『0.5秒の永遠 ~復讐のために心を捨てた少女は、最強の兵器となって涙を流す~』

Renato

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第13話 カオス・セオリー

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1
 崩落した天井から降り注ぐ光を背に、その怪物は立っていた。
 全身にピアスのような放熱端子を揺らし、左腕に巨大なドリルアームをぶら下げた少年、ゼクス。
 彼は瓦礫の山の上に立ち、手にした「ミウの義手の一部(スクラップ)」を、ゴミのように放り捨てた。

「あのチビ、泣きながら嘘つくんだもん。『お姉ちゃんはもう逃げた』って。……だから、ちょっと壊してあげてから来ちゃった」

 エレナの脳内で、理性の弦が切れる音がした。

「……ミウを、どうしたの」

「さあ?動かなくなったから置いてきた。……それより遊ぼうよ!ここなら広くて壊し放題だ!」

 ゼクスが地面を蹴る。速い。
 エレナはレギュレーターのケースをロイに放り投げた。

「ロイ、それを守って!……あいつは私がやる!」

2
 エレナは迎撃体勢をとる。**《クオリア・ブースト》**全開。
 0.5秒先の未来を視る。右ストレートが来る――。
 ガギィッ!

「ぐ、ぁっ……!?」

 エレナは吹き飛ばされ、動力室の配管に叩きつけられた。
 右から来るはずの拳が消え、気づけば左側からドリルで殴り飛ばされていた。

『警告:予測不能(CalculationError)』『警告:行動パターン不一致』

 視界が真っ赤なエラーログで埋め尽くされる。

 ゼクスの能力**《カオス・ランダム(混沌演算)》**。

 思考、筋肉の収縮、重心移動。その全てが瞬時にランダム生成され、本人さえも「次にどう動くか」を決めていない。論理的な予測(ロジック)を武器にするエレナにとって、これほど相性の悪い天敵はいなかった。

「あはは!見えてない!お姉さん、未来が見えるんでしょ?俺の未来、どんな色?」

 ゼクスは踊るように跳ね回る。

「論理?計算?古いよそんなの!カオスこそが進化だ!」

 ドリルアームが唸りを上げ、動けないエレナの心臓(コア)めがけて突き出される。

3
 ガキンッ!
 火花が散り、ドリルの軌道が強引に逸らされた。
 割り込んだのは、ロイのパイルバンカー(杭打ち機)だった。

「よう、ガキ。ダンスの相手なら俺がしてやるよ」

「あ?……邪魔なんだけど、野良犬(オールドタイプ)」

 ゼクスが苛立ち、デタラメな連撃を繰り出す。
 だが、ロイはそれを紙一重でかわし続けた。
 エレナのように「先読み」しているのではない。攻撃が放たれた瞬間に反応し、最速で避けているのだ。
 《シナプス・オーバードライブ》。
 思考を捨て、網膜に映る光、肌で感じる風圧、殺気に対する脊髄反射だけで体を動かす。
 「予測」が通用しないなら、「反応」で上回ればいい。

「考えるな……感じろってな!」

 ロイが踏み込む。ゼクスの顎にアッパーが突き刺さる。
 ゼクスが初めてよろめいた。

「っ……!旧型のくせに!」

「エレナ!」

 ロイが叫ぶ。

「予測なんて捨てろ!奴にロジックは通じねえ!俺の動きに合わせろ!」

 エレナはハッとした。
 私は、カイトの遺した「予測」に頼りすぎていた。目の前の敵を見ず、データばかりを見ていた。
 彼女は《クオリア・ブースト》を停止し、全リソースを身体制御とロイへの追従に回した。
 ロイが避け、エレナが打つ。エレナが受け、ロイが刺す。
 即興のコンビネーションが、混沌の怪物を押し返し始めた。

4
 だが、勝機が見えたその時だった。
 動力室にある無数のモニターが一斉にジャックされ、ノイズと共にヴィンセントの顔が映し出された。

『そこまでだ。……遊びが過ぎるよ、ゼクス』

 優雅な、しかし絶対的な命令者の声。
 ゼクスの動きがピタリと止まる。

『素晴らしい連携だ、エレナ。そして野良犬君』

 ヴィンセントは画面越しに微笑んだ。

『君が手に入れた「極低温レギュレーター」。それがあれば、人間に戻れるそうじゃないか』

 エレナは息を呑んだ。こちらの狙いは筒抜けだった。

『だが、ここでゼクスとやり合えば、君かレギュレーター、どちらかが壊れる。……それでは私もつまらない』

 画面が切り替わる。
 アイボリー・タワーの頂上に、回収された母艦「アーク」が接続され、砲口が街を向いている映像が流れた。

『取引をしよう。……そのレギュレーターを持って、私の城(アイボリー・タワー)へ来たまえ。私が君を「完全な形」で迎え入れよう』

「……罠ね」

『招待状だよ。来なければ、アークの主砲でこのエリアごと消し飛ばす。……ミウとかいう少女も含めてね』

5
 通信が切れる。
 ゼクスはつまらなそうに舌打ちをし、ドリルを収めた。

「……ちぇ、お預けかよ。パパも過保護なんだから」

 彼は天井の穴へと跳び上がり、振り返ってニヤリと笑った。

「本番はタワーでね、お姉さん。次は絶対、中身を引きずり出してやるから」

 ゼクスが去り、静寂が戻る。
 エレナは拳を握りしめた。ミウを傷つけ、街を人質に取り、神のように振る舞う男。
 もう、迷いはない。

「行きましょう、ロイ」

「ああ。……殴り込みだ」

 エレナはレギュレーターのケースを背負い、ロイと共に地上への階段を駆け上がった。
 目指すは都市の中心に聳え立つ、白亜の巨塔。
 人間に戻るため、そして人間として生きる未来を勝ち取るための、最後の戦いが始まる。
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