それは愛か本能か

紺色橙

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第一章 宮田颯の話

1-8 お休みさせていただきます

 両親にアルファが学校に来たことを話し、そして自分の不調のことも話した。
 身体がセックスしたがってるなんて、親に言うのは恥ずかしすぎることだったが、学校を休む正当な理由でもあった。
 父親はすぐに休む許可をくれたし、母親は先日のようになんだか思い悩んでいるようだった。
 結果、発情期を一週間として、週明けまで休むことになった。

 日暮に休むことになったと伝える。
 あいつの字は汚いが、授業の説明を口頭でしてもらうことは出来る。
 平凡なベータの中でも平凡ど真ん中をいくと自慢にもならない自慢をする日暮だが、字の汚さは平凡以下だと思う。
 あのノートが読み返せるようになったらあいつはもっと賢くなるんじゃないだろうか。
 それともあんなノートを見返さなくてもテストでそこそこやれているのだから既に賢いのだろうか。



「住み分けって大事だよなぁ」
『ボクらからしたら、怖いからね』
「ホント、そう思った」
 今までの人生は平和だった。
 アルファは芸能人のようなもので、自分には影響せず、居るけれど居ないものだった。
 俺が戦っているのは俺の中にあるけれど俺から離れたオメガ性というものだった。
 なのに、それが変わってしまう。
 俺が戦うのはアルファに惹かれるオメガ性というもので、最も恐れるのはアルファという存在そのものだった。
「運命の人探すなら、アルファが働いてる街に行けばいいって言ったじゃん」
『うん』
「そんな怖いこと、できるはずないよな」
 アルファが多くいる街でうっかり発情期にでもなってしまえば、犯し殺されるのではないか、そう思っていた。
 賢く偉いアルファ様だとしても本能に逆らえないというのなら、たかが一匹紛れ込んだだけのネズミのようなオメガなど、遊び殺してしまえるんじゃないかって。
 治外法権でもないのに、そんな世界のように思っていた。
 でも、そうじゃなかった。
 上条は完全に自分を律していた。俺だけがタガが外れている。
 だから、そうじゃなかったんだ。
『ただの案としては間違ってないと思うよ? だって部屋の中にいても運命は見つけてくれないでしょ?』
「そうかもしれないけど」
『死ぬ前には、やってみようかなぁ』
「わざと発情期の時に行くの?」
『うーん、それはさすがに……発情期じゃない時にでもフラッと行ってさ、現実見るのもありかなって思う』
 運命などありえない、ただのアルファが生きているだけの街。
 ただのアルファが生きているだけの、俺たちとは違う世界。
「ちょっと怖い」
『ちょっとだけね』

「学校来週まで休むことにしたんだ」
『そっかぁ』
 来週には終わっているはず。
『そうだ。発情期が終わったらさ、その子と仲良くしてみたら?』
「ええ……」
『だって普通の時に仲良くしてたらアルファといっても怖くないって思えるだろうし、発情期が来た時も、今こんなだからちょっと離れとくって軽く言えるんじゃない?』
 日暮を相手にするように適当に相手できたならそれの方がいいかもしれない。
「確かに今ちょっと身構えすぎてたかも」
 肩に力が入り過ぎて、余計なことを考え過ぎて、それが悪影響になっていたかも。
『いい子だと良いねぇ』
 あいつのことを悪魔だと思った。
「わかんねぇ」
 あいつはアルファに影響されて苦しんでいるオメガを弄んでいると思った。
 思い出すとあまり仲良くなれそうにはない。
『発情期が終わって冷静になったら、試してみたらいいよ。無理にとは言わないよ。無理はしないで』
「分かってるよ」
『本当はアルファに近づかなくて済むなら、それの方がいいしね』
 残念ながらそれは叶っていない。
 あっちは明らかに俺を認識し近づいてきていると感じる。
 だから意地が悪い奴だと思うんだけどな。
「どうせ長いこと居るわけでもないし、適当にやるよ。次の発情期の時にはもういないのかもしれないし」
 上条がいつまでいるのか知らない。
 だがアルファ様の社会見学なんてそう長くはないだろう。
『そうだね』



 その日夢を見た。
 すぐ目の前の席に座っているのは日暮ではなく上条で、太陽光に光る髪を見た。
 それが揺れてくるりと振り返る。
 あいつは俺に普通に笑って何かを話しかけてきて、俺もそれに普通に返した。
 なんだ、何も変わらない。
 そうほっとした、夢を見た。



 母親が学校に連絡を入れてくれた。
 家で勉強しなさいよと言われ返事を濁す。
 やっといてと言われた皿洗いや洗濯をし、まだ暑い日差しを浴びてリビングの床に伸びる。

 先日貰った薄オレンジの錠剤をまだ飲んでいる。
 ただ一人家の中にいる分には何の問題もなかった。
 以前と違い強い頭痛も起こらないし、アルファさえいなければ、俺にはこのおそらく弱い薬で足りているのだろうと思う。
 まぁ自分の匂いのことなんか分からないから、もしかしたら抑えられていないところはあるのかもしれないが、少なくとも性欲は抑えられている。

 抑制剤を飲むということは性欲を抑制するということだ。
 なんというか、オスとしては否定されているような気がとてもする。
 当然性欲を抑えるだけではなく発情期の間の子づくり機能も止めているのだろうが、残念ながら妊娠率が0なわけではない。
 だからもしアルファと行為があったのならば、緊急避妊薬を飲まなければならないだろう。
 元々男オメガは子供をまともに育てられる腹でもない。だけれど妊娠率が0ではない。だから避妊薬を飲む。
 なんだかもう、失敗作にもほどがあるし薬漬けだな。

 女の子と――アルファやベータやオメガやそんなの一切関係なく女の子と、恋人になることを考えたこともある。
 けれどそれは発情期がある身ではありえない話なのだとも頭が否定する。
 生きているのか知らないが精子は出るし、オスとメスとして子孫を作ることはきっと可能なはずなのに、無理な話だと本能が否定する。
 出来損ないのこの身体はオスとしての機能を捨て、だのにメスとしての機能もきちんとは持ち合わせていない。
 あるのはただ性欲のみ。
 獣以下だと蔑まれても仕方がない。
 こう生まれてしまったのは運が悪かったんだ。どうしようもない。
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