『0.5秒の永遠 ~復讐のために心を捨てた少女は、最強の兵器となって涙を流す~』

Renato

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第11話 決別と同盟

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1
 AION本部への帰還途中、リムジンのモニターが強制起動した。
 映し出されたのは、ヴィンセントの顔だった。

『緊急任務だ、エレナ』

 ヴィンセントの声には、奇妙な高揚感が混じっていた。

『サカキという老人が、組織の機密データを盗んだ疑いがある。……処分部隊を向かわせた』

 (全てお見通しってわけね……)

 カイトのデータを隠蔽したことも、サカキと繋がっていたことも。これは「忠誠」を試すテストではない。私とサカキをまとめて始末するための処刑命令だ。

『現場へ急げ。そして、君の手で裏切り者を裁くんだ』

「……了解」

 通信が切れる。
 エレナは運転席の仕切りを叩き割り、自動運転システムを物理的にハッキングした。目的地変更、『サカキ商会』。

「アイギス、アークを起動して。ステルスモード解除!」

『マスター、それはAIONへの反逆行為に該当します』

「構わない。……もう、演じるのは終わり」

 リムジンが急旋回し、タイヤから白煙を上げてスラム街へと爆走した。

2
 サカキ商会の前は、すでに戦場だった。
 激しい雨の中、AIONの重武装サイボーグ部隊が店を包囲している。
 店のシャッターはひしゃげ、サカキが展開した防衛タレットが必死に応戦しているが、多勢に無勢だ。

「あーあ、硬いなぁ。開けてよ、お爺ちゃん」

 先頭に立つ異形の影――ゼクスが、面倒くさそうに欠伸をした。
 彼は飛んできたタレットの銃弾を、避けることすらせず、左腕のドリルアームで弾き飛ばした。
 そして、一歩踏み込む。
 鋼鉄のシャッターを、まるで濡れた紙のように素手で引き裂いた。

「お邪魔しまーす」

 店内に踏み込むゼクス。奥で震えるサカキの姿が見える。
 ゼクスが凶悪に笑い、その腕を振り上げた瞬間――。
 キキーッ!
 リムジンが部隊の列に突っ込み、横転しながらバリケードになった。
 炎の中から、エレナが飛び出す。
 エレナはサカキの前に立ち塞がり、部隊に銃口を向けた。
 もう戻れない。ここからは、世界すべてが敵だ。

3
「わあ、すごい!パパの言った通りだ!」

 ゼクスが手を叩いて喜んだ。

「お姉さん、壊れたんだね?じゃあ俺が廃棄処分してあげる!」

 ゼクスが地面を蹴る。速い。
 エレナは**《クオリア・ブースト》**を発動した。彼の動きを予測し、カウンターを叩き込む――はずだった。

『警告:予測不能(CalculationError)』『警告:行動パターン不一致』

 視界が真っ赤なエラーログで埋め尽くされる。
 右から来ると予測した拳が、物理法則を無視して下から突き上げられる。回避したはずの蹴りが、軌道をねじ曲げて脇腹に突き刺さる。

「がはっ……!?」

 エレナは店内の陳列棚に叩きつけられた。

「なに、あいつ……動きが、読めない!」

 ゼクスの能力《カオス・ランダム(混沌演算)》。

 思考も筋肉の動きも完全に無秩序(ランダム)。
「未来」を計算するエレナにとって、これほど相性の悪い敵はいなかった。
 周囲の部隊も一斉射撃を開始する。
 サカキを庇いながらでは、回避もままならない。装甲が削れ、オイルが飛散する。

(ここまで、なの……?)

