『0.5秒の永遠 ~復讐のために心を捨てた少女は、最強の兵器となって涙を流す~』

Renato

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第12話 廃園の迷子

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1
 地下鉄の隠れ家で、サカキがホログラム設計図を展開した。

「エレナ、お前の動力炉を切り離すには、炉心の熱暴走を抑える『極低温レギュレーター』が不可欠だ」

「それはどこに?」

「かつて軍事施設の跡地に建設されたテーマパーク……『ドリーム・ランド』の地下動力室に残されている」

 ドリーム・ランド。数年前に閉鎖され、今は廃墟となっている場所だ。
 ロイが銃の手入れをしながら口を挟む。

「あそこはBEHEMOTHのシマだぜ。しかも、エレナに懸賞金がかかった今、ハイエナどもが嗅ぎ回ってるはずだ」

「罠かもしれない、ということですね」

「ああ。だが、行くしかねえんだろ?」

 ロイはニカっと笑い、立ち上がった。

「案内してやるよ。俺も昔、デートで行ったことがあるからな」
 その軽口が、張り詰めた空気を少しだけ和らげた。

2
 夜の廃遊園地は、墓場のような静けさに包まれていた。
 錆びついた観覧車の骨組みが月明かりに浮かび、首の取れたマスコット人形が草むらに転がっている。
 エレナとロイは、瓦礫の影を縫うように進んだ。
 互いの背中を守る動きには、すでに熟練のバディのような信頼関係が生まれていた。
 地下施設への入り口があるメリーゴーランド広場に到着した、その時だった。
 バチッ、バチッ!
 死んでいたはずの照明が一斉に点灯し、遊園地が不気味な極彩色に照らし出された。スピーカーから、ノイズ混じりのサーカス音楽が流れ出す。

『いらっしゃーい!待ってたよ、お姉ちゃん!』

 メリーゴーランドが回転を始める。
 その屋根の上に、猫耳パーカーの少女――ミウが座っていた。
 周囲には、数十人のBEHEMOTHの武装兵たちが銃を構えて待ち構えている。

3
「ミウ……」

「ねえ、聞いたよ?お姉ちゃん、すっごく高くなったんだって!その首を持って帰れば、パパも褒めてくれるかな?ヴィンセントおじさまも、ミウを見てくれるかな?」

 ミウは無邪気に笑った。その瞳には、歪んだ承認欲求しか宿っていない。
 彼女もまた、大人たちの都合で改造され、戦うことでしか愛されなかった哀れな子供なのだ。

「やるぞ、エレナ」

 ロイが前に出た。

「雑魚は俺が引き受ける。お前はあのガキを止めろ!……殺すなよ」

「ええ。分かってる!」

 ミウが指を鳴らすと同時に、一斉射撃が始まった。
 ロイが疾走する。
 《シナプス・オーバードライブ》。
 弾幕の隙間を縫うように潜り込み、兵士たちの懐へ。発砲、打撃。ロイが通った後には、敵が次々と無力化されて倒れていく。

4
 エレナはミウに向かって跳んだ。

「アイギス、ドローン展開!制圧射撃!」

『了解。ファントム、射出――エラー。通信ロスト』

 展開しかけたドローンが、糸の切れた人形のように地面へ落下した。
 ミウがニヤリと笑う。

「学習能力ないねぇ。この距離なら、ミウの**《ヴォイド・リンク》**からは逃げられないよ!」

「くっ……!」

 ミウの義手が変形し、ガトリングガンとチェーンソーが唸りを上げる。
 エレナには遠距離攻撃手段がない。丸腰で弾丸の嵐に飛び込むしかない。
 弾丸が頬をかすめる。0.5秒先の未来が見えていても、回避行動が間に合わないほどの密度だ。

「あはは!どうしたの?羽をもがれた虫みたい!死んじゃえ!」

 ミウがチェーンソーを振りかぶり、特攻してくる。
 エレナは防戦一方だ。このままでは削り殺される。
 武器はない。ドローンも動かない。あるのは、この廃墟だけ。

(……この場の『すべて』を使う!)

 エレナは**《クオリア・ブースト》**の演算対象を切り替えた。
 敵の動きではなく、周囲の環境へ。
 朽ちかけた看板の支柱。垂れ下がった高圧線。地面の傾斜。風向き。

5
 エレナは逃げるのをやめ、あえてミウの正面に立った。

「なに?諦めたの?」

 ミウがチェーンソーを突き出す。
 その刃がエレナの心臓に届く0.5秒前。
 エレナは最小限の動きでそれを躱し、背後にあった巨大な看板の、腐食した支柱を全力で蹴り抜いた。
 ギギギ、ズドォォォン!!
 数トンの鉄塊である看板が、計算通りの角度で落下してきた。

「えっ!?」

 ミウは慌てて飛び退くが、瓦礫の崩落に巻き込まれ、体勢を崩す。
 その隙を、エレナは見逃さなかった。
 煙の中から飛び出し、ミウの懐へ。武器を持つ義手の関節を極め、へし折る勢いでねじり上げる。

