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第一章 宮田颯の話
1-9 死期
少しドキドキしながら教室に入る月曜日の朝。
発情期だって終わっているのだから大丈夫だと意識しているせいで、自然と目が上条の席へと向かう。
見てしまったから、見られてしまった。
目が合って心臓が高鳴るのを、喉の奥で深呼吸するように押さえつけた。
「おはよ」
目が合ってしまったから、自分から言った。
「おはよう」
当たり前のように返されて少しほっとする。
桃に言われた通り、少し仲良くなってみようかと思っている。
でも『友達の作り方』を知っているわけじゃない。
今度また近寄ってきたら、少しまともに向き合ってやろうと思っているくらい。
もし、挨拶だけで終わる関係ならそれの方が良いだろう。
桃だって言ってた。
近づかないに越したことは無い。
ミミズののたくった日暮のノートを見せてもらい、解読できずにそのまま返す。
先生がくれたプリントと、5分休みに聞く雑な注意点。
授業中まともに前を向けば、自然と対角線上にいる上条が目に入る。
この学校の授業なんかきっと要らないだろうに、真面目にノートを取り話を聞いているようだった。
あいつの字は日暮とは違い綺麗だろうか。
なんせアルファだし、きっと悪いところなんて無いんだろう。
それならあいつのノートを写させてもらえばいいかもしれない。
そう考えて、自分から接しに行こうとするのは"無し"だろって思い返す。
無しだろ、普通に。
じっと見ていることに気付かれたのか、目が合った。
気のせいを装い視線を外す。
仲良くなれたらいいのかもしれない。
けど仲良くなりたいのかもわからない。
アルファというものが怖くて、自分の性が暴かれるのが怖かった。
表に出されて辱められるのが怖かった。
ベータの友人がいて、普通の学校に通い、平凡な生活をしているのに、突然「お前は所詮そんなものだよ」と貶められる気がした。
もし、オメガがベータのように圧倒的な数を持っているのなら、アルファを皆殺しにすることだって出来たんじゃなかろうか。
戦争は数だ。
いくら優秀なアルファが一人いようとそんなものを蹴り飛ばし踏み潰してしまえたら、俺たちはこんなにアレを恐れなかったんじゃないか。
発情期の度に薬を飲んで自死を早めることも、最終的にそれを望むこともしなくて済んだんじゃないか。
ありえないことを考える。
アルファ・ベータ・オメガというものの始まりがアルファという優秀な成功物を作るためだったのならば、失敗作のオメガは生まれた時点で殺されていてもいいはずなんだ。
そもそもここにこのように生かされていることが、アルファ様のおかげってやつなのだろう。
***
平和な日々は過ぎ、上条がちょっかいをかけてきたのはクラスに一人いたオメガへの気まぐれだったのだろうと思った。
席も離れ接する機会がなく、ただ安堵する。
なのにふとした時にあいつのことを見ていて、恐怖心が植え付けられているなぁと自分を笑った。
上条は順調に社会見学の一環としてクラスメイトと仲良くしているようだった。
転校生というのは珍しいもので、普通の生徒だとしても注目の的だろう。
それがアルファとなれば尚更のこと。
他の生徒のどれだけが今までアルファと接したことがあるのかはわからないが、平凡中の平凡らしい日暮が上条に驚いていたことからして、あまり無いことだと思う。
俺はあいつを怖いと思ったけれど、ベータの生徒にしてみればそこまでの畏怖を感じることは無いようだった。
ベータに発情期は無いし、取って食われることは無いから当然だろう。
ちらほらと上条の家のことが聞こえてくる。兄弟がいるとか、親がしている仕事とか。
家族が皆アルファだというのだから、上条家の会社に就職したいと上がる声は冗談ではないだろう。
「お前もいけば?」
「上条の会社?」
「そー」
「入れてくださいつって入れるならいいけどなぁ」
大体の組織というものは、トップにアルファが君臨している。
世界の全てを知っているわけではないから大体としか言えないが、まぁ大体はそうだと思う。
上条には兄が二人いて、親とは別の会社をやっているという。
きっと大きな会社だろうし、ゴマすっておけばどこかに潜り込ませるくらいはしてくれるかもしれない。
「平凡な男なら害もないしいけるんじゃね」
「平凡だからなぁ」
日暮はあまり取り入る気はないようだった。無理だろうと思っているのかもしれない。
たかっている奴らだって、本気で取り入れると思っているわけではないだろう。
将来はあまり考えたくはない。
幸い今の薬はあっているようだし、アルファさえいなければ副作用は大分軽い。
