あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

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第二部

王太子殿下の提案

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 目の前に現れた人物に軽いめまいを覚えた。私なんかよりもずっと無謀で無鉄砲な人がいるとは思わなかったわ。しかもその方が次期国王……

「殿下、私は殿下のいらっしゃる離宮に身を隠すように言われておりますのよ。救出などさすがに私が行っては足手まといですわ。もし人質にでもなったら……」
「大丈夫だよ、私も行くし、王家の精鋭と影も付いている。それに居場所はわかっているからね。侯爵も無事だ」
「ヴォルフ様はご無事なのですか?」
「もちろんだよ。あのゾルガー侯爵が負けるはずがない。彼は騎士として比類ない強さを持つのだから」

 そう言い切られたけれど、それは確認されての発言なの? ご無事だと、信じていいのよね?

「侯爵は無事だ。それにしても意外と心配性だな、夫人は。ここにいる騎士はゾルガーの精鋭だろう? 王家の彼らもそう。何も案じることはない。それに早く侯爵に会いたくないか?」

そんな言い方はずるいわ。

「……会いたいに決まっているではありませんか」
「だったら何も躊躇することはない。さ、共に行こう」
「い、行こうってどちらへ?」
「侯爵のところだよ。ああ、もちろん諸君も行くよね?」
「え? あ……」

 急に話を振られたルッツが救いを求めるように私を見た。気持ちはわかるわ、王太子殿下がこうも無謀なことを仰るとは思わないわよね。それに殿下にそう言われら断れないわ。

「殿下、急に言われては彼らも困ってしまいますわ」
「そうかな? だが大事なのは侯爵の一刻も早い救出だ。そのためには協力した方が早い」
「ですが……闇雲に共に行ってもそれが功を奏するとは限りませんわ」
「もちろんだよ。だから先ずは情報交換をしよう。この先に王家が所有する屋敷があるんだ。そこなら人も馬も休めるし軽い食事も出せる。そこで今後のことを話し合おう」

 結局殿下に押し切られる形で王家所有の屋敷に移動することになった。このまま森の中で話を続けるのは危険だし往来の邪魔になると言われれば否やとは言えない。案内されたのは森を抜けて東に半刻ほど走った屋敷だった。木々に囲まれて外からは伺えず、隠れ家的な感じね。木々の間を通り抜けると開けた庭が現れて、こじんまりした屋敷が建っていた。簡素だけど静かで自然が多くて療養などに使うにはいいかもしれない。そこで私たちは馬に水と餌を与え、騎士たちはその側に天幕を張った。さすがに王家の屋敷に入るのは気が引けるわ。暫くすると低いテーブルと簡素だが食事が運ばれてきた。この人数分をこうも早くって……事前に用意してあったの?

「ああ、昨日離宮に知らせが来たからね。こうなるだろうと思って準備させていたんだ」
「そうでしたか。お心遣いありがとうございます」

 出された食事はパンに肉や野菜を挟んだ簡素なものだったけれど、持ってきた保存食よりはずっとマシだった。殿下も王家の騎士たちと一緒に庭に広げた布の上で食事をされている。私も呼ばれてそこで頂いた。近くではザーラとマルガが並んで食事をしているけれど、肩身が狭いわよね。私だって出来れば避けたかったわ。

「殿下、さすがに軽率だったのではありませんか?」

 周りに聞こえないよう声を落として話しかけると、殿下はくしゃりとその表情を崩した。

「そうは言うけど、俺だって心配でじっとしていられなかったんだ。あの兄上ならこの程度のことでって思うけれど、何事も万が一ってこともある。イルーゼちゃんだって昨夜は眠れなかっただろう?」

