初夜での暗殺に失敗した私ですが、今宵も冷徹皇帝から甘く抱き尽くされております

葛和蛙蘭

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復活の時②

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 クロヴィスはすでに目を覚まして衣服をまとい始めていた。
 今なお困惑しているエリシアも、ならって身を整える。

 一、 二分で済ますと、ナタリーと院長、そして近衛兵のグリンの元へ行く。
 ロシェはリーモスに報告するため、数刻前に孤児院を出たという。敵軍と相対している可能性が高く、こちらへ戻ってくることは不可能と言えた。

 ナタリーの夜着は鮮血に染まっていた。
 見かけほど深くないようだが、傷を負っていた。
 夜明け頃、深く寝入っている時に突如襲われたのだろう。

「リーモスはどうした?」

 クロヴィスが切迫した声で訊く。
 ナタリーは涙をこらえてうなだれた。

「私をかばって傷を負い、捕らえられました。夫の命に従い、私はどうにか逃れて……」

 数人の城兵を連れてこちらへ向かったが、途中で敵兵に遭遇したため、最後はナタリーひとりが馬を駆ってここまで来たのだという。

「急襲など……そんな気配はまったく無かったのに。敵の指揮官は誰なんだ……!?」

 グリンが唇を噛んだ。
 ナタリーは力なく首を振る。

「わかりません……騒ぎに目を覚ました時には、敵兵たちが寝室の階まで迫っていました。夫が寝室から続く秘密の抜け穴から私を逃がしてくれて、陛下に知らせるようにと……」
「今はそんなことを気にしている場合ではない。すぐにでも、ここを立つ」

 クロヴィスがエリシアの腕を引いた。

「ですが無理に動けば陛下の傷が悪化してしまいます。せめて包帯の交換を行ってから――」
「そんな暇はない。向こうは俺たちの居場所をとうに把握しているはずだ。急がなければこの孤児院が巻き込まれることになる」

 エリシアは、はっとして口をつぐんだ。

 ナタリーをどこか別の孤児院でかくまってもらうよう依頼すると、クロヴィスとグリンは馬の準備を始めた。
 エリシアも手近にあった最低限のものだけを持つと、クロヴィスの馬に乗った。

 二頭が森へ向かって駆けた。


 ※

 クロヴィスにしがみつきながらエリシアが考えることは、突然巻き起こった襲撃についてだった。

 エルヴァランが関係していることは間違いない。ずっと危惧していたことが、ついに起こってしまったのだ。
 だが敵兵とその指揮官はヴァルハイムの者だろう。
 つまり、エルヴァランと共謀して反乱を起こした首謀者がいるということだ。
 その人物こそが、エリシアの部屋に父王からの密書を届けたとみて間違いないだろう。

 首謀者はクロヴィスの負傷の知らせを聞いて好機だと考えた。
 ロシェが報告したことで伝わるこの情報は、皇帝に関する内容ということで一部の者だけに留められるはずだ。
 ということは、首謀者はクロヴィスもしくはリーモスのすぐそばにまで潜り込んでいたと考えることができる。
 信じがたいことだった。
 エリシアはクロヴィスを見上げる。
 彼も唇を噛んでいた。後悔と怒りの感情がにじみ出ている。

 彼はぬかりなかった。厳重な警戒を敷いて、スパイがつけ入る隙など与えなかった。
 毎日寄せられる情報を把握して適切に対応していたし、信頼のおける者をそばに置いて――

(まさか……)

 最悪の考えが浮かんで、血の気が引くのを感じた。

(そんなはずないわ……こんな近くに裏切者がいたなんて……)

 必死に否定するが、この考え以外では辻褄が合わなかった。
 あの男なら、この急展開をもたらすことは容易だ。

 震えを覚えてクロヴィスのシャツにすがりつくと、強く抱き締めかえされた。
 孤児院を出る時の口ぶりから見るに、彼はとうにこの事実に気づいていたようだった。
 その体もかすかに震えていた。
 怒りと戸惑いと――誰よりも信頼していた者に裏切られた悲しみがにじみ出ていた。

 ビヒィ!

 突然、馬がいなないた。
 二頭の兵を乗せた馬が現れた。
 反乱兵の斥候だろう。
 黒地のマントを羽織っているが、ブーツはヴァルハイム兵のものと見て取れた。

「見つけたぞ! 三人一緒だ、捕らえろ!」

 数は五人。クロヴィスとグリンなら問題ないが、クロヴィスは負傷しており、エリシアがいる。
 それでも時間をかければ苦戦はしないが、長引くと騒ぎを聞きつけた次の斥候に囲まれてしまう。

「陛下、ここは私が引き付けるので、突っ切ってください」

 グリンがささやいた。
 クロヴィスは小さくうなずいた。

「死ぬなよ……」

 五頭がいっせいに向かってきたのを、グリンが迎えうった。

「しっかりつかまっていてくれ」

 エリシアにそう告げるやいなや、クロヴィスは剣を抜き、手綱を持って駆けだした。
 迎え撃とうとしていた反乱兵が切りかかる。それをなぎ払い、全速力で馬を進める。
 エリシアは振り落とされないように必死にクロヴィスにしがみついた。

 だが、さらなる窮状が二人を追い詰める。

 行く先に、またも斥候が現れた。数は十頭弱。クロヴィスの姿を見るなり、いっせいに駆けてきた。
 刃と刃が交じり合う金属音、男達の荒々しい声、馬のいななき。
 それらが行き交う中、エリシアはクロヴィスにしがみつき、必死に祈っていた。

(神よ、どうか私たちを助けて。この方を救えるよう、私に力を――)
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