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第三部
鷲掴みの休暇
ふと意識が上がって、自分が眠っていたのだと気付いた。周りを窺うと相変わらず馴染めない綺羅綺羅しい部屋と調度類が目に入った。そのことに少しだけ引っ掛かりを覚え、ああ、この部屋は……と思い直す。
ギルが毒に侵されたあの即位式典から半月。私は王城にある一室にほぼ軟禁状態だった。
あれからもギルはベッドから抜け出しては熱を出して周囲を心配させていた。何度注意しても大人しくしないギルと、そんなギルを叱りつける私の攻防は五日に及んだわ。
「どうして大人しくしていてくれないのよ?」
「ああ? だって早く仕事を片付けねぇとお前さんとゆっくり過ごせねぇじゃねぇか。ったく、新婚だってのに……」
「な……」
「第一、妻との時間が欲しければやるべきことを先に片付けてくれって言ったのはマリウスらだぞ? 責めるべきは新婚をぶち壊しているあいつらだろうが」
ベッドに戻されたギルが罵詈雑言を放つ。口が悪いのは元々だけど、最近はちょっと品がないわ。そんなことを考えていたら……
「すまない、ギルベルト殿。私が無理を強いたために……」
「そうだよ、お前さんのせいだよ。新婚夫婦の邪魔をしやがって」
陛下相手でもギルは容赦なかった。俺はローズと結婚したいがために陛下に与したのにだの、そのためにやりたくもねぇ交渉事もやったのにと不満が止まらない。動けない鬱憤が口撃に形を変えていた。
「わかった。だったら療養も兼ねて半月休みを取ってくれ」
「一月だ」
「……二十日で……」
「ったく、仕方ねぇな。残りはまた後日きっちり取らせてもらうからな」
そう言って休みを鷲掴みにしていた。陛下相手にいいのかと心配になったけれど、陛下から新婚の邪魔をして申し訳なかったと頭を下げて謝罪されてしまったわ。いいのかしら、国王陛下にそんなことで頭を下げさせてしまって……
そんな私の心配をよそに、ギルはさっさと休む宣言を周知させてしまったわ。その頃には王城の調査も終わり、陛下をはじめ私たちも王城内に移動していた。あの陛下の控室から賜った部屋に移った私たちだったけれど、それからずっと二人きりで過ごす日が続いているんだけど……
「ああ、目ぇ覚めたか?」
「ええ。それで、今は朝? それとも……」
「そろそろ昼飯時だな。腹減っただろ? 食事が届いてる」
そう言って食事が乗ったワゴンを部屋の中まで押してきた。あれから食事も部屋でとっているわ。外に出たいけれどギルに阻まれてそれも叶わない。気を抜くとあっという間にベッドに引きずり込まれているから。
「ははっ、美味そうだな。さすがに王城の調理人だ」
上機嫌で料理の皿をテーブルに並べていく。確かにどの品も一流と分かる盛り付けだし、食欲をそそる美味しそうな匂いが部屋の中に満ちる。それはいいのだけど……
「ねぇ、仕事しなくてもいいの? まだやらなきゃいけないことがたくさんあるんでしょう?」
「ああ? そんなことお前さんが気にする必要はねぇよ。俺は俺にしか出来ねぇことをきっちりやったぞ。後はマリウスらが頑張りゃいいんだよ。でなきゃ不公平だろ?」
何がどう不公平なのかわからないけれど、ギルにとってはあいつらは楽しやがって不公平だってことらしく、そこは譲らないのよね。そりゃあ、私も一緒にいられるのは嬉しいけれど……
「まさか、本気で残りの十日近くもここから出ないつもり?」
「俺は構わねぇが、嫌か?」
「嫌って言うか……ちょっとは外の空気を吸いたいわ」
第一、周囲の人には籠って何をしているかわかっているのよね。それが居たたまれない。
「仕方ねぇなぁ。じゃ、明日は外に出るか?」
「外にって……」
思いがけないことを言い出したからパンを落としそうになったじゃない。
