あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

文字の大きさ
254 / 331
第四部

心無い噂

 それからも思い出話や兄様のサザールでの生活などで会話が弾んだわ。さすがはサザールでの生活が長いだけあって、彼の国の珍しい習慣や貴族たちの関係、大公家の裏話など興味深い話が多かった。他国に行ったことがないから一度は行ってみたいわ。でもその前にゾルガー領の港町かしら。ずっと願っているけれどなかなかその機会に恵まれないのよね。

 兄様は上司のバーデン侯爵から晩餐に招かれていると言って帰っていった。晩餐とは聞こえがいいけれど実際はお酒好きな侯爵のお相手らしい。兄様はお酒が強いから侯爵様が酔いつぶれた時の介抱役として重宝されているとか。ただの雑用係だとぼやいていたわ。それはそれで大変そうね。

久しぶりに会ったけれど、十年も離れていたなんて信じられないくらい話に花が咲いた。そりゃあ、お互い年も経験も重ねて変わったところもあったけれど、私の話を遮って揚げ足を取ったり、馬鹿にしたりせずに聞いてくれるところや笑う時の癖、お茶を飲む時に慎重なところなんかは昔のままだったわ。ハリマン様と婚約してからは両親に手紙のやり取りを止められてしまって、それからは叔父様から様子を聞くしか出来なかったから無事な姿が見られて本当に安心したわ。

「お義姉様、今日はごめんなさいね」

 遅れてきたことでお義姉様に負担をかけてしまったことを謝った。朝から王宮でコルネリア様や五侯爵家の夫人との歓談会があったのだけど、帰り際に声をかけられて出るのが遅くなってしまったのよね。普段は滅多に声をかけてくる人などいないのに。こんな日に限ってと思ったけれど、相手が相手だから無下にも出来なかった。

「まぁ、気にしないでいいのよ」
「でも、兄様とは殆ど接点がなかったからお気を使わせてしまったわ」
「あら、イルーゼ様がいらっしゃる少し前までレイモンド様とお話していたのよ」
「兄とですか?」

 意外だわ。兄は兄様のことを継ぐ爵位もないと見下していたし、優秀だったから嫉妬もしていて決していい関係じゃなかったのに。

「レイモンド様も身体が不自由になって思うところがおありなのでしょう」
「そうでしょうか……」

 あの兄が? ちょっと信じられないわ。

「ディルク様に、私の補佐をしてほしいと言い出した時はさすがの私も驚きましたけれど」
「ええっ? お兄様がそんなことを?」

 信じられないわ、天変地異の前触れかしら? あの兄がそんな殊勝なことを言うなんて……それともまた誰かに騙されているとか? いえ、それはないわね。兄の行動は限られているし、お義姉様もヴォルフ様の部下も見張っているから。

「信じられませんわ……」
「でしょう? もっとも、私の気を引こうとしただけかもしれませんけれど」
「お義姉様の気を? それって、どういう……」

 嫌な予感に慄く私に、お義姉様は「推測だけど」と前置きをして兄の行動の理由を話してくれた。兄はお義姉様を女神様のように慕っていて、それは崇拝の域に達しているようにも感じられるのだけど、同時にお義姉様に捨てられる不安に囚われているらしい。何かと「自分と別れて再婚した方がいい」とか、「子さえ作らなければ愛人を作ってもいい」と言ってくるのだとか。お義姉様は事業と子育てに忙しくて色恋に割く時間もないから、「そんなつもりはない」ときっぱり断っているのだとか。今回の発言もその一環だろうとのことだった。呆れたわ、そんな卑屈なことを言ってお義姉様を試していただなんて。

「いっそ捨ててくださって構いませんわ。雑音になるなら領地にでも送りますか?」

 兄の様子が容易に想像出来てうんざりしてくる。妹である私にまで嫉妬してくるのだから嫌になるわ。

「ふふ、そこまでしなくてもいいわ。それに、細々とした仕事はしてくださるから助かっているの。エドゼルのことも可愛がってくれているし」

 大丈夫かしら? お義姉様を崇めている兄はお義姉様の役に立とうとしているとの話は使用人たちからも聞いているけれど。

「わかりましたわ。でも、邪魔だと思ったら遠慮なさらないで。お義姉様を煩わせるなら領地に隔離しますから」
「ふふ、イルーゼ様がそう言ってくださると心強いわ。もしおかしな行動をとられるようになったら相談させていただくわね」

 お義姉様の様子からは本当に困っているような気配はないけれど、全く面倒臭い人ね。そりゃあ、居丈高で鼻持ちならなかった昔よりはましになったとは思うけれど。

「そうそう、イルーゼ様、お耳に入れておきたいことがありましたの」

 お義姉様が改まった口調で声を抑えて囁いてきた。いい話じゃないわよね。それって……

「……噂、ですか? 例えば、ヴォルフ様が王位簒奪を目論んでいるとか」
「ご存じでしたのね。だったら侯爵様もご存じですのね?」

 お義姉様がほっとした表情を浮かべた。心配してくださったのね。そのお気持ちが嬉しい。

「ええ。以前からそのような噂はありましたけれど、最近また……」

 陛下の双子の兄で本来なら王冠を戴くはずだったヴォルフ様。先王様が先々王様に殺されるのを危惧して先代ゾルガー侯爵に託した話は今や誰もが知る事実。同時にヴォルフ様に王位継承権はなく、ご本人も王族に戻る気はないと公言されているのだけど、定期的にそのような噂が広まるのよね。

