それは愛か本能か

紺色橙

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第一章 宮田颯の話

1-12 どこでする?

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 めんどくさがりやの高校生は基本大した催しをしたがらない。
 文化祭で盛り上がるのは軽音と演劇部くらいだ。
 うちの演劇部はどこぞの劇団員がいたらしく、その劇団の作品をやることが多いらしい。
 わけのわからんコメディだろうと恋愛だろうとSFだろうと、たいしてドラマだって見ないのに興味も持てず1年目にも見に行かなかった。
 クラスごとの何か、というのはない。あるのは部活単位のものだけ。
 部活に入っていないような暇人は文化祭委員に回される。
 いつもの美化委員が部活動の催しに出る場合、そこの補充に入ったりもする。

 あの日、文化祭のパンフレットを俺が持っていたのはまさに俺が暇人だからだ。
 ああいうのを作るのも、講堂のタイムテーブルを作るのも文化祭委員の仕事。
 あいつにやってみればといった表紙絵も、まず生徒に公募するところから始まる。
 公募したところで数は少なく、大体は美術部が嵩まししてくれる。
 みんな恥ずかしがり屋だな。

「颯君は、文化祭の時何するの」
「俺は楽なのがいいから、美化委員の補充に回りたい。そういう希望を出すつもり」
 上条はいつ学校からいなくなるのかわからない。
 いつ、と聞けないままでいる。
 どうせすぐにいなくなってしまうどうでもいい存在だったのに、それが一転しただけで、些細なことが聞けなくなった。
「何するの?」
「当日ごみ回収して回る。各所に置かれてるゴミ箱見て回って捨てるだけ」
「一緒にできる?」
「お前が?」
 アルファがゴミ回収?
 顔に出たのだろうか、上条の顔は少し険しくなる。
 こいつはアルファとして一括りにされることを好まない。人として当たり前かもしれないが、もっと俺に特別扱いして欲しいらしい。特別な、運命として。
「いいけど、おまえいつまで……」
 ちょうどいいから聞いたらいい。
「いつまで学校居るんだよ。一時的な編入なんだろ?」
「そうだよ。でも、一緒にいたいからなるべく伸ばせるように話してる」
 学校に二人でいる時は、なるべく風通しがいいようにしている。
 でないと俺が、その匂いに触発されてしまう。
 触れ合う前にしていた対策を、全く同じまま行っている。
「部活に入ってないのは同じだし、多分、できるよお前も」
 例えこいつが文化祭まで残れなかったとしても、ゴミ捨てくらい俺が回ればいいだけのこと。
「そうしたら一緒にいる時間が増える」
「いやまて、待てよ。一緒にいるのはあんまり」
「嫌だ?」
「嫌じゃなくて」
 今だってこうして教室の窓とドアを開けて空気が抜けるようにしている。
 机一つ分の距離を置いて話している。
「一緒がいいな」
 そう甘えられてしまうと、ダメだとは言えなくなってしまう。
「決めるの三年だから、どうなるかわかんないけどな」

 

 帰りの車内で、待ちきれないというように抱きしめられる。
 首元にぐいぐいと頭を押し付けられ、小さな声で好きだと繰り返し言われる。
 運転手さんは上条がこの学校に運命の番を探しに来たことを知っているベータらしい。それでも運転席と後部座席の間には仕切りがあり、発情期が来てしまったオメガでも乗せられると彼は言った。
 日よけのためのカーテンを目隠しのために引けば、座席に押し付けられるようにキスが降ってくる。
 発情期は来ていないのに、上条は俺に触りたがった。
「上条、あんまり、」
「足りない」
 そう言われてもさすがに車内でする気はない。
 でも少し思うことはある。



『発情期じゃない時にアルファとやる?』
「そう。だって俺、誰とも……セックスしたことない」
 つい声が小さくなる。
 同じオメガで経験豊富な彼に聞いた方が確実だと思った。
『冷静な時にやれた方が確かに……』
 桃はどうかなぁと考える。
『とりあえずやってみれば?』
 軽い。
「俺の家で? 相手の? それともホテルとか行ったほうが」
『相談したらいいよぉ』
 桃は笑い、可愛い可愛いと面白がって言った。
 上条の家がアルファばかりだというのなら、おそらく俺が住んでいるような家とは違うだろう。そんなところに入っていけるだろうか。「ぼく運命の番なんです入れてください」とか、言えるだろうか。
『自宅の方が勝手がわかるし良いとは思うけどー』
 自宅ならば何かしでかしてしまった時の掃除も、風呂に入ることも簡単だ。
 ドキドキしながらも、家で待っているのなら安全だろう。
『ボクなら相手の家が良いなぁ』
「なんで」
『だって運命の人なんでしょ? その人の匂いがついた家の方がよくない? それの方が気持ちよさそう』
 うっとりした目で夢見るように言う桃は可愛らしいが、それが俺だとどうだろう。
「ううん……」
『ホテルでもいいけど、相手がそれに慣れ過ぎてても、はやてちゃんは傷つきそう』
 やるところの一つとして挙げただけだが、そんなことは考えてもみなかった。
 上条がホテルに慣れていて、更にはセックスに慣れていたら。
「やったことあんのかな……」
 上条は誰かとしたことあるんだろうか。
 あいつは絶対発情期のオメガと接したことがあるとは思う。
 じゃなければ、こんな俺に執着し運命だと叫びながら、発情期の俺と冷静な初対面はできなかっただろうから。
『初めてじゃないとヤダ?』
「そういうわけじゃないけど」
 ただ比較されてしまうかなとは思った。
 例えば桃と俺は同じオメガだけど、まず容姿のランクが違う。甘えるのだって相手を気持ちよくさせるのだって、桃の方が上手だろう。
『初めてにこだわられたら、どうしようもないなぁ……』
 その言い様にはっとした。
 桃は自分のことを言っている。
「同じオメガでも可愛い桃と俺じゃ違うってことだよ!」
 桃は、にへへと笑った。
『はやてちゃんは可愛いよぉ。アルファみたく容姿端麗じゃなくても、ちゃんと可愛いよ』
 お世辞にただ、ありがとうと返した。
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