あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

文字の大きさ
328 / 331
第四部

閑話:フレディと子どもたち

 ゾルガー邸の北には騎士たちが住む北棟と訓練をするための修練場、騎馬用の馬場がある。修練場の四分の一は屋根があり、雨の日でも訓練が出来るようになっているし、騎士が出動する際の集合場所としても使われている。いざという時への備えは王家に匹敵するか、それ以上の自負があり、実際に定期的にこの屋敷から昼夜を問わず出動する訓練が行われている。

 久しぶりの鍛錬に汗が流れる。日差しは強く、風も温い。騎士服に着替えたが暑さに負け、上着は既に放り投げてシャツのみ。走りこむ者の中には上半身裸の者も少なくない。

 アベルと共に修練場に顔を出し、準備運動と走り込みを終えた後、彼を相手に剣の鍛錬に励んだ。彼は十を過ぎた頃から慣れ親しんだ兄のような存在。両親の記憶はなく、肉親は祖父と叔父上だけだった。

 幼かった俺は領邸に預けられて育ち、そこではフォルカーを始めとした使用人たちがいつも俺に構ってくれた。領邸での暮らしは楽しい記憶が多い。今は家令を務めるフォルカーはまだ一使用人だったのもあり、俺の相手をよくしてくれた。陽気で大雑把なフォルカーと過ごす時間は心地よく、使用人の子どもたちと一緒に学び共に遊んでいた。自分にだけ親がいない寂しさはあったけれど、フォルカーやリット家の者たちがいつも傍にいてくれたから特段気にするほどではなかった。

 王都に出てきたのは十を過ぎた頃だったか。祖父が倒れ、叔父上が当主代行になった頃で、俺は叔父上の跡を継ぐための教育を受けるために王都に呼ばれた。叔父上には領邸で何度も会っていたが、いつも無表情で最低限のことしか話さないから、苦手意識を持ったのは仕方がなかったと思う。まだ十歳の子どもには叔父上の威厳は目に見えない圧力に感じられたから。

 親しい使用人のいない王都での生活は寂しいものだった。それでも次期当主としての勉強が始まり、俺の周囲は俄かに騒がしくなった。そんな俺を気にかけてくれたのは前年に家令になったばかりのティオで、彼は俺のために年の近い従者を与えてくれた。

 それが二つ年上で没落した伯爵家の三男だったオリスだった。実家は爵位返上する瀬戸際なほどに困窮していたが、それを援助したのが祖父で、その縁から彼はいずれゾルガー家に仕えるため我が家に預けられていた。穏やかで一本気の彼は裏表のない性格で、俺たちはすぐに仲良くなった。

 オリスの存在は寂しさを和らげてくれたが、ここでの生活が楽しいと思わせてくれたのはアベルだった。学園を卒業後、既に決まっていた騎士団入隊を蹴ってまで叔父上に仕えることを望んだ彼は、腕は立つけれど書類仕事などにはまったく向かず、叔父上が外出する時以外はやることがなかった。そこで命じられたのが俺の相手だった。

「フレディ、俺が出かける時以外はこいつを側に置いておけ。護衛だ」
「初めまして、アベル=ブレーメです。よろしくお願いします」

 そう言って引き合わされた青年は、短く切りそろえられた山の端に沈む真っ赤な太陽のような髪を揺らし、身をかがめて黄色味のある茶の瞳を俺の目線に合わせて挨拶してきた。子どもの俺に対しても丁寧なそれに、子ども心にも好意的に感じたのは当然だろう。それからはオリスとアベルと過ごすことが増え、俺たちはアベルからいろんなことを教えてもらった。




「勝者、フレディ様!」

 野太い騎士の声が修練場に響く。いつの間にか腕に覚えがある者たちが集まって模擬戦が始まっていた。叔父上には及ばないが、俺はアベルと対等に戦えるくらいには剣を扱える。ゾルガーの次期当主として幼い頃から剣や体術をはじめとして、暗殺者から身を守れるようにと武芸を叩き込まれていたから。

