45 / 48
未来への誓い①
しおりを挟む
クロヴィスは新たな国の基盤を築くべく、各地の領主や有識者を招き、連日のように会議に臨んでいた。
言葉も歴史も文化も異なる民を、いかにしてひとつに束ねるのか――大陸安寧への道のりは、まだ始まったばかりであった。
一方のエリシアも、元エルヴァラン王国の領地を発展させるため尽力していた。
豊饒な土地を有し多種多様な草花が育つため、薬草や果実を育てて加工し、販売へと繋げる基盤を整えようと試作を重ねている。
時には、みずから領地へ赴き、民とともに泥にまみれて畑を耕し、葡萄を踏んでワイン造りにたずさわることもあった。
ドレスを汚しながら笑みを弾ませるその姿は、まさにお転婆そのもの。
最初こそ難色を示したクロヴィスだったが、最近では諦めたのか、エリシアが楽しげに報告するのを笑顔で見守るようになった。
大陸統一の直後という混乱期にありながら、大規模な反乱が起こることはなかった。
民はヴァルハイムとクロヴィスの支配を受け入れ、穏やかな安寧に従っていた。
それはひとつには、皇帝クロヴィスと皇妃エリシアこそが“英雄王と聖女の再来”であるという噂が、まことしやかに広まっていたからかもしれない。
根拠がないとされながらも、その噂は不安な時代を生きる民にとって、たしかな支えとなっていた。
加えて、エリシアは祈りを捧げ、浄化の力を惜しみなく振るった。
その祈りは大陸の隅々にそよ風のように届き、民の心を静かに鎮めていった。
不思議なことに、気候は穏やかに保たれ、流行病も起こらなかった。
国家安定へ向けた数々の事業は滞りなく進み、大陸はようやく新たな時代の歩みを始めたのだった。
互いに多忙な日々を送るなかでも、ふたりの愛情は深まっていった。
夜、寝室で眠る前に大陸の地図を広げ、日々の成果や進捗、そして将来の展望を語り合うのが、いつしかふたりの日課になっていた。
「いつか、そう遠くないうちに、すこしずつ各地を巡ってみたいんだ」
最近のクロヴィスは、そんなことを口にするようになった。
各地の管轄長から逐一報告を受けるだけではなく、実際にみずからの目で民の暮らしを確かめたいという思いが、日に日に強くなっているのだ。
「民の心がどうすれば前に進めるのか、どうすればよりよい未来をつくれるのか……それを、この目で見つけに行きたい」
「それはとても素晴らしいことだと思いますわ。肌で感じれば、きっと閃くことも増えます」
エリシアが微笑んで同意すると、クロヴィスは嬉しそうにうなずいた。
「だが、まずは身辺を磐石にしなければな」
ロシェの反乱は、クロヴィスにとっても大きな衝撃だった。
裁判後、ロシェは模範的な生活を送り、施設内の小さな祠に毎朝祈りを捧げ、穏やかに暮らしているという。
その心が安らかになったこと自体は喜ばしいが、謀反という罪を犯さなければ、彼はもっと自由な人生を生きられただろう――そう考えれば、過去を背負う者を安易に側近に置いたことは失敗でもあった、とクロヴィスは冷静に受け止めていた。
だからこそ、制度や人員の選考基準をもう一度見直し、反乱因子となり得る貴族たちの動向にも、改めて目を光らせる必要がある。
今回のエルヴァラン属国化によって、表向きには多くの不満が収まったように見えるが、不安要素はまだ潜んでいる。
「問題は山積みだ。だが……」
クロヴィスは地図に指先を滑らせ、淡く笑みを浮かべた。
「きっと一つひとつ解決していける。そしてその暁には、よりよい統治の形を探りたい。そのためにも巡行が必要だ」
そう言って、彼はエリシアを見つめた。
「きみもついてきてくれたら嬉しい」
「とても光栄です。でも……国を空けるわけにもいきません」
エリシアはそう言うとすこし寂しげに微笑んだ。
クロヴィスも、内心では彼女と同じ見解を持っていた。だが本心では、一時たりともエリシアと離れたくなかったのだ。
