あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

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第二部

意外な訪問者

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 声を掛けてきたのは王家の騎士だった。どうやらあの屋敷で何かがあったらしい。

「どうした?」
「はっ。屋敷に入る馬車が一台。貴族のものかと思われます」
「貴族の? 家紋などは?」
「無紋でございました」
「そうか……」

 殿下が顎に手を当てながら屋敷の方に視線を向けた。街道を行く馬車は時折見られたが、街道を離れてその屋敷に向かっている馬車が見えた。小型で派手な装飾はないけれど造りはよさそうに見える。

「引き続き監視を続けろ。影が近くにいるはずだ。いずれ詳細がくるだろう」
「はっ」

 返事をすると騎士はそのまま上階へと戻っていった。馬車はゆっくりと屋敷へ向かっている。身を隠す必要を感じていないのかしら? 殿下を見上げたら複雑な表情を浮かべていらっしゃった。

「監視、されているとは思わないのでしょうか」
「そんな意識はなさそうだね」

 相手は私たちの動向を調べていないのかしら? 近くにいると思っていない? 森を抜け遠回りしたから気付かれていない可能性は高いけれど、それにしても迂闊に見えるわ。

「一旦戻ろう」
「そうですね」

 今後のことを話し合わなければいけないわ。私たちは階下に向かった。それにしても……殿下はさっき、何を言おうとされていたのかしら。ヴォルフ様のことよね? 気になるけれど、それを改めて尋ねる雰囲気ではなかった。

 先ほど話し合いをした部屋ではルッツが部下と何やら話し込んでいた。少し離れた場所では王家の騎士が三人集まって地図を囲っている。さすがに和気藹々とはいかないわよね。王家の騎士、それも殿下に付くとなると上位貴族出の者ばかりだから。

「殿下」
「ああ、知らせは聞いたよ。ゾルガーの諸君も集まってくれ」

 殿下の掛け声にルッツたちも集まって来てテーブルを囲んだ。

「馬車は屋敷に?」
「はっ、入っていくのを確かめました。二人ほど屋敷の中に入っていくのが見えましたが、さすがにこの距離では誰かまでは……」

 殿下が声を掛けたのは王家の騎士の責任者だった。

「そうか。君たちの方はどうだ?」
「はっ、馬車は確認しましたが身元に繋がるものは見受けられませんでした。今近くで騎士が見張りをしております。直に戻るかと」

 ルッツが緊張した面持ちで答えた。彼の身分では殿下と直接言葉を交わすなんて一生に一度あるかないかの珍事。頬が強張っているわ。

「そうか、ありがとう。では報告を待とう。それまでは各自身体を休めるように。望む者には食事や睡眠を。馬にもだ。もしかしたら夜に動くことになるかもしれない」
「はっ」

 王家の騎士が答え、ルッツは恭しく頭を下げた。もっと詳しい報告がないと動けないわね。ヴォルフ様は大丈夫かしら。影が付いていても不安が晴れることにはならないわね。ルッツが部下に指示を出すために部屋を出たので私もその後を追った。

「ルッツ、皆ちゃんと休めている? 殿下が仰ったように夜に動くことになるかもしれないから騎士たちにも休憩や食事をお願いね。私は素人だから皆のいいように動いて。王家の協力が必要なら私からお願いしますから」
「ありがとうございます。殿下が場所を提供して下さったお陰でよく休めているので十分です」

 それならいいのだけど。殿下たちがいるせいでかえって気が休まらないかと心配なのよね。さすがにそれを口にすることは出来ないのだけど。そこはザーラやマルガに頼んでそれとなく聞き出して貰ったけれど、今のところ問題はないようだった。元々自分たちで動くつもりでいたから安全に休める場所と食事が出ただけでも助かっているらしい。それなら大丈夫かしら。




