【完結】戦死認定された薬師は辺境で幸せを勝ち取る

灰銀猫

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第三部

解毒の行方

 陛下の即位式であり毒にやられたあの日から四日が過ぎた。一時はもうだめかもしれないと、医師からお覚悟をとまで言われたわ。そんなギルにずっと付き添って何度も解毒剤を飲ませた。メゼレジュの毒は厄介で、量もその頻度も間者の様子を見ながら適した量と頻度を飲ませるのが重要。戦場で何度も騎士たちを解毒したけれど、成功したと思える例は少なかった。一度身体に入った毒をなかったことにするのは至難の業なのよ。

 ギルだってその例外ではなく、処置までに時間がかかったせいか一時は意識も混濁して脈も低下し、最悪の事態がすぐ近くまでやってきていた。私も覚悟を決めたわ。いくらギルが人離れした体力を持っていても人間であることには変わりないもの。あの時の感情は……言葉で表すことなんか出来ないし、きっと二度と思い出したくない記憶。あんなにも世界が無意味に思えたのは、目に映る何もかもがくすんで見えたのは生まれた初めてだった。だけど……

「ちょっとギル! 大人しく寝てなきゃ!」
「もう大丈夫だって」
「そんなわけないでしょう? 死にかけたのよ?」
「あれくらいじゃ死なねぇよ。もっとやばかったこと何度もあったし」

 ギルはどこまでいってもギルだった。いつだったか野生動物みたいな人だと思ったし、回復力も人並外れているとは思ったけれど、まさか毒に対しても同じだとは思わなかったわ。丸二日寝込んだけれど三日目の朝には熱が下がってお腹がすいたと食事を望み、四日目の今日は寝ているのが飽きたからベッドから出ると言いだす始末。それでさっきから冒頭のやり取りを繰り返しているところ。

「もう、お願いだから無茶しないで。どれだけ心配したと思っているのよ」
「そこは悪かったって。でも、ちゃんと戻ってきただろう? ローズの薬は最高だよな!」

 ベルティーナの名を取り戻し、周囲には元の名で呼ぶように周知したけれど、ギルだけは今も変わらずローズと呼ぶ。他の人が呼ぶとあからさまに不機嫌な顔をするから誰もローズとは呼ばなくなったわ。陛下にまで渋い顔をした時は驚いたけれど。なんだか特別な感じがしてちょっと嬉しく感じる。

「解毒剤は万能薬じゃないわ。毒の影響は長く残るから予後が大事なのよ」
「でも、どこも悪くねぇぞ」
「今無理すると年を取ってから出るわよ。ギルは……私を置いて先に逝く気なの?」
「な……!」

 寂しそうにそう言うと目を丸くして固まったわ。だけど最近、ギルにはこの言い回しが有効だと知った。ロンバッハ夫人たちが教えてくれたのよね。ちょっとあざといとは思うけれど、ジークハルト殿も私がそう言えば絶対に逆らえないだろうと言われたし、実際にやってみたら思った以上に効果があった。もっとも、頻繁に言うと効果が薄れそうだから滅多に言わないけれど。

「わ、わかったよ……」

 叱られた子犬みたいに大人しくなったわ。だけどあれは本心よ。ギルとずっと一緒にいたいもの。いつかはダーミッシュに戻ってギルは騎士、私は薬師をしながら子どもを産んで一緒に育てて……それが今の私たちの目標。狩りをしたり魚釣りをしたりしながらのんびり暮らしたいとギルはいう。私もそんな未来がいいわ。ホロホロ鳥の丸焼きを子どもたちと食べる……それはとても魅力的な未来よね。

「そういえば、ジュスティーナ嬢はどうなったの?」

 昨日から陛下やジークハルト殿たちが入れ替わるようにやってきて、ジュスティーナ嬢とエーデルの今後について話し合っていた。ジュスティーナ嬢は王城の貴族牢に入れられ、厳しい取り調べを受けているのだとか。両親であるフォイルゲン総督夫妻も軟禁状態で、今王都に住むエーデル人は息をひそめて過ごしているという。

「あの女はマリウス暗殺の実行犯だな。毒を渡した奴は同胞だろう。ただの協力者か、それとも利用されたかは知らねぇが、お前さんもマリウスの側近の一人だ。それを害しようなんざマリウスに盾突くも同然だからな。容赦はしねぇ」

 ギルは人当たりがよくて部下たちにも寛大だけど、一方で敵には容赦しない面もある。今回は私が絡んでいるせいで一層強く出ているような気がするわ。それは彼女の嘘で私が苦しんだことが大きく影響していると思う。いいのかと思う一方で嬉しいと思ってしまうわ。そんな風に思うのは不謹慎かしら。

「これを機に、ダーミッシュを取り戻せたらいいんだがなぁ……」
「編入したばかりだし、簡単じゃないでしょ?」

 エーデルへの編入を願ったのはダーミッシュの方だから余計に難しく感じる。でも、私たちの目標を叶えるにはダーミッシュをエーデルから取り戻さなきゃいけない。ギルは亡命したことになっているから、戻れば捕らえられる可能性があるから。

「そこはレーデンスとメルテンス、あとエーデルの向こうの国次第だな」
「それって、陛下が仰っていた四国同盟?」
「ああ。リムスも加わって反エーデル包囲網を作る。リムス周辺国もエーデルがリムスを併合しようとしていると疑っている。エーデルは否定しているけれどな。一部の国からは野心がないならその証にダーミッシュをリムスに戻せとの声もある。それを利用しようと思う」

 そうね、それなら筋も通るし、可能性はありそうだわ。

「はぁ、こんなことならダーミッシュを編入させるんじゃなかった」
「仕方ないわ。あの時はそうしないとギルが危なかったんだから」

 先のことなんかわからないわよ。ギルだってエーデル王に縁談を押し付けられるとは思わなかったでしょうし。だってあの頃は辺境の悪魔と呼ばれてエーデル人に憎まれていたのよ。

「ま、こうなっちまったもんは仕方ねぇよな。それよりも……」
「きゃぁ!」

 急に腕を取られて引っ張られた。そのせいでバランスを崩してギルの上に倒れこんでしまったわ。

「ちょ……何するのよ。危ないじゃない」
「せっかく休みをもらったんだ。だったら夫婦の仲を深めてもいいだろ?」
「な、何言っているのよ、昼間っから! 病人なんだから大人しくしてよね」

 ちょっと元気になったからって何を言っているのよ。死にかけたばかりなのよ?

「わかってるって。けど、こうして触れ合うくらいはいいだろ? マリウスのせいでずーっと離れ離れだったんだぞ」
「そ、そりゃあ、まぁ……」

 確かに即位式の成功は最重要課題だったから、共寝したのは籍を入れたあの晩だけだったし、それ以降は顔を合わせない日もあったけど……

「はぁ、ローズの匂いがする……」
「変態……」
「何言ってんだよ。安心するって意味だぞ」
「へ?」
「何だ? そっちを期待していたのか? だったら今からでも……」
「な、何言ってるのよ! するわけないでしょ!」

 もう! あんなに心配したのになんでこんなに元気なのよ? やっぱりギル、野生動物の血が混じっているのかしら?



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