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第一章 宮田颯の話
1-7 しんどい
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上条の席を避け、後ろドアから教室に入る。
「おはよう」
だのにわざわざはっきりとした通る声が俺目がけて飛ばされた。
「はよ」
軽く返して席に着く。
声をかけられただけでびくりと体が強張った。
あの声で命令されたらきっと逆らえないのだろう。
「だいじょぶ?」
昨日休んだからだろう。日暮が声をかけてくる。
「昨日病院行って、違う薬貰ってきた」
「へぇ」
鞄を片付け席に着く。
昨晩ポケットに薬を入れた。
すぐ飲んだからといってすぐ効くわけではないが、おかしいと少しでも感じたら飲めばいいだろう。
今のところ新しい薬は副作用も少なく、自分の身体に合っている気がした。
午前は何事もなく過ぎ、席替えに成功したことに喜んだ。
この距離ならば影響はほぼない。俺にとってもあいつにとっても良いことだ。
先日の様子を見た感じ、俺にとってアルファが初めてでも、あいつにとってオメガは初めてではないのだろう。
そうなると本当に一方的に嫌って避けているように思われてしまうだろうが、同じようなものだから仕方がない。
「颯君」
ドクリと心臓が跳ねる。
「何?」
昼休み、いつの間にか隣まで来ていた上条に動悸が激しくなる。
近づかれるまで気付かなかったくらいだ、大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
「薬、落としたでしょ」
開かれた手のひらの中には、俺が拾えなかった白い錠剤がある。
「でもこれ少し開いちゃってるけど、大丈夫かな」
シートに入ったままだが、出そうとしていたため破れがあり中身が見えている。
「あー、新しいのあるから、要らない」
どくどくと心臓が鳴り響く。
きっと思い出しているせい。
「一応返しておくね」
出された手のひらが受け取ることを求めている。
置いて、と声が出なかった。
触りたくない。
言ってしまえば傷つけるだろうか。まるでお前が汚いのだと言うように聞こえてしまうだろうか。
「ありがと」
どうにか絞り出した声。
机の上に力なく放り出されていた手をどうにか開く。
上条は手の中に、押しつけ握らせるように薬を置いた。
尖ったシートの角が刺さる。
痛い。
薬はころりと手から机に落ちた。
大丈夫だと自分に言い聞かせているのに呼吸は浅くなる。
こいつは俺を傷つけようとしてるわけじゃない。ただ落ちていたから拾って持ってきただけ。
「新しい薬にしたの?」
早く去ってくれればいいのに、そうも言えない。
「うん」
副作用は以前のよりも少ないのに、キリキリと胃が痛むようだった。
熱っぽくなる身体に、やはり自分はアルファに反応している、と自覚する。
薬の話題だちょうどいいと、ポケットを漁る。
落ち着け、大丈夫。
昨日薬を入れてある。上着のポケットに無ければズボンのポケットにある。大丈夫。
「くすり」
あるはずだ。
「ポケット?」
顔が近い。
ぐ、と喉が絞まる。
上条はなんてことのないように俺のズボンのポケットに手を突っ込んだ。
何をしてるんだと怒鳴りたいのに声が出ない。
荒くなる息を必死で抑えた。
眩暈がする。
先にあった俺の手が摘み上げどかされ、ゆるりと指先がポケット内を探る。
携帯端末ならすっぽり入ってしまう程度の深さを、上条は「どこかな」とわざとらしく漏らしまさぐった。
絶対わざとだ。
絶対に、こいつはわかっている。
俺が劣等種のオメガで、アルファという性に反応してしまう獣だということを理解している。
おそらくこいつは俺程度には反応しないんだろう。
それがわかっているから、こうしてわざと近づいて楽しんでいるんだ。
眩暈がする。
あるはずの昼休み中の喧騒も聞こえず、自分の呼吸音だけが聞こえる。
ポケットをまさぐる指先は薄い布越しに俺に触れ、すぐ近くの整った顔は目を細めて笑った。