 程なくして動きがあった。既に日差しが弱まりの夕暮れが近付いている。屋敷の様子を伺っていたゾルガーの騎士が戻ってきたので、最初の顔ぶれが集まったのだけど……

「ええっ? ハ、ハリマン様が、あの屋敷に?」
「はい、確かにシリングス公爵令息でいらっしゃいました」

 思わず殿下と顔を見合わせてしまったけれど、殿下も困惑の色を濃くしていた。ルッツから受けた報告に私は自分の耳がおかしくなったのかと疑ったけれど、間違いないという。

「ハリマンか……アルビーナ嬢との婚約が嫌だとごねているとは聞いていたけれど……」

 一年の間に三人との婚約が白紙になったハリマン様。シリングス公爵が困って陛下に泣きついたと聞いてヴォルフ様が内々に働きかけてアルビーナ様との婚約を勧めていた。でも、ハリマン様はその婚約を嫌がっていて婚約を交わすところまではいったけれど、披露パーティーなどは開かれていなかったわ。そのハリマン様がなぜここに……

「それにしてもなぜ……ハリマン様とヴォルフ様に、接点などなかったはずですが……」
「ああ。彼にそんな度胸があるとは思えないな……」
「それは……はい」

 殿下の仰る通り、彼に度胸や行動力があるとは思えないわ。夜会で突撃してきた時だって姉に仕方なく付いてきたように見えたし、始終ヴォルフ様の顔色を窺っていたから。ハリマン様なら睨みつけられただけで逃げ出しそうだもの。

「でも、意外過ぎて……どう判断したらいいのか悩みますわ」
「ああ、同感だ」

 それ以外の材料もなかったので騎士たちを一旦下がらせた。この情報をどう扱っていいのか判断に迷ったのもあるわ。ヴォルフ様を攫ったのはハリマン様なの? この件はザイデル伯爵やギュンター様が計画したものだと思っていたけれど。ハリマン様が絡んでいるとなると話が根本的に変わってくる、かもしれない……

「彼と……ノイラート侯爵やフリーデル公爵と接点は?」
「……私が記憶している限りでは、なかったかと……」

 ハリマン様からこの二家の名が出てきたことはなかったわ。シリングス公爵家の夫人教育でもそう。夫人の実家とも関係があるようには見えなかったし……

「何か……重大なことを見落としていたのでしょうか……」

 ハリマン様がヴォルフ様に悪感情を持つ理由なんてあったかしら? フレディ様にというのならわからなくもないわ。ハリマン様は姉を愛していると言っていたから、その婚約者のフレディ様をよくは思っていなかったでしょうから。権力も財力も上で、自分とは正反対の逞しい体格で文武両道のフレディ様。姉を大事にしていなかったのもあって反感を持っていたとは思うけれど……こんな大それたことをする根性はないわ。

「う~ん、可能性が全くないわけじゃないけれど……」
「何か心当たりがおありですの?」

 殿下は何か別の情報をお持ちなのかしら? そりゃあ私たちにはない伝手も独自の影もお持ちだけど……

「フリーデル嬢だけど、このままだとグレシウスに嫁ぐことになるだろう?」
「ええ、ヴォルフ様が断ればそうなると伺っていますわ」
「兄上はそう考えているが、フリーデル公爵も令嬢もそれは断固として避けたいだろう。令嬢は兄上を慕っているし、公爵としても愛娘を敵国に嫁がせたくない」
「ええ……って、まさか?」
「そのまさかかもしれないね。彼なら血筋的に釣り合いが取れる」

 確かにシリングス公爵は側妃腹とはいえ先王様の実子で、ハリマン様は陛下の甥にあたる。今は公爵令息だから、アーレント王の姪であるクラリッサ様と身分的には釣り合っているのよね。ただ、我が国とアーレント国の公爵の在り方はかなり違うのだけど。

「確かに、ハリマン様ならアーレント王も納得する、かもしれませんわね……」

 我が国への影響力は微々たるものだけど、あれでもハリマン様の王位継承権は六番目なのよね。その可能性は限りなく低いし、この先エーリック様にお子が出来れば彼の順位は一層下がるのだけど。でも、それにしてもどうしてハリマン様があの屋敷に? やっぱり謎が深まっただけだわ……




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