4
 絶望が支配したその時。
 路地裏の闇を切り裂いて、爆音が響いた。

「どけぇッ!雑魚ども!」

 大型バイクがウィリー状態で突っ込んできた。
 乗っているのは、ずぶ濡れのレザージャケットを纏った男――ロイだ。
 彼はバイクから飛び降りざまに、空中で二丁拳銃を乱射した。

 《シナプス・オーバードライブ》。

 神速の反応速度で放たれた弾丸は、包囲していたサイボーグたちのカメラアイ(目)だけを正確に撃ち抜く。

「なっ、国家公安局だと!?なぜここに!」

「個人的な借りを返しに来ただけだ!……乗れ、スクラップ人形!」

 ロイが叫び、逃走用の装甲バンの後部ドアを蹴り開けた。
 エレナはサカキを抱え、泥まみれになりながらバンに飛び込む。
 ゼクスが面白そうにドリルを構える。

「新しいおもちゃが増えた!」

 だが、上空から降下してきたアイギスのドローン『ファントム』たちが一斉に自爆し、強烈な閃光と煙幕が視界を奪った。

「ちっ、目が……!」

「今のうちだ!出せ!」

 ロイが運転席に飛び乗り、アクセルを踏み込む。
 バンは煙幕を突き破り、複雑なスラムの路地へと消えていった。

5
 地下水道を抜け、廃棄された地下鉄の駅構内。
 ここがロイの隠れ家だった。
 安全を確認するなり、ロイはバンから降り、エレナに銃を突きつけた。

「さて……。説明してもらおうか」

 ロイの息が荒い。

「AIONの新型が、なぜ組織を裏切ってまであのご老人を助けた?……お前は、本当は何者だ?」

 サカキが止めようとするのを、エレナは手で制した。
 彼女は、顔を覆っていたボロボロのコンバットマスクを外した。
 露わになったのは、傷ついた銀髪の美女の素顔。
 更に擬態モードを展開してみせた。
 ロイが息を呑む。彼が持っていた写真――カイトの隣で笑っていた女性、音楽室でピアノを弾いていた女性と、目の前のサイボーグが重なった。

「あんたは、カイトの……」

「はい、エレナです。カイトの恋人だった者です」

「カイトを殺したのはAIONのヴィンセント。私は復讐のために体を変えた。……でも、カイトが遺した『人間に戻る夢』を叶えるために、組織を裏切った」

 エレナは真っ直ぐにロイを見つめた。

「あなたが追っていた被害者も、加害者も、全部私よ。……撃ちたければ撃って」

 長い沈黙。
 やがて、ロイは溜息をつき、銃を下ろした。

「……そうかよ。俺はずっと、守るべき相手に銃を向けてたってわけか」

 彼は頭を乱暴に掻きむしり、そしてニヤリと笑った。
「笑えねえ冗談だが……筋は通ってる。それに、俺は美人の涙には弱いんでな」

6
 奇妙な同盟が結ばれた。
 錆びついた電車のシートで、ロイが淹れた安いインスタントコーヒーを囲む。 エレナはそれを飲むことはできない。けれど、立ち上る湯気の温かさが、凍りついた心を溶かしていくようだった。

「ヴィンセントは追ってくるぞ」

サカキが言った。

「特にあのゼクスという新型……あれは厄介だ」

「ああ。それにAIONだけじゃねえ。BEHEMOTHも、国家機関も敵だ。四面楚歌だな」

 ロイはコーヒーを啜り、エレナを見た。

「手術の準備ができるまで、ここは俺が守る。……だからお前は、生きることだけ考えろ」

「……ありがとう。ロイ」

7
 一方、AION本部。
 ヴィンセントは、逃走劇の報告を聞いて、恍惚とした表情でワイングラスを傾けていた。
 彼は手元のコンソールを操作し、闇のネットワークへ情報を放流した。
 モニターに、エレナの顔写真と、目が眩むような金額が表示される。

『元・最高傑作(エレナ)に懸賞金をかける。条件は**“生け捕り”**のみ。私の元へ連れ戻した者に、国家予算の倍額を支払おう』

「ただし……」

 ヴィンセントは独り言のように付け加えた。
「手足の二、三本なら壊しても構わない。彼女の『脳(コア)』さえ無事ならね」

 窓の外で稲妻が光る。
 嵐の前の静けさは終わりを告げ、世界中からハンターたちが彼女を狙って動き出す。
 本当の地獄が始まろうとしていた。
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