「痛っ!?」

 ミウが地面に組み伏せられた。武装が脱落する。
 エレナはマウントポジションを取り、鋼鉄の拳を振り上げた。
 ミウが怯えて目を瞑る。

「……っ!なんで……壊してよ!負けた人形はいらないんでしょ!?」

 彼女は、破壊されることしか知らなかった。負ければゴミとして捨てられる、そう教え込まれてきたのだ。
 だが、衝撃は来なかった。 代わりに、温かい感触が彼女を包み込んだ。
 エレナが、ミウを抱きしめていた。

「……痛かったでしょう」
「え……?」

「誰にも愛されず、戦うしかなかった。……ごめんね、気づいてあげられなくて」

 エレナの腕の中で、ミウの体が強張る。
 生まれて初めて感じる、他者の体温。
 正確には「炉心」の熱だが、心がこもった本当の温もり。
 オイルと血の匂いではない、優しい匂い。

「う、うわぁぁぁぁん!」

 ミウの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。戦意が溶けていく。彼女はただの、愛に飢えた子供に戻っていた。

6
 戦闘音が止んだ。
 ミウはエレナに抱かれたまま、子供のようにしゃくり上げていた。
 やがて、彼女は震える手で懐からカードキーを取り出し、エレナに渡した。

「……地下の鍵。これ、あげる」
「ありがとう、ミウ」
「お姉ちゃん……変なの。敵なのに、優しくするなんて……バグってる」

 エレナは微笑み、ミウの手を取った。

「行きましょう、ミウ。あなたも一緒に来るの。……ゼクスが来る」

「……ううん。行かない」

 ミウは首を横に振り、エレナの手をそっと離した。

「どうして?ここにいたら殺される!」

「ミウの体には、組織の発信機(GPS)が入ってるの。……ミウと一緒だと、お姉ちゃんの隠れ家、すぐにバレちゃう」

 エレナは息を呑んだ。
 愛を知らなかった少女が、初めて「誰かを守るため」の嘘をつき、犠牲になろうとしている。

「でも……!」

「早く行って!……お姉ちゃんのこと、キライじゃないよ。だから、バイバイ」

 ミウは無理やりの笑顔を作り、エレナとロイの背中をドンと押した。
 遠くで、破壊音が近づいてくる。もう時間がない。
 ロイがエレナの肩を掴んだ。

「……行くぞ。あいつの覚悟を無駄にするな」

 エレナは唇を噛み締め、何度も振り返りながら、地下施設への階段を駆け下りた。

7
 ミウに見送られ、エレナとロイはドリーム・ランドの地下動力室へと降りた。 埃被った制御コンソールの奥に、青白く発光する円筒形の装置が鎮座していた。 『極低温レギュレーター』。
 暴走する炉心を強制冷却し、安全に摘出するための必須パーツ。これがあれば、サカキの手術でエレナは人間に戻れる。

「あったな。これで全部揃った」

 ロイが安堵の息を吐き、装置を取り外してケースに収めた。

「よし、ずらかるぞ。サカキの爺さんの所へ戻って、すぐに手術だ。……やっと、その鉄の体とおさらばできるな」

 ロイは背を向け、出口へ歩き出した。
 だが、エレナは動かなかった。彼女はカイトのペンダントを握りしめ、冷たい機械の身体を見下ろしている。

「……エレナ?」

「ロイ。……手術は、後回しにする」

「あ?何言ってんだ。お前の体はもう限界だぞ。早く炉心を抜かねえと……」

「今、私が人間に戻ったら、誰がヴィンセントを倒すの?」

 エレナは顔を上げ、静かに、しかし強い眼差しでロイを見つめた。

「このレギュレーターがあれば、私はいつでも人間に戻れる。……『希望』は手に入れた。だからこそ、私はこの『呪われた力』を最後まで使い切る義務がある」

 彼を止められるのは、同じ地獄を見て、同じ力を持ち、そして彼が決して持たなかった「人間の心」を持つ自分だけだ。
 ただ人間に戻って逃げるだけでは、カイトの無念も、ミウのような犠牲者も救われない。

「……ヴィンセントを殺して、全てを終わらせてから。それが私の、けじめ」

 ロイは少しの間、呆気にとられた顔をしていたが、やがてニカっと笑い、髪を掻きむしった。

「……へっ。言うようになったじゃねえか。可愛げのないサイボーグだぜ」

「止める?」

「止めても無駄だろ。……それに、俺も同意見だ。野良犬は、喧嘩を売られたまま尻尾を巻いて逃げるのは性に合わねえ」

 ロイがパイルバンカーの装填を確認する。
 二人の意思が固まった、その瞬間だった。
 ズドォォォォン!!!
 頭上の天井――分厚いコンクリート盤が、まるでビスケットのように砕け散った。 瓦礫と共に、土煙の中から凶悪な影が降ってくる。

「見ぃつけたぁ!隠れんぼは終わりだよ、お姉ちゃん!」

 ドリーム・ランドの地下に、狂気じみた歓喜の声が響き渡った。
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