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第8話 賢者の絆
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1
夕方。
エレナは大学の図書館にいるフリをして、裏口から抜け出した。
アイギスの計算によれば、AIONの監視衛星がこのエリアの死角に入るのは、わずか40分間。
その隙に、彼女はスラム街の最深部へと向かった。
目的は、カイトのペンダントに残された暗号データだ。
昨夜の解析で、ある座標と店名が浮かび上がっていた。
『サカキ商会』。
カイトが信頼し、データを託そうとした人物。
もし彼がカイトの協力者なら、この体の秘密や、ヴィンセントを倒すヒントを知っているかもしれない。
エレナは路地裏の影に溶け込むように走り、黒髪の擬態(カモフラージュ)を維持したまま、錆びついたシャッターの前へと辿り着いた。
2
古びた看板を掲げるその店に入ると、オイルと線香の混じった独特の匂いがした。 店内は、天井まで積み上げられたジャンクパーツの山だった。
義手、義足、旧式の電子頭脳、網膜カメラ……。まるでサイボーグの墓場だ。
「いらっしゃい。……ほう」
カウンターの奥から現れたのは、片目に作業用の拡大鏡(ルーペ)をつけた、小柄な老人だった。
サカキ。この街で一番の腕を持つと言われる、闇の義肢職人。
彼はエレナを一目見るなり、ルーペを調整して目を細めた。
「お嬢さん。随分と『上等な服』を着ているな」
エレナはドキリとした。 黒髪の擬態を見破られたのだ。
「……わかりますか?」
「わかるさ。表面の光学迷彩は完璧だが、歩き方の重心、床を踏む振動……中身が詰まりすぎている。軍用、それも最新鋭の特注品(カスタム)だ」
老人はニヤリと笑い、カウンターを指で叩いた。
「修理か?それとも改造か?そのナリで表を出歩くのは苦労するだろう」
3
エレナは周囲を警戒し、店のシャッターを下ろさせた。
そして、胸元のロケットペンダントを取り出し、カウンターに置いた。
「修理ではありません。……これを、解析してほしいんです」
サカキはペンダントを手に取った瞬間、息を呑んだ。
その指が、微かに震える。
「これは……カイト君の細工だな?」
「ご存知なんですか?」
「知っているも何も。あいつにナノマシンの基礎を叩き込んだのは私だ。……大学を追放された私を、最後まで師と慕ってくれた、バカな弟子だよ」
「私は、カイトの恋人でした。」
サカキは悲しげに目を伏せた。
「去年の爆発事故、やはりただの事故ではないということだな」
「……今は、AIONの兵器です」
「そうか……ヴィンセントの奴か……」
エレナは擬態を解除した。
黒髪が色を失い、月光のような銀髪へ。瞳は深紅の義眼へ。
その姿を見ても、サカキは驚かなかった。ただ、痛ましげに顔を歪めただけだった。
「なんという姿に……。」
老人はエレナの手を取り、その冷たい金属の指を撫でた。
同情ではない。孫娘を案じるような、温かい手だった。
4
「先生。このペンダントには何が?」
サカキは感傷を振り払い、奥の工房にある特殊な解析機にペンダントを接続した。 モニターに複雑な波形が表示される。
「……ほう。これは『ゆらぎプログラム』のオリジナルデータだな。だが、凄まじいプロテクトがかかっている。お前の生体認証がなければ誰も中身を取り出せん」
「ええ、それは知っています。……他には?」
サカキがキーボードを叩くと、モニターに警告色が点滅した。
「問題はこっちだ。プログラムの奥底に、もう一つ**『正体不明の暗号データ』**が隠されている」
「暗号データ?」
「ああ。容量からして、ただのテキストじゃない。何らかの巨大なシステムを起動するための『マスターキー』のようだが……中身までは読めん」
サカキは画面の一部を指差した。
「だが、座標データだけは解読できた。……ここだ。大学の敷地内にある**『旧植物園』の地下**」
そこは、かつてカイトと二人でよく忍び込んだ思い出の場所。朽ち果てた温室の中で、彼は「ここなら誰にも邪魔されずに研究ができる」と笑っていた。
サカキは厳しい表情でエレナに向き直った。
「カイト君が何を隠そうとしたのか、そこへ行けば分かるだろう。だが、ヴィンセントも馬鹿ではない。いずれその場所に気づく」
「……急がないといけませんね」
サカキは頷き、エレナの体を心配そうに見上げた。
「それになにより、お前のその体だ」
「私の、体……?」
「AIONの調整は無茶苦茶だ。お前の動力炉(ジェネレーター)は出力を上げすぎている。炉心の熱量に、お前の精神が追いついていない」
「……どうなるんですか?」
「このまま戦い続ければ、お前の自我(ゴースト)がシステムに焼き切られる。復讐を果たす前に、お前自身が壊れて、ただの殺戮マシーンになるぞ」
エレナは自分の胸に手を当てた。確かに、感情が高ぶるたびに、胸の奥が焼けるように熱くなる。
「サカキ先生。……私が壊れる前に、調整をお願いできますか?」
「ふん。断ると言っても聞かん顔だな」
サカキは工具箱を取り出し、ぶっきらぼうに言った。
「任せておけ。カイト君の愛した人を、みすみす壊させるわけにはいかないからな」
正体を知られ、利用されるだけの孤独な日々の中で、初めて「味方」が現れた瞬間だった。
エレナの強張っていた肩の力が、少しだけ抜けた気がした。
夕方。
エレナは大学の図書館にいるフリをして、裏口から抜け出した。
アイギスの計算によれば、AIONの監視衛星がこのエリアの死角に入るのは、わずか40分間。
その隙に、彼女はスラム街の最深部へと向かった。
目的は、カイトのペンダントに残された暗号データだ。
昨夜の解析で、ある座標と店名が浮かび上がっていた。
『サカキ商会』。
カイトが信頼し、データを託そうとした人物。
もし彼がカイトの協力者なら、この体の秘密や、ヴィンセントを倒すヒントを知っているかもしれない。
エレナは路地裏の影に溶け込むように走り、黒髪の擬態(カモフラージュ)を維持したまま、錆びついたシャッターの前へと辿り着いた。
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古びた看板を掲げるその店に入ると、オイルと線香の混じった独特の匂いがした。 店内は、天井まで積み上げられたジャンクパーツの山だった。
義手、義足、旧式の電子頭脳、網膜カメラ……。まるでサイボーグの墓場だ。
「いらっしゃい。……ほう」
カウンターの奥から現れたのは、片目に作業用の拡大鏡(ルーペ)をつけた、小柄な老人だった。
サカキ。この街で一番の腕を持つと言われる、闇の義肢職人。
彼はエレナを一目見るなり、ルーペを調整して目を細めた。
「お嬢さん。随分と『上等な服』を着ているな」
エレナはドキリとした。 黒髪の擬態を見破られたのだ。
「……わかりますか?」
「わかるさ。表面の光学迷彩は完璧だが、歩き方の重心、床を踏む振動……中身が詰まりすぎている。軍用、それも最新鋭の特注品(カスタム)だ」
老人はニヤリと笑い、カウンターを指で叩いた。
「修理か?それとも改造か?そのナリで表を出歩くのは苦労するだろう」
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エレナは周囲を警戒し、店のシャッターを下ろさせた。
そして、胸元のロケットペンダントを取り出し、カウンターに置いた。
「修理ではありません。……これを、解析してほしいんです」
サカキはペンダントを手に取った瞬間、息を呑んだ。
その指が、微かに震える。
「これは……カイト君の細工だな?」
「ご存知なんですか?」
「知っているも何も。あいつにナノマシンの基礎を叩き込んだのは私だ。……大学を追放された私を、最後まで師と慕ってくれた、バカな弟子だよ」
「私は、カイトの恋人でした。」
サカキは悲しげに目を伏せた。
「去年の爆発事故、やはりただの事故ではないということだな」
「……今は、AIONの兵器です」
「そうか……ヴィンセントの奴か……」
エレナは擬態を解除した。
黒髪が色を失い、月光のような銀髪へ。瞳は深紅の義眼へ。
その姿を見ても、サカキは驚かなかった。ただ、痛ましげに顔を歪めただけだった。
「なんという姿に……。」
老人はエレナの手を取り、その冷たい金属の指を撫でた。
同情ではない。孫娘を案じるような、温かい手だった。
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「先生。このペンダントには何が?」
サカキは感傷を振り払い、奥の工房にある特殊な解析機にペンダントを接続した。 モニターに複雑な波形が表示される。
「……ほう。これは『ゆらぎプログラム』のオリジナルデータだな。だが、凄まじいプロテクトがかかっている。お前の生体認証がなければ誰も中身を取り出せん」
「ええ、それは知っています。……他には?」
サカキがキーボードを叩くと、モニターに警告色が点滅した。
「問題はこっちだ。プログラムの奥底に、もう一つ**『正体不明の暗号データ』**が隠されている」
「暗号データ?」
「ああ。容量からして、ただのテキストじゃない。何らかの巨大なシステムを起動するための『マスターキー』のようだが……中身までは読めん」
サカキは画面の一部を指差した。
「だが、座標データだけは解読できた。……ここだ。大学の敷地内にある**『旧植物園』の地下**」
そこは、かつてカイトと二人でよく忍び込んだ思い出の場所。朽ち果てた温室の中で、彼は「ここなら誰にも邪魔されずに研究ができる」と笑っていた。
サカキは厳しい表情でエレナに向き直った。
「カイト君が何を隠そうとしたのか、そこへ行けば分かるだろう。だが、ヴィンセントも馬鹿ではない。いずれその場所に気づく」
「……急がないといけませんね」
サカキは頷き、エレナの体を心配そうに見上げた。
「それになにより、お前のその体だ」
「私の、体……?」
「AIONの調整は無茶苦茶だ。お前の動力炉(ジェネレーター)は出力を上げすぎている。炉心の熱量に、お前の精神が追いついていない」
「……どうなるんですか?」
「このまま戦い続ければ、お前の自我(ゴースト)がシステムに焼き切られる。復讐を果たす前に、お前自身が壊れて、ただの殺戮マシーンになるぞ」
エレナは自分の胸に手を当てた。確かに、感情が高ぶるたびに、胸の奥が焼けるように熱くなる。
「サカキ先生。……私が壊れる前に、調整をお願いできますか?」
「ふん。断ると言っても聞かん顔だな」
サカキは工具箱を取り出し、ぶっきらぼうに言った。
「任せておけ。カイト君の愛した人を、みすみす壊させるわけにはいかないからな」
正体を知られ、利用されるだけの孤独な日々の中で、初めて「味方」が現れた瞬間だった。
エレナの強張っていた肩の力が、少しだけ抜けた気がした。
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