あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

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第二部

兄と弟

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 そこからは森の中を縫うように馬を走らせた。既に私の体力が限界に近かったけれど、ヴォルフ様にお会いしたいとの思いが奮い立たせてくれた。一刻ほど走っただろうか、前方に古い塔が見えた。

「夫人、あの塔に向かう。もう少し頑張ってくれ」
「かしこまりました」

 目的地が見えただけで気が楽になったわ。あそこまでなら頑張れそう。程なくして私たちは塔へとたどりついた。

「ここは……」
「昔使っていた見張り塔だ。使われなくなって久しいが、定期的に騎士が利用している。万が一の時に使えないのでは困るからね」

 ここはかつてこの国がアーレントと戦争をした時に造られたという。塔の管理は今でも続いていて、塔の周りには木々が植えられていて外から中が伺い知れないようになっていた。騎士と馬を休ませ、私と殿下とその護衛、そして騎士の長と副官が塔の一階にある部屋に入った。

「さて、互いの情報をすり合わせよう」

 殿下の一言で私たちは改めて互いに持つ情報を出し合った。あの後も影などから情報が届いていたからだ。どうやらあの屋敷の一室にヴォルフ様とアベルは捕らえられているらしい。庭には隠すようにヴォルフ様が乗っていた馬車が置かれていて、平民の服装をした男たちが腰に剣を下げて時々見回っているという。動きから訓練を積んだ者に見えるとも。ニッセル子爵が雇った護衛かしら? 確かに子爵家なら平民の腕の立つ男たちを護衛に雇うことはあると聞くけれど……

「今のところ人の出入りはないようです。馬車もありません」
「そうか……黒幕のお出ましはこれからか」

 ヴォルフ様のご様子が気になるけれど、殿下たちは黒幕が来てから突入すべきとお考えだった。ヴォルフ様が黒幕を引きずり出すために自ら囮になったから当然なのだけど……

「ヴォルフ様は……ご無事なのでしょうか……」

 思っていたことが口から出てしまったわ。殿下たちがこちらを見ている。話の邪魔をしてしまったと気付き恥ずかしさがこみあげてきた。

「も、申し訳ございません。つい……」
「いや、夫人がそう思うのはもっともだ。王家の影は屋敷に入る侯爵を見ているが、その時は怪我などしているようには見えなかったという。今は屋敷内の侵入を試みている。ゾルガーもだろう?」
「はい、恐らくは……」

 ルッツがそう答えたけれど、彼は影の動向は知らないらしく言葉を濁した。そうね、騎士と影とは別なのでしょうね。私も影がどうなっているのかは知らされていない。あれは当主にのみ仕えると聞いているから詳細を知っているのはヴォルフ様だけなのかもしれないわ。

 その後は影からの詳細な情報を待ちながら屋敷の監視を続けた。塔の上階には王家の騎士が姿を隠しながら見張りをして屋敷の様子を伺っているという。私も王太子殿下と共に塔の上に登ってみた。念のため殿下の従者とザーラを連れていく。

「ここが塔の真ん中の見張り台だ。ああ、窓に寄ってもいいよ。外からは見えないようになっているから」

 かなりの段数を上がった先にあったのは開けた小部屋だった。見張り用の部屋らしいけれど騎士の姿はなかった。聞けばあの屋敷を監視するにはもっと上の方がいいから騎士はそちらにいるのだという。

「ここからは木が邪魔して見えないなぁ」

 外を眺めながら殿下が身体の位置を変えながら呟いた。私も外を伺うと川を挟んだ先に木がまとまって茂っている場所があり、その合間から屋敷が垣間見えた。ちょうど間に木々があって屋敷の全容は見えない。街道からは離れているので人が来れば目立つわね。

「兄上はどの辺りにいるんだろ。従者が一緒だっけ?」
「はい、護衛を兼ねた者が一緒でした。忠誠心が高く命を賭してもヴォルフ様を守ってくれる者です」
「そっか。兄上はあんな風だけど部下には慕われているんだなぁ」

 その言葉にはどこか愚痴が混じっているように感じた。

「あんなに不愛想で尊大な物言いなのに……」
「そう、ですわね。でも、ヴォルフ様は使用人に寛大ですわ。困ったことがあれば手を差し伸べて下さる方ですから」

 それは私も含めてだ。もし妻にならなかったら家を出てゾルガー邸に仕えるのもいいかと思ったこともあるわ。実力主義だから身分が低くても努力次第で引き立てて貰えるなんて他家では考えられないもの。