「くそっ、やっぱり勝てなかった」
「オリスは気が急き過ぎるんだよ。もう少し待つことを覚えろ」
「はぁい」

 荒い息を繰り返しながらオリスがアベルの助言を受け入れる。他の者に言われたら反発を感じるそれも、兄のように慕っているアベルだと素直に聞き入れている。

「あ~あ、今日こそはと思っ……」
「あ~! ふれでーおじちゃま!」

 オリスの言葉を遮ったのは、舌足らずな甲高い声だった。

「とーしゃまー!」
「おじうえー!」

 さっきよりも少し低めの声が続き、声のした方に視線を向けると二色の髪色の子どもたちがこちらに向かって駆けてきていた。その後ろを若い騎士が追い、その向こうにはヴィムの姿もある。

「エリーゼ様、剣を使っている近くに行ってはいけません!」
「急に走り出したら危ないですよ!」

 二人の騎士が矢のように駆ける子どもたちに声を上げ、その声を受けて子どもたちの速度が落ちた。もっとも、俺の目の前に来たからでもあるのだが。

「ロアルド、アンゼルとエリーゼも。ここは危険だから入っちゃいけないだろう」
「ええ~ヴぃむはいいっていったわ!」

 一番年下なのに一番口が回るエリーゼが抗議の声を上げる。ヴィムがいいって……あいつ、そんなことを言ったのか?

「ヴィム、子どもたちをここに近づけるなんて危険だろう」

 ようやく近くまで来たヴィムに苦言を呈するが、言われた方はやる気のなさそうな表情を隠しもせずに頭を掻いた。

「いやいや、ゾルガーの後継候補ですから」
「だからこそだろう? 怪我でもしたらどうするんだ?」
「この程度でやられるようでは後継者など務まりませんよ」

 悪びれることなくヴィムがへらっとした表情で言い返す。まったく……

「危機感がなさすぎる。エリーゼはまだ三歳になっていないんだぞ」
「ヴォルフくらいの強さを求めるなら、今から仕込んどかねぇと間に合いませんよ」

 叔父上くらいって……さすがに無理があるだろう。叔父上の強さは貴族として育ったら手に入らないものだろうに。

「問題ありませんよ。仮に剣が飛んできても振り払いますから」
「そうは言うが、足の痺れがあるんだろう?」
「まぁ、そうですが。ですが、若い者もいますし、大丈夫ですよ」

 歯切れの悪さを感じたのは気のせいか。だが、万が一の……

「おじしゃま! おばしゃまのおみみゃい、いっていい?」

 思考を遮ったのは紫の瞳を持つ従妹だった。おばしゃまって、ザーラのことか?

「ほら、おはな。とってきたの!」

 そう言って差し出したのは、一輪の八重の薄紅色の花だった。ロアルドとアンゼルも僕も僕もとそれぞれに手に握った花を見せてくる。この花って……

「お前たち、その花はイルーゼの庭の……」

 俺たちが住む東棟。その庭の一角はイルーゼのためにと叔父上が特別に命じて作らせた場所で、彼女が好む花々が植えられている。勝手に取らないようにと言い聞かせておいたはずだが……

「だめだろう? あの庭の花を取っては」
「いいの! かあしゃまが いちにちに いっこだけならいいって いったもん!」
「そうだよ。いっこだけ、やくそくしたよ」

 エリーゼをアンゼルが援護する。本当かとの思いを込めてロアルドを見ると、真剣な表情で頷いた。だったら本当なのか? いいのか? いや、イルーゼは子どもたちには寛大だが……

「大丈夫ですよ、フレディ様。毎日取ったりしませんから」

 ヴィムも子どもたちを庇う。なら本当なのだろうか。それに……毎日でないなら問題ないか。

「わかったよ、じゃ、一緒にザーラのところに行こう」
「やったぁああ!」
「あかちゃんとおはなしする~」
「とーさま、かーさま このはな すき?」

 エリーゼが飛び上がらんばかりに喜び、アンゼルが不思議なことを言った。赤ちゃんと話をする? まだお腹の中だろうに……まだわかっていないのか? ロアルドは俺にザーラの好みを尋ねてきたけれど、ザーラはお前がくれるものを喜ばないなんてあり得ないぞ。

「ああ、母様はその花が好きだ」
「あ、これは?」
「ぼくのは?」

 エリーゼとアンゼルが続いた。仲がいい三人は揃って同じことを言い出す。元気過ぎて勢いに押されそうだ。この三人を一緒に連れて行って大丈夫か? ザーラが疲れないといいのだが……