「これ? 小さいね」
まるで小さいから見つからなかったとでも言うように上条は言った。
早く寄越せと、つままれたそれに手を伸ばす。
「どうぞ」
プチリとシートから外された錠剤。
上条はあろうことかそれを俺の口元に直接持ってきた。
「この前みたいに落としたらいけないでしょう」
あくまでも親切心なのだとこの悪魔は言っている。
視界が回る。
ぼんやりした頭で口を開けた。
上条の指先が唇に触れる。
ころりと口内に落ちた薬は少し苦い。
水もなく飲み込んだそれは喉に引っかかっているようだった。
苦しい。
「具合悪そうだね。保健室行く?」
お前が離れさえしてくれれば済むと言いたい。
まだ薬が喉に引っかかっているようでうまく言葉も吐き出せない。
ぐるぐる回る視界の中で、上条の声だけはクリアに聞こえた。
まるで洗脳のようだ。
教室にいるはずなのに、世界にこいつだけのような気がしてくる。
「ほっといて」
何かあれば頼るのはこいつしかいないのだと、そう洗脳されているような。
でもまだ俺はここにいる。
この世界にいるのはお前だけじゃない。
俺はまだここにいる。
『しんどい』と桃に送ったメッセージ。ただの愚痴。
副作用が少ないと思った新しい薬は、副作用が少ないのではなく効果そのものが薄いのかもしれない。
二つ目を飲み上条を追いやったが眩暈は消えず、火照る身体が去っていくアルファを追っていた。
帰り病院に寄ろうか。
昨日の今日でまた新しいのなんてくれるだろうか。
今回の発情期はあと何日だろう。
いつもなら1週間程度を基準とし、怖がってプラス数日服薬しているけれど。
明日も学校を休んでしまおうか。
俺の発情期は山型だから、ピークを過ぎればもっとマシになるんじゃないか。
『大丈夫? あとで話聞くね』
俺の代わりのように、泣き顔のスタンプが返ってくる。
桃はよくわかってる。よくわかってくれている。
しんどい。しんどかった。
世界にあいつしかいなくて、それに縋るのが当然になってしまいそうだった。
自分の意識を手放して、ただあの腕に抱かれたいと本能が言う。
でも俺は、『俺』は、そうしたがっていない。
まだ俺には意思がある。
「おはよう」
だのにわざわざはっきりとした通る声が俺目がけて飛ばされた。
「はよ」
軽く返して席に着く。
声をかけられただけでびくりと体が強張った。
あの声で命令されたらきっと逆らえないのだろう。
「だいじょぶ?」
昨日休んだからだろう。日暮が声をかけてくる。
「昨日病院行って、違う薬貰ってきた」
「へぇ」
鞄を片付け席に着く。
昨晩ポケットに薬を入れた。
すぐ飲んだからといってすぐ効くわけではないが、おかしいと少しでも感じたら飲めばいいだろう。
今のところ新しい薬は副作用も少なく、自分の身体に合っている気がした。
午前は何事もなく過ぎ、席替えに成功したことに喜んだ。
この距離ならば影響はほぼない。俺にとってもあいつにとっても良いことだ。
先日の様子を見た感じ、俺にとってアルファが初めてでも、あいつにとってオメガは初めてではないのだろう。
そうなると本当に一方的に嫌って避けているように思われてしまうだろうが、同じようなものだから仕方がない。
「颯君」
ドクリと心臓が跳ねる。
「何?」
昼休み、いつの間にか隣まで来ていた上条に動悸が激しくなる。
近づかれるまで気付かなかったくらいだ、大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
「薬、落としたでしょ」
開かれた手のひらの中には、俺が拾えなかった白い錠剤がある。
「でもこれ少し開いちゃってるけど、大丈夫かな」
シートに入ったままだが、出そうとしていたため破れがあり中身が見えている。
「あー、新しいのあるから、要らない」
どくどくと心臓が鳴り響く。
きっと思い出しているせい。
「一応返しておくね」
出された手のひらが受け取ることを求めている。
置いて、と声が出なかった。
触りたくない。
言ってしまえば傷つけるだろうか。まるでお前が汚いのだと言うように聞こえてしまうだろうか。
「ありがと」
どうにか絞り出した声。
机の上に力なく放り出されていた手をどうにか開く。
上条は手の中に、押しつけ握らせるように薬を置いた。
尖ったシートの角が刺さる。
痛い。
薬はころりと手から机に落ちた。
大丈夫だと自分に言い聞かせているのに呼吸は浅くなる。
こいつは俺を傷つけようとしてるわけじゃない。ただ落ちていたから拾って持ってきただけ。
「新しい薬にしたの?」
早く去ってくれればいいのに、そうも言えない。
「うん」
副作用は以前のよりも少ないのに、キリキリと胃が痛むようだった。
熱っぽくなる身体に、やはり自分はアルファに反応している、と自覚する。
薬の話題だちょうどいいと、ポケットを漁る。
落ち着け、大丈夫。
昨日薬を入れてある。上着のポケットに無ければズボンのポケットにある。大丈夫。
「くすり」
あるはずだ。
「ポケット?」
顔が近い。
ぐ、と喉が絞まる。
上条はなんてことのないように俺のズボンのポケットに手を突っ込んだ。
何をしてるんだと怒鳴りたいのに声が出ない。
荒くなる息を必死で抑えた。
眩暈がする。
先にあった俺の手が摘み上げどかされ、ゆるりと指先がポケット内を探る。
携帯端末ならすっぽり入ってしまう程度の深さを、上条は「どこかな」とわざとらしく漏らしまさぐった。
絶対わざとだ。
絶対に、こいつはわかっている。
俺が劣等種のオメガで、アルファという性に反応してしまう獣だということを理解している。
おそらくこいつは俺程度には反応しないんだろう。
それがわかっているから、こうしてわざと近づいて楽しんでいるんだ。
眩暈がする。
あるはずの昼休み中の喧騒も聞こえず、自分の呼吸音だけが聞こえる。
ポケットをまさぐる指先は薄い布越しに俺に触れ、すぐ近くの整った顔は目を細めて笑った。
「これ? 小さいね」
まるで小さいから見つからなかったとでも言うように上条は言った。
早く寄越せと、つままれたそれに手を伸ばす。
「どうぞ」
プチリとシートから外された錠剤。
上条はあろうことかそれを俺の口元に直接持ってきた。
「この前みたいに落としたらいけないでしょう」
あくまでも親切心なのだとこの悪魔は言っている。
視界が回る。
ぼんやりした頭で口を開けた。
上条の指先が唇に触れる。
ころりと口内に落ちた薬は少し苦い。
水もなく飲み込んだそれは喉に引っかかっているようだった。
苦しい。
「具合悪そうだね。保健室行く?」
お前が離れさえしてくれれば済むと言いたい。
まだ薬が喉に引っかかっているようでうまく言葉も吐き出せない。
ぐるぐる回る視界の中で、上条の声だけはクリアに聞こえた。
まるで洗脳のようだ。
教室にいるはずなのに、世界にこいつだけのような気がしてくる。
「ほっといて」
何かあれば頼るのはこいつしかいないのだと、そう洗脳されているような。
でもまだ俺はここにいる。
この世界にいるのはお前だけじゃない。
俺はまだここにいる。
『しんどい』と桃に送ったメッセージ。ただの愚痴。
副作用が少ないと思った新しい薬は、副作用が少ないのではなく効果そのものが薄いのかもしれない。
二つ目を飲み上条を追いやったが眩暈は消えず、火照る身体が去っていくアルファを追っていた。
帰り病院に寄ろうか。
昨日の今日でまた新しいのなんてくれるだろうか。
今回の発情期はあと何日だろう。
いつもなら1週間程度を基準とし、怖がってプラス数日服薬しているけれど。
明日も学校を休んでしまおうか。
俺の発情期は山型だから、ピークを過ぎればもっとマシになるんじゃないか。
『大丈夫? あとで話聞くね』
俺の代わりのように、泣き顔のスタンプが返ってくる。
桃はよくわかってる。よくわかってくれている。
しんどい。しんどかった。
世界にあいつしかいなくて、それに縋るのが当然になってしまいそうだった。
自分の意識を手放して、ただあの腕に抱かれたいと本能が言う。
でも俺は、『俺』は、そうしたがっていない。
まだ俺には意思がある。
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