副作用さえ軽ければ社会生活は人並みに送れるはずで、ベータとオメガに混じっているだけなら今のように普通に働けもするだろう。
ただ、実際にそうであったとしても、その前の偏見を取っ払うのが難しい。
いくら俺は副作用が少ないんですと言ったところで一般的にオメガは副作用に苦しんでいるし、わざわざリスクを冒してオメガを雇ってやる義理が無い。
それに事実、おそらくアルファが近くにきたら俺は会社でもあの上条相手のように体調を崩す。
アルファ社長が近くに来たら失神するので来ないで下さいとか、どの口が言えるだろうか。
でも将来はすぐそこまで迫っている。
今のところ確実に予想される未来は、発情期の間だけ休むことを最初から話してアルバイトをすることだ。
元気な時だけバイトをして、発情期の時は家に引きこもる。
俺や桃の住んでいる土地ならアルファはいないわけだし、客として来たアルファと遭遇してしまうこともない。
少し発情期がずれたとしても安全だろう。
「俺がバイト始めたら客として来いよ」
「何、バイトすんの?」
「卒業したらの話」
「結構先じゃん」
「結構すぐだよ」
大学進学は非現実的だ。
親に言えば金を出してくれるだろうし、学歴があったほうが就職に有利ではあろうが、あくまで有利というだけ。
0に近い就職率がどうにかなるとも思えなかった。
すごく悪く、そして良い見方をするならば、どうせオメガが3,40までしか生きないのなら、それまで使い潰してしまえばいいのにと思う。
春を売るだけでなくたって、同じように。
どうせこのままだと思いたくなかった。
どうせ悪い予感は予感ではなくその通りの事実で、何をしても変わらないと思いたくなかった。
薬を飲みだらだら生きるのと今すぐ死んでしまうのはどちらが良いのだろう。
桃が言った。
「おじいさんになってもボクたちはこのままだ」と。
もし長生きして爺になっても、俺たちは必要のない発情期に苦しむのだろう。
アルファに怯え、自分に怯え……。
ああ、とても嫌な未来が見える。
年を取り薬を飲むことを忘れてしまったらどうしよう。
発情期のまま出歩き、自分はアルファに犯されるだろうか。
それとも気持ちの悪い生き物だと放り捨てられるのだろうか。
それでも年老いた俺はアルファの種を求めるのだろう。
子も満足に産み育てられない体で。
深い、深いため息が漏れる。
考えなきゃいけないのは就職や進学のことではなく、死に方や死ぬ時期のことなのかもしれない。
発情期だって終わっているのだから大丈夫だと意識しているせいで、自然と目が上条の席へと向かう。
見てしまったから、見られてしまった。
目が合って心臓が高鳴るのを、喉の奥で深呼吸するように押さえつけた。
「おはよ」
目が合ってしまったから、自分から言った。
「おはよう」
当たり前のように返されて少しほっとする。
桃に言われた通り、少し仲良くなってみようかと思っている。
でも『友達の作り方』を知っているわけじゃない。
今度また近寄ってきたら、少しまともに向き合ってやろうと思っているくらい。
もし、挨拶だけで終わる関係ならそれの方が良いだろう。
桃だって言ってた。
近づかないに越したことは無い。
ミミズののたくった日暮のノートを見せてもらい、解読できずにそのまま返す。
先生がくれたプリントと、5分休みに聞く雑な注意点。
授業中まともに前を向けば、自然と対角線上にいる上条が目に入る。
この学校の授業なんかきっと要らないだろうに、真面目にノートを取り話を聞いているようだった。
あいつの字は日暮とは違い綺麗だろうか。
なんせアルファだし、きっと悪いところなんて無いんだろう。
それならあいつのノートを写させてもらえばいいかもしれない。
そう考えて、自分から接しに行こうとするのは"無し"だろって思い返す。
無しだろ、普通に。
じっと見ていることに気付かれたのか、目が合った。
気のせいを装い視線を外す。
仲良くなれたらいいのかもしれない。
けど仲良くなりたいのかもわからない。
アルファというものが怖くて、自分の性が暴かれるのが怖かった。
表に出されて辱められるのが怖かった。
ベータの友人がいて、普通の学校に通い、平凡な生活をしているのに、突然「お前は所詮そんなものだよ」と貶められる気がした。
もし、オメガがベータのように圧倒的な数を持っているのなら、アルファを皆殺しにすることだって出来たんじゃなかろうか。
戦争は数だ。
いくら優秀なアルファが一人いようとそんなものを蹴り飛ばし踏み潰してしまえたら、俺たちはこんなにアレを恐れなかったんじゃないか。
発情期の度に薬を飲んで自死を早めることも、最終的にそれを望むこともしなくて済んだんじゃないか。
