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記憶にない家名

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 紹介した覚えがないのに私の紹介だと言って店に来たグラネ伯爵家の若夫人。そもそもグラネ伯爵と言う家名に全く覚えがありません。伯爵家以上の貴族は上位貴族の間では頭に入れておくのが常識ですし、王子妃教育で下位貴族も全て頭に叩き込みました。しかし…その中のどこにもグラネと言う家名はなかったのです。

(これは一度調べてみる必要があるわね)

 頭に浮かんだのは、最近起きている商会を狙った詐欺事件です。最初は少額の買い物を繰り返して信用を得、その後大口の注文をして代金は屋敷に取りに来るようにと言って先に商品を受け取るのですが…指定された家に行くもそこには貴族の屋敷などなく…という話だそうです。金額が大き過ぎず、騙されたと世間に知られると信用にかかわるので表立つのを厭う事から、泣き寝入りしてしまうそうです。随分と質の悪い話ですわ。
 影たちの集めた情報から、彼らは堕天使と名乗り、その首領はノアールと呼ばれているようです。堕天使だなんて何ともセンスのない名前ですわね。それにノアール(黒)だなんて、捻りの一つもなくて面白みがありませんわ。ああでも、今はグラネ伯爵でしたわね。



 一週間後、影がグラネ伯爵についての報告書を持ってきました。

(やっぱり…)

 私の予想は大当たり。我が国にはグラネ伯爵家と言う家はなかったのです。ただ…気になるのは隣国のルクレール王国にはグラネ伯爵家がある事です。さすがにルクレール国の貴族までは把握しきれませんわね。本当にルクレール国の貴族なら下手に手出しも出来ませんし…

(でも、我が家との付き合いはないわ。それなのに私の紹介だなんてあり得ないし)

 そうです。私の紹介ではないのは明白なので、やはり怪しいと判断してよさそうです。影には次にグラネ伯爵家の若夫人が来たら、監視するようにお願いしました。リシャール様の店を張っていれば、いずれ現れるでしょう。

(でも…リシャール様にだけは一言言っておいた方がいいかしら)

 セリアさんもダニエルさんも、若夫人の事を最近出来た一番の上得意先だとすっかり信用しています。あのお二人に言っても信用して貰えるかわかりませんし、そもそもこんな事をどうして知っているのかと聞かれると答えようもありません。それで正体がバレるのも困りますし…
 でも、リシャール様は私の事をご存じですし、少しは信じて貰えそうな気がします。いえ、信じてくれなくても、心のどこかにわずかでも引っかかってくれたら、被害を止める事が出来るかもしれません。

(どちらにしても私の名を騙った事は見過ごせないわね)

 そうです、知らない人に私の名を騙られるのは気持ちのいいものではありません。見栄を張りたかったとしても、一歩間違えれば政争に絡んでくるのですから。
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