「兄上は人の使い方を心得ているんだな」
「そうですわね。屋敷に仕える者の忠誠心は相当なものです」
「そっか。兄上は……一人じゃないんだな」

 その言葉には安堵が滲んでいた。

「……兄上は……過酷な生い立ちだった。それは俺などには想像も付かないものだったのだろう。時々考えるよ。俺だったら、耐えられたのだろうかと……」
「殿下……?」
「俺たちは双子だ。もしかしたら俺が兄上の立場だったかもしれない。そう思ってしまうんだ」

 一人は国王に、一人は筆頭侯爵になる。表面だけ見たらどちらも国の要だけど、その中身は全く違う。最高の環境で最上の教育を受け、常に傅かれ守られていた殿下。一方のヴォルフ様は孤児院で育ち、八つで騎士見習いになって十一で死にかけた末に影になった。後継者として十三でゾルガー家に引き取られたけれど、もしゲオルグ様が駆け落ちしなかったら一生影として表に出ることはなかった。ヴォルフ様の人生を殿下が送られていたらどうなっていたのかしら……

「初めて兄上に会ったのは十七の時だった。あの頃には既に今の兄上だったよ。にこりともせず偉そうでさ。オスカー殿は幼い頃に殺されかけたせいだと言っていたけれど、それだけじゃなかったのだろう?」
「え?」

 探るような視線を向けられた。もしかして殿下は、ヴォルフ様の過去をご存じない?

「ああ、言わなくてもいいよ。兄上が自ら話してくれるのを待っているんだ。今のところはぐらかされているけどね」
「そ、そうでしたか」

 無理に調べることも出来るのに、殿下はヴォルフ様の意志を優先して下さっているのね。

「最初は『なんだ、こいつ』って思ったよ。俺より一つ年下なのにもうあの態度だったんだからね。父上にすら最低限の礼儀しか示さない。何様だよって思ってたんだ」

 その頃の様子が容易に想像出来……ないわね。今の私と同じくらいの年のヴォルフ様……どんな感じだったのかしら。

「話しかけても『はい』か『いいえ』しか言わないから頭が弱いんじゃないかと思った頃もあったな。しかもあの外見だろう? 正直怖かったよ。それにオスカー殿は祖父相手にも厳しいことを言っていた。俺もいずれあんな風に責められるのかと思うと凄く気が重かったよ」

 苦みのある笑みを浮かべられたけれど、そこにはヴォルフ様への信愛も感じられた。

「双子だとお知りになったのはいつ頃でしたの?」
「……七年前、かな。オスカー殿が亡くなられる少し前だ。両親に呼ばれてね、行ってみれば兄上とオスカー殿がいたんだ」

 遥か彼方を眺める殿下の目にはその時の光景が映っているように見えた。

「……衝撃的だったよ。いよいよ代替わりの話かと思ったら双子の兄だなんて言われて」
「それは、確かに……」
「信じられなかった。全く似ていないし、兄上はその話を聞いても表情一つ変えなかった。オスカー殿の冗談かと思ったよ。でも、父上も母上も本当だと言う。変な話だけど……信じたくなければ信じなくてもいいと言われて、ああ、本当なのかと思ったんだ」

 困ったような、悲しそうな笑顔で私を見た。その時にどう感じられたのか私にはわからないけれど、それはかなりの衝撃だったでしょうね。私も姉が実はいとこだったと知った時は……って、あの時はやっぱりと思ったんだわ。

「信じられなかったから、それからは何かと呼び出して話をしたんだ。兄上は面倒だ、忙しいと言いながらもちゃんと来てくれた。愚痴まで聞いてくれて、それで印象が変わった。それに……兄上は俺を見てくれたんだ。王太子ではないイムレの俺を」

 軽く握った右手に視線を向けながら、殿下が淡い笑みを浮かべた。それは自嘲も何もない透明感のあるものだった。

「……イルーゼちゃん、どう……」
「殿下!」

 殿下が何かを言いかけたその時、別方向から声が飛んできた。

「どうした?」
「お話中失礼します。屋敷に動きが……」




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