ありえないことを考える。
アルファ・ベータ・オメガというものの始まりがアルファという優秀な成功物を作るためだったのならば、失敗作のオメガは生まれた時点で殺されていてもいいはずなんだ。
そもそもここにこのように生かされていることが、アルファ様のおかげってやつなのだろう。
***
平和な日々は過ぎ、上条がちょっかいをかけてきたのはクラスに一人いたオメガへの気まぐれだったのだろうと思った。
席も離れ接する機会がなく、ただ安堵する。
なのにふとした時にあいつのことを見ていて、恐怖心が植え付けられているなぁと自分を笑った。
上条は順調に社会見学の一環としてクラスメイトと仲良くしているようだった。
転校生というのは珍しいもので、普通の生徒だとしても注目の的だろう。
それがアルファとなれば尚更のこと。
他の生徒のどれだけが今までアルファと接したことがあるのかはわからないが、平凡中の平凡らしい日暮が上条に驚いていたことからして、あまり無いことだと思う。
俺はあいつを怖いと思ったけれど、ベータの生徒にしてみればそこまでの畏怖を感じることは無いようだった。
ベータに発情期は無いし、取って食われることは無いから当然だろう。
ちらほらと上条の家のことが聞こえてくる。兄弟がいるとか、親がしている仕事とか。
家族が皆アルファだというのだから、上条家の会社に就職したいと上がる声は冗談ではないだろう。
「お前もいけば?」
「上条の会社?」
「そー」
「入れてくださいつって入れるならいいけどなぁ」
大体の組織というものは、トップにアルファが君臨している。
世界の全てを知っているわけではないから大体としか言えないが、まぁ大体はそうだと思う。
上条には兄が二人いて、親とは別の会社をやっているという。
きっと大きな会社だろうし、ゴマすっておけばどこかに潜り込ませるくらいはしてくれるかもしれない。
「平凡な男なら害もないしいけるんじゃね」
「平凡だからなぁ」
日暮はあまり取り入る気はないようだった。無理だろうと思っているのかもしれない。
たかっている奴らだって、本気で取り入れると思っているわけではないだろう。
将来はあまり考えたくはない。
幸い今の薬はあっているようだし、アルファさえいなければ副作用は大分軽い。
副作用さえ軽ければ社会生活は人並みに送れるはずで、ベータとオメガに混じっているだけなら今のように普通に働けもするだろう。
ただ、実際にそうであったとしても、その前の偏見を取っ払うのが難しい。
いくら俺は副作用が少ないんですと言ったところで一般的にオメガは副作用に苦しんでいるし、わざわざリスクを冒してオメガを雇ってやる義理が無い。
それに事実、おそらくアルファが近くにきたら俺は会社でもあの上条相手のように体調を崩す。
アルファ社長が近くに来たら失神するので来ないで下さいとか、どの口が言えるだろうか。
でも将来はすぐそこまで迫っている。
今のところ確実に予想される未来は、発情期の間だけ休むことを最初から話してアルバイトをすることだ。
元気な時だけバイトをして、発情期の時は家に引きこもる。
俺や桃の住んでいる土地ならアルファはいないわけだし、客として来たアルファと遭遇してしまうこともない。
少し発情期がずれたとしても安全だろう。
「俺がバイト始めたら客として来いよ」
「何、バイトすんの?」
「卒業したらの話」
「結構先じゃん」
「結構すぐだよ」
大学進学は非現実的だ。
親に言えば金を出してくれるだろうし、学歴があったほうが就職に有利ではあろうが、あくまで有利というだけ。
0に近い就職率がどうにかなるとも思えなかった。
すごく悪く、そして良い見方をするならば、どうせオメガが3,40までしか生きないのなら、それまで使い潰してしまえばいいのにと思う。
春を売るだけでなくたって、同じように。
どうせこのままだと思いたくなかった。
どうせ悪い予感は予感ではなくその通りの事実で、何をしても変わらないと思いたくなかった。
薬を飲みだらだら生きるのと今すぐ死んでしまうのはどちらが良いのだろう。
桃が言った。
「おじいさんになってもボクたちはこのままだ」と。
もし長生きして爺になっても、俺たちは必要のない発情期に苦しむのだろう。
アルファに怯え、自分に怯え……。
ああ、とても嫌な未来が見える。
年を取り薬を飲むことを忘れてしまったらどうしよう。
発情期のまま出歩き、自分はアルファに犯されるだろうか。
それとも気持ちの悪い生き物だと放り捨てられるのだろうか。
それでも年老いた俺はアルファの種を求めるのだろう。
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