「明日は十日に一度の市が立つ日らしいぞ。戦争からずっと中止だったのを明日から再開するんだと」
市が……懐かしいわ。戦前、王都では十日ごとに大がかりに露店が並んでちょっとしたお祭りのようだったのよね。学生の頃は友人たちと街に出て市を見て回ったわ。肉や果物、お菓子など美味しいものが並び、本や服、小物なんかも珍しいものがたくさんあって見て回るだけでも楽しめた。もうあの習慣は廃れたかと思っていたけれど、復活したのなら嬉しいし行きたいわ。
「行きたいわ。王都も少しは物が入ってくるようになったってことね」
「何だ、急に元気になったな」
「だって、戦争が始まる前は友達と行っていたもの。見て回るだけでも楽しかったんだから」
「そうか。じゃ、決まりだな」
いつのもニヤッとした笑顔もこんな時は邪気がなくていいわ。仕事が絡むと途端に悪人に見えるのだから不思議よね。
「美味いもんがあるといいんだがな」
「ふふっ、以前は串焼き肉や腸詰肉、串魚なんかの露店が幾つも出ていたわよ」
「へぇ、そりゃ美味そうだな」
「串焼き肉は男性に人気だったわね。エールも一緒に売っているからその辺で酒盛りしている人もいたわ」
「ははっ、そりゃ楽しみだねぇ」
ギルなら肉やエールを買い込んで公園で食べそうよね。上位貴族なのに平民のような振る舞いが好きだから。酒場なんかに行っても溶け込んでいそう。
「じゃ、明日の分もローズを補充しねぇとな」
「は?」
「さすがに外じゃ嫌だろ?」
「な、なにを言って……第一食べたばっかりじゃない」
「じゃ、食後の腹ごなし、いや、デザートだな」
「デザートって……ちょっと、まっ……」
必死の抵抗むなしく、またベッドに戻されてしまった。王都からザウアーに向かった後も添い寝以上のことはしなかったから淡泊だと思っていたのに、今は発情期の獣みたいになっているのだけど……第一、毒の影響が完全になくなってはいないはずなのに。もう、なんでそんなに元気なのよ? 信じられないわ。
ギルが毒に侵されたあの即位式典から半月。私は王城にある一室にほぼ軟禁状態だった。
あれからもギルはベッドから抜け出しては熱を出して周囲を心配させていた。何度注意しても大人しくしないギルと、そんなギルを叱りつける私の攻防は五日に及んだわ。
「どうして大人しくしていてくれないのよ?」
「ああ? だって早く仕事を片付けねぇとお前さんとゆっくり過ごせねぇじゃねぇか。ったく、新婚だってのに……」
「な……」
「第一、妻との時間が欲しければやるべきことを先に片付けてくれって言ったのはマリウスらだぞ? 責めるべきは新婚をぶち壊しているあいつらだろうが」
ベッドに戻されたギルが罵詈雑言を放つ。口が悪いのは元々だけど、最近はちょっと品がないわ。そんなことを考えていたら……
「すまない、ギルベルト殿。私が無理を強いたために……」
「そうだよ、お前さんのせいだよ。新婚夫婦の邪魔をしやがって」
陛下相手でもギルは容赦なかった。俺はローズと結婚したいがために陛下に与したのにだの、そのためにやりたくもねぇ交渉事もやったのにと不満が止まらない。動けない鬱憤が口撃に形を変えていた。
「わかった。だったら療養も兼ねて半月休みを取ってくれ」
「一月だ」
「……二十日で……」
「ったく、仕方ねぇな。残りはまた後日きっちり取らせてもらうからな」
そう言って休みを鷲掴みにしていた。陛下相手にいいのかと心配になったけれど、陛下から新婚の邪魔をして申し訳なかったと頭を下げて謝罪されてしまったわ。いいのかしら、国王陛下にそんなことで頭を下げさせてしまって……
そんな私の心配をよそに、ギルはさっさと休む宣言を周知させてしまったわ。その頃には王城の調査も終わり、陛下をはじめ私たちも王城内に移動していた。あの陛下の控室から賜った部屋に移った私たちだったけれど、それからずっと二人きりで過ごす日が続いているんだけど……