「……代わりに、これをお持ちください」
エリシアは宝石箱から小さな布を取り出した。
丁寧に手縫いされたお守り袋。中には乾燥させたハーブと、小さな光を宿した聖石が収められている。
「これは?」
「お守りです。私の加護を込めました。身につけていれば、心のざわめきが和らぐと……。私もこれを通してあなたの心に寄り添えますし」
「聖女の技は、そんなことまでできるのか」
「ええ、昔、司祭に教わったのです」
エリシアは柔らかく微笑んだ。つい昨日のことのように話すが、それは五百年前の記憶だった。
最近、前世の記憶と現在の記憶が混ざり合うことが多くなっていた。
それはクロヴィスも同じだった。
一度も踏み入れたことのない異国の古い歴史を、まるでその場で見ていたかのように語ってしまい、部下を驚かせたこともある。
また、記憶だけでなく性格も重なりはじめていた。
記憶が戻る前から子ども好きではあったが、前世の彼はもっと子どもを愛していた。
彼らと笑い合い、剣の稽古をまねて遊んだ記憶が鮮やかに甦ることもある。
最近では、執務の合間にふらりと孤児院を訪ねるようになった。
もちろん「子ども好きの男爵」と正体を隠してのことだ。
いつもエリシアが作ったジャムを土産として持っていくので、子どもたちからは「ジャムの男爵さま」と呼ばれている――と照れくさそうに明かしてくれた。
「……クロヴィス様は、子どもは何人くらい欲しいですか?」
言葉も歴史も文化も異なる民を、いかにしてひとつに束ねるのか――大陸安寧への道のりは、まだ始まったばかりであった。
一方のエリシアも、元エルヴァラン王国の領地を発展させるため尽力していた。
豊饒な土地を有し多種多様な草花が育つため、薬草や果実を育てて加工し、販売へと繋げる基盤を整えようと試作を重ねている。
時には、みずから領地へ赴き、民とともに泥にまみれて畑を耕し、葡萄を踏んでワイン造りにたずさわることもあった。
ドレスを汚しながら笑みを弾ませるその姿は、まさにお転婆そのもの。
最初こそ難色を示したクロヴィスだったが、最近では諦めたのか、エリシアが楽しげに報告するのを笑顔で見守るようになった。
大陸統一の直後という混乱期にありながら、大規模な反乱が起こることはなかった。
民はヴァルハイムとクロヴィスの支配を受け入れ、穏やかな安寧に従っていた。
それはひとつには、皇帝クロヴィスと皇妃エリシアこそが“英雄王と聖女の再来”であるという噂が、まことしやかに広まっていたからかもしれない。
根拠がないとされながらも、その噂は不安な時代を生きる民にとって、たしかな支えとなっていた。
加えて、エリシアは祈りを捧げ、浄化の力を惜しみなく振るった。
その祈りは大陸の隅々にそよ風のように届き、民の心を静かに鎮めていった。
不思議なことに、気候は穏やかに保たれ、流行病も起こらなかった。
国家安定へ向けた数々の事業は滞りなく進み、大陸はようやく新たな時代の歩みを始めたのだった。
互いに多忙な日々を送るなかでも、ふたりの愛情は深まっていった。
夜、寝室で眠る前に大陸の地図を広げ、日々の成果や進捗、そして将来の展望を語り合うのが、いつしかふたりの日課になっていた。
「いつか、そう遠くないうちに、すこしずつ各地を巡ってみたいんだ」
最近のクロヴィスは、そんなことを口にするようになった。
各地の管轄長から逐一報告を受けるだけではなく、実際にみずからの目で民の暮らしを確かめたいという思いが、日に日に強くなっているのだ。
「民の心がどうすれば前に進めるのか、どうすればよりよい未来をつくれるのか……それを、この目で見つけに行きたい」
「それはとても素晴らしいことだと思いますわ。肌で感じれば、きっと閃くことも増えます」
エリシアが微笑んで同意すると、クロヴィスは嬉しそうにうなずいた。