 小声で帰って来たのは素の殿下だった。周りにはザーラやマルガ、殿下の侍従らしい者しかいないので王太子の仮面は外したらしい。

「それは、そうですが……」

 さすがに寝たとは言えない雰囲気だった。殿下の目の下にはしっかり隈があって昨夜は殆ど休んでいらっしゃらないのが伝わってくる。本当にヴォルフ様がお好きなのね。

「兄上は……辛いとも苦しいとも言わない。ただ忙しいとしか。だから余計に心配なんだよ……」

 その言葉は私の記憶に残る痛みを呼び起こした。そのお気持ちはわかるわ。私もずっと同じように感じていたから……

「兄上は何でも一人でやってしまう。危険なことでもだ。しかもそれを命じるのは俺たちだ。俺はハラハラするだけで何も出来なかった……」

 後悔が深く滲んだそれは殿下の本心に思えた。返す言葉が見つからなかったけれど、手元を見つめる殿下は返事など求めていないように見えた。危険なことでも命じなければならない苦しみ……そんな痛みもあるのね。公の立場ではそうするしかないとわかっていても、父として弟として陛下や殿下はその度にお心を痛められていたと。今回の突拍子もない行動はそんな弟としての思いが抑えきれなかった故だと思っていいのかしら。

「まぁ、でも半分は面白そうだからだけどね。前回リシェルの時に捕り物に参加した時のことを忘れられなくてね」

 ……前言撤回だわ。何故かしら、その笑顔を思いっきり張り倒したくなったわ。私は殿下のことも心配したのに……

「さて、食事も終わったからこれからの話をしよう」

 そう言うと殿下が片手を上げた。直ぐに王家の騎士の責任者らしい騎士が出てきたので、私はルッツを呼んだ。彼は頬を強張らせて困ったような笑みを浮かべていたけれど、まさか王家が出てくるなんて思わなかったわよね。こんな状態で連携できるのかしら? 騎士たちはゾルガー家だけで動いた方が楽な気がするわ。

「兄上はここから南東に半刻ほど走った先の屋敷にいる」

 テーブルの上に地図を広げて殿下がその位置を指さした。縮尺がわからないけれど随分近いように見える。

「どなたのお屋敷なのですの?」
「ニッセル子爵の屋敷だよ。この屋敷があるのはニッセル子爵領だ。ちなみにここは王領の端。この先にある川がその境目だ」

 そう言って殿下が地図の上で指を滑らせた。問題の屋敷は王領との境の川沿いにあるらしい。ニッセル子爵の名前は知っているけれど詳しい内情までは記憶にないわ。でも……

「ニッセル子爵……もしかしてノイラート侯爵家の寄子、でしょうか」
「ご名答。そうだよ、ノイラート侯爵の遠縁にあたる」
「それじゃ、ノイラート侯爵が?」
「まだ断定は出来ないけれど、可能性がないとは言えない。あの家には侯爵を恨む理由もある」

 ミュンターのかわりに五侯爵家に格上げをとの話はヴォルフ様の一言で消えたと聞くわ。でも、同じように思っていた貴族は多かったからヴォルフ様お一人のせいではないと思うのだけど。理由としては弱くないかしら?

「実際はノイラート侯爵よりもその娘婿が怪しい」
「それって、ランベルツ侯爵の弟の……」
「そう、ギュンター卿だ。彼は向上心が強いと言えば聞こえがいいが野心家だ。婿入りする前は自分こそランベルツ家を継ぐのが相応しいと言っていたくらいだから」
「でも、そのギュンター様がどうして……」

 彼が関わって来る理由がわからないわ。てっきりザイデル伯爵がヴォルフ様を消そうとして、それをフリーデル公爵が助けて恩を売ってクラリッサ様を嫁がせるつもりだと思っていたのに。ギュンター様がフリーデル公爵に協力している? ノイラートはアーレントとは関係が深いけれど……

「私にもそこはわからない。直接侯爵がギュンターに何かしたわけではないと思う。彼とはほとんど接点がなかったしね」

 そうよね、ギュンター様はヴォルフ様より三つ年上だけど交流があったと聞いたことはないわ。

「そこは直接当人に聞くしかないだろう。世の中には見えないことの方がずっと多い。自分が恋焦がれた相手が侯爵を想っていたとか、目を付けていた事業を先に始められたとか、そんな理由でも深く恨む者もいるからね」

 そうかもしれないわ。筋合いではないと思っても恨みや妬みは勝手に心に生まれてくるから。

「さて、ニッセル子爵の屋敷の近くに移動しよう。だが人目に付かずに動きたいから、遠回りするよ」

 殿下の提案に否と言える者はいないわ。でも、ヴォルフ様の側に少しでも近づけるのだと思うと心が急いた。一刻も早くご無事な姿を見たいわ。



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