「ああ、目ぇ覚めたか?」
「ええ。それで、今は朝? それとも……」
「そろそろ昼飯時だな。腹減っただろ? 食事が届いてる」
そう言って食事が乗ったワゴンを部屋の中まで押してきた。あれから食事も部屋でとっているわ。外に出たいけれどギルに阻まれてそれも叶わない。気を抜くとあっという間にベッドに引きずり込まれているから。
「ははっ、美味そうだな。さすがに王城の調理人だ」
上機嫌で料理の皿をテーブルに並べていく。確かにどの品も一流と分かる盛り付けだし、食欲をそそる美味しそうな匂いが部屋の中に満ちる。それはいいのだけど……
「ねぇ、仕事しなくてもいいの? まだやらなきゃいけないことがたくさんあるんでしょう?」
「ああ? そんなことお前さんが気にする必要はねぇよ。俺は俺にしか出来ねぇことをきっちりやったぞ。後はマリウスらが頑張りゃいいんだよ。でなきゃ不公平だろ?」
何がどう不公平なのかわからないけれど、ギルにとってはあいつらは楽しやがって不公平だってことらしく、そこは譲らないのよね。そりゃあ、私も一緒にいられるのは嬉しいけれど……
「まさか、本気で残りの十日近くもここから出ないつもり?」
「俺は構わねぇが、嫌か?」
「嫌って言うか……ちょっとは外の空気を吸いたいわ」
第一、周囲の人には籠って何をしているかわかっているのよね。それが居たたまれない。
「仕方ねぇなぁ。じゃ、明日は外に出るか?」
「外にって……」
思いがけないことを言い出したからパンを落としそうになったじゃない。
「明日は十日に一度の市が立つ日らしいぞ。戦争からずっと中止だったのを明日から再開するんだと」
市が……懐かしいわ。戦前、王都では十日ごとに大がかりに露店が並んでちょっとしたお祭りのようだったのよね。学生の頃は友人たちと街に出て市を見て回ったわ。肉や果物、お菓子など美味しいものが並び、本や服、小物なんかも珍しいものがたくさんあって見て回るだけでも楽しめた。もうあの習慣は廃れたかと思っていたけれど、復活したのなら嬉しいし行きたいわ。
「行きたいわ。王都も少しは物が入ってくるようになったってことね」
「何だ、急に元気になったな」
「だって、戦争が始まる前は友達と行っていたもの。見て回るだけでも楽しかったんだから」
「そうか。じゃ、決まりだな」
いつのもニヤッとした笑顔もこんな時は邪気がなくていいわ。仕事が絡むと途端に悪人に見えるのだから不思議よね。
「美味いもんがあるといいんだがな」
「ふふっ、以前は串焼き肉や腸詰肉、串魚なんかの露店が幾つも出ていたわよ」
「へぇ、そりゃ美味そうだな」
「串焼き肉は男性に人気だったわね。エールも一緒に売っているからその辺で酒盛りしている人もいたわ」
「ははっ、そりゃ楽しみだねぇ」
ギルなら肉やエールを買い込んで公園で食べそうよね。上位貴族なのに平民のような振る舞いが好きだから。酒場なんかに行っても溶け込んでいそう。
「じゃ、明日の分もローズを補充しねぇとな」
「は?」
「さすがに外じゃ嫌だろ?」
「な、なにを言って……第一食べたばっかりじゃない」
「じゃ、食後の腹ごなし、いや、デザートだな」
「デザートって……ちょっと、まっ……」
必死の抵抗むなしく、またベッドに戻されてしまった。王都からザウアーに向かった後も添い寝以上のことはしなかったから淡泊だと思っていたのに、今は発情期の獣みたいになっているのだけど……第一、毒の影響が完全になくなってはいないはずなのに。もう、なんでそんなに元気なのよ? 信じられないわ。
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