「だが、まずは身辺を磐石にしなければな」
ロシェの反乱は、クロヴィスにとっても大きな衝撃だった。
裁判後、ロシェは模範的な生活を送り、施設内の小さな祠に毎朝祈りを捧げ、穏やかに暮らしているという。
その心が安らかになったこと自体は喜ばしいが、謀反という罪を犯さなければ、彼はもっと自由な人生を生きられただろう――そう考えれば、過去を背負う者を安易に側近に置いたことは失敗でもあった、とクロヴィスは冷静に受け止めていた。
だからこそ、制度や人員の選考基準をもう一度見直し、反乱因子となり得る貴族たちの動向にも、改めて目を光らせる必要がある。
今回のエルヴァラン属国化によって、表向きには多くの不満が収まったように見えるが、不安要素はまだ潜んでいる。
「問題は山積みだ。だが……」
クロヴィスは地図に指先を滑らせ、淡く笑みを浮かべた。
「きっと一つひとつ解決していける。そしてその暁には、よりよい統治の形を探りたい。そのためにも巡行が必要だ」
そう言って、彼はエリシアを見つめた。
「きみもついてきてくれたら嬉しい」
「とても光栄です。でも……国を空けるわけにもいきません」
エリシアはそう言うとすこし寂しげに微笑んだ。
クロヴィスも、内心では彼女と同じ見解を持っていた。だが本心では、一時たりともエリシアと離れたくなかったのだ。
「……代わりに、これをお持ちください」
エリシアは宝石箱から小さな布を取り出した。
丁寧に手縫いされたお守り袋。中には乾燥させたハーブと、小さな光を宿した聖石が収められている。
「これは?」
「お守りです。私の加護を込めました。身につけていれば、心のざわめきが和らぐと……。私もこれを通してあなたの心に寄り添えますし」
「聖女の技は、そんなことまでできるのか」
「ええ、昔、司祭に教わったのです」
エリシアは柔らかく微笑んだ。つい昨日のことのように話すが、それは五百年前の記憶だった。
最近、前世の記憶と現在の記憶が混ざり合うことが多くなっていた。
それはクロヴィスも同じだった。
一度も踏み入れたことのない異国の古い歴史を、まるでその場で見ていたかのように語ってしまい、部下を驚かせたこともある。
また、記憶だけでなく性格も重なりはじめていた。
記憶が戻る前から子ども好きではあったが、前世の彼はもっと子どもを愛していた。
彼らと笑い合い、剣の稽古をまねて遊んだ記憶が鮮やかに甦ることもある。
最近では、執務の合間にふらりと孤児院を訪ねるようになった。
もちろん「子ども好きの男爵」と正体を隠してのことだ。
いつもエリシアが作ったジャムを土産として持っていくので、子どもたちからは「ジャムの男爵さま」と呼ばれている――と照れくさそうに明かしてくれた。
「……クロヴィス様は、子どもは何人くらい欲しいですか?」
14
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
専属秘書は極上CEOに囚われる
有允ひろみ
恋愛
手痛い失恋をきっかけに勤めていた会社を辞めた佳乃。彼女は、すべてをリセットするために訪れた南国の島で、名も知らぬ相手と熱く濃密な一夜を経験する。しかし、どれほど強く惹かれ合っていても、行きずりの恋に未来などない――。佳乃は翌朝、黙って彼の前から姿を消した。それから五年、新たな会社で社長秘書として働く佳乃の前に、代表取締役CEOとしてあの夜の彼・敦彦が現れて!? 「今度こそ、絶対に逃さない」戸惑い距離を取ろうとする佳乃を色気たっぷりに追い詰め、彼は忘れたはずの恋心を強引に暴き出し……。執着系イケメンと生真面目OLの、過去からはじまる怒涛の溺愛ラブストーリー!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる