下もいらっしゃるのですね? 今すぐお逃げください!」
ナタリーの声が唐突に割り込んだ。
ただならぬ様子にエリシアはしどろもどろに返す。
「逃げる? どういう……何から……」
「敵の急襲です! おふたりは命を狙われているのです!」
見知らぬはずなのに、どこか懐かしかった。
部屋というより、そこは小さな建物だった。
石造りの壁に高い天井。
窓はあるが、ガラス窓はおろかカーテンすらなく、星がきらめく夜空を切り取っている。
灯りは石壁に等間隔で備え付けられている蝋燭のみで、祭壇のような石台しかない室内を頼りなく照らしていた。
夜闇に飲みこまれてしまいそうな静寂の中、エリシアは跪いて静かに祈りを捧げていた。
「……きみに会えるのは、いつもこの時間だけだな」
低く張りのある声が響いた。
クロヴィスがそばに来ていた。
だがその恰好は今と異なっていた。白い装束に甲冑姿。首筋には切り傷があり、血がにじんでいた。
「傷が……。お見せください」
そう言って伸ばした手を、クロヴィスはやんわりと押し止めた。
「いい。すこし疲れただけだ、すぐに治る」
「ですが……」
「きみの方こそ、まだ祈りを捧げていたのか?」
「争いによる憎しみや痛みは増える一方ですから」
「今日も国をひとつ滅ぼした。……またきみの負担が増えるな」
エリシアは小さく微笑むと、おもむろに衣服を脱ぎ始めた。
布一枚で覆われていただけの肌は、あっという間に剥き出しになってクロヴィスの前にさらされる。
「ならば、抱いてください。負担を負っているのは、私ではなくあなたなのですから」
「……いやだ」
クロヴィスはエリシアの裸体から目を背けると、うめいた。
「俺は……ただの男と女としてきみと愛し合いたい」
「なんということを……」
エリシアの頬に涙が伝った。
それは彼女自身の願いでもあったのだ。
「この世界の憎しみや悲しみを終わらせるために戦い続けるのが俺の運命ならば、きみはそれ自体を浄化するのが役目。俺たちはふたりでひとつだ。……なのに、互いのためだけに生きることは許されない。なぜだ? なぜ俺たちは自由に生きられない? 戦いなどせず、俺はきみといたい。きみには誰かのためではなく俺のためだけに祈って欲しい」
一気に吐き捨ててうなだれるクロヴィスの頬に、エリシアはそっと手を寄せた。
「すべては大陸に安寧をもたらせば叶うことです。ともに頑張りましょう。私はあなたが抱える負担を分け合いたい。あなたをお支えしたい」
「俺はきみだけを幸せにしたい」
クロヴィスはエリシアを抱き寄せ、口づけた。
「使命を終えたら、ふたりでどこか深い森の中で静かに暮らそう。誰もいない争いのない地で穏やかに、幸せに……」
「はい……」
エリシアは無上の喜びと希望と一緒にクロヴィスを抱きしめた。
肌に溶け込むぬくもりは優しくとても温かかった。
※
目を開けると、頬に一筋の涙が伝っていた。
日は先ほどより高くなっていた。ほんのすこしだけ、まどろんでいたらしい。
クロヴィスはエリシアに背を向けるような形で横向きで寝入っていた。
寝息を立てる大きな背中が、規則正しく上下するのを見てほっとする。
だが包帯には血がにじんでいた。無理にエリシアを抱いたからだった。
血は止まっているが、交換してあげたかった。
だが起こすのははばかられる。
エリシアは温かいその背中にぴとりと額をつけた。
夢の名残を残す胸が、じんわりと痛んだ。
(どうして気づかなかったのだろう。五百年前と何も変わらない温もりだったのに)
悲しみに満ちていたが、思考はすっきりとしていた。
障壁が取り払われて、はるか遠くまで見渡せるような感覚がした。
五百年前の伝説。
英雄王と聖女こそ、クロヴィスとエリシアの前世の姿だったのだ。
『想像できないだろうな。きみと交わるこの時を、俺がどれほど待ちわびていたか……』
彼の言葉の本当の意味に今やっと気づいたのだと思うと、切なさや深い悲しみを越えて、憤りすら覚える。
(どうして私だけが記憶を失っていたの? この人はずっと独りで戦い続けていたのに……)
涙があふれでる。
頬がびしょびしょに濡れて、シーツを濡らす。
呼吸が乱れて大きく息を吸うと、血の匂いを感じた。
戦火の中、剣を振るい血を吐きながら敵をなぎ払うクロヴィスの姿が目に浮かんだ。
一騎当千、縦横無尽に戦場を駆ける魔王の、悲しく孤独な姿だった。
ドンドン、ドンドンーー。
そこへ、ドアをノックする音が聞こえた。
ノックというより叩いているに近く、緊迫した様子だった。
はっと顔を上げて応じると、院長の慌ただしい声が聞こえた。
「申し訳ございません皇妃様。実は今、リーモス伯爵夫人が駆け込んでいらっしゃって――」
「エリシア様? 陛下もいらっしゃるのですね? 今すぐお逃げください!」
ナタリーの声が唐突に割り込んだ。
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