「行くのはいいけれど、まずは湯あみをして着替えるんだ。綺麗にしないとザーラも赤ちゃんも病気になってしまうからな」
「はーい!」
「じゃ、ゆあみにいこう」
「ヴぃむ、ゆあみのじゅんび!いそいで!」
「へいへい、わかりましたよ」

 今すぐ湯浴みをさせろと言わんばかりの子どもたちに、ヴィムが面倒くさそうに返す。騎士に何かささやくとすぐに走っていった。湯浴みの準備を侍女に頼みに行ったんだろう。子どもたちはあっという間に駆けだし、その後ろを騎士が一人追い、ヴィムはのんびりと付いていった。護衛が一人で大丈夫なのか? いや、この屋敷の中では滅多なことはないだろうが……

「オリス、俺の湯あみの準備を頼む」

 俺も急がねば。あの様子ではあっという間に終わらせて、湯あみの途中でも押しかけてきそうだ。





♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢
閑話第二弾はフレディ視点となりました。
これで二度目かな?彼の過去と子どもたちとの様子です。
本編ではほとんど触れられなかったフレディの幼少期ですが、両親がいなかった分、ゾルガーの使用人たちに可愛がられて育ちました。
この頃はまだヴォルフとの差や他貴族の思惑を意識することもなく、明るい少年でした。

そしてパワー全開の子どもたち。
フレディの子も後継候補にするとヴォルフが宣言したため、分け隔てなく育っていて仲良しです。
ザーラの子が生まれて五年もしたら一層賑やかになりそうな予感……
ゾルガー家の日常の一場面ですがいかがだったでしょうか?


そして、Xで先に告知しましたが、4巻の書影が解禁されました。



いかがですか?この大人っぽく貫禄が出てきたイルーゼは!
そんなイルーゼを柔らかく見つめるヴォルフ、眼福です。

予約も始まっていますのでよろしくお願いします。

Amazon:https://x.gd/fugOp
楽  天  :https://x.gd/2ELFi
セ ブ ン :https://x.gd/mGGL6
感想 1,753

あなたにおすすめの小説

片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた

アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。 高校生くらいから何十回も告白した。 全て「好きなの」 「ごめん、断る」 その繰り返しだった。 だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。 紛らわしいと思う。 彼に好きな人がいるわけではない。 まだそれなら諦めがつく。 彼はカイル=クレシア23歳 イケメンでモテる。 私はアリア=ナターシャ20歳 普通で人には可愛い方だと言われた。 そんなある日 私が20歳になった時だった。 両親が見合い話を持ってきた。 最後の告白をしようと思った。 ダメなら見合いをすると言った。 その見合い相手に溺愛される。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。 一度目は信じた。 二度目は耐えた。 三度目は――すべてを失った。 そして私は、屋上から身を投げた。 ……はずだった。 目を覚ますと、そこは過去。 すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。 ――四度目の人生。 これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、 同じように裏切られ、すべてを失ってきた。 だから今度は、もう決めている。 「もう、陸翔はいらない」 愛していた。 けれど、もう疲れた。 今度こそ―― 自分を守るために、家族を守るために、 私は、自分から手を放す。 これは、三度裏切られた女が、 四度目の人生で「選び直す」物語。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。

秋月一花
恋愛
「すまないね、レディ。僕には愛しい婚約者がいるんだ。そんなに見つめられても、君とデートすることすら出来ないんだ」 「え? 私、あなたのことを見つめていませんけれど……?」 「なにを言っているんだい、さっきから熱い視線をむけていたじゃないかっ」 「あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です」  あなたの護衛を見つめていました。だって好きなのだもの。見つめるくらいは許して欲しい。恋人になりたいなんて身分違いのことを考えないから、それだけはどうか。 「……やっぱり今日も格好いいわ、ライナルト様」  うっとりと呟く私に、ライナルト様はぎょっとしたような表情を浮かべて――それから、 「――俺のことが怖くないのか?」  と話し掛けられちゃった! これはライナルト様とお話しするチャンスなのでは?  よーし、せめてお友達になれるようにがんばろう!