『0.5秒の永遠 ~復讐のために心を捨てた少女は、最強の兵器となって涙を流す~』

Renato

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第2話 ゆらぎの魔女

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1
 雨の降る葬儀場は、色を失ったモノクロームの映画のようだった。
 追悼の祈りも、参列者のすすり泣きも、分厚いガラスの向こう側で起きている出来事のように遠い。

「残念だったね。優秀な学生だったのに」
「実験中の事故だそうだ。ナノマシンの暴走だって」
「怖いな。やっぱり最新技術にはリスクがあるよ」

 無責任な囁き声が、エレナの耳をすり抜けていく。
 警察の公式発表は「不慮の爆発事故」。
 嘘だ。あれは殺人だった。組織的な襲撃だった。
 けれど、誰もその真実を知らない。いや、知ろうとしない。

 この国では、巨大シンジケート『AION』の影に触れることは、社会的な死、あるいは物理的な死を意味するからだ。

 エレナは濡れた喪服のまま、遺影を見つめていた。
 笑っているカイト。
 もう二度と、あの温かい手でコーヒーを淹れてくれることはない。

(……ごめんなさい。私は、泣くことすら許されない)

 彼女は、ポケットの中の銀色のペンダントを強く握りしめた。
 悲しみに暮れる時間はない。
 この瞬間も、ヴィンセントはのうのうと生きているのだから。

2
 参列者の列から離れた、雨ざらしの場所に、一人の男が立っていた。
 ロイだ。
 彼は喪服を着ていなかった。
 いつものボロボロのレザージャケット姿で、傘も差さずにじっとカイトの遺影を睨みつけている。
 その背後に、スーツを着た上司らしき男が近づいた。

「おい、バッカス。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「……関係者だ」
「はあ?お前のような粗大ゴミが、あんなエリートとどういう関係だ」

 ロイは濡れた前髪をかき上げ、上司を睨み返した。

「うるせえよ。……俺の主治医(ドクター)だ」

「フン。まあいい。それより、わかっているな?この件からは手を引け」

「……なんで捜査を打ち切った?現場には軍用爆薬の痕跡があった。どう見てもテロだろ」

「上からの命令だ。あれは『事故』だ。……いいか、余計なことを嗅ぎ回るな。特務課の予算をゼロにされたくなければな」

 上司は捨て台詞を吐いて、そそくさと屋根の下へ戻っていった。
 ロイは舌打ちをし、ポケットからくしゃくしゃになったタバコを取り出した。雨で濡れていて、火がつかない。

「……クソが」

 彼は吸うのを諦め、タバコをその手で握りつぶした。
 カイトは言っていた。『君の代わりのパーツはもうない』と。
 俺を直せる唯一の男。
 俺を「スクラップ」ではなく「魂のある機械」として扱ってくれた唯一の友人。
 それを、腐った組織と金が揉み消そうとしている。

「……上等だ。警察(サツ)が動かねえなら、俺がやるしかねえ」

 ロイは遺影に背を向けた。
 その瞳に、静かな怒りの炎が灯る。
 遠くで佇む喪服の少女(エレナ)には気づかないまま、野良犬は雨の中へと消えていった。

3
 エレナは一人でアパートへ戻った。

 カイトの匂いが残る部屋。二人で選んだマグカップ。書きかけの楽譜。そのすべてが、鋭利な刃物になってエレナの心を切り刻む。

 彼女は濡れた喪服のままデスクに向かい、震える手でカイトが遺した銀色のペンダントを解析用端末に接続した。
 カイトが最期に託した「バックアップ」。
 エレナの脳波パターンでしか開かないプロテクトを解除すると、膨大なデータが展開された。
 それは愛の言葉などではなかった。

 ――『シンジケートAIONサーバーへのバックドア(裏口)コード』。

 そして、『ゆらぎ』の核心部分である「生体適合アルゴリズム」。

 カイトは予期していたのだ。
 自分の研究が兵器転用される危険性を。そして万が一の時、エレナだけが真実に辿り着けるように、この鍵を残した。

「……馬鹿よ、カイト。私を守るためにこれを残したの?」

 画面の青白い光が、エレナの顔を照らす。

 本来なら、これを警察に提出して保護を求めるべきかもしれない。だが、警察すらもAIONの息がかかっていることは明らかだ。
 かといって、このコードを使って外部からハッキングを仕掛けても、ヴィンセントの堅牢な城壁を崩すには難易度が高すぎる。

(外から壊せないなら、中に入ればいい……)

 エレナの脳裏に、狂気じみたプランが浮かび上がった。
 この「バックドアコード」を書き換え、特定の条件で発動する強力なウイルスに改造する。そして、それを最も確実に敵の中枢へ届ける方法は――

「私自身が『感染源(ウイルス)』になること」

 自らサイボーグとなってAIONに入り込み、ヴィンセントが欲しがる「完全な適合データ」を提供すると見せかけて、システムと同調した瞬間に内側から食い破る。
  それは、人間としての自分を完全に殺し、機械の体を受け入れることを意味していた。

4
 決意を固めたエレナは、洗面所の鏡の前に立った。
 そこには、雨に濡れ、悲しみに暮れる黒髪の女が映っていた。
 肩にかかる長く艶やかな髪。

『エレナの髪は綺麗だね。ピアノを弾くとき、揺れるのが好きなんだ』

 カイトが愛してくれた髪。彼が指で梳いてくれる感触が好きだった。彼の前で可愛くありたいと願った、乙女心の象徴。
 だが、今のプランを実行すれば、もう二度とピアノを弾くことも、彼に撫でてもらうこともない。復讐という修羅の道を行く女に、この髪はあまりに重く、美しすぎる。

「……さようなら」

 エレナは引き出しから裁ち鋏を取り出した。
 躊躇いはなかった。
 ジャリ、という鈍い音と共に、黒い束が床に落ちる。
 一度ハサミを入れるたびに、思い出が切り離されていく。幸せだった記憶。温かい食卓。将来の夢。愛される喜び。
 それら全てを、復讐者はここで捨て去る。
 数分後。
 鏡の中には、乱暴に切り揃えられたショートヘアの女が立っていた。
 その瞳には、もう涙は浮かんでいない。
 そこにあるのは、凍てつくような殺意と、奴らを騙すための冷徹な知性だけだった。

「私は怪物になる。……あなたたちを食い殺す、悪魔に」

 エレナはハサミを置き、端末のデータをペンダントに戻した。
 行き先は決まっている。
 敵の本拠地。地獄の底へ、自ら落ちていくために。
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