「月が替わったら陛下がルタ国に向かわれるでしょう? 多分そのせいだと思いますわ」
「ああ、確か、二月近く王宮を留守にされるのですよね」
「ええ」

 二月ほど後に行われるアデライデ王太女様の即位式。ルタ国には馬車で二十日はかかるから、往復とあちらでの滞在を含めると二月近く王宮を空けられる。その間はリカード様の後見役のエーリック様がその代理を務められるのだけど、その隙にヴォルフ様が王位を奪うのではないかとの噂が流れているのよね。ヴォルフ様は「くだらない」と一蹴されているけれど噂が消える様子はない。

「ヴォルフ様にそのおつもりがあったらとっくに成していますわ。陛下など二つ返事で譲ると仰いそうですし」

 陛下の態度も問題だと思うわ。他の貴族がいる前で「兄上にならいつでも王位を譲る」とか「兄上の方が王に向いている」なんて仰るから。五侯爵家の当主や宰相をはじめとした重鎮の皆様は冗談だとわかっているけれど、それ以外の貴族は真に受けるかもしれないのに。コルネリア様がその都度諫めてくださるけれど、陛下は相変わらずなのよね。

「陛下は侯爵様に甘えていらっしゃるのでしょうね」
「ええ。先王様がご存命だったら違ったのでしょうけれど」

 同じ悩みを共有出来た先王様は譲位後程なくしてお亡くなりになってしまったわ。王太后様はアーレント王族の自分が政治に口を出せばあらぬ疑念を生むかもしれないと、離宮から滅多に出てこられない。だからお寂しいのだろうと思うのだけど、不穏を招くようなことは避けていただきたいわ。

「大変ですわね、イルーゼ様も。でも、お気をつけてくださいませ。侯爵様も対策は取られているでしょうけれど」
「ええ、ヴォルフ様も陛下も噂の出所を調べていますし、不穏な噂を流した者には厳しく対応すると仰っていますわ」
「陛下も動かれているなら安心ですわね」

 こんな噂が広がるような隙を作ったのは陛下だからと、ヴォルフ様が陛下に対応を求められたのよね。これに懲りて誤解を招く様な発言は控えてくださるといいのだけど。

「大変ですわね、筆頭侯爵夫人というのも」
「そうですわね。慣れてきたとはいえ、心無い言葉は気持ちのいいものではありませんわね」

 ヴォルフ様がただの貴族家の当主だったらと思うこともあるわ。そうだったらもっと穏やかに暮らせたのかもと。だけど、例えばヴォルフ様が伯爵家の当主だったら凄く生き辛い人生を送ることになったんじゃないかとも思う。あの威厳と尊大さは筆頭侯爵に相応しいけれど、一貴族の当主では余計な揉め事を招いてしまいそうだから。

「それでも、隣にお立ちになるのでしょう?」

 お義姉様には隠せないわね。

「ええ、ヴォルフ様の隣は誰にも譲れませんわ」
「その意気ですわ。ふふ、侯爵様はイルーゼ様以外の女性など見向きもしないからご安心なさって」
「先のことはわかりませんけれど、見限られないように精進しますわ」

 ヴォルフ様に並ぶには足りないところがまだまだたくさんある自覚はある。それでもお側にいたいから学び続けるつもりだし、子どもたちのためにも何があっても負けるつもりはないわ。

「ふふ、そんな日は永遠に来ないと思いますけれどね」

 お義姉様はそう言って私の不安を和らげてくれた。その気持ちが嬉しいわ。だけど、いまだに他国の高位貴族からは第二夫人どころか第一夫人にとの話がある。ヴォルフ様はすべて断ってくださっているけれど、それに甘えるわけにはいかないのよ。






 ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢

昨日近況ボードにも書きましたが、3巻の書影が公表されました(⁎˃ᴗ˂⁎)



今度はヴォルフに「お姫様抱っこ」されたイルーゼです
とっても麗しくて、いつもと違うカラーの二人です(赤も似合いますね!)

あと、「次にくるライトノベル大賞2025」にノミネートされました!
お一人3作品投票出来るので、出来ましたら本作も加えていただけると嬉しいです!

投票はこちらから↓
https://tsugirano.jp/

是非ともよろしくお願いします(⁎˃ᴗ˂⁎)
感想 1,753

あなたにおすすめの小説

【完結】遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【残り数話を持ちまして3月29日完結!!】 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」 妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。 でも、父はそれでいいと思っていた。 母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。 同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。 この日までは。 「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」 婚約者ジェフリーに棄てられた。 父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。 「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」 「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」 「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」 2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。 王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。 「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」 運命の恋だった。 ================================= (他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。